バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ザヒア湖の締めくくり

 

「ぐぇええ……頭いてぇー……」

 

 朝。テントの中で目が覚めると、酷い頭痛と倦怠感に襲われた。

 サウナに入りながら酒を飲んだから……ではない。純粋に酒の飲み過ぎである。まさかこの俺が野営中にここまでグデングデンになるとは……。

 

「あ、モングレルさん起きたー?」

「おおウルリカ……もう朝か……」

「随分とお寝坊さんだったねー」

 

 テントのすぐ外では、ウルリカがナイフで木の枝を削っていた。他の“アルテミス”のメンバーの姿は近くにいないようだ。

 

「明日にはもうレゴールに戻るんだから、具合悪くて帰れないーっていうのは困るよー?」

「ああ大丈夫だ……昼過ぎくらいにはどうにかなるやつだから……いでで……」

「ほんとにー? ……まぁ昨日私の薬も飲んだし、大丈夫だと思うけどさー」

「なんも覚えてねえ……」

 

 ゴロゴロしてばかりもいられない。こういう時は水とかお湯とか飲んでおいた方が良い。いでで……本当に薬飲んだのか俺。調子悪すぎる……。

 

「ハーブティーはそっちの鍋で温めてるからねー。ストーブの上のやつ」

「おお、ありがてぇ……」

 

 鍋に満たされた熱いハーブティーをコップに注ぎ、少しずつ飲んでゆく。

 陽も出てきたが、まだまだ肌寒い朝の時間帯。しかしこんな沁みるような肌寒さが、アルコールにやられた頭が目覚めるようで悪くはなかった。

 

 ……湖に目をやると、小舟に乗ったゴリリアーナさんが釣り竿を垂れている姿が見えた。すっかり釣りにハマっちゃったなぁゴリリアーナさん。

 釣り竿、一本くらい彼女にプレゼントしてしまおうか。俺よりも楽しく使ってくれそうだしな。

 

「シーナ団長とナスターシャ副団長はねー、二人で舟漕いで湖をゆっくり回ってくるってさー」

「仲良いなぁあの二人は」

「ねー本当」

「まあ付き合ってる者同士、こういう場所くらい二人きりになる時間がないとな」

「……あれ? モングレルさんそれ知ってたっけ?」

 

 ウルリカが意外そうな顔をしている。

 

「シーナとナスターシャだろ? デキてんだろあの二人。見てりゃわかるよそのくらい」

「あー、まぁねー。モングレルさんの前だと特に隠してもないか」

「隠してるつもりならこっちも別に触れやしねえけどさ。……あれ、ライナたちは?」

「ライナとレオとモモは小舟で泳ぎに行ったよー。レオは二人の護衛役だけどね」

「マジかよこんな時間から泳ぎにいったのか……」

「朝しっかりサウナに入ってからねー。燃料は昨日モングレルさんがたっぷり作ってくれたのあるから助かったってさー」

 

 バイタリティが高すぎる……。よくもまあこの寒い時間帯に泳ぎに行こうって気になれるもんだな……。

 

「モモは作った道具を試したいんだろうねー……発明する人って大変だなぁ」

「発明がこのクソ寒い時間帯に泳ぐことだってんなら俺は発明家になりたくねえな……あ、泳いでる姿が見えた。元気あるなぁ若者は……」

 

 湖の結構離れた場所で、バシャバシャと不格好な飛沫を上げて泳ぐ二人の姿が見えた。レオがついていれば安全だろう。……よく見たらレオはカリンバ演奏してるな。あいつもあいつで楽しんでいそうで何よりだ。

 

「あーあ……金が許すならここに住みてえわ。適当に釣りして、鳥肉食って、サウナに入って……」

「モングレルさんは鳥撃てないし、お魚もなかなか釣れないじゃん」

「……住めねえなぁ」

 

 一瞬で論破されちまった。どうやら俺はここでの狩猟採集生活に向いていないらしい。

 バロアの森は豊かだから、カロリーベースで考えれば何日でも居られる自信はあるんだが……それでも炭水化物とか野菜が摂りにくいっていうのは嫌だな。やっぱ街が良いわ。異世界で田舎のスローライフはキツすぎる。

 

「でも気に入ったんだね、モングレルさん。ザヒア湖での暮らしっていうか」

「そうだな……まあ、気に入ってるよ。たまにやると良いもんだよな」

「ねー、わかる。……けど私としては、もうちょっと色々なもの食べたいからさー。ここだと魚と鳥はあるけど、やっぱり飽きちゃうよ」

 

 それもあるか。今は物珍しさで楽しめているが、そればっかりになると確かにしんどそうだ。

 やっぱ肉だな、肉。クレイジーボアの肉が早くも恋しくなってきたぜ……。

 

「新鮮さっていうのかね。日々の刺激ってのは大事だよな」

「あー、うん。わかるなぁそれ」

「いつもいつも同じ味わいばかりだと、どんなに美味い飯でも味気なく思えてくる……飽きないよう色々な味を取り入れて、上手く回していくのが一番だ」

「モングレルさん、今何が食べたい?」

 

 今一番食べたいもの、か。

 

「コーヒー」

「え?」

「というか、タンポポ茶だな。ケンさんの店の、深く炒ったやつ」

「あー、あれかぁ。へぇ……モングレルさんああいう苦いのが飲みたいんだ……」

「朝に飲むとシャキッとするんだよ。……いや、想像してたら甘いお菓子も食いたくなってきたな……」

「なんでも食べたいんじゃん」

「つーか腹減ったわ」

 

 腹が減ってるから色々食いたくなってくるんだな。二日酔いで空きっ腹ってのはよくない。お茶以外にも何か軽く食っておこう。

 

 残り少ないパンを薄切りにし、塩漬け野菜と昨日の燻製肉の残りをサンドして……薪ストーブの鉄板の上で軽めに焼く。ちょっとだけ焦げ目がついたら完成だ。朝だしこんなもんで良い。

 

「さみー……」

 

 じんわりと温かなサンドを片手に、ベースキャンプを離れて一人で歩き回る。

 穏やかな湖の岸辺。近くの林では小鳥が活発に鳴き声を上げ、湖の方ではいくつかの小舟が行き来していた。俺達の他にも湖に来た人はそこそこいるらしい。さすがは観光地。

 

 燻製鴨サンドを頬張ると、吐き出す息が白くなる。まだまだ朝は寒いが、冬ほどではない。これからどんどん暖かくなって、さらに春らしくなっていくことだろう。春になれば、また細々した任務でギルドが忙しくなっていく。

 

「……お? 岩かと思ったらお前……クレータートードじゃねえか」

 

 ぼんやりと湖の景色を眺めていたのだが、そのぼんやり見ていた景色の中で、俺は魔物の姿を見つけた。

 小さな波が来る岸辺に転がっていたくすんだ色の岩……のように見えていたものが、よく見るとデカいカエルだったのである。大型のカエル、クレータートードである。肌の模様というか質感が岩石っぽいから、パッと見てわからなかったぜ。

 

「春になったら、お前やパイクホッパーを討伐するようになるなぁ」

 

 俺とクレータートードの距離は近い。四メートル程度だろうか。ちょっと足を伸ばせば届くような至近距離だ。

 しかし朝の寒さはまだまだこのクレータートードには堪えるのか、じっと岩に擬態したような姿のまま動くことがない。変温動物だから寒さに弱いんだろうな。

 

「カエル肉か……」

 

 あっさりしていて美味い。可食部も多いし悪くない。悪くないが……。

 燻製鴨サンドを食べて程よく腹が満たされた後だと、そこまで食欲も湧いて来ないな。

 いや、しかしザヒア湖を離れるのは明日なわけだから、ここでクレータートードの肉を手に入れておくのも悪くはないのか……? いやいや、ただでさえまだ鴨肉があるんだ。他の物を食っている余裕なんてないか。

 それにどうせだったら、ザヒア湖らしい物を食っておきたい。クレータートードはレゴールだったら春にいつでも食える。眼の前にいるからって、必ずしも狙う必要はないだろう。

 

「運が良いなお前。俺が食える魔物を見逃してやるのは超珍しいんだからな」

 

 カエルは神妙な顔のまま反応しない。顎の下がヒクヒクと無感情に動くだけだ。

 一文字に引き結んだ寡黙そうな口元が、どこか渋く見えてくる。

 

「まあ、クレータートードの骨を煮込んでスープを作っていうのはアリだが……」

 

 スープ……スープか……良い感じの出汁のスープになるんだよな……そう考えるとなかなか……おっと、ちょっと飲みたくなってきた。

 

「ごめん、やっぱ見逃し無しでいくわ」

「グェッ」

 

 食欲が湧いてきたら現金なもので、俺は素早くバスタードソードを引き抜き、クレータートードの頭部をスパッと落としたのだった。

 騙し討ちっていうほど向こうもこっちに気を許していたわけでもないだろうが、なんとなく苦痛の無いように仕留めてやった。美味しく頂かれてくれ……。

 

 

 

 カエルの肉をさばき、焚き火の中に突っ込んだ鍋で骨を煮込んでスープにし、ウルリカと一緒に矢柄作りに挑戦してみたり……。

 そうこうしている間に震えながら戻ってきたライナとモモの二人をサウナにぶちこんで温めてやったり。

 ゴリリアーナさんが釣り上げたラストフィッシュを、俺が作った不出来な矢柄モドキを串にして塩焼きにしたり。

 シーナとナスターシャが戻ってきて、今日は水鳥は獲れなかったと報告を受けたり。

 この日もまた、穏やかに過ぎていく。

 

 明日はレゴールに向けて出発だ。諸々の撤収作業で忙しくなるから、休暇らしい日は今日が最後になるだろう。

 飲み食いして、こうしてサウナで清潔に温まれるのも今日で終わりだ。名残惜しいぜ……。

 

「そんな近くにクレータートードがいたんですか! 魔物の姿はほとんどないかと思っていましたが、やっぱり自然の深い場所なんですね……!」

 

 水着姿でサウナに入るモモは、何故かライナが買った猫耳をつけている。

 

「寒いからか動きは鈍かったけどな。前に来たときはゴブリンも出てきたぞ。ここらも完璧に安全ってわけじゃないんだろうな」

「危険じゃないですか……!? いえ、一応ちゃんと警戒網があるとはいえ……」

「怖いっスね……戸締まりしとこう……」

 

 ライナは何故かモモが買ったうさぎの耳を着けている。交換したのかい……?

 ていうかサウナテントの戸締まりなんてそんなに効果ないと思うぞ。

 

「俺達は腕の立つ近接役がいるから良いが、一般人がろくな装備無しに来るには難しいだろうな。野営の心得がないと、いざって時は大変だ」

「うーん……私達ギルドマンからしたら結構過ごしやすい場所なんスけどねぇ……」

「水鳥も弓が使えないとまともに獲れないですからね。ギルドマンにしても人を選ぶかと!」

「言われてみればそうだ」

 

 特に弓の心得を持たない普通のギルドマンじゃ、このザヒア湖はちょっとだけ安全ではあるが、食料に乏しい場所なのかもしれない。

 俺も“アルテミス”と一緒に来ているからこそ、ザヒア湖で快適に過ごせているってことなんだろう。感謝しなくちゃいけねえや。

 

「やっぱ俺みたいなギルドマンはバロアの森で働くのが一番性に合ってるわ」

「そこそこ危ないスけど、討伐で稼ぐには良いっスからねぇ」

 

 ザヒア湖は存分に堪能した。明日からはまたギルドマンらしい仕事に戻って、レゴールでぼちぼち働くことにしよう。

 

 ぼちぼち……まぁ、ほどほどに、適当にな。

 つまり、いつも通りやるってことだよ。

 






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