バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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何も発生しないチュートリアル

 

 お前そんなに嫌がってたくせに風呂に何回か入るだけでリスクだらけの任務に臨むんか? と言われるかもしれない。

 全くもってその通りだと言わざるをえない。リスクとメリットが釣り合ってないよな。俺もそう思う。愚かな冒険者と笑いなさい……。

 

 けどな、風呂はな……個人で再現するのは無理なんだ……。

 もし俺が、自由に伐採しても良い木々に囲まれた自然あふれる水の綺麗な川辺(何故か魔物が湧かない)に一家屋を持ってて、木こりとして生活していたのなら可能だったかもしれない。けどこの世界の一般論で言えば、それは無理な話なわけで。

 この世界には水が無限に出る魔道具もないし、常に熱を発する不思議な石があるわけでもない。仮にあったとしても多分俺がどうこうできる価格や価値はしてないだろう。

 

 庶民はせいぜい水で洗うだけ。これでも綺麗好きな方だ。洗わない奴はマジで洗わない。汗とエールが混ざったようなやばい匂いがする奴も実際のとこ珍しくはない。

 ちょっとした金持ちでも桶一杯分の水をどうにか沸かしてちびちび洗う程度だ。今の俺はこれだ。毎日宿屋でお湯を買ってるボロい客をやっている。そこまでいくと潔癖症扱いされるのがこの世界なんだ。

 

 肝心の風呂屋は……シャワーがなくて、お湯がフィルターで循環されてなくて、基本的に入る時はみんな滅茶苦茶小汚い……そう言えば使いたくない気持ちはわかって貰えるだろう。一番風呂に入れなかったら諦めるレベルだが、そうやって気軽にチャレンジ出来ない程度にはマジで汚い。

 貴族が使うような風俗店に行けば個人でも綺麗な風呂に入れるけど……うん……それはね……うん……そんなに金払いが良いと無駄にトラブルに巻き込まれるからさ……。

 

 ……どうして俺はこの世界に転生した時、まともな魔法を使えるようにならなかったんだろうなぁ。

 そうすれば水魔法と火魔法で……あらゆる様々なことがどうとでもなったのに……畜生……。

 

 ハルペリア王国は石材も金属も豊富じゃない。パイプラインで都市ガスが通ってるわけでもない。かといって薪を無限に使えるわけでもない……。

 仮に俺がケイオス卿として熱効率の良い薪ボイラーのようなものを設計したとしても、風呂屋の値段が大きく下がることはないだろう。あと多分清潔感も変わらん。ここらへんは衛生観念の問題になるしな。

 

 風呂を作るのは本当に難しい。

 だからある意味、この世界で個人で気軽に風呂に入るためには……腕の良い魔法使いであることが必須なのかもしれない。

 

 

 

「いやー、今日はよろしく頼むなー」

「……まだ夜明け前なんだけど」

 

 任務当日、俺はアルテミスのクランハウス前にやって来ていた。

 出迎えてくれたのはシーナだった。しかし寝ぼけ眼というわけでもなく、既に支度は整っているようだ。

 

「風呂のことを考えてたら早起きしちゃってな」

「子供じゃないんだから……ナスターシャ達から聞いていたけど、本当にそんなことで説得されてたのね」

「俺にとっては大事なことなんだよ。一生に三、四回くらいは暖かい風呂に入ってみたいだろ」

「回数を水増ししないでくれる? その話も聞いてるから」

「チッ」

 

 前を通りかかった時に「やっぱ金持ってんな」と思うことは多々あったが、まさかこの建物を訪れる日がやってくるとは夢にも思わなんだ。ましてアルテミスの団長とちょくちょく話すようになるなんてな。

 

「……兜じゃなくて帽子なのね」

「ああこれか。髪の一部さえ隠せりゃそれでいいからな、猟師さんのよく使ってるやつにした。こんな時期に金属兜なんて被ってられんからな」

 

 冬は冷える。何が冷えるって色々冷えるんだが、その中でも特に金属はよーく冷える。

 侮られがちだが、この金属の冷え方というものは尋常ではない。近頃安全靴を使って仕事している労働者達がつま先の冷えが堪らないと嘆いている話を聞くほどだ。

 金属装備なんてその比じゃない。俺は常に軽装だが、冬場はレザーしか着込まない。代わりに小盾は持つけどな。

 

「例のお貴族様は、全身鎧でやってくるのかしらね」

「ははは、まさかな。そんな馬鹿な奴がいるかよ……いないよな?」

「だといいんだけど。……もしそんな格好でやってきて体調を崩しそうになったら、早めに切り上げるだけよ。かえって仕事が楽だわ」

「……貴族のお嬢さんをそんな扱いして大丈夫なのか? 後で男爵家から文句を言われないか?」

「本当に心配性ね。もう少しギルドの後ろ盾を信頼すればいいのに。私達アルテミスは危ない橋を渡っているわけじゃないのよ」

 

 シーナは扉を開けて、俺を手招きした。

 

「ブリジットさんとはギルドで合流して、それから出発するわ。その前に中で打ち合わせをしておきましょう。まぁ、大した事はないけどね」

 

 俺は誘われるまま、アルテミスのクランハウスへとお邪魔したのだった。

 

 

 

 暖炉前のロビーには既に数人のメンバーが集まり、旅支度を整えていた。

 アルテミスからの参加者はシーナ、ナスターシャ、ゴリリアーナ、ウルリカ、ライナ、ジョナの六人である。そこに雇われの俺を追加して七人だ。

 ジョナというのは三十代後半の既婚者の女で、子をもうけてからは夫の住まいで暮らし、クランハウスには通う形で在籍している弓使いなのだそうだ。仕事もクランハウスの清掃が主らしく、狩猟任務に行くことは少ないのだとか。聞いてみれば、アルテミスにはそんなメンバーがわりといるらしい。女性パーティーらしく、時々託児所代わりにもなっているとかなんとか。

 なるほど、人数はそこそこいるのに同じメンバーばかり見るのはそんな理由だったか。

 

「今回の任務は一日で終わるからね。あたしみたいな半分引退したようなギルドマンにはありがたい仕事だよ」

 

 ジョナはそう言ってからからと笑っていた。

 ……やっぱり俺は今回の任務を過剰に警戒しすぎなのか? 

 

「前衛はゴリリアーナと、その補佐にブリジットさん。中衛に私とジョナで、前方を警戒しつつブリジットさんの対応をしましょう。後衛はライナとウルリカとナスターシャ、背面の守りはモングレルに任せるわ」

 

 気を利かせてくれたのか、俺はほぼブリジットと反対側で殿を守ることになった。

 前方で何かあれば崩して前に出ることもあるだろうが……まぁ、冬だしなぁ。ほぼ無いだろう。

 

「モングレルさん、私たちの守りは任せますからねー?」

「守るようなことが起きなきゃ良いんだけどな」

「てかモングレル先輩、盾持ってるの珍しいスね」

「ああこれ? 俺もほとんど使ったことねーけど一応な。うちに盾がもう一つあるんだけどな、そっちの方はデカいし重いから小盾にしたんだ」

「初めて知ったっス……」

「良い盾だぞ? 今度ライナに見せてやるからな」

「なんで嬉しそうなんスか」

 

 そういうわけで、布陣は決定した。

 あとは例のおてんばお貴族様と合流するだけである。

 

 

 

「アイアンクラスのブリジットである。腕に覚えはあるが、魔物と剣を交わした事はない故、その修練のため今回の任務に就くこととなった。そちらのアルテミスの邪魔にならぬよう努力する。よろしく頼む」

 

 ギルド内には、金属鎧で完全武装したブリジットがいた。

 

 ……いや、貴族のわりにそこまで高圧的な態度じゃないのは嬉しいんだがね、大丈夫なのかお前その鎧。今日結構寒いし、わりと長い間森を歩くことになるんだが……。

 

「よろしくね、ブリジット。私はアルテミスの団長シーナ、ゴールドクラスのギルドマンよ。貴女は何も知らない初心者だろうから、基本的に任務中は私達の指示に従ってもらうわ」

 

 逆にシーナは偉そうに言い切ったけど、そうか。相手を貴族扱いせず平民のギルドマンとして対応してるわけか。心臓に悪いけど当然ではある。

 まぁ、後で文句言われるのは嫌だから俺は極力喋らんけどな。

 

「ああ。不勉強故、何かあればその都度指南してもらえるとありがたい」

「良いでしょう。ただし、途中で問題が発生すれば私達はすぐに任務を中断して帰還するわ。それだけは覚えておくように」

「それは、魔物が出て負傷者が出た時などか」

「もちろんそれもあるけれど、ね。さあ、とにかく移動を始めましょう。東門からバロアの森近くまで遠いからね」

 

 こうして俺たちはバロアの冬の森に向けて出発することになった。

 

 参加メンバーで挨拶とか自己紹介とかは、歩きながら名前だけ名乗る程度で済ませた。

 ブリジットは俺たち一人一人にはほとんど関心がないようで、名乗りに対してまとめて「よろしく頼む」と返すだけだった。多分、無口というか寡黙なタイプなんだろう。こっちとしては気軽で良い手合いだ。

 

 

 

 歩いている最中、ブリジットは時々ゴリリアーナさんやジョナと何か言葉を交わしているようだった。

 少し離れているせいで内容はあまりよくわからないが、ちらっと聞こえる限りでは任務とか魔物の話をしているのだと思う。

 飛び込みでやって来た割には、それなりに真面目な性格をしているらしい。

 

「モングレル先輩、私あんま冬のバロアの森に入ったこと無いんスけど、この時期だとどういう魔物がいるんスかね」

「……いない」

 

 俺はブリジットに聞こえないよう、小声で返した。

 

「冬は本当に何も出ないぞ。発見報告はあるが、過去こういうことがあるにはあった程度のもんだからな。獣は冬眠するか、森の奥の奥まで引っ込んでる」

「マジっスか……じゃあ冬籠りし損ねた魔物とかは……?」

「出ない。いや、五日くらい森に通ってればいるかもしれないけどな。基本なにも出ないぞ」

「そうだねー、何も出ないねー冬場は」

「やっぱそうなんスか……」

 

 三日に一回くらい通って獲物が獲れるなら、ギルドマンも冬場の仕事をすることもあるかもしれない。

 だがみんな森の仕事をぱったりしなくなるということは……そういうことだ。

 

 別に不穏の前触れとかでもないしフラグでもフリでもない。

 冬のバロアの森はガチで何もないのだ。

 

 そんな虚無みたいな任務だから正直嫌だったってのもあるんだが……今日の風呂のためなら仕方ねえ。

 ブリジット、俺と一緒に苦行しようぜ……! 

 

 

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