バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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最強の矛もついてる盾

 

 冬場に任務はない。

 だが、完全にないというわけでもない。

 

 というのも、やっぱり事件っていうのは起こるので、季節外れのクッソ寒い外になんでか知らんけど賊が湧いたりとかするんだこれが。

 普通この気温だと長く居たら死ぬべ。耐寒装備なんてマトモなもの無いのにな。けどほんと、無いことは無い。

 

 そんな時々あるような極小数の任務に対応するため、ギルドマンたちは冬の雪深い日にもギルドに足を運んでいる。

 

 というか、暇なんだよな単純に。

 クランハウスや宿でじっとしているのもありだけど、話し相手が代わり映えしないと退屈なんだ。

 それに何より自前の薪代がかかる。そういう出費を払うくらいならギルドに詰めといて他所様の薪で温まった方がお得というのも、まあ共感できる考え方だろう。

 

 実際、ギルドは石造りの部分が多い割に造りは重厚で保温性が高いしな。

 

「虫型は厳しいよなぁ……斬ったと思っても弾かれてたり、ズラされてたりする」

「突きですらたまに流されるしな」

「ああ、毛皮持ち相手の方が断然マシだ」

 

 で、ギルドマンが集まって何を話すかというと……意外と、真面目に仕事の話をしたりもする。

 そりゃ酒が入れば調子に乗ってクソみたいな猥談をすることも多い連中だが、暇に飽かしてギルドのテーブルに自分の装備を並べ、油を塗り込むなり整備していれば……自然とそんな話の流れになるものなのだ。

 

「まー俺らも虫系専門じゃねえしよ。虫系魔物の狩り方なんざ覚えても大して役には立たないんだろうが……」

「覚えておいて損はねえからな」

 

 そんな話をしているのは、今最も人気のパーティー「収穫の剣」の面々だ。

 ハーベストマンティスによる被害を出してからも、彼らは虫系魔物に対する警戒心が一段と増しているらしい。

 実際、刀剣類で虫系に挑むのは結構リスキーだ。相手の甲殻は変にブヨブヨと動く鎧みたいなもんだから、うまく斬れないのだという。その点、サングレール軍のモーニングスターは効果覿面ではあるのだが。

 

「なあ、そっちの大地の盾の人らはよー。虫系に遭遇したらどう戦ってるんだ?」

「ん? 僕たちですか。それはまぁ、虫相手なら突くなり叩くなりが一番ですが……柔らかい部位があれば斬るのも悪くないと思いますよ」

「あーやっぱそうなるのかー」

「バイザーフジェールなんかは柔らかい部位が多いので戦いやすいですけどね」

「見たこともねーや」

 

 こういう話になると頼れるのは実戦経験豊富な「大地の盾」だ。

 元軍人ともなれば虫型と戦った経験も多いのだろう。アレックスも結構的確なアドバイスを返している。

 

「国境近くまで行かないとなかなか虫系とは遭遇しないですからねぇ……」

「そうなんだよ。たまーに不意打ちで遭遇するんだけどな、戦闘経験が無いから全く動きが読めねえの」

「俺のとこのパーティーもそうだぜ。たった1匹のゴブリンみてえな虫系魔物相手に五人で囲んで二分もかけちまった」

「感情が読めないんですよね、虫は」

 

 ハルペリア王国は虫系魔物が少ない。虫が多いのはほとんどサングレール聖王国になるだろう。

 代わりに獣や人型の魔物が多くて大変ではあるのだが……そいつらは刀剣類が通用するので相性は良かったりする。

 

「よく見かけるようなパイクホッパーでも、盾も上手いこと構えてやらんと大怪我するしな……」

「春にまた出てくるな。雪解けが待ち遠しいような、うんざりするような」

「金になんねぇんだよな……」

 

 パイクホッパーは犬サイズのバッタだ。

 尖った頭を使った突進攻撃が厄介な魔物で、不意打ちを喰らうと大怪我をする。

 しかし来るとわかっていればどうにか盾で防げるし、正面方向への飛び跳ね以外は鈍い動きしかできない相手だ。瞬発力こそ危なっかしいものがあるが、初心者向きの魔物と言えるだろう。こいつだけはハルペリアでも結構現れる。

 

「なぁ、そっちのアルテミスはどうなんだよ。虫相手に弓は通用すんのか?」

 

 収穫の剣の問いかけに、一つの丸テーブルでひっそりと矢の点検をしていたアルテミスの面々が顔を上げた。

 彼女達がこうしてギルドに長々と居るのも、この季節ならではかもしれない。

 

「普通の射撃では難しいわ。スキルを使えば甲殻を無視して効くけれど、当たりどころがよほど良くないと怯まないから厄介な相手ね。だから私達は虫系相手には毒矢を使う」

「毒かー、まあそうなるよなー」

「その毒もすぐには効かないわ。基本は相手にせず逃げるか、魔法と近接役に任せてる。近接役は盾必須ね」

「なるほど……」

「いいなぁ、うちにも魔法使いが欲しいぜ」

「ナスターシャさんが欲しいぜ」

「アルテミスの子なら誰でも歓迎だぜ」

「引き抜きはお断りよ」

「私達は誰も移籍なんて考えてないっス」

 

 ギルドにアルテミスがいると、猥談も……まぁ、ほとんどの場合そこまで盛り上がらない。

 アルテミス相手に下品な振る舞いをして調子に乗りすぎると痛い目にあうことが知れ渡っているからだ。まぁそれでもちょっかいかける奴が居なくなることはないんだけどな。

 

「やっぱ剣持ちは盾しかないかー」

「カイトシールドになるよなぁ。バルガーさんはよくあんな小盾で戦えるよ。手首やっちまわないんかね」

「頑丈な盾になると重さもバカにできねえんだよな。持ち歩きたくねーが……いざという時を考えるとちょっとな」

「剣一本だけ持って森に潜るわけにもいかねえしなぁ。……まぁ、あそこに盾も仲間も持たずに森に潜る変人がいるんだが」

 

 おい、こっち指さすんじゃない。それ失礼だぞ。

 

「なんだよお前ら。俺に何か文句でもあるのか」

「……おい新入り、よく見ておけ。ああいう奴のスタイルを真似たら駄目だからな。ああいうタイプは簡単にコロッと死んじまうんだ。覚えとけ」

「はい!」

「俺をダシにして新人教育するんじゃないよ。いや俺のスタイルを真似ない方が良いのは極めて正論ではあるが」

 

 俺の真似して新人に命を落とされたらショックで一日くらい寝込むかもしれん。

 

「というかお前らな、勘違いしてるかもしれないがこの俺だってちゃんと盾くらい持ってるんだぜ?」

「嘘だろ? モングレルの盾なんて見たことねーぞ」

「その前にマシな防具つけろ」

「いい加減に剣買い換えろよ」

「好き勝手言いやがって……」

「そもそもお前の持ってる盾なんてどうせ変な奴だろ」

「相手にぶん投げて当てたら飛んで戻ってくるとかそんなんだろどうせ」

「ガハハハハ」

「こ、こいつら……」

 

 俺の装備を馬鹿にしやがって……! 

 

「ああいいぜ、わかった。じゃあ今から宿屋に行って盾を持ってきてやるよ。見せてやるよ、俺の秘蔵の盾をな……!」

「秘蔵せずに普段から使えば良いじゃないですか……」

「そういえば私、前にモングレル先輩に盾を見せてやるって言われてたっスね」

「はは、今のうちに喚いてやがれ。見てから欲しくなっても絶対に売ってやらねえからな」

 

 ギルドの重い扉を開け、外に出る。

 うえー、寒い寒い! 

 

「おいさっさと閉めろ! 冷気が入ってくるだろ!」

「うっせー馬鹿! ちょっと待ってろよ!」

「本当に取りに行ったよあいつ」

 

 寒い中、宿屋までひとっ走り。

 途中、なんでこんな寒い思いをしてまで……と考えない事もなかったが、これは意地だ。ギルドマンとしての面子に関わる問題だ。

 見てろよ野蛮な異世界人共め。実用性を重視した現代人のチョイスを見せてやるからな。

 

 

 

「はぁ、はぁ……くっそ寒い……」

「あ、モングレル先輩戻ってきたっス……って、なんスかそのデカい荷物……」

 

 雪に積もられながらギルドの扉を開けると、テーブルのいくつかが何故かエールを準備して待っていた。

 こいつら完全に俺の装備を肴に飲む気でいやがる。許せん。

 

「……なんだそれ……盾……?」

「布で包まれてはいるが、明らかに盾のシルエットではないだろ……」

「あー暖かい……ふふ、見て驚け。こいつはな……ちょっと組み立てるから待ってろよ」

「組み立てってなんだよ」

 

 でかい包みを解き、盾を露出させる。

 

「……え、なんスかこれ」

「こいつはな、ランタンシールドっていうんだ」

 

 ランタンシールド。

 それは腕を覆う籠手にデカい丸盾が付属した、非常に画期的な防具である。

 

 籠手からはショートソードくらいの剣をニュッと出す事もできるし、複数箇所に攻撃用の刃を装着可能。攻防一体というやつだ。

 盾の中心にも棘を備え付けることができるので、シールドバッシュがそのまま致命的な攻撃にもなってくれる。

 

「そしてこの盾の真ん中の部分が蓋になっていて……ここに火種を入れておける! 中で光る!」

 

 蓋をキィキィ開けてみるが、みんなの反応は薄い。

 あれ、おかしいな。

 

「……この内側が鏡面になってて、光を相手の顔に当てて目潰しにも……」

「ならんだろ……この程度」

「いや、夜ならどうにか……」

「夜にこんな明るくなる装備つけてたら良い的ですね……」

 

 いや、でもそこはほら……ランタンシールドだし……。

 

「盾にしては重すぎるだろう。このたくさんある棘にしても、刺さった後抜けないと困るだろうな……」

「森の中じゃあらゆる場所にひっかけちまいそうだ」

「籠手と盾の接合部にも不安が……」

「整備が面倒臭すぎるだろ。盾の中を毎回ピカピカに磨かなきゃならんのか?」

「ランタンと盾と剣を別々に装備すればいいだけなのでは……?」

 

 おま、おまそれは禁句だろ! 言っちゃ駄目なこと言ったろそれは! 

 

「全てがこう……一つの装備に調和してるのが良いんだろが!」

「っスっス」

「調和というよりゴテゴテしてる感じですけど……」

「やっぱり変人ね」

「ガハハ、また変な買い物したなぁ!」

「モングレル、他に何か面白いもん持ってきてくれよ。酒が進むわ」

 

 な、なんだこの不評は。どいつもこいつも俺のランタンシールドをdisりやがって……! 

 こいつが黒靄市場でいくらしたと思ってやがる……! 

 

「……ミレーヌさん! みんなが俺をいじめる!」

「……」

 

 ミレーヌさんはただ静かに営業スマイルを浮かべていた……。

 

 


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