バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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狩人の酒場で過去の話

 

 昨日ブリジットと名乗っていた自称旅する女剣士について話そうか。

 

 前提として、あの女剣士はまず間違いなく貴族だ。

 理由を挙げればキリがないが、ぱっと思い浮かぶものだけでも……装備の質が良すぎる、喋り方に品が有りすぎる、世間知らず過ぎる、剣術が何らかの流派に属している、って感じだな。

 

 特に剣術の流派。中身については零さなかったが、剣術ってのはだいたいの場合、対人剣術のことを言う。魔物に対する剣術はほとんどない。

 で、人とやり合うのがどんなやつかって言うと、そいつは軍人か、あるいは自分の身を守るために貴族が身につけるかってなるわけだな。

 そして軍人の流派は隠し立てするようなものではない。「大地の盾」の連中も普通に使ってるものだしな。

 消去法で貴族になるわけだ。流派を隠したのは、まぁそれだけで出身や家が割れるってのはよくあることだから不思議でもない。

 

 あの女が身分を隠してギルドマンの申請にきた理由は定かじゃないが、だいたいの見当はつく。っていうか大体パターンが決まってる。

 

 どこぞの嫁ぎ遅れたおてんばが政略結婚を嫌がって飛び出してきたか、おてんば過ぎて政略結婚が無くても戦闘狂の血が騒いだか。

 

 いずれにせよ、怖いのはあいつの親だ。

 勘当されて“お前はもう二度とうちの名を名乗るな”って放逐のされ方をしたなら問題はねえよ? けどそうじゃなかった場合の地雷度合いが洒落にならない。

 

 たとえばあのおてんば娘がこっそり家を抜け出してギルドにやってきていた場合。

 親は普通に心配するし、下々の卑しい連中に粉かけられてないかを警戒するだろう。

 もし嫁入り前の娘に男の影があったりしたら? そりゃもう当然荒っぽい消し方をしますわな。噂にされても困るし、間違いの元は断たなければならない。「そうかそうか、うちの娘と仲がいいのか君は。ならば死ね!」そんくらいはする。

 少しでも親の情が入ってるとこなら、貴族らしい考え方を持った親ならば。たとえおてんば娘であろうとも、どこの馬の骨とも知れない奴との関わりは入念にもみ消すはずだ。この世界、この時代、それだけのことは普通にやってのける。何故ならそれが貴族だから。

 

 ……ああ、おてんばなのは間違いないぜ?

 ブリジットの装備していた得物はロングソードだった。あのサイズの剣を扱えるのは強化が使える証だ。そして女が一人で堂々と道を歩けるのも、裏打ちされた実力があってこそだろう。

 

 貴族は強い。どうしてか連中は、スキルやギフトを入手しやすい血筋なのか、あるいはそんな教育を受けているらしい。詳細は俺が貴族じゃないからわからんけど。

 そんな連中が潤沢な予算で英才教育を受け、体系化された戦闘術を叩き込まれている。そんな小娘を普通の小娘と思ってはいけない。はっきり言って、あんな小娘でもそこらへんの軍人より遥かに戦えるはずだ。

 

 親も厄介なら子そのものも厄介。

 偉い人とお近づきになりたい? コネを作りたい?

 それは自殺行為だ。俺個人としてはおすすめしない。

 特に、見た目からしてサングレール人のハーフだとわかる風貌を持っているなら尚更だ。

 

 

 

「こういう時は酒場に入り浸るに限るな……うー、さぶさぶ」

 

 寒空の下、俺はギルドに立ち寄らず「森の恵み亭」に直行していた。

 俺は賢いギルドマンだからな。昨日のブリジットが言っていた「また後日」という言葉を文字通りそのまま警戒しているわけだ。

 貴族はゴブリン並みに行動パターンの読めない連中だ。後日っつったらマジで後日来ることもある。少なくとも1%でも可能性があるなら俺はそんな場所は避けて通るね。

 ブリジットが良い貴族だろうと悪い貴族だろうと関係ない。初見殺しを防ぐにはこれしかないんだ。

 

「ちーす、明るいけどもう店やって……」

 

 ドアを開いたその先には。

 

 店内にみっちりと、見知ったギルドマンの客が詰まっていた。

 

「お、モングレルも来たぞ」

「そりゃ来るよな」

「席はないぞ。ガハハハ」

「エールまだかー? 来てないぞー?」

 

 ドアを開けた瞬間に感じる異様な熱気。そして喧騒。

 今日は花金かな? 午後七時くらいかな? あれ違う? 冬の朝? 何事だよこの盛況ぶりは……いや、わかるけどさ。

 

「お前ら……揃いも揃ってなんでこんな所にいるんだよ……」

「そんなもん、お前と同じ理由だぜモングレル。昨日のことは聞いてんだ。ギルドにいられるかよ」

 

 ぎゅうぎゅう詰めの店内のどこからかバルガーの声が聞こえたが、どこだかわからん。

 

「モングレルさん、今ならギルドの酒場の良い席が空いてると思いますよ」

「どこだよアレックス。……馬鹿野郎今日は絶対にギルドなんかいかねえからな。なあ一応念押しで聞いとくけど、席空いてる?」

「空いてるように見えます? 木箱を椅子代わりにしてる人もいるんですよ」

「間違いなくレゴール一の酒場だな……」

 

 まぁこれだけ客が入っても単価が驚くほど安いから大して儲けは出ないんだろうが……。

 賑やかなのが好きなご主人だからな。こんな風景でも、店の奥から楽しそうに眺めているんだろう。

 

「あーちょっと、私外出るから道空けてー……こらそこ! お尻触らないでくれる!?」

「はっはっは!」

「次やったら片方の玉を射抜いてやるからね」

「おお怖い、悪い悪い」

 

 さすがにここに居ても仕方ないなと踵を返そうとしたところで、男だらけのむさい人壁の向こうから見知った顔がやってきた。

 アルテミスの弓使い、ライナの姉貴分……兄貴分? のウルリカだ。

 

「はー、すっごい人……モングレルさん、外に出るなら私も一緒するよ。どうせどこかお店入るんでしょ?」

「ん? まぁー……そうだな。ギルドは行かないが、今日は適当に時間潰す日だ」

「じゃあ私も連れてってよ。ここは人多すぎてさ」

 

 まぁ大変だろうな。そんな状態じゃドリンクオーダーでさえいつ来るかわかったもんじゃない。

 ウルリカを男と知ってのことかは知らないが、変な絡まれ方もするだろうしな。

 

「あっ! モングレルがアルテミスの子と仲良さそうにしてるぞ!」

「んだとぉ!? ギルドの規約違反じゃねえのか!?」

「なんのための規約だよ……しょうがねえな、お前らも一緒についてくるか? ギルドのカウンターに近い席で一杯どうよ」

 

 俺がそう言うと、さっきまで吠えていた奴らがスッとテーブルに向き直った。

 これが貴族パワーである。

 

「じゃ行こっかー」

「そうすっかー。畜生ー、どっか安い店ねーかなぁ」

 

 そういうわけで、俺はウルリカと一緒にどこかの酒場に行くことになったのだった。

 

 

 

 しばらく寒々しい街をぶらぶらと歩き、結局長くうろつくには寒風が厳しいなってことで、適当な店に入ることになった。

 店の名前は「狩人酒場」。

 場所はギルドや「森の恵み亭」からさほど離れていない、ここらへんでは似たような系統のジビエを取り扱う店だ。こんな時期だが、店内にはちらほら客の姿もある。

 「森の恵み亭」よりもちょっと値段が張るせいで人気はやや低めだが、それなりにゆとりのある内装は客をすし詰めにしようとはしないし、エールもあんまり薄めてないのが売りだ。まぁ結局高くは感じるんだけど。

 

「ここはたまに来るんだー。アルテミスで獲物が多くなった時とか、“森の恵み亭”と一緒にお肉を卸しにくるんだよねー」

「へえ、そうだったのか。じゃあ今度アルテミスが何か大物ひっかけた時には寄ってみようかな」

「あ、でも多分そこまで値引きはしないんじゃないかな?」

「マジか」

 

 ここで“ケチな店だな”って言っちゃうと店の奥でエールを薄められる可能性があるので口に出してはいけない。

 

「あれ? というかウルリカ、今日お前アルテミスはどうしたんだ。一緒じゃないのか」

「あー、うん。アルテミスはちょっと、今ギルドじゃないかなぁ」

「……なんでよりによって今ギルドに……いや」

「あ、気づいた。そうそう、うちの団長がね、例の女剣士さん絡みの仕事があれば受けたいんだって。それで今日はギルドにいるみたい」

 

 まさか自分からあの厄ネタに飛び込んでいくとは……アルテミスも上昇志向が強いとは思っていたが、そこまでとは思わなかったな。

 ……シーナは何考えてるんだか。いや、貴族の扱いに慣れてたら平気なのかね。

 あー……それに女だけのパーティーなら間違いも起こらないし、リスクも低いと……なるほどね。

 

「ウルリカは仲間はずれにされちまったかー」

「まーねぇー……でもこういう時だけだし気にしてないよ。それに、外してもらったのは何より私のためでもあるからさ」

「そりゃそうだな。あまり偉い人とは関わらない方がいい」

「やっぱりモングレルさんもお貴族様が苦手な感じ?」

「苦手も苦手、天敵に近いね。ほらこの髪、こういう所で難癖付けられたらたまったもんじゃないからよ」

「あー……」

 

 俺の前髪には白いメッシュがある。サングレール人の血が流れている証だ。

 別に街のチンピラがこの白いメッシュに因縁付けてくるのはかまわないんだ。面倒だけどやり返してやればいいだけだしな。

 でも貴族相手だとそういうわけにもいかない。そりゃ殴り勝てるよ? でも勝ってどうすんだって話だ。その後の俺を守ってくれるものは何もない。

 

 だから、最善はそんな状況を作らないこと。

 因縁をつけてくる貴族の視界に入らないようにするのが最も安全なわけだ。

 

 もし仮にそんな状況に陥ってしまったら?

 全力で卑下しながら情けなく許しを請うぜ俺は。そして走って逃げる。

 さすがに貴族の戯れでも無罪の市民を追いかけ回して殺すのは面倒だし、評判に響くからな。一応そこまでいくと特定貴族に阿ることのないギルドも後ろ盾にはなってくれるだろうし、そういう解決を待つだけだ。

 ……仮にそれでもしつこく嫌がらせをしてくるようなら、仕方ない。ケイオス卿の力で相手貴族の産業を没落させるしかない。やりたくはないけど。

 

「ウルリカの赤っぽい髪は連合国の血が入ってそうだな」

「ああ、そうそう。といっても私の祖母まで遡るらしいけどねー。私は連合国に行ったこともないし。生まれも育ちもハルペリアだよ。故郷はドライデンの所だね」

「ま、そんなもんだよな」

 

 ウルリカは淡紅色の髪を後ろで結い上げている。こういう色は、お隣のわちゃわちゃした連合国のどこかが由来らしい。

 とはいえ長年交易を活発に行っている友好国だから、ハルペリア王国内ではさほど珍しくもない髪色だ。

 

「モングレルさんは……ええと、聞いちゃっていいのかなぁこれ」

「俺か? 俺の故郷はまんま国境のすぐそばだったからな。純ハルペリアと純サングレールの間の子だよ」

「わぁ……なんかドラマティック」

「いやーそうでもねえよ。小さい村だったしなぁ。結局くっつく事になってたんじゃねーのかな」

 

 田舎の結婚なんてのはそんなものだ。

 まぁ、その頃のことはあまりよく覚えてないんだけどな。

 というか幼少期は家族や村人の会話から言語を習得するのでいっぱいいっぱいだったよ俺。

 家族とか故郷とか、そういう暖かいものに包まれて癒される余裕なんて微塵も無かったわ。

 

「故郷はなんていう名前なの?」

「あー聞いてもわかんねえよ。戦争で滅んだしなぁ」

「えっ」

「いや本当に国境ギリギリのとこにある場所だったから、開戦とほぼ同時に滅んだんだ。まずハルペリアの軍隊から根こそぎ徴発されて干上がってな。その後すぐにサングレールの軍隊が押し寄せてきて皆殺しにあったわけ。あれは死ぬかと思ったね」

 

 俺の人生でもベスト5に入るレベルの超危険イベントだったなあれは。

 ギフトに目覚めてなかったらまず間違いなく詰んでたわ。

 

「……あの、ごめんなさい。モングレルさん。私、軽率なこと……」

 

 懐かしさに耽っていると、目の前のウルリカのテンションは地の底まで落ちていた。

 いかんいかん、空気が死んでる。重いわこの話題。

 

「いやいやいや、気にするなよ。昔の話だし、全然気にしてないから。十歳にもなってない頃だぜ?」

「そんな……そうだったんだ……」

「あーウルリカはどうなんだ? いやまず飲もうか。なんか温かい飯でも注文するか。すいませーん!」

 

 それから色々頑張って、どうにかウルリカの明るさを取り戻すことには成功した。

 美味しい酒と料理で、ほのぼのとした時間も過ごせた。

 

 けどこいつの中で俺がすげえ悲しい過去を背負った人みたいに見られたかもしれん。

 

 別に気にしなくて良いんだマジで。

 

 人生二度目で語学習得に必死になってた頃の故郷なんて、思い入れもほとんどなかったからな。

 ……これはこれで人前で言えないことではあるんだが。

 

 

 

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