メシが不味い。
それがこの世界のメシ事情の全てだ。俺から言わせてもらえば、全く過言でもない。
この国における穀物の主食は粥かパンのどちらかになる。
だがどっちも不味い。パンは黒パンというか、雑穀混じりというか、まあふわふわとした上品なパンじゃないし。粥の方も白米で作ったようなものではなく、オーツ麦のようなものを原料とした粥だ。燕麦といえば良いかな。とにかく食べたときの違和感が凄いんだわ。
スープ類も大して美味くない。なんというか、ダシが薄い。旨味成分が少ないんだよな。
この世界じゃ肉片と豆類で旨味を出しているつもりなんだろうけど、地味だ。コンソメキューブが欲しい。塩味の濃さでなんとかなってる感が強い。
サラダは論外だ。物によってはかなり美味いんだが、積極的に品種改良されてるわけじゃないからこう……俺の中では“雑草かな?”って味がするんよな。
舌が肥えすぎだろって言われると、仰るとおりですと返すしかない。
現代人の舌だぞ。そりゃ舌だってブクブクだわ。多少はここの味にも慣れたが、昔の味を忘れられたわけではない。
しかし、そんなこの世界でも美味い料理が存在する。
肉だ。
「肉おいてけオラァ!」
「ブギィィッ」
クレイジーボアの突進をひらりと躱し、横から喉元を一閃。深く切り込んだ傷口からはドクドクと血が溢れ出す。
ボア系の中でもトチ狂った突進で被害の多いクレイジーボアの討伐依頼。
ただのイノシシと舐めてかかる新人ギルドマンを何人もブチ殺してきたこいつの依頼が来ると、俺は密かに心の中でガッツポーズを決めてしまう。
それはこのクレイジーボアの肉が、なかなか美味いからだ。
「っしゃ血抜きだ! モツ抜きだ!」
近郊の森は所々に川が流れている。クレイジーボアの巨体は100キロ近いが、それを軽々運んで川の中へとドボン。
同時にバスタードソードで腹を縦に掻っ捌いて、内臓を掻き出す。内臓で食うのは
現代人では少々気後れするこの作業ももう慣れてしまった。
飢えは時に人に強い行動力を与えてくれる。美味いもののためならいくらでも肉くらい掻っ捌くさ。
「よーし良いじゃん良いじゃん……」
内臓の他には枝肉と、
豚といえば豚足とかもあるらしいけど、処理がわからないのでチャレンジしたこともない。脳みそも怖いから嫌だ。
俺の基準としては、塩ふって焼いて美味いところが正義。
塩振って焼くだけで滅茶苦茶美味しいのだからお手軽なものだ。下手な農耕作物や加工品を食うよりずっと良い。
だから俺は、こういう食肉にできる魔物の依頼は積極的に受けることにしている。戦闘自体は楽だしね。ごちそうの居場所をざっと教えてもらえる神クエストや。
「うっめ」
肉はその場で焼いて食うのと、燻製にするのと、持って帰るのに分けている。
内臓系は猟師の特権ってやつでさっさといただく。特にレバーはあまり野菜を食わない俺の必要そうなものを満たしてくれる味がするので大切だ。
タンも人にくれてやるよりは自前で食いたいので優先かな。背中の方の肉も美味いのでささっともらっている。
脚肉は運びやすいし売り捌くのにも丁度いいので、持って帰るようにしている。ちょっとした金になる外、俺の趣味的なものとしてもなかなか役立ってくれるのだ。
恥ずかしながら、手際は大してよろしくないと思う。
だからこの作業も森に野営しながら行っている。夜の森は普通に魔物も出てくるが、肉のためなら俺は全力を出すので問題ない。
……タレ作りたい。タレ欲しいんだ、タレが。
しかし醤油の作り方すら知らない俺にタレが作れるわけもなく。せいぜい香草入りの塩を作って振りかけるのが限界だ。
畜生タレが恋しい。別に米とかはいらないがタレが欲しいぜタレ。
「おう? なんだモングレル、また随分とでかいもん仕留めてきたじゃないか」
狩りを終えて街に戻ると、いつもの門番が暇そうに声をかけてきた。
俺は肩に天秤棒と肉塊をぶら下げている。いい仕事をした後の勇ましい姿というやつだ。
「ちーっす、肉いかぁっすかー」
「肉屋かよ! ガッハッハ」
「うちこういう店のモンですわ。通してくれますぅ?」
「はいよー。肉屋さんのモングレル、近郊任務ね。札よこしな」
「……左のポケットにあるから取ってくれない? 見ての通り動けねえんだわ」
「野郎のポケットに手を入れさせんなよ……ほい、これだな。よし。けどお前、次から通用門から回ってこいよ」
「嫌だよ。解体屋に頼まなくても自分でできるんだからな」
街への入り口には大抵、物資を運び入れるための通用門が置かれている。
こっちは近郊の討伐任務で発生した魔物の死体とかを運び入れられるようになっていて、入ってすぐの所に解体所もあって便利ではあるんだが。
そこの解体所に任せると手間はない代わりに金を差っ引かれるんだよな。
しかも毎回“毛皮は?”って訊かれるし、“邪魔だから捨ててきました”って答えると嫌そうな顔されるし。正直あんま好きじゃないんだ向こうの門は。よほど大量の死体が出て解体が追いつかないくらいじゃないと使わない場所だ。
俺は肉を自分で食いたいので解体は自分でやる。異論は認めない。
「変わり者だねぇ。肉屋に転職するつもりか?」
「考えないことはないけどな」
「お? ホントかよ」
「まあ俺は、腕っぷしの仕事のほうが向いてるよ」
「だろうな。クレイジーボアを一人で転がせるんならお前にとっちゃギルドマンが一番だろうよ」
そう、別に肉屋もできないことはないんだろうけどな。
でもせっかくのギフト持ちなんだ。これを程々に活用して楽しない手はない。
「あ、森の中で燻製作ったんだ。これお土産な」
「おっ! マジかよー! 貰っとくわ! 悪いないつも!」
「全員で食えよー。また揉めるだろうからなー」
そして門番とは仲良くする。
別に何か後ろ暗いことをしている賄賂というわけでもない。こういう職業の連中とは常日頃から仲良くしておいて損がないんだ。
顔を通してあるとなにかの時、特に混雑時はさっさと出入りができるし、夜の閉門ギリギリになってもワンチャン入れてもらえるかもしれないしな。
それに、俺が平凡な腕っぷしだけのギルドマンだと世間に思われていたほうが、色々とやりやすくもある。
「また飲み屋でな」
「おー! また今度な!」
さて、討伐報告したらさっさと肉パにしよう。
不味いパンやスープも、肉がたくさんあるだけでごちそうになるからな。