バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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最強の種族

 

 この世界には、心底恐れられている魔物がいる。

 

 モンハンで例えるならそうだなぁ。イビルジョーとかそういう感じの化け物のことだ。

 いるだけでやべーし害になるバケモノ。そんな奴らが、まぁこの世界にもいる。

 

 以前“収穫の剣”のメンバー二人を殺したハーベストマンティスなんかがそうだ。

 ハルペリア王国とサングレール聖王国の国境にある森林地帯に生息し、空を飛べない代わりに陸上での覇者となっている虫型の魔物だ。

 どうにかして“収穫の剣”がこいつを討伐した時はそれはもう驚いたな。

 あのパーティーもハーベストマンティスの大鎌をトロフィーにしてクランハウスのロビーに飾っているそうだし、大金星だ。

 というか剣で討伐した事例って何年ぶりになるんだろうな? 下手すると十年くらい遡るかもしれんぞ。そのレベルの金星だし、そのレベルの強敵なんだ。

 正攻法は、ハーベストマンティスの堅牢な外殻を破壊できるモーニングスターなどの武器だろう。これもサングレール特有の武器が発達した経緯と無縁じゃないだろうな。

 

 他に国境にいるのは、平野部のリュムケル湖に生息するアステロイドフォートレス。

 名前がなんかすげーSFっぽいが、これは大型のヒトデの魔物だ。

 その分厚く巨大な体の上に水棲魔族のマーマンを乗せており、湖から陸上に進出しては地上の獲物を襲撃するという、いわば水中生物の地上拠点となる魔物だ。

 体の底にびっしり生える触手がうねうねと蠢いて体を前進させ、上にいるマーマン達が槍や魔法で攻撃を仕掛けてくる。マーマンも体そのものは人間より小さいが、その統率は見事なものだ。

 なにより厄介なのはアステロイドフォートレスの扱う水魔法。奴は自分の使った魔法を体内で発現させ、その体を何倍にも膨らませ、文字通り巨大な“砦”と成してしまう。

 急成長した砦の上から攻撃をしかけるマーマンは更に厄介さを増し、アステロイドフォートレス自身も水魔法で遠距離攻撃を仕掛けてくるという無理ゲーを仕掛けてくる。

 だがこいつの弱点は斬撃、ハルペリアお得意のロングソードやハルバードによる深い切り傷だ。それこそがアステロイドフォートレスの膨張した体を攻略する最短ルートだと言えよう。

 まぁ湖の底にこいつが無数にいるらしいので、根絶は無理なんだそうだが。

 

 身近な場所だけでもそんな魔物がこの世界にはいる。あとは縁の遠いところで、ドラゴンとかジャイアントゴーレムとかそういうやつらだな。

 ただそこらへんになるとわざわざレゴールの支部から狩りに出ることはないだろう。遠征に遠征を重ねない限り遭うことはないはずだ。

 

 それでも、恐ろしい敵は身近にいる。

 レゴールにおける最も身近で恐ろしいやつといえば、皆口を揃えて一つの種族名を指すだろう。

 

 それが、貴族だ。

 

 

 

「ここがギルド、レゴール支部であるな?」

 

 一人の女がギルドに入ってきた。

 冷え込みも強まり、仕事に出かけるギルドマンも減ってきた頃のことだ。

 この頃になると冬ごもり直前に家を追われる可愛そうな田舎者もいないことはないが、今ここにいる女はそれにしたって身なりが良かった。いや、良すぎた。

 濡れたような癖のない長い黒髪。青い目。傷一つ無い、あったとしてもそれがわからないほど磨き上げられた高そうな鎧。そして鍛冶屋の非売品としても置いてなさそうな、高級感ありまくりのロングソード。

 

「私の名は……ブリジットである。旅の最中に立ち寄った剣士である。ギルドマンの登録とやらは、ここで良いのだな? 登録を頼む」

 

 完全に貴族です。本当にありがとうございました。

 

 

 

「えー……ブリジットさんですね? ……姓はありますか?」

「庶民は姓を持たぬ。常識であろう」

「……はい、それではブリジットさんで……専門は剣士でよろしいですか?」

「いかにも。流派は言えぬが」

「流派、あっ、はい」

 

 珍しく動揺を言葉の節々に出しているミレーヌさんを眺めつつ、俺は席を立った。

 テーブルの上にはリバーシ。向かい側の席にはジト目でこっちを見るライナが座っている。

 

「テーブルこっち寄せようか」

「……まぁ良いっスけど。中断は無しっスよ」

 

 俺とライナはこの暇なひと時を、ギルドの酒場で潰している最中だった。

 そんな中きまぐれに始めたリバーシだったが、意外というか想定外というか。ライナがやべーくらい強くて正直心が折れそうになっていたところだった。

 おかしいな。リバーシは角を取れば勝てるゲームじゃなかったのかよ。

 

「……モングレル先輩、露骨に離れたスけど。あの人なんなんスか」

「あー……貴族だ。まず間違いなくな」

 

 俺は小声で返した。

 

「貴族……」

「時々いるんだ。野に降りて己の腕前一つで成り上がってやろうっていう頭のおかしい連中がな」

「なんでわざわざギルドマンに……ちょっと先輩、それ裏返すのやめてもらっていいスか」

「おっとすまん。……装備も立ち居振る舞いも庶民のそれじゃねーよ。ああいうのは本当に厄介だから関わらないようにしとけよ」

「貴族相手ならコネ? とか作っといたほうがいいんじゃないスか」

「同じ貴族や商人だったらな。庶民は止めた方がいい。厄介なだけだ」

 

 この時期に来るってことは、冬の社交界くらいしかやることのない生活に飽きた連中だろう。

 あるいはよほど腕前に自信があるのか……まぁ間違いなくあるんだろうな。無かったら一人で来ることはない。

 護衛の姿も見えないあたり、よほどの腕前があるか、護衛らしい連中を全て撒いてきたかになるが……こいつの場合は両方な気がするぜ。

 

 酒場にいる連中もなんとなくあのブリジットとかいう女の正体に勘付いているのか、話しかけようとする奴は居ない。笑おうともしていない。この時期は外から入ってきて表の冷気を入れただけで喚き散らす奴もいるのにな。そんな奴らですら何も言わず無関心を貫こうとする辺りガチの厄ネタ扱いだ。

 

「討伐任務を受けたく思う」

 

 ねーよ馬鹿この時期に討伐なんか。一ヶ月前にこい。

 俺たちの姿見えねーのか。どう見ても暇してるだろ。こんなもんだぞ冬近くなんかはよ。

 

「申し訳ございません。現在緊急の討伐任務はありませんので……」

「ふむ、無いのか。良いことではあるが……ゴブリンが絶滅したわけでもあるまい?」

「……バロアの森の奥深くであれば、寝床に籠もっているゴブリンもいるでしょうけれど……それを探し当てることは困難ですし、労力に合いません。こちらとしても報酬を出すわけにもいきません」

「むう」

 

 よほど討伐にご執心だったのだろう。ブリジットは他の任務について尋ねることもせず、悩ましそうに唸っていた。

 ……アイアンランクなんだからもっと下積みらしい仕事をやればいいのに。そんなもんをやるためにここへ来たわけじゃないんだろうけどさ。

 

「……そう、か。ならば仕方あるまい。今日のところはひとまず登録だけとしておこう。また後日こちらに伺わせてもらうぞ」

「は、はい。また……」

 

 ……そう言って、自称庶民で旅する女剣士のブリジットはギルドから去っていった。

 

 扉が閉まる音がして、ギルド内のあちこちで深々としたため息が吐き出された。

 あのミレーヌさんですらしんどそうにしている辺り、相当なもんである。

 

「いやー大変だったなミレーヌさん」

「……仕事ですから」

 

 苦笑いを浮かべるしかないよな。気持ちはわかるぜ。

 

「近頃多いなァ、こういう……お遊びで来る連中がよォ」

「ワシらが三日前ここで飲んでた時にも、似たようなのが来ておったな」

「戯れが過ぎるというか……」

 

 この手のネタで談笑する時、彼らは堂々と“貴族”というワードは使わない。

 もしも聞かれていたら、それだけで事だからだ。実際にはそこまで厳罰が下ることはないだろうが、性格の悪い貴族に聞かれると大変なことにはなる。言わぬが仏というやつだ。

 

「なんていうか、空気が違ったっスね」

「ああ。いるだけで下手なことは言えねーからな。向こうからしてみりゃ後出しで印籠見せれば気持ち良いんだろうが、出されかねないこっち側からしたら脅威でしかねえ」

「インロー? ……ちょっとモングレル先輩、また裏返すのやめてくれないスか」

「おっとすまん」

「わざとスよね。てかもう負け認めましょうよ」

「このゲームやめるか」

「……必勝法があるからって自慢げに言うから何かと思ったら……もう……」

 

 いや俺も勝てると思ったんだよ。

 けどまさか幼少からリバーシ育ちしたやつがここまで強いとは思わなくてな。あと角取ったら勝てるが幻想すぎて驚きだわ。完全にこっちが初心者ムーブをしでかしてたのかもしれん。

 

「あー、まぁなんだ。ライナはアルテミスの……シーナとかナスターシャがいるせいでいまいちピンとこないかも知れないが、王都出身とか貴族とかの奴には気をつけろよ。本当に連中のきまぐれで何されるかなんてわかったもんじゃないからな」

 

 仮にさっきの女が俺を見て「おのれサングレール人」とか言いながら剣を抜いたら、こっちはマジで詰みかねないからな。

 後ろ盾のない俺たちはちょっとした貴族の言いがかりだけで簡単に破滅する。

 

「やっぱり怖いスね貴族は」

「その恐れる気持ちを持っている間は、まぁ最低限なんとかなるさ。忘れないようにするんだぞ」

「っス。あ、私が勝ったんでおごりお願いするっス」

「チッ、覚えてたか」

 

 


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