「エルミート男爵領と小競り合いがあったんだってよ」
解体処理場で討伐部位交換票が来るのをぼんやり待っていると、入り口辺りから気になる話が聞こえてきた。
「なんだ、エルミートと戦争でもあったのか」
「いや……領境の村の小競り合いだと。伐採で揉めて、ちと喧嘩になったそうだ。死人が出たとは聞いちゃいないが、実際はどうだろうなー」
「ほほっ、喧嘩か。土地持ちってのも辛いねぇ」
「俺等には無縁な話だな。へへへ」
ハルペリア王国は広い。そして、広く大勢の人が居るところ、必ず諍いや争いは発生する。
ましてそれが違う領地の者達であるならば、些細な事や行き違いで喧嘩になることも珍しくはない。
戦争や紛争は、別国家同士だけで行われるものとは限らない。同じ国内にいる勢力同士でも、十分に発生し得るものなのだ。
「ここの伯爵様は良くやってるお人だろうが、戦争になるとどうなのかねぇ」
「戦に長けたって話は聞かないな」
「あ、けど伯爵夫人がいらっしゃるな」
「おおそうだ、俺も見たぜ。前の森の騒ぎで出立するところよ。あの剣の長さは伊達じゃなけりゃ相当な使い手だぜ」
……他領同士の戦争。というより隣り合った農村同士の小競り合い。これは確かによくあることではあるが、できればやめて欲しいというのが俺の感想である。
しかしお隣さんの仲が無条件に良かったらこの世に争いなんてものはないわけで、大抵の場合はお隣さんだからこそ揉めるのである。
レゴール伯爵領とエルミート男爵領。この二つは隣り合ってはいるものの、あまり仲がよろしくない。
大々的に戦争をするほど険悪な関係ではないが、それぞれの村同士がいがみあうのはそこそこの頻度で起こっている。これはきっと、領地同士のやり方が微妙に異なるせいだろう。ちょっとの文化の違い、そこから生まれる摩擦。それだけでも争いの種になってしまうのだから、平和というのは難しいもんである。
「へー、エルミートの方でそんなことがあったんスか」
「ああ、噂で聞いた話だけどな。だからライナ達もしばらくは向こう側の任務は受けない方が良いぞ」
「今のとこそういう予定は立ててないスけど、了解っス。巻き込まれたら危ないスからね」
今日はライナを誘って森の恵み亭で飲んでいる。
大量の獣肉を考えなしに仕入れた店主がヤケクソというか適当に半額セールを実施したそうなので、その安い串焼きを楽しみに来たのだ。
が、来てみると大量にあったのはチャージディアの肉でちょっと残念な感じだ。ボアの方が美味いからなぁ。ボアのが良かったなぁ。まぁチャージディアも食えるけどさ。脂の満足感がちげーのよ。
「エルミートって言えば、あれっスね。リバーシを発明したっていう男爵がいるんスよね」
「ああ、そうだな。それが今のエルミート男爵だ」
「そんなに古いゲームじゃないの意外っスよねぇ。あれだけシンプルなのに」
「だなぁ」
ヘンリクス・ラ・エルミート。それが今のエルミート男爵の名前であり……大昔、俺が発明した(まぁ実質的にはパクった)リバーシを我が物にした男の名前でもある。
経緯としてはまだ開拓村のガキだった頃の俺が発明したんだが、それを村長の息子のクソガキに成果だけ奪われた。……後に、その功績を当時……何歳だったかな。十四歳くらいか。そんくらいの歳のヘンリクスの功績にされちまったわけだ。
結果として村長の生意気な息子が行方不明となったのだが……マジで一歩間違えたら俺がそうなってたかもしれないと思うと肝が冷えたよね。俺が貴族を最大限警戒するようになったのもこの頃からである。
若くしてリバーシを開発した者としてヘンリクスはちょっと有名になり、軍略に強いんじゃねえかって話題になったっつー話を結構後に聞いたことがある。
エルミート男爵領はサングレール聖王国に接する土地だ。とにかく男爵家では戦に強いことが第一とされているから、当時の男爵は息子に小さい頃から箔を付けたかったのかもしれない。
実際ちょっとの間はエルミートの賢い嫡男として話題になったそうなんだが、そんな噂も時間の流れと共に“あれ、そうでもねーな”って感じに落ち着いたらしい。ま、リバーシを開発しただけで一生褒めそやされるなら貴族も苦労しねえわな。
「モングレル先輩もなんかそういう玩具とか作れば良いじゃないスか。これから冬だし、売れるんじゃないスかね。……すんませーん、エールふたっつー」
「ボードゲームかぁ。まぁ確かに当たればデカそうだよな」
「冬の間は家の中で暇してる人も多いスからね」
そう、冬は何かと暇な季節である。
外でちょっとした作業をすることもできるが、基本的には屋内でじっとしているのが一番ローコストなのがハルペリアの冬だ。
だから人々は屋内の暖かな部屋に集まってお喋りに興じたり、手作業で何か小物を作ったり、あるいは暇にあかして愛を育んだり……そういう季節である。
だからまぁ、色々と娯楽の選択肢があると嬉しいんだよな。俺なんかは自分の部屋で物作りとかできるし、その気になればキャンプしに外にも行けるから良いんだけどな。……色々なボードゲームもあったら楽しそうだよな。
「なあ、ライナはどんなゲームが良いよ。ほら、あるだろ人数とか。そういうやつ」
「んぐんぐ……この肉かった……はい? あー……うーん……私もそんな色々やったことはないっスからねぇ……でもどうせやるなら、二人でやるよりも大勢でやるゲームの方が良さそうっスね」
「大勢か」
つまり多人数参加型のゲームってことだ。
てことはあれだな、トランプでババ抜きとか……も良いとは思うんだが、さすがに紙は厳しいよな。似たようなものは用意できなくもないが、開発や量産にコストが掛かりすぎる。カードゲームはやめといた方が良いだろう。
「モングレル先輩、その串肉冷めちゃうっス」
「おっといけね」
もさもさした肉を齧りつつ考える。
……うん、多人数参加型っていうと双六だよな。双六といえば桃鉄だとか、モノポリーだとか、人生ゲームとかだろう。どれも面白いゲームだし、間違いなく流行るはずだ。
が、ここには落とし穴がある。それは、この世界の識字率がそんなに高くないってことだ。
文字を読める人口がそんな多くねえ。ましてギルドマンだと結構な奴が文字を読めなかったりする。ほとんど読めないけど格好悪いから言ってないだけで、結構な割合の連中がそうだったりするんだろうな。多分俺が思っているよりも多いはずだ。
だから人生ゲームみたいに“結婚する。皆からお祝い金五百ジェリーをもらう”とか書かれてても結構厳しいだろうな。あと、あまり細かい紙幣の処理をするのも道具や計算が煩雑になって良くない気がする。
そもそもルールが複雑になってもルールブックを用意するのも一苦労だし読んでくれる人も多くはないんだから、簡略化は絶対条件だな……。
……うーん。なんだかすげぇ質素な双六になりそうな予感がする。てかその程度のシンプルな双六は多分もう既にある気がするわ……。
「あと参加する人が喧嘩しない奴が良いっスね……賭け事も起こらないような奴が良いっス……」
「あー確かに。賭博の対象にされちゃ嫌だわな。……難しいな、遊びを考えるってのも」
「遊びを作るなんて私にはちょっと無理っス」
賭博は起きて欲しくない。だが、多少のランダム性が絡めば賭け事は発生し得るものだ。
どの馬が一番になるか。サッカーでどこが何点入れるか。法皇がいつ死ぬか。ギャンブラーはこの世のあらゆる事象に金を賭ける生き物である。そういう連中を気にしすぎてもしょうがないだろう。俺にどうこうできる問題ではない。
だから俺に出来ることといえば、イジメみたいなのが生まれにくい……つまり、一人を“ハメ”しにくいゲームにするってことくらいかな。友情破壊ゲームみたいなギスギスを生まないデザインにしなくてはならないだろう……この世界じゃ酒が絡めば普通に人死が出そうだ。領境の小競り合いどころじゃねえ。ゲームによっちゃそこらへんの酒場で刃傷沙汰が起きちまう。
「ていうかそもそもその手のゲームってどんくらいで売れるのかね」
「さあ? あ、ムーンボードとかは雑貨屋で見た時結構高かったっス」
「あれは結構駒も細工凝ってるからなぁ……まあ、そこらへんの細かさで大分変わるか」
「モングレル先輩ゲーム弱いっスから、先輩有利のルールにして良いっスよ」
「言ってくれるじゃねえの……シンプルシリーズ十作品くらいプレイして半分くらい手を付けてないこの俺に随分と強気だなライナ……」
「っスっス」
だがまぁ、ボードゲームの開発ってのも結構面白いかもしれないな。
……エルミート男爵にゲーム作りのパイオニア面され続けるのも個人的にちょい癪だったし、何か真剣に考えてみっか。
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