罠の見回りと索敵をやったが、狙いのクレイジーボアは見つからなかった。
幾つかの罠が何かで作動して誤爆してたのと、道中で遭遇したゴブリン一体だけというしょっぱい成果である。ゴブリンはウルリカの矢が目玉に深々と突き刺さり、俺の出る幕はなかった。今日の俺全然働いてないな。バスタードソードが血を求めているぞ。
「んー、渋いけど今日はこんなもんかなー……」
「仕掛け直した罠が次の日どうなるかだね」
帰り道、ウルリカは砕いたスラグ片をちまちまと撒いていた。金属の匂いをばらまき、罠に気付きにくくさせるつもりらしい。効果があるのかどうかは不明だが、理屈を聞くと効果がありそうに思える。明日の結果待ちだな。
「ま、既に一匹捕まえたんだからそう落ち込むことはないだろ。三人の成果ってなるとちとショボだが」
「明日は早朝から見回りして色々見つけてやるんだから……!」
「クランハウスの皆にお土産を渡せるくらいには稼いでおきたいよね」
上着のポケットにはそこらへんで毟った野草がパンパンに入っている。
これは持ち帰りじゃなく今回で食うための物だ。ちょっと渋みの強いやつもあるが、軽くアク抜きして揚げれば気にならないだろう。
「明るいうちに解体しちゃおっか」
「だね。三人ならすぐに終わりそうだ」
拠点に戻り川に近づくと、水に浸けてあるクレイジーボアは健在だった。
近くで焚いてある魔物除けのお香の欠片のおかげだろうか。レゴールでも魔物除けの香草を栽培したりとかできないもんかね。難しいって話は聞くから無理なのか。
「うわー、大物だ。解体し甲斐があるねー」
「おお、じゃあ俺が吊るそうか?」
「吊るす必要は無いんじゃないかな? ここなら横倒しの方が早そうだよね?」
「マジで? 吊るした方が楽じゃねーのか」
「んー、場合によるかなー。石がゴロゴロしてる川辺なら私達はそのまま横倒しにして解体した方が楽かもー」
なんとなく脳死で吊るし解体が一番なんだと思っていたが、案外そんなこともないらしい。ほーん、なるほどね。そのままゴロゴロと向きを変えながら切るわけか。剥がした皮を敷物がわり……へー。
「モングレルさんはボアの内臓食べるんだっけー?」
「おー、レバーだけ欲しいな。あとは良いや」
「他にも食べられる物はあるけど……」
「レバーだけで良いよ。俺の好みだけどな」
内臓系もな。悪くないけどレバー以外は好んで食うほどでもないんだよな。レバーも人によっては好き嫌い出てくるものだろうが、この栄養素に乏しい世界で食う新鮮なレバーは美味く感じるんだ……。
「さて、こっちは飯作らないとな」
昼飯は携帯食で軽く済ませた。が、森を歩いているとそれだけじゃ腹が減ってくる。ここらでガッとカロリーのあるものを摂取しておきたい。
「まぁ軽く炒め物にするか」
まだ明るいうちから揚げ物は気合いが入り過ぎている。いやもちろんやれるもんならやりたいが、獣脂から揚げ物ができるくらいの量を取り出そうとすると流石にちょっと時間もかかる。なので、ひとまず少量の脂を使った炒め料理を作ることにした。
ファイアピストンで火を熾し、枯れ草から小枝に炎を移す。炎を作っているのは外用の石造りのかまどだ。適当に明かりが欲しい時や暖を取るためにはこういうかまどがあった方が良い。
ぼうぼうに炎が出来たら、燃える薪を外用の薪ストーブに移す。あとは投入口に薪を入れていって、調理台としてはこれで完成だ。
直火で調理するのは難しいんでね。熱々の鉄板の上でのんびりやらせてもらうぜ。
平たい鍋(ほぼフライパン)に獣脂のかけらをいくつか投入し、ナイフで刻みつつジュウジュウと音を立て熱していく。充分に脂身が溶けたら、川で洗ってきた野草をいくつかちぎってぶち込み、炒める。ネギっぽい香味野菜と脂の香り。腹が減ってくるぜ。
あとはここにスライスしたレバーを豪快にバラバラと入れて、景気良く炒めていけば完成……おっと、調味料を加えて味を整えれば完成だ。
うーん。まぁ俺好みのソースではないが、油と香味野菜を足して炒め物に使う分にはそこまで気にならんな。
「ほれ、レバー炒め出来たぞ」
「わーい、モングレルさんの手料理だー。いただきまーす」
「ありがとうモングレルさん。……うん、おいしい。葉物はスープとかシチューで良く入ってるものだけど、こういう食べ方も良いね。レバーと良く合ってるよ」
「おいしー。なんかこう、レバーがね。ほら、まろやか!」
二人とも気に入ったようで何より。相変わらずウルリカの食レポは小学生並みの語彙力だが。
「そっちの解体作業は早いな。俺が二人いてもそこまで手早くはやれねえわ」
「慣れてるからねー」
「一匹を二人でやってると尚更だよね。昔、ゲッコーがたくさん獲れた時は凄かったなぁ。山の中で二人で何匹も解体してさ、結局日没まで間に合わなくて」
「あったあった! あれは失敗したねー……今でも下山出来てたかわかんないけどさー、あれだけいっぱい獲ってたら……」
「あの頃はまだ未熟だったなぁ……」
なになに〜? なんの話〜?
おじさんも混ぜてよ〜。
なんて、二人の昔話に強引に混じるのもアレなんで、取り分けられた脂の処理をしてしまおうと思う。
「ここにあるやつはもう火にかけて抽出してもいいか?」
「うんうん、大丈夫! 明日はもっとたくさん獲る予定だし、使い切っちゃうつもりでね! 揚げ物食べたいし!」
解体をやってる傍らで、俺は脂の準備だ。
内臓脂肪、皮下脂肪、とにかく脂を集めて細かく刻み、鍋にぶち込んで火にかける。すると固形だった脂が溶けて透明になり、鍋の底でグツグツと煮えてくる。
そうしたら布で漉してやればオーケーだ。こいつを冷やせば利用しやすいラードになってくれる。今の時期ならそのまま外に晒しておけば勝手に固まるだろう。鍋を川の浅瀬のとこに置いて冷やしてやっても良い。
で、ここで漉した布に溜まったやつ。
変な部位から油を取るとちょっと使えるかどうかわからんけど、良い脂身を刻んで抽出した場合、固形物として残った油カスがなかなか美味い。
自分の油でカリッと揚がっているので、塩振ってつまんで食うと非常に香ばしい味がする。うーん、美味い。酒飲み用のジャンクフードだ。チャーハンとかに入れても美味そうだな。
「ラードを見守りつつ……飲むか……!」
こんな時のために、俺はウイスキーを持ってきている。
ナスターシャが居ないことが悔やまれるぜ。氷さえあれば布陣は完璧だったろうに……まぁ贅沢は言わん。適当に水筒の水で希釈して水割りにして飲むさ。
うむ……ジャンキーな油カスに水割り美味ぇな……。
「あー、酔っ払いがいるー」
「お酒飲むの早いね」
「軽くだよ軽く。べろんべろんになるまでは飲まねえさ」
いくらキャンプ気分ではあっても、バロアの森での飲酒はお勧めしないぞ! みんなは気をつけような!
「お前ら、その皮はどうするんだ?」
「んー、一応取ってはおくけど、基本的には捨てちゃうかなー。ボアの皮は嵩張るわりに売れないしねー」
「“アルテミス”独自の売れる販路みたいなのは、無い感じか」
「あはは、ボアの皮は無いって!」
「人気ないよね、ボアの皮は。鞣し代と売値が変わらないくらいだっけ?」
「よっぽど荷物に空きがあるなら納めることもあるけどねー」
やっぱボアの皮は微妙扱いか。俺の知らない財テクがあるかと思ったがそんなことはなかったぜ。
解体作業も区切りがつき、まだちょっとだけ明るいが、もうじき陽が沈む。そんな時間になった。
ウルリカは弓を構え、遠くの木立に向かって射撃の練習を始めている。
立ち枯れた木の幹に刻んだ十字の傷が狙いらしい。そこに向かって何本も矢を放っているが、ほとんど外れない。
おかしいな。俺が撃つとだいたい木にすら当たらないんだが。
俺とレオはそんなウルリカの練習風景を眺めつつ、まったりと作業後のお茶を楽しんでいる。
いやまったりではないな。二人してそこら辺の枝を折ったり割ったりしながら薪作りしてるから。
「モングレルさんは、お金を貯めてレゴールに定住する予定は無いのかな?」
「俺か? 俺は特に無いなぁ。宿屋暮らしに慣れちまったよ。というか俺みたいな奴はなかなか土地に定住できないからな」
「あ……そっか、ごめん」
「レオはどうだ? “アルテミス”での居心地は。まぁでも悪くなさそうだよな」
「うん、とっても良くしてもらってる。僕は……そうだね、レゴールでの仕事にも慣れてきたと思う。仮に“アルテミス”を出ることになったとしても、レゴールを拠点にするのも悪くないかも」
その瞬間、ウルリカの放った矢が幹に刺さっていた矢に直撃した。
既に刺さっていた矢の尻を破るように命中する神業。継矢である。
「あーっ!? 割っちゃったー!」
が、ウルリカは悲鳴を上げている。練習中にそういう事が起こるとあまり嬉しくはないらしい。まぁ単純に矢が勿体ねえもんな。
そんな姿を遠目に見ながら、レオは“ふふふ”と微笑ましそうに笑っている。
「前から思ってたんだけどよ」
「はは……え、何?」
「レオお前、ウルリカの事好きそうだよな」
「ッ!? ゲホッ、ゴホッ」
あ、茶が気管に入った。
「なになにー? レオどうしたのー?」
「茶が咽せたらしいぞー。気にしないでやっててくれー」
「あはははっ」
「ゲホッ……」
そう恨めしそうな目で見るなよレオ。
別に核心を突いたってほど鋭い言葉でもないぞこれ。鈍もいいとこだよ。
「違うのか? いや違わないのはなんとなく見ててわかるから答えなくても良いんだけどよ……」
「……僕とウルリカは男だよ」
「いやでも普段のウルリカに対する態度そんな感じじゃないし……ギルドの他の連中も、ウルリカとお前ができてるんじゃねーかって噂してるのもちょくちょく聞くぞ」
「え、本当に……?」
「そういうところで嬉しそうな顔するからバレバレなんだよ」
「あっ」
恋愛に戦闘力あるならレゴールでも屈指の低さを誇るなこいつ……。
「……ウルリカは、昔から僕の憧れだったんだ。いつでもみんなを引っ張って、中心にいて、綺麗で……本当はもっと、この感情も形を変えていくと思ってたんだけどな……レゴールでウルリカに会って、綺麗なままでさ」
「すげぇよなあれ」
「うん。僕にはとても……ああ、いや、そうじゃなくて。……でも、やっぱり憧れも大きいんだ。僕の昔からの友達で、狩りの相棒で。色々と思うところはあるけど、それが一番なんだ。……男同士なんて、健全じゃないしね」
ほーん……まぁあれだけツラが良ければアリって奴もいるだろうな。
俺も面食いだからわかるぜ。けどこの世界は大体ツラの良い奴らばかりだからなぁ。
「まあ、でもな。愛の形は色々あるからな。誰が誰を愛そうがそれは良い事だ。決められた事じゃない」
「……え?」
「人が何を好きになるかなんてわからないもんだ。恋くらい、自由にしたって良いんじゃねえかな」
人目を気にするかどうかはまあ、さておき。自分の好きになったことくらい、認めてやるのも悪くはないだろ。
「……モングレルさんは、優しい大人だね」
「そりゃそうだ。俺はハルペリアで一番優しいギルドマンだからな」
「僕の家族は絶対に、そういう事は言わないよ」
「それはそれで、真っ当な親御さんだよ」
レオは家族にどう思うところがあるのかは知らないが、どこか遠い目でウルリカの姿を眺めている。
「自由に、かぁ……」
「大人なんだしな。自由だよ。恋するのも住む場所決めるのも、まぁ、趣味もそうだな。自分のやりたい趣味だって好きにやれば良いのさ」
「……趣味も? 本当に、モングレルさんはそう思う?」
「人の趣味にはとやかく言わない。すげー金が掛かってても、良さがいまいちわからなくても。そういうもんだぜ」
「……そっか」
趣味はね。認める事が大事なんだ。人の趣味は特にそうだ。否定から入ると戦争しか始まらん。
良さがわからなくても“おー、すごいやってますね!”くらいの反応にした方が良いんだよ。それが一番だと俺は知っている。
「やっぱり大人だなぁ、モングレルさんは……」
「伊達に三十路は生きてねぇぜ。良い大人にもなるさ」
「僕もあと十年したら、モングレルさんみたいになれるのかな?」
「けど俺の真似はやめとけ。ろくなもんじゃねぇから」
「……ふふふ、どっちなの」
独身貴族で好き勝手やるなら良いかもしれんけど、家庭築いてまともな人らしく過ごす予定が少しでもあるなら、俺をモデルにするのはやめておけ……!
書籍版バッソマン、好評発売中です。
ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。こちらは数に限りがあるようなので、欲しい方はお早めにどおぞ。
Amazon
(販売ページ*・∀・)
ゲーマーズ
(販売ページ*・∀・)
メロンブックス
(販売ページ*-∀・)