アイアンクラスの連中が昇級すると、いわゆるそれが“最低ライン”として考えられているせいなのか知らんが、勧誘のようなものが活発になる。
というよりは引き抜きと言ったほうが良いのかな。今いるパーティーをやめてうちに来ないか? みたいなやつだ。
ある程度長く勤めて、実力もまあ自分の身を守れる程度にはある。そう判断されたひよっこたちは、ここで再びそれぞれの道を歩み始める。そんなパターンも結構多いのだ。
なにせギルドマンになり始めた頃は、故郷を出た自分たちだけでパーティーを組むしか無い。
何の後ろ盾もない何をするかわからない学のないガキを丁重に守ってくれる親切な大人などここにはいないのだ。親切にしてくれる大人がいるとすれば、そいつはただの人攫いだろう。
「よし、ロラン。今日からお前も俺ら“収穫の剣”の一員だ。他と比べたら少々ゆるいとこだが、こんなんでも実力は本物って謳い文句でやってるんだ。パーティー名の恥にならないよう、最初は厳しく指導していくからな。覚悟しろよ!」
「よ、よろしくお願いします!」
この時期、若者に人気のパーティーといえば間違いなく「収穫の剣」だ。
以前不慮の遭遇とはいえ討伐したハーベストマンティスの噂は英雄譚として語られているし、時々酒場で吟遊詩人が歌ってもいるのだという。地元民の武勇伝は人気出るからな。まだしばらく「大蟷螂討伐英雄譚」は語り継がれることだろう。
そんな話題性もあって、収穫の剣への参入を希望する新入りは多かった。元々人数が多くてもやっていけるノリで運営してるとこだからこういう時もなかなか強い。
レゴールでは複数の大手パーティーが良い感じに拮抗していたと思ってたんだが、ここに来て突出してきた感があるよな。
「……俺たちどうしようか」
「大丈夫。俺たちだって昇級はしたんだ。きっと煙たがられてるわけじゃない。……同じようにはぐれたやつを見つけて組んでみたら良いんじゃないか。そうすれば人数は足りるだろうし……」
「だな……まだ冬だし、ゆっくり相手を選んでも大丈夫だろうけど……」
で、ちょっとかわいそうなのはメンバーを引き抜かれた残りのパーティーだ。
故郷を飛び出してから少人数でやってきたは良いものの、仲間の中で一番優秀な奴を引っこ抜かれたのでは大変だ。今まで当たり前に出来ていたことができなくなる。
そんな奴らは似た者同士を見つけて新たな共同体を作るのが通例だ。
ちなみにこの段階でおおよその厨二ネームのパーティーが消滅し、高校生に上がったくらいのノリで落ち着いた名前に変わったりする。人の成長ってのは早いもんだぜ……。
「……あの、モングレル先輩」
「ん? どうしたライナ」
俺がギルドの暖炉側の壁に寄りかかって温まっていると、ライナが声をかけてきた。
アルテミスは今日弓使いの新入りたちを見てやってたんだったかな。
「なにやってるんスか」
「なにって、ギルドで生まれる出会いと別れをじっと見守ってんだよ」
「……すげー怪しいっスね……」
「俺にとっちゃ生の映画を見ているようなもんだよ……」
「エイガってなんスか……別に知りたくはないスけど……いやそうじゃなくて」
ライナは暖炉を指さした。
正確には、その直ぐ側でぐつぐつ煮立っている小鍋をだが。
「アレ、モングレル先輩のスよね。なんなんスかアレ」
「ああ……あれは俺特製の蜂蜜だよ」
「え、蜂蜜を火にかけてるんスか? ギルドで?」
「エレナに聞いてみたら“常識的な範囲でなら別に良いですよ”って許可出してくれてな」
「……エレナさん受付からすっごい訝しんでそうな目でモングレル先輩のこと見てるんスけど」
「ハーブと何種類かの香辛料、あとは柑橘類の汁を絞った特製の蜂蜜でな。……そろそろ良い頃だろう」
ギルドの壁の花になるのもいいが、料理を焦がすわけにはいかない。
俺は大きめのボウルを手に取って、ギルドの入り口へと歩いてゆく。
「ちょ、ちょっとモングレル先輩。火! 小鍋どうするんスか!」
「大丈夫、必要な材料をちょっと取ってくるだけだから」
「いやでもこれ既にグツグツいってるし……!」
ライナの慌てる声を聞きつつ、外へ。おお寒い寒い。
そしてすぐに再び中へ戻ってきた。
「持ってきたわ」
「えっ早……ってなんスかそれ、雪スか」
「ぎゅうぎゅうに固めた雪だぜ」
ボウルにはすりきり一杯に押し込んだ新雪が詰まっている。
まだ誰も踏んでない雪から拝借した、まぁ何か混じってても雪の結晶を作る時のチリくらいの、この世界でいえば相当に清潔な水分である。
「この雪のボウルの上にだな、こうして沸騰してドロドロになった蜂蜜を……こう、短い線を描くように垂らす」
「おー……え、これなんか作ってるんスか」
「まあ見とけ。こうやって何本も線を描くように蜂蜜を垂らして……こんなもんか。そうしたら蜂蜜の端っこにこの適当な棒を当てて……」
雪の上に垂れた蜂蜜の端から、蜂蜜を巻き取るようにくるくると棒を回転させる。
すると……雪が若干サンドされた、蜂蜜味の飴ができるってわけだ。
名付けてハニータフィーってとこかな。本当はメープルシロップで作るカナダのお菓子なんだが、サトウカエデがどこにあるかわからんので蜂蜜で代用ってことで。
「おーっ」
「ほれ、蜂蜜飴だぞ。舐めてみ」
「え、いいんスか!」
「大丈夫大丈夫。数はあるからな」
「やったぁ」
養蜂場も新しく取り入れた養蜂箱で産出量増えたらしいからヘーキヘーキ。
まぁどこぞの誰かさんが開発した経口補水液の効力が高いことがわかったせいで甘味が色々と値上がりはしているが、せっかくの貴重な食の娯楽なんだ。金をかけるだけの価値はある。
「えっと、じゃあ、いただいて……はむっ。……んーっ!」
蜂蜜飴を口にしたライナが幸せそうに唸っている。そうじゃろ、美味しいじゃろ。喉に良いんじゃよこの飴は。
さて、俺も一口……んー、まぁ蜂蜜飴だな。もっと蜂蜜感は薄い方が好みではあるが……まぁスパイスも効いてるし良いか。
「なんだなんだ、またモングレルがへんなもん作ってるのか」
「バルガー、変なもんは食わなくていいんだぞ」
「悪かったよ。……なぁ、俺にも一つくれないか?」
「……しょうがねーな、そっちの新入り君の入団を記念して、ほれ。一本くれてやる」
「おう、すまねえな。……んー、甘い! 俺にはちょっと甘すぎるかな」
「やっぱそうか」
「モングレル先輩、このくるくる巻き取るの私やってみて良いスか」
「おう、良いぞ良いぞ。端から押し付けるようにな」
「っス」
口の中で雪がしゃりっとするのも結構悪くないんだよなこれ。
寒い日に暖房かけながらアイスを食う悦びにも似た何かがあるっていうか。
「ちょっと皆さん! 暖炉の前で何をやってるんですか!」
「おう、エレナ」
「おうじゃないですよ。さっきから蜂蜜の匂いぷんぷんさせて!」
みんなでわいわいやってると、むすっと膨れた顔のエレナがこちらまでやってきていた。
「常識の範囲内って言ったのにもう……!」
「はい、どうぞ」
建前と本音がどっちも完全に見え透いていたので、やり取りがめんどくさくなった俺は棒にまとめたハニータフィーを三本差し出してやった。
コレが欲しかったんだろう?
「……わかればいいんです!」
別に何を説得したわけでもなかったが、エレナは三本のおやつを手に取るとずかずかと受付へ戻っていった。
これもうほとんど賄賂なんじゃねえの? って思わないでもないが、こうした狭い社会で物事を円滑に進めるのは大事だからな……。
「あ、受付の皆さん喜んでるっスね」
蜂蜜飴は受付嬢の皆さんにも好評のようだ。やっぱ女は
「ああそうだ。すいませーん、ミルクくださーい」
「ミルク……なるほど! そういうことっスか先輩! すんません私も!」
「わかるかライナ。この味にはミルクだよな」
「犯罪的っスね」
それから俺たちは何度かボウルの雪を補充したり、蜂蜜飴をくるくる巻いて量産したりしつつ、ミルクと一緒に冬の甘味を味わうのだった。
途中で他のパーティーの男連中にも集られたけど、まぁ大した量じゃないので勘弁しておいてやろう。
今日は移籍記念日ってことで。