重ね重ね、冬場は仕事がない。
ないってのはまぁあくまでギルドマンの話で、普通に屋内作業やってるとこは変わらず忙しいんだけどな。ギルドマンに関しては本当に暇だ。
冬は雪が降ってくると馬車の行き来がほぼ無くなる。すると物流を守る護衛としての仕事がなくなる。そしてバロアの森でもそうだったが、魔物がいない。討伐任務も自然と消滅するわけだ。
となるとギルドマンに残された仕事は、街中での荷運びやら警備やらになる。その警備もほとんど「レゴール警備部隊」が請け負ってるから、蓄えのないやつは大変だろうな。
とはいえ景気の良い今は期間工の仕事はいくらでもあるから、職にありつけないってことはない。スラムに乱立してたあばら屋が解体されて通りが綺麗になって家が立つレベルだからな。レゴールの人も増えたが、同じくらい人手を求めてもいる。
だからまぁ、やれることは色々あるんだ。
しかし冬場は仕事をしないっていう怠け者なギルドマンが多いのも、一つの事実である。
何故か?
寒くてめんどいからだ。わかりやすいだろ。
俺もその一人だ。
「モングレルさん。今日アイアンクラスの新人さん達の昇級試験があるのですが」
その日、ギルドの酒場の暖炉前でぬるいミルクを作っていた俺に、ミレーヌさんが声をかけてきた。
「ああ、もうそんな時期か。今日の昼?」
「はい。その試験の試験官をやっていただこうかと」
冬場は仕事が無いせいでギルドも暇だ。
かといって暇なまま俺のように何もしないでいるのはもったいないので、この暇な時期だからこそできる昇級試験なるものを行っている。
さすがに数ヶ月もすれば尻に殻のついたヒヨコから殻も取れる。
農民上がりのぼさっとした性格も多少は引き締まり、傭兵らしい風格が身につくものだ。ギルドとしてはそんな新人たちをそれぞれ再評価するため、冬季の昇級試験の参加を推奨しているのだ。
そもそもアイアンクラスなんて受けられない仕事が多過ぎて話にならんからな。新人達からしてみれば待ちに待った時でもあるのだろう。
「おお、良いよ。暇だしな。手当はいつも通りかい?」
「ありがとうございます。今回は人数が多いので、100ジェリーほど上乗せさせていただきますよ」
「刻むねぇ。まぁいいけどな。新人の面倒を見るのは先達としての義務だ」
この昇級試験、実は俺も何度か試験官役として関わらせて貰っている。
腐っても俺もブロンズ3だからな。アイアンのひよっこのオスやメスを判別するくらいのことはできるのだ。
何より若い連中に顔を売っておく良い機会になる。
「おうモングレル、新人いびりでもするのか?」
「生意気な奴らは全員ボコボコにしてやっていいぞー、ガハハ」
「馬鹿野郎、俺はハルペリアで最も優しいギルドマンだぞ。偉そうにふんぞり返ってやるだけだよ」
「謙虚だねぇー」
さて、今年の新入りはどんな感じに育ったかな。
日頃の話は聞いてるし知ってるが、直に試してみないとわからない部分もある。さてさて。
「ようこそアイアンクラスのひよっ子ども。俺が今回の昇級試験の試験官役のモングレルだ。ブロンズ3の大先輩だぞ。生意気な口きいた奴は俺の一存で減点にしてやるから敬意を払っておけー」
ギルドに併設された、土の敷かれた修練場。
そこに今年の新入り達がずらりと並び、……並んではいないか。適当にバラバラながら一箇所に固まっていた。
人数は20人。もちろんここにいるだけが全てではない。今回は近接役のための能力試験だし、今日は予定が合わないって奴もいるからな。そんな奴は別の日に試験を受けることになるだろう。
やってきた当初はさんざん騒いでうるさかった新人達も、さすがにこんな日には分をわきまえる程度には育ってきた。
あとは培ってきた実力を確認するばかりだ。
「ここに集まったお前達は近接役としてギルドマンを志望した脳筋どもだ。弓もできねぇ魔法も使えねぇ、けど近づいてぶん殴ることだけはできる力自慢だ。逆に言えばそれだけのことができない奴には厳しいのが近接役だ。今回は俺がお前たちの自慢する力ってやつを評価してやる」
近接役は、剣や槍、盾や鎧、とにかくファンタジーらしい装備を身につけて戦う脳筋だ。
地味で普通な役割だが、これがいないと後衛の弓使いや魔法使いが危険に晒されてパーティーが崩壊する。何よりなんだかんだ言って、最も魔物の首級を上げやすいのがこの近接役でもある。
今回の試験では最低限、魔物と戦えるところを示さなければならない。
ギルドマンになるだけなら自己申告だけでもどうにでもなるが、武器を持ってるだけじゃないってところを今日は見せてもらわないとな。
「ほーらゴブリンだと思って打ち込めー」
「やぁあッ!」
試験内容は簡単。
各々が得意とする得物を装備し、得意な方法で攻めかかるというもの。
それを俺が受けて、評価する。実にシンプルだ。
お互いに木剣だし危険はない。俺は練習用の鎧も着込むし、カイトシールドで守ってるからな。ただ攻めかかる時にあまりにも隙だらけだと、こっちから剣で反撃したりはする。当然反撃に当たれば減点だ。すぐ死ぬ近接役はいただけない。
「はい次、槍か。いいぞ、かかってこい」
「おう!」
とはいえ、冬まで真面目にやってきた連中はほとんど最低限のラインはクリアしている。
もともと農家で力仕事をしてきただけに、普通に重い一撃を繰り出せるんだよな。
ゴブリン駆除くらいならギルドマンになる前から経験者も多い。
今回昇級できないのはよほどセンスの無い奴くらいだ。まあ、それも毎年必ず一定数はいるんだが……。
「くっ、守りが堅い……!」
「良い筋してるじゃねえか。なんか剣術やってたのか?」
「やってた、けど……!」
「ベテランブロンズを舐めるなよ、ほれ」
「うわっ!?」
活きの良い奴はシールドバッシュでコカしてやる。
これも反撃ではあるが減点対象にはしない。むしろよくやったと褒めたいくらいだ。
ふう。まぁ今回は九割方合格ってとこかな。
ほとんどがこっちのゴブリンっぽい乱打にも冷静に受けられていたし、攻め手もなかなか良いのを持ってる。
落ちた奴は多分向いてない。根本的なセンスとか……そういうのが足りてないんじゃねえかなぁ。
もっと練習に励むか期間工から就職目指した方が良いだろう。残酷な話ではあるが死んでからじゃ遅いし、自分の命だけじゃ済まない仕事も多いしな。
「よし、合格者にはもう一段上の対人試験を受けさせてやっても良いぞ。そいつをクリアすればさらに加点しといてやる」
「もう一段上?」
「やるぜ俺は!」
「やるのか!? じゃあ俺も!」
「やるならやらなきゃな」
んでここからは合格者向けの追加試験。
ギルドが国から委託されている適正試験みたいなやつだ。これに合格した奴は国から技能の加点が認められている。
「モーニングスター。……材質は木製だし棘も丸いが、サングレール軍で採用されている長柄の最強武器だ」
俺がその長槍にも似た長大な武器を見せてやると、若いギルドマンたちは思わず息を呑んだ。
モーニングスター。それはサングレール聖王国軍の主兵装であり、何万人ものハルペリア人を虐殺してきた……この国における恐怖の象徴だ。
前世ではモーニングスターといえばメイスのような棍棒サイズの、丸い鉄球に棘がたくさんついた世紀末な武器だった。
だがこの世界におけるモーニングスターはとにかく長く、棘の長さも不揃いだ。この武器を掲げた軍人達が迫ってくる様子は、控えめに言って滅茶苦茶怖い。
身体強化した男がモーニングスターを振るえば、どんな鎧を着込んでいようと無駄というものだ。
鉄球に当たればおしまい。ならばどうするか。
「お前達はこのモーニングスターを掻い潜って懐に入り込んで一撃を決めるか、鉄球部分に当たらずモーニングスターの柄を木剣で切るか。どっちかができれば合格ってことにしといてやる」
あまり慣れない武器だが、力任せに振り回す。
端を握って大きく振り切ったり。時に中央を握って振りを早く、接近戦にも対応するように。
ぶんぶんと風を切る俺の素振りを見て、若者達が少し怖気付いた。
「ただし今回はさっきの打ち合いみたいにわざとノロノロとは動いてやらんぞ。あれはゴブリンとかホブゴブリン程度のスピードだからな。今回はサングレールの軍人を意識した、普通の速さでやってやる。それでも怖くない奴だけ参加するんだな」
「……やる!」
シールドバッシュでコカされた若者が、一番に声を上げた。
良いガッツだ。本音を言えばそれだけで加点してやりたいんだが、国からの指示なんでな。ご褒美はクリアできたらだ。
「私もやるわ! そんな武器怖くないし!」
「さっきの試験はぬるいと思ってたんだ。面白いじゃんかよ」
「俺も俺も!」
まぁしかし、好き好んで近接役をやるだけあって、流石にみんな戦意は充分だな。誰も萎縮しないとは。
……国としてはこうやって早くからサングレール軍との戦いに慣れさせたいんだろうなぁ。そう思うと世知辛いシステムだが。
「んじゃ、追加試験開始だ! 怪我には気を付けろよ!」
こうして始まったモーニングスターの試験では、およそ一割の奴が合格した。
クリアした奴は喜んで良いぞ。できなかった奴も悔しさをバネに頑張ってくれ。
あと負けたからって俺をサングレール人のように恨むのはやめてくれ。俺はハルペリア人だから。役に入り込みすぎるなよ。
一応、終わった後でそれだけはしっかり釘刺しておいた。
変なことで差別意識出されても困るからな。