バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ウルリカ視点


退屈そうな任務のお誘い

 

「はぁああ……」

 

 失敗したなぁ。

 まさか、モングレルさんの過去があれほど大変なものだったなんて……。

 私のことは“自分からあまり話さなくてもいい”って言われて、それに甘えてたのに。こっちがモングレルさんの事情に土足で踏み込んでどうするのよ。

 気にするなとは言われてたし……あの後の反応からして、きっと本当に気にしてないんだろうけど。やっちゃったなぁー……って気持ちは拭えないよ。はぁ。

 

 今は帰り道。モングレルさんと一緒に飲んで、食べて。……あの人の昔話の他にも色々と面白い話も聞いたりして過ごして、別れた。

 お昼前なのにちょっと飲みすぎちゃった。まぁ、でも今は仕事らしい仕事もないから別にいっか……アルテミスのみんなには悪いけど。

 

「ただいまー」

 

 私の住居はアルテミスのクランハウスにある。

 アルテミスが保有する結構大きなお屋敷で、独身のメンバーのほとんどはみんなここに住み込んでいる形だ。

 そこに一人だけ男の私が泊まってても良いの? とはもちろん最初に聞いたけど、シーナさんは許してくれた。ありがたいことだ。

 

「あら。ウルリカ、おかえりなさい」

「んえっ? シーナさんたちもう帰ってきたんだ?」

 

 クランハウスのロビーに行くと、暖炉の前の談話テーブルには数人のメンバーがいた。

 そこには今朝方ギルドに赴いたはずのシーナさんたちの姿もある。

 

「そうね、せっかくだしウルリカも聞いていきなさい」

「えーでもそれ私も聞いてて良いの? 今回のって結構機密なんじゃ?」

「良いのよ。知ってても問題ない話だから」

 

 昨日ギルドに現れた謎の女剣士、ブリジット。

 おそらく貴族であり……今のレゴール支部にとって頭痛の種であろう人物だ。

 

「昨日のうちにギルドが貴族街に飛ばしていた調査員が、あっさりと情報を拾ってきたわ。ブリジットさんの正体が判明してね」

「誰?」

「ブリジット・ラ・サムセリア。サムセリア男爵家の……妾の子みたいね。貴族街から抜け出して来ていたみたい」

「あれ? 偽名じゃなくて本名?」

「名前だけ名乗れば身分を偽れるつもりだったのだろう」

「ええ……杜撰過ぎる……」

「ほとんど表に出て来ない女性だから調査員も社交関係は詳しくは調べきれなかったらしいけど、騎士訓練場でよく稽古しているから、その筋では有名人ではあるみたいね。女性騎士としては十二分、男性に混じっても大半に打ち勝てるほどの練度だそうよ」

「わぁー……」

 

 なんてパワフルな貴族なんだ。

 男なら武に心血を注ぐって人も多いけど、女の人では珍しいかも。

 

「サムセリア家としては、お家の争いに全く興味のない彼女をそこそこ厚遇しているみたいね。本人は剣術のことしか考えてないから、扱いやすいんでしょう」

「本来であればそのまま女性騎士となり、どこぞの女貴族に仕える一人となったのだろう。だが最近になって、本人がその将来を疑問視したらしくてな」

「疑問視?」

 

 ナスターシャさんは珍しく苦笑している。

 

「なんでも、“ただ女性を護衛するだけの仕事に就きたくはない。私はこの剣技を活かせる場所で生きていく”……そう言って、家を飛び出したのだそうだ」

 

 うわぁ。出世コースをフイにして家出って……。

 よくそんな真似ができるよなぁ。やっぱ変な貴族だった。

 

「サムセリア男爵も説得はしたそうなのよ。人を斬る剣術と魔物を斬る剣術は違う、とか。よそでなんて上手くいくはずがない、とか。それでも、ブリジットさんは“斬ってみなければわかるまい”って……」

「それで、ギルドに来たわけかぁー……」

「ヤバいっすよね」

「危険人物だなぁー……」

「それが調査でわかったこと。……貴族街ではちょっと話題になっていたみたいね。だからすぐにわかったわけ。名前が同じっていうヒントもあったし。……男爵家からギルドへ、依頼も来ていたわ」

 

 うーん、この流れでサムセリア男爵家からの依頼かぁ……。

 貴族からの依頼は度々あるとはいえ……今回のは綺麗な毛皮を一枚ってわけにはいかなそうだ。

 

「ブリジットさんを退屈な討伐任務に同行させ、ギルドマンの職務への失望感を植えつけろ。……だそうよ。失礼な話よね」

「あはは……」

「つまり、わざと効率の悪い仕事しろって話なんスよね。一日森に潜って何も手に入らないような……そんなのこっちだってごめんスよ。……アルテミスの仕事じゃなきゃ、嫌な仕事っス」

 

 ギルドマンになろうとするブリジットさんを引き止めるため、つまらない任務に同行させる、と……なるほど。

 まーわかりますけどー? わかりますけどねー、私らの仕事を直でつまらないって思われちゃうのはなんかなー。

 

「だが報酬はかなり弾むそうだ。同行者に男女の指定もない。サムセリア男爵、妾の子を取り戻すために随分と手を尽くすじゃないか」

「親子愛……ってことなのかなー」

「まさか。男爵家から宮廷勤めの騎士を輩出したい一心だろう。それほど、ブリジットとやらは腕が立ち、将来を見込まれているのだ」

 

 親の都合、か。貴族なんだから仕方ないんだろうけど……ちょっとブリジットさんに同情しちゃうな。

 まあ、それとこれとは別。私達としては、美味しい仕事は逃さないけどね。

 

「だいたいわかったよ。うちは仕事を受けるつもりなんだね? シーナさん」

「ええ、もう受注の確約はしているわ。ウルリカも参加したければ来て頂戴。払いの良い依頼主だから、参加した分だけ成功報酬も弾むそうよ」

「日程は?」

「明後日。バロアの森を散策して、この寒い中で外を出歩いているはぐれゴブリンを見つけられたら討伐する。……そんな任務になるでしょうね」

「また急だなぁ……暇だし行けるけど。あ、ゴリリアーナさんは? 明後日大丈夫?」

「……私は、平気。予定ないから、参加します……」

 

 良かった。前衛のゴリリアーナさんが居てくれたら安心だ。

 この時期に外を出歩く魔物は空腹で気性が荒いから、万が一ってこともあるしね。

 

「ふん。しかし、そうだな。バロアの森か……」

「? ナスターシャさん、どうかしたんスか」

 

 ナスターシャさんは深く考え込んでいるようだった。

 

「……シーナ。今回の任務、外部から腕の立つ近接役を一人雇い入れようと思う」

 

 外部? 雇い入れ? どちらも耳慣れない言葉だ。

 

「ナスターシャの言う事だから、深い理由はあるのでしょうけど」

「理由はまだ言えない。そうだな、以前任務に同行したモングレルを引き入れたいところだが」

「えっ」

「どうした、ウルリカ。モングレルがどうかしたか」

 

 今その名前が出たことに少し驚いた。

 

「いやー、私、さっきまでモングレルさんと一緒に狩人酒場で飲んでたから……」

「えっ、そうなんスか」

「まぁ軽ーくね、近況とか任務の事とか色々話しただけだよ。今日と明日の予定とかね」

 

 うそ。本当はもっと重い話を聞かされたりもしたし、モングレルさんの好みの料理とかについても色々聞いたりしてきたよ。……絶妙に参考にならない情報が多かったけど、後でライナに教えてあげるからね。

 

「それは都合が良い。モングレルの予定が把握できているのであれば、ウルリカ。明日モングレルに接触することは可能か」

「ええ……まぁ、一応明日立ち寄る場所の話とかも聞いたからわかるけどー……」

「ではその時、勧誘させてもらうとしよう。なに、一日だけの任務で報酬も弾むとなれば、断る相手でもないだろう」

 

 確かにモングレルさんはお金そこまでもっていなさそうだけど……あの人、そういう任務についてきてくれるかなぁ。

 結構本気で貴族のこと避けてるみたいだったから、望み薄だと思うんだけど。

 

「説得には私も出る」

「あっ、そのじゃあ私も一緒に行くっス。良いスかね」

「まー、うん。大人数で押し掛けちゃあれだし、二人くらいなら大丈夫だと思うけど……色好い返事返ってくるかなぁーあの人……」

 

 なんとなーく、最初から全力で拒否されそうな未来が見えた私だった。

 


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