バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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雪と雷と晴天の怒り

 

「お? 雪だ」

「もう雪か。そんなに寒くも無いのに……あ」

 

 その日の俺は市場を散策していた。

 まだそこそこある金に物を言わせ、何か便利そうな道具とかないもんかとうろついていたのだが……静かにざわめく周囲につられて空を見上げると、なるほど確かに雪が舞っているようだった。

 今日は大して寒くもねーのにな。天気ってのは不思議なもんだぜ。そんな風に考えていたのだが……。

 

「あ、おいこれ普通の雪じゃないぞ」

塵雪(ちりゆき)だ」

「おー! 塵雪か! こいつは良いな! ベイスンの方まで降ってると良いんだが……!」

 

 どうやらただの雪ではなかったようだ。

 

「……うへ、塵雪が降り始めたか。避難しとこ」

 

 手のひらの上にひらりと舞い降りたそれを改めてまじまじと観察してみると……それが雪の結晶ではなく、ただ白いだけの綿のような何かであることがわかる。

 これは塵雪と呼ばれる、この世界特有の気象のひとつだ。空から降ってくるのは凍りついた水ではなく、なんかよくわからんふわふわした埃だ。

 

 ただの埃だったらちょっとウザったいだけの火山灰程度でスルーされることうけあいの気候変動だが、こいつは詳しい成分はよく知らないのだが、畑にとってかなり有益な成分であるらしい。肥料と同じような効果のある埃なのだそうだ。

 塵雪は季節に関係なく、ある日突然空から降ってくる。降り積もる量はまちまちだが、畑に降ると次の収穫量は期待できるとかなんとか。

 また、雪と名がついているものの風などで降雪する地域が変わる事はないようで、“隣の村で降ってるからそろそろこっちにも降るかな?”という期待をしても無駄らしい。降ってきたらその場所にだけ降り続ける現象だ。ただの運ゲーである。しかもこいつの恩恵はほぼ農家しか受け取ることはないので、都市に降ってもちょっとうざったいだけの堆積物である。まぁ、翌日は降り積もった塵雪を回収する仕事がギルドに張り出されるだろうから、無駄にはならないんだろうが……。

 

「あー降ってきた降ってきた。勘弁してくれよぉ。洗うの面倒くせぇんだよこれ」

 

 降られる人間はたまったもんじゃない。この塵雪、大量に積もって時間が経つとちょっと生臭いんだマジで。

 今は寒い時期だからまだ全然マシだが、夏とか暑い時期に降られるとかなり悲惨なことになる。俗に“女神のフケ”とか言われているのも納得の迷惑現象である。ちなみにこの“女神のフケ”を神殿関係者の前で言うとガチ説教されるから気を付けような。

 

 頭を払いながら小走りでギルドまで駆け込んだ。

 俺達の便利な避難所である。近くで助かったぜ。

 

「おー参った参った」

「あ、モングレルさんも来たんですね」

「おうおうモングレル、どうした。頭にフケがついてるぞ? はっはっは!」

「うるせえな、お前らも肩にちょっと乗ってんぞ。もっとよく頭洗え!」

 

 まだ昼前だが、ギルドには何組かのパーティーが暇そうに屯していた。

 こういう雪が降ると何が辛いって、護衛任務とかが本当に辛くなるんだよな。まぁでもギルドマンはまだマシな方か。御者さんなんかはマジで大変だと思う。

 雨や雪ほど寒くはないけどな。清潔さを気にする俺には泥水が降ってくるに等しい厄介な現象だ。

 

「アレックスもバルガーも、今日は仕事はないのか?」

「僕は今日は非番なんですよ。今ちょっと、アーマーを修理に出しているので……」

「アレックスの奴、ボアの突進を受けきれずに鎧を凹ませたんだとよ。あ、俺は仕事してないだけな。いやぁ運が良いぜ、こんな空模様で仕事なんかやってられねえもんな」

「おいおいアレックス大丈夫か? 珍しいな、お前がそういうダメージ受けるの」

「油断してたわけではないんですが、急にクレイジーボアの群れが来たので……修理兼、様子見で休養ですね」

 

 どうやらこの狩猟シーズンはクレイジーボアの数もなかなか多いらしい。“大地の盾”も群れとカチ合ったか。まぁ肉は多ければ多いほど良いからな。冬になるまでにどんどん討伐していこうぜ。俺はもう程々に留めておくけどな! さすがに近頃はちょっと飽きたわ!

 

 なんて話をしていると、窓の外からゴロゴロと低い音が轟いてきた。

 鼓膜どころか空気すら震わせる巨大な音。雷鳴である。一瞬、ギルド内が静かになってしまった。

 

「……ひゃー、おっかねえ。山の方は大変そうだな。本当に飲んでて助かったわ」

「空はお怒りのようですねぇ……」

「ハルペリアの女神様はヒステリックでいけねえな。ま、この塵雪そのものは農家の助けになるから良いんだろうけどよ。俺達ギルドマンにはあまり関係ないのが残念だよなぁ」

「農村では吉兆なんですけどねぇ。飼料にもなるから無駄は無いんですが……」

「街中じゃくっせぇだけだよな。モングレル、明日は掃除しといてくれよ」

「あー……まぁやるけどな。普段より金も出るし、雨が降ったら惨いことになるから、一応……」

「やるんですか……」

「都市清掃は俺のライフワークだぞ」

「変人ここに極まれりだな」

 

 うるせえな。街中が生臭くなったら嫌だろうが。ブーツの底で踏みたくもねえんだよこういうのは。本当に雨が降るまでの勝負なんだよ。降ったらもう数日はベチャベチャして堪ったもんじゃねえんだ。

 

「あ、そうだモングレル知ってるか? アレックスにはさっき話してたんだがな、この塵雪って食えるらしいぞ」

「あー聞いたことあるぞ。けど腹壊すんだろ」

「なんだ知ってたか」

「少しくらいだったらパンに混ぜても大丈夫らしいですよ」

「うげー、嫌だなそんなパンは。得体が知れねえよ」

 

 成分分析したことはないが、なんかの……有機物なんだろうか?

 だとしても得体の知れないものを食い物に混ぜて欲しくはないな。この国はそこまで食うに困ってないから別に良いだろ。肥料になるもんは素直に肥料にしておきなさい。

 

「あー髪が汚れる。髪が汚れるよー」

「母さん! ちゃんと肩の払ってから入らないと駄目でしょ!」

 

 塵雪を上手く食う調理法について酒を飲んだテンションで語らっていると、また新たな避難民がギルドに入ってきた。

 サリーとモモの親子である。珍しいことに、今日は二人だけで他の団員は付き添っていないらしい。

 

「お疲れ様です、サリーさん。モモさん。……はい、確かに。貯水と地下の灯火、確かに確認しました」

「はい! 報酬はいつも通り預けておいてください!」

「ふふ、かしこまりました」

「ねえモモ、フードの中に雪溜まってない?」

「……そういうのは後で! 今手続きやってるの!」

 

 しかしいつも通りな親子である。……そうか、近場でインフラの仕事をやってたわけか。魔法使いは良いなぁ、仕事が都市内で完結するし、やろうと思えば討伐に行く必要もないもんな。また勉強すっかなー。でもさすがにもう魔法身につかねえかなって気がするしなぁ。

 

「モングレル、フードの中の雪取ってよ」

「いやこっち来んな、自分でやれよ」

「じゃあそっちのバルガーで」

「ええ、俺ぇ……? まあ良いけど……」

 

 バルガーとサリーはあまり絡みも無いのだが、ギルドでの付き合いも長いのでそれなりに話す機会はある。今みたいにこうやってサリーが無軌道に絡んでくることはちょくちょくあるのだが、どうもバルガーはこの変人を苦手にしているフシがある。

 

「やあ、取れた取れた。ありがとう。その雪はあげるよ」

「いらない……」

「僕それ触りたくないから……」

 

 いやまぁ誰が得意なんだって話だわな。疲れる奴を相手にするのは誰でも嫌だよなそりゃ。

 

「モモ、資料室に行くよ。頼まれていた指南書の清書をしないと」

「わかってるから……あ、モングレル! 最近発明……ああーもう、ちょっと待ってってば!」

「忙しそうだな、後で聞くぜ」

 

 二人は受付でやるべきことを済ませると、さっさと二階に上がっていった。

 これからまた別の魔法使いらしい作業に勤しむのだろう。

 

「バルガーさん、サリーさん苦手そうですよね。普段は女性に軽く接してるのに」

「……いやサリーはなぁ……娼婦と一緒にしちゃいかんだろ……一緒に見れんし……それよりモングレルが普通にあの人と話せる方が驚きだぜ」

「いや別に普通じゃねえよ。俺だって持て余すわ」

「そうかぁ? なんか仲良さそうにしてるじゃねーの。けどあんまり複数の女に色目使ってるといつか刺されるぞぉ、モングレル」

「別に色目は使ってないとは思いますけどねぇモングレルさん……まぁ、うちでもミルコさんとかが“モングレルは女の子と一緒にいるからずるい”とか言ってますけど」

「既婚者が何言ってんだあいつは……」

「あ、そういやこの前もミルコの奴、結婚祭で気の利いた贈り物渡せなかったみたいでかみさんが怒ったらしいぞ。何をやったんだかデカい雷が落ちたそうだ。ピシャーンと」

 

 その瞬間、外からゴロゴロと雷鳴が鳴り響いた。

 遠くだが、派手に落ちたな。……いつの間にか窓の外、山の方角には暗い雲が広がり、天候が悪くなりつつある。まるで夕暮れ前のような暗さだ。

 けどこれは雪とかそういう天気的なものではなくて、きっとラトレイユ連峰の上だけで起きている変化なんだろう。

 

 

 ――ォオオオオオオ

 

 

 大したことではない。

 そう思っていたのだが、雷にも勝るほどの大きな咆哮が響き渡り、ギルドが戦慄した。

 

 魔物の雄叫びだ。

 東門近くとはいえレゴールの中にいる俺達にまで届くほどに“空”と一体化した咆哮を出せる奴なんて、この世界にそう多くは居ない。

 

「き……緊急任務です! 今ギルドにいらっしゃるブロンズ以上の皆さんは、こちらに集合してください! 東門付近の警戒に当たっていただきます! こちらは強制です! ただちにお願いします!」

 

 普段は感情を表に出すことのないミレーヌさんが慌てた様子で俺達に声をかける。

 緊急任務。ギルドで時々発生する緊急クエストだ。しかも今回は“丁度今入ってきた仕事なんですよ~”なんておっとりしたものじゃない。レゴールの治安に関わる、かなりガチな部類の緊急クエストだ。

 

「しょうがねえ。行くか、二人とも」

「はっ、はい」

「あーあ、また雪に降られるのか」

「言ってる場合かよモングレル。……まぁ俺だって嫌だけど」

「あはは……お、お二人とも、なんだか余裕ですね……」

 

 俺とバルガーはそれなりに冷静さを保っているが、アレックスはかなり動揺しているようだった。軍にいたのにちょっと慌てすぎじゃないかとも思うが、まぁ仕方ないか。多分アレックスは初めてだろうからな。

 

「今の声って……話に聞いたことはありますけど、サンライズキマイラなんですよね……?」

「ああ。けど俺達が直接サンライズキマイラと戦うわけじゃねえぞ?」

「わかってはいるんですけど……い、今のとんでもない咆哮を聞いたら、流石に畏怖を覚えると言いますかね……」

 

 アレックスの言う通り、ギルド内はざわついている。そこそこ落ち着いているのは俺やバルガーなど、ギルドマンとしてやってて長い連中くらいだ。

 

「な、なんだよあの声……絶対にやべえよ……」

「近くにいるのか? 嘘だろ? 森から出てきたのかよ?」

「行きたくない……だ、駄目? 本当に……?」

 

 ルーキーなんかはあからさまに怯え、既にガタガタと脚を震わせている者までいる。

 まあわからんでもない話だ。誰だってサンライズキマイラは恐ろしい。姿を見たことがなくとも、神話じみた言い伝えだけでいくらでも脅されているからな。

 

「声に驚いて書き損じちゃったよ。後でまた修正しないといけないね」

「さ、さっきのは何? 怖いよ……母さん、本当にさっきの声の奴と戦うの?」

「戦うのかなぁ。戦わないと思うけどなぁ。でも戦えるものなら一度戦ってみたくもあるんだよね」

「だから、どっちなのぉ……!?」

 

 別室で待機していたギルドマン達も続々と現れ、受付前に集まっていく。

 物々しい雰囲気だ。まさに緊急事態って空気だぜ。

 

 けどまぁ、やってみりゃわかるがこれはそう肩肘張って構えるものでもないんだ。

 楽にやっていこうぜ、緊急クエスト。

 逆に考えれば、こいつは良い稼ぎになるかもしれないぞ。

 




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