バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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羅針盤を握る者

 

 バロアの森はまだ雪に降られていない。

 だが既に底冷えする寒さは土の中に影響を及ぼしているようで、森の地面を踏みしめると砂利を踏んづけたような音がする。霜だ。

 

 大きい声じゃ言えないけども、俺の靴は特製だ。

 ガワだけならそこらで売っているものと大差ないように偽装しているが、中身は現代でも通用するブーツに近い。霜を踏んでも冷たくないし、染みることもない。快適快適。

 

 しかしこの森に踏み込んだ俺達の中には、そんな快適さからはかけ離れた装備の奴が一人いるわけで……。

 

「周囲を警戒し、魔物がいないかどうか探りながら歩きなさい」

「うむ」

 

 結局ブリジットは、森に入ってからもずっと鎧姿のままだった。

 グリーブも歩きやすいわけではなかろうに、そんなことを感じさせない足さばきでゴリリアーナと一緒に前を進んでいる。

 そのすぐ後ろについているのはシーナたち中衛組だ。シーナは一本の矢を手に持ち、辺りを警戒するように歩いている。……気配を探ってみた限り、別に何がいるわけでもなさそうだが。

 

「あーこれあれっスね……」

「んー……だね」

 

 ライナとウルリカは何かわかったような様子で頷き合っている。

 俺はいつものように“なになに~?”って絡みにいきたかったが、今日ばかりはひたすら影に徹していよう。目立たないのが一番だ。

 

 黙々と歩く。ひたすらに歩く。

 八人が霜を踏みしめる音と、時折装備が枝をひっかける音だけが、静かな森に虚しく響くばかり。

 それを二時間ほど。歩みは遅く、休憩も無い。明らかに非効率な行軍だった。

 

 ……退屈だ。つまらない任務は色々あったが、その中でも特に味のしないガムみたいな任務だ。

 

 だが俺以上に辛い思いをしているのはブリジットだろう。

 全身鎧に身を包んだ彼女は早くも寒さに参ってきたのか、震えが目立ってきた。

 しかも常にシーナが周囲を警戒させながら歩くものだから、気が休まる暇もない。

 

 ……早く誰か“その鎧脱げよ”って言ってあげてほしい。

 俺は貴族は苦手だしあまり関わりたくはないが、さすがに寒そうだし見てられんぞ……。

 

「この道を通りましょう」

 

 矢で方向を指示しながら、シーナが行き先を変更する。

 冬の森は未だ、小さなフラッグバード(食用不可)やマッドラット(食用不可)しか見られない。

 

「……モングレル先輩、これ。ここ、足跡っス」

「え?」

 

 ライナが小声で俺に伝えてきたのは、地面にうっすらと見える……見える? 見えているらしい足跡だった。

 なるほど霜のおかげである程度わかりやすい……? かもしれないが、正直よくわかんね。

 

「大きなチャージディアっスね。多分、さっきの進路を変える前の方向に向かっていった感じっス」

「……シーナがこれを見て獲物を回避したのか?」

「はい、足跡の古さまではわからないスけど、多分。シーナさん、索敵はすごい上手いっスから」

 

 ……すげーな。足跡を見てわざと魔物が居なさそうな方向に舵切ってるのか。

 

 いや、というかあの弓矢か……?

 弓矢を指に挟んで、鏃の向く先を探っているようにも見えるな。

 

 ……もしかして何かのスキルか、ギフトか。

 どちらにせよ探知系ではあるみたいだが……。

 

 いや、徹底してやがるな。ただでさえ魔物と遭遇しない森の中でこんなことされたら、ほぼ確実にボウズで終わりそうだ。ブリジットは必死にやってるのに……。

 

「どうしたの、ブリジット。調子が悪そうね」

「……い、いや。私は、まだ」

 

 あ、ついにシーナが切り出した。

 調子が悪そうなのは最初からわかりきってはいたんだが……今のブリジットはもう、一歩一歩踏み出すのも億劫そうに見える。

 

「正直に言いなさい。ここで倒れられては皆の迷惑になるの」

「……とても、辛い」

 

 シーナは行軍を停止し、深く息を吐いた。空気が重ぇよ。

 

「その鎧を脱ぎなさい」

「なっ……それは」

「私が予備の着替えを持って来ているから。鎧を脱いで上から着るように。全身鎧のせいで体が冷え切っているのでしょう」

「……すまない」

 

 ブリジットは居た堪れない様子で、不慣れな手付きで鎧を外し始めた。

 着脱をジョナが手伝いつつ、シーナの着替えを上から着込んでゆく。……で、脱いだ鎧はどうするかというと。

 

「ねえ。この鎧、貴方の荷物にロープで縛って固定してもらえる? 重いから安定しないだろうけど、落とさないように気をつけて」

 

 どうやら俺が持つことになったらしい。

 ……いや全身鎧だぜ。結構重いだろこれ。しかもこれ着込んでたらそこまででもないだろうけど、かさばるものを重くないように持つのって結構だるいんだぞ……。

 

 とは思ったが、なんとなくこの流れも仕組まれたもののように思ったので、俺は素直に従った。

 ブリジットの全身鎧は高級なものなのか、重さが見た目よりも軽いように思える。素材が違うのか、なんなのか。多分だけど、元いた世界に存在する金属ではないように思える。

 

「すまない……私のせいで、手間を……」

「……良いんだよ」

 

 ブリジットは恥じ入るように謝るが、あまり会話のラリーを続けたくないあまり俺の返し方がぶっきらぼうになってしまったかもしれない。

 どうしよう。俺ちょっとこの子かわいそうすぎて見てらんねえよ。

 

「近接役が一人荷物を抱えてしまったから、これまでより一層集中して進んでいきましょう」

 

 ……退屈な任務。自爆とはいえ、ひたすらに辛い行軍。自分のせいで他人が被る負担……。

 これが最初の任務ってお前……地獄か? 俺だったら普通にトラウマもんだわ。

 アルテミスのメンバーもあえて過剰に元気づけるような言葉を使わない辺り、ブリジットのモチベを本気で殺しにかかってやがる……。

 

「もう少し歩いたら休憩して、折り返しましょう。それで今日の調査は終わりよ」

「……わかった」

 

 歩き始めた時こそロングソードの柄に手を置いて魔物を警戒していたブリジットだったが、今や歩くので精一杯な様子だ。周囲に魔物がいるとも思えなくなっているのだろう。

 彼女の口から漏れ出る白い吐息は、ここにいる誰よりも大きかった。

 

 

 

 森の中で適当に薪を拾い集め、火を灯して囲む。

 シーナはこの日のためにわざわざあまり美味しくない干し肉を持ってきたのか、食事中も盛り上がるようなことはなく、しんみりした空気が漂っている。

 

 居心地? 最悪だよ。だがこれが俺たちの任務だ。

 “ブリジットをギルドマンの道に進ませないようにする”には、完璧と言っても良い状態ではあった。

 

「……私は、春に……」

 

 焚き火を見つめながら、ブリジットが虚ろな目で語り始めた。

 

「王都へ渡り……仕事に就くことになっている。だが私はその仕事が嫌で、剣士となるべくギルドマンを志してみたのだが……」

 

 蓋を開けたらこんな惨状、と。

 

「わからぬな。私は……何をすれば良いのだろう……っ」

 

 あっ、泣きそう。やめてやめて。俺そういうの弱い。すげえ困る。

 

「仕事なんて誰にでも向き不向きがあるものよ」

「……向き、不向きか」

「自分のやりたいことが、自分に向いている仕事とは限らないのよ。今日の任務を経験してみて辛いと思ったなら、ブリジット。貴方はギルドマンをよく考え直した方が良いわ」

「……痛み入る」

 

 お祈りメール思い出しちゃったよ俺。心がつれぇよ。

 別にこの……ブリジット、まだギルドマンに向いてるとか向いてないとかわからないじゃん。ていうかその芽を摘んでるの俺らじゃん。

 なんかそれ考えるとマジで……罪悪感でもう……心が死にそう……。

 

「さあ、休憩は終わりよ。レゴールに戻りましょう」

 

 

 

 帰り道は間延びした陣形になった。

 前の方ではシーナとブリジットが何か話をしており、聞かせたくないのか皆と間を空けている。

 まあこっちもこっちでブリジットに聞かせたくない話はいくらでもあったので、後ろの方でボソボソやれているわけだが。

 

「ひでえ任務だなぁ」

「……趣味は悪いっスよね」

「ねー……まあ、男爵家からの依頼だから割り切るしかないんだろうけどさー」

 

 ギルドマンになるという夢を初手で叩き潰す手腕。

 アルテミスはこういった絶妙な物事においても器用に結果を出すパーティーらしかった。

 正直……すげーなと思う。いや皮肉とかは抜きで。

 

 今もシーナは弓矢を片手に安全な方位を巧みに手繰り寄せ、何も起こらない平穏な任務を演出し続けている。

 寒さと疲労で考えのまとまらないブリジットは、ただただ俺たちの言葉を飲み込んで頷くしか無い。

 

「軽量化された魔合金とはいえ、よくそれだけの荷物を背負えるな。見込み通りだ、モングレル」

「……ナスターシャ、お前最初からこのために俺を呼んだのかよ」

 

 振り向くと、そこにはニヤリと悪どく笑うナスターシャが居た。

 

「さて。だが、ブリジットという護衛対象がいたのではゴリリアーナだけではいざという時の前衛に不安があるのも事実だったのでな」

「シーナのあの索敵能力は完璧じゃないってことか」

「ほう……よく気付いた。理知的な男は嫌いではない」

「正直確信ってほどでもないけどな。けど絶対に何かはやってるだろ」

 

 矢が敵の方向を指す、という力があるのだとしたら……シーナの持つ“継矢”の異名にも説明がつくかもしれない。仮説だけどな。

 

 ナスターシャはさらに笑みを深める。

 

「……シーナは危機を回避することにかけては、非常に優秀な力を持った弓使いだ。それと同等の力を、この私も保有している」

「それは……」

「“ギフト”だ。……隠さなくてもいい。持っているのだろう? モングレル、お前も」

 

 ……!

 

 俺のギフトがバレた……?

 どこだ? どこで見られた? いやハッタリか。見せた覚えはないし見られるような場所で使ってもいねぇ。

 顔には出すな俺。悟られたら絶対に面倒なことになる。

 

「私は知っているぞ、モングレル」

 

 何をだよ。やめてくれ。え、マジで見られてないよな? てかアレを見られてたらこんな反応にはならないよな?

 

「お前のその強化魔力……それこそがギフトなのだろう」

「……」

 

 あっ……ぶねー! 良かった勘違いされてた!

 はー……なるほどね、そっちね! 身体強化の方ね!

 あ、あ、なんだ。それならヨシ!

 

 ゴホン。……いやいや、ヨシじゃないな。俺はあくまでそれを隠してたんだって体でいないとダメなわけだ。

 ……よしオーケー、だったらこのまましらばっくれていよう。それが一番演技っぽくないはずだ。

 

「……何のことだか」

「モングレル。私達アルテミスはお前のその力を最大限発揮させることができる。扱いの難しい貴族の依頼主も、危険な魔物の回避も我々ならば可能だ。シーナはお前の加入を求めている。待遇は決して悪くはないぞ」

 

 勧誘ね。……まぁ、風呂はありがたいけどな。すげえ惹かれるけどな。

 その風呂の元栓を握ってるナスターシャ、お前に俺の手綱を握らせたくはないのよ。

 

「私達の仲間になれば、お前の持つギフトの秘密を守ってやることができるし……」

「ナスターシャさん。それは駄目っス」

「……ライナ?」

 

 その時、勧誘に待ったをかけたのはライナだった。

 

「そういう誘い方は、なんか卑怯っス。弱みを握ってるみたいで……なんか私そういうのは……ちょっと嫌いス」

「……そ、そうだろうか。私のこのやり方は……間違っていただろうか」

「はい。駄目っス」

「……そうか」

 

 ライナに言われると、ナスターシャは見せたこともないような狼狽え方をして、黙り込んでしまった。

 パーティー内でライナの発言権が強い……ってわけではないだろう。

 ただ子供に真っ当な叱られ方をしてバツの悪い大人……俺にはナスターシャがそう見えた。

 

「ちゃんと普通に誘ったほうが良いっスよ。それに……こういうのは急がないほうが、モングレル先輩も良いっスよね」

「ん。ま、そうだな」

 

 パーティー加入ね。

 まぁそりゃ、クランハウスが風呂つきとあれば気にならないわけでもないが。

 風呂に入る自由よりも、俺が一人で色々と動ける自由の方がずっと大事だ。

 

 なに、桶にためた湯でちびちび洗うだけでも長年我慢できたんだ。我慢……。

 

「それはそれとして、今日風呂には入らせてもらうけどな」

「あははは、この流れでうちのお風呂には入りにくるんだねー」

「当たり前だ。正当な報酬だからな」

「……ふむ。わかった……まあ、いつでもいい。考えておいてくれ」

「ああ。前向きに検討させてもらうぜ」

「……なんか気のない返事っぽいスねそれ」

「おっ、ライナも俺のことよくわかってきたな」

「いや、別にそういうの嬉しくないっス」

 

 日が沈みはじめ、次第に空が薄暗くなり、そうしてようやくレゴールの街が見えてくる。

 

 結局何とも戦うことのない、荷物を運んで往復しただけのつまらない任務だったが……そんな仕事にも思いの外、プロの技術は活かされるんだなと、妙に感心した日ではあった。

 

 

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