バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ケイオス卿の訪問

 

 空を見上げると、ゴテゴテに飾り付けられた色付きジェリースライムたちが億劫そうに空を飛んでいる。

 家や店にもローリエのレースが括り付けられ、耳を澄まさずとも近いところから賑やかな歌や音楽が聞こえてくる。

 レゴールの通りを行き交う人混みはいつもの三倍増し。他所の街から来た観光客や、今日のために着飾った人々でごった返している。

 

 今日は春の精霊祭。

 月の神ヒドロアを崇めて盛り上がる、ハルペリア人の祝祭だ。

 

「さーて、祭りを楽しむとするかー……とはならないんだよな、今年は」

 

 そう、去年とはちょっとばかし事情が違う。

 例年だったら溜め込んだ金をパーッと使い込んで、ライナだったり他のギルドマンたちと一緒にレゴール中を見て回って、酒を飲んで楽しむのだが……今年は色々と先約があるのでね。

 中でもケイオス卿として貴族たちの前に現れるイベント。こいつから逃げるわけにはいかない。発端といえばサリーのうっかりミスではあるので、“そんなこと言われましても……”と無理やり断ることはできただろう。けどそうすると今度はサリーがちょっと大変になりそうだし、こちらとしても一度はレゴール伯爵とコンタクトを取ってみたい気持ちがあった。

 安全に関して事前に準備ができて、シチュエーションのお膳立てもされているとなれば、なかなか得難い機会だと言えるだろう。

 せっかくの祭りの日にどうしてそんな億劫な……という気持ちもあるが、ここは一大イベントとして乗り切ってやろうと思う。

 

 その次は演奏会の参加だ。こっちもこっちでカテレイネとヴィルヘルムと組んでいるので外せない予定である。

 この演奏会に参加する連中は大勢いて、そのくせ曲のバリエーションに限界があるせいなのか、演目が被っている奴が多い。素人に毛が生えたような連中が連チャンで同じ曲を演奏し始めたらさすがに会場の空気も地獄である。運営側もそこまで冷え切った箱にはしたくないのか、上手い具合に被っている曲目をバラけさせているらしい。おかげで俺達のようなオリジナリティのある曲を演奏するグループは希望の時間を選ぶことができた。

 他の予定と被らない時間に演奏できるってわけよ。

 

 で、諸々が済んだら後は約束しているライナと一緒にお祭り見学だ。

 演奏が終わったらそのまま合流して遊び回るつもりだ。暗くなった後はギルドにでも雪崩れ込んで酒を飲むって感じだろうな。お約束のパターンである。

 

 予定はギチギチに詰まっているが、やらなきゃいけないことをしっかり済ませて、かつ自分のやりたいことも最大限やるようにした。

 まぁ、どうにかなるだろう。どうにもならなかったら、後は流れでな……その時の俺がなんとかしてくれるだろ……多分……。

 

 

 

「やあ、来たよ。……と、なるほどね。馬車で迎えに来てくれっていうのは、こういうことか」

 

 祭りの日でも人通りの少ない、西門近くにある倉庫の立ち並ぶ一角にて。

 鍵の掛かっていない空き倉庫のひとつが、この朝俺がサリーと待ち合わせに決めた場所だった。

 

 前々から少しずつ倉庫付近に道具を移していた俺は、早朝からこの倉庫内で着替え……というか“装着”を済ませて待機していた。

 借りた馬車に乗ってやってきたサリーはというと、俺の姿を見てもさほど驚いた様子を見せなかった。少しはビックリして欲しかったんだけどな。まぁ打ち合わせ通りではあるんだが。

 

『この格好にこの声なのでね。道中や向こうでは、くれぐれも名前には気を付けてもらおう』

「もちろん」

 

 今の俺の声は、全身を変装に身を包んだ上、まるきり女の声になっている。しかし完璧に自然な女声というわけではなく、何か機械を通して出してるのかなっていう感じの少し不自然な声だ。ヴァンダールの作った変声器である。おかげさまで変装が捗るぜ。これがなきゃ絶対に今回の話は頷いていなかっただろうな……。

 

『それでは、貴族街に連れて行ってもらおうか』

「うん、わかった。ここから解散するまでの間、責任を持って僕が守るからね」

『ありがたい』

 

 サリーと共に馬車に乗り込む。サリーも今回ばかりは雑談の口数が少ない。御者もそうだが、いつどこで会話を聞かれるかわからないからだ。俺の身元にたどり着くような情報をポロッと出すことはないだろう。

 

「それでは、貴族街へ」

「はい」

 

 馬車がゆっくりと動き出し、俺達を運んでゆく。

 ……ここからは、俺にとっては全く未知の領域となる。

 レゴールで暮らして結構長い俺だが、貴族街はほとんど踏み入ったことないからな……まして、貴族たちに面と向かって会うだなんてのは……。

 

『……楽しみだ』

「おや、そうなのかい」

『ここだけの話、こんな機会を望んでいないでもなかったから』

 

 声色が女っぽくなっているのもあるが、素の口調を出したくなかったので少し喋り方を変えている。

 何も知らない御者からすると、澄ました女が喋っているように感じるのだろうか。

 

『そういう意味では、サリー。貴女に感謝しているよ』

「そっか」

 

 人通りの多さ故にゆっくりとしか進まない馬車。

 窓から顔を出すと、段々と高級住宅地が見えてきた。

 

「そう言ってもらえると、僕も少しだけ気が楽になるよ」

 

 馬車が貴族街へと入ってゆく。

 

 

 

 あまりキョロキョロと外を見て貴族街の様子を眺めるのは、ケイオス卿の擬態としては不味いかもしれない。そんな思いでお上りさんムーブを我慢しているが、さすがにそこまでやるのは神経質だったかもしれないな。

 揺れの少ない路面に入ってからしばらくして、馬車は目的地へと到着した。

 

「降りようか。あとは案内されるがままだよ」

『なるほど』

「馬車はこのまま待機で頼むよ。多分そこまで時間はかからないからね」

「了解です」

 

 サリーが先に降りて、俺も身軽にサッと降りる。

 ……おお、まさに貴族の邸宅の敷地内って感じだな……。庭園に、デカい邸宅。ここだけ見るとまるで王都にやってきたみたいな綺羅びやかさだ。

 おっと。邸宅の方から何人かこっちに歩いてきている。あれが案内役だろう。身なりが良すぎて貴族なのかそうじゃないのかすらよくわかんねえや。

 

「前にも言ったけど、今回の集まりはケイオス卿を嵌めるためのものではないから安心してね。少なくとも伯爵自身はそのために力を尽くしている」

『聞いたよ。今更疑ってはいない』

「それでも、万が一。本当に万が一のことがあったとしても、僕は君の味方に回るから」

『心強いね』

「頼りにしてよ」

『しているさ』

「うん」

 

 当然、かなり頼りにしている。だが俺の平穏の命綱はほぼほぼ全てサリーに託している形だ。俺の正体がバレている時点でそれはずっと変わらない。

 だが、それとは別にサリーという個人に対しても、まぁ相応の信頼感はある。腐ってもゴールド3の女だ。この手の約束事に関してはしっかりと遵守する律義さは当然持っているだろう。

 仕事をしっかり、誠実にこなす奴でなければゴールド3という頂には至れない。

 

 だから本当に任せたぜ、サリー。マジで何か万が一があった場合は頼むぞ。

 最悪、貴族に囲まれてケイオス卿捕獲作戦なんてあったとしてもお前が味方に回ってくれるなら逃げることはできるかもしれんからな。光魔法で目潰しとかしてくれれば俺の身体能力ならどうとでもなる。いや、仮にサリーが何もしてくれなくても、敵に回らないというだけでなんとかなりそうな気がする。

 

 ……いかんな。始まる前から最悪の想定をするのはさすがに不吉だ。

 

 お話をしに来たんだぞ俺は。あまり悲観的になりすぎず、現実をしっかり見据えて臨むとしよう。

 

「おはようございます、サリー様。そして、そちらが……」

 

 邸宅から歩いてきたのは、見るからに執事然とした格好と風貌をした初老の男性だった。

 俺が思うにこの男の名前はセバスチャンだな。

 

『はじめまして。私の名はケイオス。本日はお招きいただきありがとうございます』

「!」

 

 俺が何ら礼らしき仕草も無しに直立不動の挨拶をすると、セバスチャンっぽい執事の人は少し驚いたように目を揺らしたようだった。

 まぁ、声が声だからな。意表を突かれるのも無理はない。けど礼とかその辺りのマナーがなってないのは許してくれ。上流階級のマナーの有る無しという情報もできればこっちは渡したくないんだ。

 

『本日は肌を晒さないこと。声を偽ること。その他、数々の無作法をお許しください』

「……ええ、聞き及んでおります。もちろん構いません。主人もそれをお望みでしょう。申し遅れました、私は家令のアーマルコと申します。中へご案内します。どうぞこちらへ……」

 

 セバスチャンじゃなかったわ。まぁそりゃそうだわな。

 




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