バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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衛生的なアイテム

 

 作り終えた石鹸をそろそろ“アルテミス”に渡す頃合いだろう。

 冬の寒い朝、窓の外に積もる雪を見て俺はそう考えた。

 

 石鹸とはもちろん、前にバロアの森で作った石鹸である。

 シーナにこの香り付き石鹸を頼まれてたからな。こいつらを市場で買ったってことにして、納品しておこうと思う。

 何よりこいつを渡すことで“アルテミス”のクランハウスで入浴する権利が貰える……清潔な風呂はなかなか金があっても買えるものではない。

 軽く遊びに行くついでに、ちゃっちゃと渡してくるか。

 

「おかみさーん、俺ちょっと出てくるからー」

「はーい。あ、モングレルさんできればでいいんだけど、帰りにビターオレンジ買ってきてくれる?」

「うぃーっす」

 

 スコルの宿は客に買い出しに行かせる。とても宿泊業をやっているとは思えません。星1です。

 

 

 

 ウルリカの性別がバレるというちょっとした事件みたいなものはあったが、ギルドは依然として平和なままである。

 “男はちょっと……”となる奴もいるにはいるが、付き合い方を特に変えない者の方が圧倒的に多い。そして恐ろしいことに男でも関係ねえっていう剛の者もいる。

 ウルリカが男だからと“お、俺と一緒に公衆浴場……いこうぜ……”みたいな誘い方をしてくるやべー奴も出現してくる魔境になりかけたが、それはそれ、ウルリカもいつも以上に冷たくあしらって終わりであった。加えて、ウルリカのガードマンであるレオも普段以上に過保護にウルリカを守っている。変な考えを持った連中はこれまで同様、迂闊には近づけないだろう。

 ……今思ったけどこの手の話、ライナではほとんど聞かねえな……。いや、深掘りはしねえけども……。

 

「あれ、モングレルさん。どうしたの、珍しいね」

 

 クランハウスを訪れてみると、出迎えてくれたのはレオだった。

 

「ようレオ、ちょっと約束の物を届けにな。シーナかナスターシャはいるかい?」

「シーナさんはいるよ。ナスターシャさんは今仕事に行ってるね。……とりあえず、客間に上がってもらった方がいいかな? 雪も降ってるし、外は寒いよね」

「お、悪いね。一人で雪遊びしてるのも虚しいからな。そうさせてもらうわ」

「雪遊び? まあ、とにかく入りなよ」

 

 

 

 クランハウスはパーティーメンバーのための住居でもあるが、大規模なパーティーともなると仕事の相談や会議をするための客間も必要だ。

 俺が通された部屋はそんな客間の一つである。客として何度か来たことはあるのに、なにげにこの部屋に入ったのは初めてだろうか。なんか変な話だよな。風呂と氷室まで知ってるのに。

 

「あらモングレル、ようやく“アルテミス”加入の相談に来たのかしら」

「仕事はせずに風呂にだけ入れるパーティーがあると聞いて」

「出口はあちらよ」

 

 そう言うシーナの格好は、普段ギルドで見るものよりもずっとラフだった。サリーみたいな地味な黒いローブ姿ってのもなかなか新鮮である。

 

「まあ冗談はさておき、本題はこっちだ。はい、香料入りの石鹸」

「! 忘れられてたのかと思ってた。手に入れてくれたのね」

 

 荷物から取り出したのは、石鹸のセットである。手のひらサイズにまとめたものを十個セット。まとめて作るとなかなか量が出来て良いもんだ。個人で消費するには余裕で足りる。人に譲ってもまだまだあるぞ。

 

「わあ……随分とたくさん。いえ、これくらいあったほうが助かるわ。高かったんじゃない?」

「そりゃもう高えよ。けどまとめて買った分値引きはできたな。自分用のも確保できたし、ここにある分は遠慮なく引き取ってくれ」

「モングレル先輩来てるんスか。あっ、ほんとだ。モングレル先輩、おっスおっス」

「ようライナ。石鹸持ってきたぞ」

「石鹸!? ほんと!? 見せて見せてー!」

 

 話を聞きつけたのか、ライナとウルリカもやってきた。後ろの方からそろそろとレオまで来ている。君たち石鹸好きだね。けど人数が多いと消費も早そうだな。

 

「んーっ……はぁああー……やっぱりこれ、良い匂い……」

「わぁい、たくさんあるっス。これ脂のベトベトも煤の汚れもよく落ちるんスよね」

「良いだろう良いだろう……シーナさんよぉ。これだけの上等なブツはなかなか用意できないぜ……? 報酬はその分弾んでもらわねぇとなぁ……ケッケッケ……」

「……そんな露悪的な言い方しなくたって弾んであげるわよ」

「あと風呂の入浴権もお願いします……」

「そっちの方が切実そうじゃないの……わかってるわ。モングレルは風呂を汚すようなタイプじゃないから、別に渋りはしないわよ」

 

 そう言うと、シーナは別の部屋から金が入ってそうな高級そうな木箱と何枚かの紙を持ってきた。

 まず石鹸の代金を渡された。これだけでも正直結構なもんで、無駄に大きなシャコガイで発生した出費を賄えるほどだった。値段交渉をするまでもない。即決である。

 

「風呂の利用は……そうね、石鹸十個あるし……十回分ということにしておきましょうか」

「シーナ……さすがはレゴール最大のパーティー“アルテミス”を率いるリーダーだ……感服したぜ……」

「また変なタイミングで人を褒めてるっス」

「お風呂十回分かー……そうなるとモングレルさん、何度もここに通うことになりそうだねー」

 

 欲を全開にすればもう毎日でも入りたいけどな……でも十回ってだけでもかなり贅沢な話だ。これをレゴールの綺麗な風呂付き娼館換算にしたら相当なもんになるぞ……。

 

「私達でも市場で石鹸は探したんだけどね……モングレルが持ってきてくれたような石鹸は見つからなかったのよ。どこで買ったのかしら」

「おいおい、そりゃこの手のレアなものは大通りにはなかなかねえよ。ちょっと寂れた交易品を扱ってる店とか、黒靄市場に足を運ばねえとな。次見つけたらまた買っておくぞ?」

「……考えておく。当分はいいけどね。とにかく、助かったわ。モングレル。はい、これは入浴許可証よ。譲渡禁止だから、しっかり保管していなさい。それと、ナスターシャが動ける時じゃないとお風呂は使えないから、使う時は前もって話を通してね」

「おう。……これまた綺麗な字だな」

「……ふん」

「ちゃんと契約書にして交わすんだね」

「当然よ。こういう約束事はしっかりと契約に残しておいたほうが揉め事を減らせるしね」

 

 入浴券というにはちょっと令状感のある許可証を貰ってしまった。けどまぁ良いだろう。こいつがあればなんとなく痒い時に風呂にドボンできるぜ……。

 しかし……。

 

「今からは無理なんだよな……」

「ええ、ナスターシャが仕事に出てるから。魔法使いは忙しいのよ」

「残念だ……しょうがねえ。クランハウスの前で雪遊びでもしてから帰るか……」

「……うちの家の前で変なことしないでもらえる?」

「ていうかさっきから気になってたんスけど、モングレル先輩。荷物からはみ出てるその木の道具なんなんスか」

「これか? これね、雪を挟むと型通りに成形してくれるっていうおもちゃ」

 

 蝶番をつけた木製の型。構造は丁度ホットサンドメーカーみたいな感じだな。

 冬の暇さにあかして丹念に型を作った逸品だ。

 見ろこの三段とぐろ。完璧なうんこが作れるぜ。前世のパクリ商品だけどな。

 

「なんか形が下品なのだけど……」

「絶対売れないよそれー……」

「でもちょっと楽しそうっスね」

「よっしゃライナ、クランハウスの前に白いうんこ量産して積み重ねようぜ!」

「わぁい!」

「こら! ちょっと! やめなさい! ライナも乗るんじゃないわよ! モングレル、うちのライナに変な遊びを覚えさせないで!」

「あはは……でも一個くらいなら僕は見てみたいかも」

「えっ……」

「あっいや、その違うよウルリカ!? 単純にどんな風に雪が固まるのかって気になっただけだから!」

 

 うんこ型ミニ雪だるまを“アルテミス”の前に並べる計画はご破算となってしまった。

 けどまぁ、いくつか作って遊ぶことはできたから良いだろう。放置して帰るのは許さないシーナの眼光は鋭かったぜ……。

 

 そして俺は宿屋の女将さんに頼まれてたビターオレンジを買ってくるのを忘れた。

 




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