バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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三種の神器

 

 “アルテミス”のクランハウスで作業をしていると、当然のことながらよくクランメンバー達が俺の作業場の近くを通る。話し声も聞こえるし、料理の音もする。共同生活を送っているだけあって、非常に賑やかなところだ。

 

「モングレルさん、モングレルさん。ちょっとこれ味見してみてくれないかしら? ほら、ご飯まだでしょ!」

「あ、どうもすいません。じゃあひとつだけ」

「ひとつと言わずもっと食べていいのよぉ!」

「お、美味いっすねこれ。じゃあお言葉に甘えてもう一つ……」

 

 先代の“アルテミス”中心メンバーであるジョナやフリーダなどは特に俺に絡んでくる。

 飯くれたり飲み物持ってきてくれたり、こっちはこっちで仕事だから良いとは言ってるんだけどな。けど色々気を利かせてくれるのは正直ありがたい。地下の暗いとこで黙々と作業してると気が滅入るからな。こういう作業は俺にはあんまり向いてないんだ。

 

「モングレルさん、そろそろ僕運ぶから、滑車お願い」

「おー、任せたレオ」

 

 一定のとこまで掘って土砂が溜まってきたら、滑車で上に上げてレオに排出を手伝ってもらう。

 とはいえ一度に排出する量は大したもんじゃない。滑車も品質の良い奴じゃないし、土砂を詰める容器だって重すぎてもレオがやり辛いからな。ちまちまと少しずつだ。

 ちなみに今俺がやってるこの地下掘削工事。今のレゴールだと請け負える職人が少なすぎるのと、そのせいか数少ない雇える所はバカみたいに高いそうで、本当にどうしようもなかったらしい。

 まぁレゴールはどこも工事で忙しいもんな。言われてみれば確かにそうだ。

 

「ただいまー……あーもう疲れたよー……」

「あっ、おかえりウルリカ。どうだった? バリスタの講習は」

「つまんない! 知り合いもいないし一人だと退屈!」

「だから私も一緒に行こうって言ったじゃないスか……どうせ一度は行かなきゃいけないんスから……」

 

 ウルリカが帰ってきてなんだか気になる話をし始めた。

 なになにバリスタって。すげー気になるんだけど。

 

「あれっ? もしかしてモングレルさん下にいるー?」

「いるぞー、けど今は危ないから降りて来るなよー」

「私も手伝おっかー?」

「力ない奴はお呼びじゃねえぞー。風呂掃除でもしてろ」

「また風呂って言ってるっス!」

「つーかバリスタって何?」

 

 地下の俺の声が聞こえなかったのか、“アルテミス”の若者たちは無視して談笑を楽しんでいる。

 バリスタの講習ってなんなんだよ。気になってしょうがねえ……。

 

 

 

「ああ……シルバー以上の遠距離役ギルドマンに課せられている講習なのよ。城壁上のバリスタの取り扱いについて勉強して、いざという時に使えるようにっていうやつね」

「はー、そんな面白そうなことやってたのか」

 

 今日の作業が終わった後、シーナに訊いてみると思いの外楽しそうな答えが帰ってきた。

 シルバー以上の講習とか義務とかっていうと、俺みたいな剣士なんかだと力仕事とか隊列組んで練習が多いんだけどな。バリスタの使い方を教えてくれるなんて面白そうじゃねえの。

 

「面白くなんてないわよ……バリスタを使う機会なんて無いし、試射だって講習を受ける人間一人につき一射なのよ」

 

 が、シーナは思い出すだけでも嫌なのか、珍しくげんなりしている。

 

「練習なのに一発しか撃たせてくれねえのか」

「照準も隣で指導する軍人の指示に従わないといけないし、自分で狙いを付けているという気分でもないわ。整備する時は手が油で汚れるし、手間ばかりよ」

「なんだ。そのくらいならやりたいって程ではねえなぁ」

 

 やっぱシルバーは駄目だな。時代はブロンズよ。

 

「モングレルさんひょっとしてこれからお風呂入ったりするー?」

「入るけど俺は一人で入るぞ」

「えー」

 

 ウルリカはすぐ誰かとつるみたがるな……。

 

「風呂ってのはな……一人で、静かで……」

「賑やかなお風呂の方が良いと思うんだけどなー」

「まぁ俺も大勢で風呂入るのは嫌いじゃないし、そういう気分の時もあるけどな。いつもってわけじゃねえよ。連れションじゃねえんだから」

「下品ね」

「おっと失礼」

 

 まぁウルリカ相手だと連れションもちょっと嫌だけどな! 周りの目がな!

 

「連れ……まー、一人で入りたいなら邪魔しないけどさー。じゃあこれ、はいっ。ナスターシャさんが冷やしてくれたエール。中でゆっくりしながら飲んだらどう?」

「おーっ、ありがてえ。魔法使いは便利だなぁ」

「お酒で風呂を汚さないようにしなさいよ」

「わかってるって」

 

 そもそも風呂に入りながら酒を飲むこと自体俺からすると結構インモラルな感じなんだが、この世界ではわりと寛容である。

 というより基準となる公衆浴場がアレだもんな……大抵のことは許されるわけだ。

 

 

 

 さて、突然であるが、風呂は一度入ればそれだけで綺麗になるというものではない。

 体の清潔さというのはある程度累積するというか、積み重ねがあるというか。昨日風呂に入った俺であっても、それだけで完全にまっさらな体になるわけではない。……と、思う。

 洗ったと思っても洗いきれてない、とは思いたくないんだけどな。けどやっぱ頑固に染み付いた汚れみたいなものが残ってるんだろうな。

 今日身体を洗っていると、そんなことを考えてしまった。

 

 何が言いたいかっていうとだ。

 今日の俺は昨日の俺よりも遥かに清潔ってわけよ……!

 

「どうだライナ! これが俺の真の姿だ!」

「いやわかんないっス」

「どうだウルリカ! これが俺の真の姿だ!」

「いつもそんな感じじゃないかなー……モングレルさんってだいたいいつも綺麗にしてるじゃん?」

「違うんだよ。俺の周囲にな……油膜がねえんだ。ほらレオ、俺の髪触ってみろ」

「え、嫌だよ……」

 

 ナチュラルに断られた。畜生、すげぇ久々にサラサラだっていうのに……。

 誰かわかってくれ……今の俺のピカピカな状態を……。

 

「風呂上がりで気分を新たにしたところで、次の工事についてだが」

「おうナスターシャ。作業は順調だから遅くても明後日には終わるぞ。魔導松明は便利だな」

「うむ。その作業についてだが、明日は私達も任務に出る予定がある。なので、お前の作業を監督できる者がいない。作業はしばらく延期だ」

 

 おっと、留守にするのか。そいつはどうしようもないな。

 

「そうか……何日後になるかわかるか? いや、ギルド経由で教えて貰えればいいか」

「いいえ、一日だけよ。明日だけ用事で外すだけ」

「っス。貴族街の方で……」

「ライナ。任務の内容について口を滑らせるな。モングレルは部外者だ」

「あっ、そうだったっス……」

 

 俺としても貴族街絡みの任務はあまり聞きたくない。俺の居ないところで話してくれると助かるぜ。

 

「本当はバロアの森で狩りしたいんだけどねー。割の良い仕事あったら優先しちゃうよねー」

「お金があるのが一番だからね。しょうがないよ」

「討伐はまた次の機会を作るわよ。冬が来る前に何度かやっておきたいわね」

 

 冬か。冬ももうそろそろだな。スタンピードでちと騒がしくなってしまったが、まだもう少し討伐はできるはずだ。

 俺も肉のためにもうちょい働いておきたいところである。

 

「氷室が完成したら“アルテミス”も食料貯蔵には困らなくなりそうだな?」

「ええ、そうね。色々な食品を保管できるようになれば、私達の冬以降の暮らしも豊かになりそうだわ」

「今までの氷室は狭すぎたからな。私の魔法を活かすこともできなかった」

「お肉冷やせるっス」

「飲み物に氷入れられるねー」

 

 夢のある話だ。特に酒を冷やせるってのが良い。

 暑い時期になっても氷室の氷は残るし、なんならナスターシャが魔法を使えば冷気を補充することもできるだろうから、本格的に便利になりそうだな。

 

「俺の宿の地下にも氷室作れねえかなぁ……」

「モングレル先輩の家でもないのに作ってどうするんスか……」

 

 ……確かに……そこまでするほどの立場の人間じゃねえわ俺……。

 けど多少の労力で身近にデカい冷蔵庫ができるってんなら働けるぜ俺は……。

 

 

 

 その後、俺はスコルの宿に帰ってきた。

 久々に全身洗ってリフレッシュ。この機会に念入りに服を洗濯もしたので爽快さは前世のそれに匹敵すると言っても良い。秋の涼しい気候も相まって、気分は上々だ。

 

「おいーっすただいまー」

「あらぁモングレルさん、おかえりなさい! あら、いい香りね。娼館でも行ってきたの? 珍しいわねぇ」

「まっさかぁ、よその風呂に入ってきただけですよ。こいつは石鹸の匂いです」

 

 女将さん、開口一番に“風俗帰りか?”である。子供をたくさん産んでもデリカシーは捨てちゃ駄目だぜ……!

 

「石鹸なの、へぇーいい香り。けど、なんだか女の子みたいな香りねぇ」

「いやいや、男だって清潔にしていい香りさせりゃ良いんですよ」

「まぁねえ、モングレルさん綺麗好きだものねぇ。あ、それにしてもあの大きな鉄鍋。あれ便利ね! お湯沸かすのにとっても使い勝手が良いわ」

「ああダッチオーブンですか。しばらく持ち出す予定もないんで、宿の方で使ってて良いっすよ」

「そう? じゃあ遠慮なく使わせてもらうわね? 本当はお店の方にも欲しいんだけどねぇ、あれ高いんでしょう?」

「あー高かったです。けど今は鋳型もあるから俺が作ってもらった時よりも安く済むかな……?」

「お金が出来たらそういうのを買うのも良いかもしれないわね」

 

 スコルの宿には俺のダッチオーブンを預けてある。

 日々沸かすお湯なんかを作るのに便利なんだよな。俺の部屋にあっても宝の持ち腐れなんで、使用感を出させる目的もあり使ってもらっている。目指せブラックポットだ。まぁお湯沸かしてるだけじゃ夢のまた夢だろうけども。

 

「……そういや女将さん、この宿は地下に氷室を作ったりはしないんで……?」

「あははは! 鍋一つ作るかどうかも悩んでるのに、地下室なんて考えもしないわよぉ! モングレルさんたら意外と世間知らずなとこあるわねぇ!」

「ですよねー……」

 

 いいさ。きまぐれに訊いてみただけさ……。

 ほとんど賃貸代わりにしている宿屋の地下に冷蔵庫……まあ、儚い夢だわな……。

 




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