バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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男も女も祝杯を

 

 レゴール支部のギルドはだいたいいつでも賑やかだが、精霊祭の今日は輪をかけて賑やかだ。オブラートに包まず言うなら非常にやかましい。

 祭りを見て回るのに飽きた連中が大勢集まって、酒を飲んだり持ち寄った屋台飯なんかでワイワイとやっている。

 様々な食物の匂いが混ざっている中で、揚げ物の香ばしい香りが目立つ。串揚げだろうか。十分に食べ歩きしてきたつもりだったが、美味そうな匂いを嗅ぐとなんか腹減ってくるな……。

 

「後攻だろうと負けるつもりはねえ! 実力差で圧倒してやる! くらえッ! “金の稲穂亭の食堂で演奏してる奏者のねーちゃんたちは夕食代の三倍くらいで確実に部屋についてきてくれる”!」

「なっ……なんだとッ!? そんなデータ、どこにも……!?」

「――ぬうッ、有効! 勝者クモワンッ!」

「ぐわあああああああ!」

「しゃあっ!」

「――その相場、しかと見届けたぞ――」

「すげぇ! クモワンがやりやがった!」

「ありゃあ一度や二度通った程度のもんじゃねえ……いつのまにこれほどの力を……」

「じゃあクモワンにはちょっと多めに注いでおくぜェ~!」

 

 相変わらず独特な盛り上がりを見せている男連中のお祭り騒ぎだが、今日という日に限ってはそれに乗っかる奴も多い。“収穫の剣”だけでなく、他のパーティーからの参加者もいそうだな。まあ、景品が豪華ってのもあるんだろうが……。

 

 しかしさすがに今日は大入りだな。とりあえずさっさと席についておきたいんだが、空いてる場所がほとんどない。

 いつもは遠慮されて空いてそうなウルリカやレオのテーブルも、今日は人がいる。さて、どうしたもんか……おっと、ちょうどライナと二人で座れそうなテーブルがあるじゃないか。

 

「おーいロレンツォ、そっちのテーブル今空いてる? トイレで離席とかじゃなけりゃ俺等座って良い?」

「ああ? まあ、別に良いが。この爺さんも一緒だぞ」

「フリーなら座らせてもらうわ。ライナ、ここにしようぜ」

「うっス、失礼しまっス」

 

 “報復の棘”のロレンツォがいつもの辛気臭いオーラを発しているせいで相席を望む奴がいなかったのかもしれない。それとまぁ、何故かそれに相席してるローブ姿の爺さんの気難しそうなオーラも相乗効果を出しているのかもしれないが。

 全然見たことないけど誰だこの爺さん……と思って首元の認識票を見たら、ゴールドだった。嘘だろマジかよ。超強い魔法使いか何かじゃん。

 

「私、シルバー1のライナっス。ロレンツォ先輩は知ってるっスけど、そちらのお爺さんは……?」

「……一緒に座ってたが、俺もよく知らん。ただ偶然、相席してるだけだ」

「相席してて話さないのか……しかしゴールドランクなんてすげぇな。他所から来たお人かい?」

 

 俺達の注目を受けていることには気づいているのだろう。

 酒を手に微動だにしていなかった爺さんが、気難しそうな目を俺とライナに向けた。

 

「……アモクだ。“若木の杖”に所属している」

 

 アモク。聞いたことあるぞ。見たことはなかったけどあれだろ、“若木の杖”の水魔法使いなんだろ。

 マジか、こういう人だったんだな……というより、今の今まで姿を見たことが無かったってことに驚いたわ。普通は話をしたことがない相手でも、ギルドで姿を見るくらいのことがあったんだが。相当な出不精と見える。

 

「アモク先輩スか。モモちゃんと同じパーティーなんスねぇ」

「ゴールドか……相当な手練れだな。気付かなくてすまないな」

「……若い連中でやっててくれ。私は一人で静かに飲みたいんだ」

 

 話を少しでも広げようと思ったライナとロレンツォだったが、アモクさんはというとコミュニケーションを拒絶するかのように軽く手を振って、俯いてしまった。

 うん。なんとなくわかってはいたが、顔つきも雰囲気も人嫌いオーラに満ちている人だ。一人で静かにやりたいらしい。

 まあでも、そういう飲み方が好きな人もいるよな。

 

「まあ、彼もそう言ってるし絡まないでやろうぜ。一人で飲みたいんだろう」

「一人で静かに飲むには最悪のタイミングっスね」

 

 無駄にハイテンションに繰り広げられる猥談の応酬と、時々人が吹っ飛ばされる謎の演出。しみじみと酒を飲みたい人にとってはノイズにしかならないものばかりの日だ。

 一般客はどいてたほうがいいぜ……今日このギルドは戦場と化すんだからよ……。

 

「な、なぁなぁ……へへ……たまにはウルリカもよぉ……参加したらどうなんだよ……このバトルに……!」

「えぇー……私に振ってこないでくれるー……?」

 

 いまいちトーナメント形式かどうかわからない猥談バトルが繰り広げられているその最中、模範的参加者の一人であるバウルが唐突にウルリカの名を上げた。どうやらバウルはウルリカをこの穢れた戦場に上げたいらしい。

 

「そうは言ってもだぜ!? この神聖な戦いはレゴールギルドの伝統だからよぉ……俺らと同じ男なんだから、そりゃ当然参加してもおかしくはない……だろ? ヒヒヒ……」

「こいつ……ウルリカにいやらしい話をさせたいだけだぞ!」

「さすがはバウルだ……自分のルールに引きずり込んで優位に持ち込む……小狡いが、なかなか上手いもんだぜ……」

「でもウルリカのいやらしい話なら少し聞いてみたいかも……」

「まぁ聞くだけ聞きたいよな……そういうこと全然考えてなさそうな子のそういう話はな……フヒヒ……」

 

 なんて禍々しい戦いなんだ……これのどこが神聖なんだ。

 

「……最低だね」

「低俗ですね……」

「下劣……」

 

 同じテーブルに座ってるレオと新入りのビタリ君とミセリナも蔑んだ目で見ているぞ。

 バウル、お前の株価は大丈夫か……?

 そもそもウルリカはあまりこの手の話には詳しくないんじゃないか……。いつもこういう話してるとひっそりと話さなくなるしな……。

 

「まー……そのお酒? ちょっと貰えるなら、やってもいいけどねー。お酒苦手だけどこういう時だし、たまには?」

「マジかよ……!?」

「なんだって!」

「ウルリカのいやらしい体験談を聞けるのか!?」

「いやだが男だし……いやけど……」

「興奮してきた」

 

 だが意外、ウルリカはこれに乗ってきた。珍しいっていうか初めてのことなんじゃないのだろうか。俺の動揺を映すように、ギルドもちょっとざわめいている。

 

「ウ、ウルリカ!? 駄目だよそういうのは……」

「いーのいーの、お祭りだし。お酒がタダで貰えるならさー?」

「ヘヘヘ……! まさか乗ってくれるとはなぁウルリカ……! さあ、俺と熱い勝負をしようじゃねえか……!」

「笑顔がキショいっス」

「俺のシード権を譲ってやりてえよ」

 

 この勝負でウルリカを打ち負かすことで一体どんな欲求が満たされるというのだろうか。いまいち俺には共感できないが、バウルはニタニタと三下盗賊みたいな笑みを浮かべながら酒場の中央に躍り出た。ウルリカもそれに続く。

 

「ヒャハッ! 悪いが先手はもらうぜぇッ! ウルリカちゃんよぉッ!」

「なんか負けそうな喋り方してんなあいつ」

「容赦はしねぇ! “淫靡な果実亭の遅番の女の子は……紐みたいに細い生地のパンツを履いている”!」

「――有効ッ!」

「うおおおおっ! 紐だってぇ!?」

「紐ってどんくらい!?」

「ヒヒヒ……こんくらい」

「うおおおお! それはマジで紐だぁあああああ!」

「――追加攻撃有効!」

「追加が入った! バウル、マジで容赦しねぇ! こいつ本気で初心者狩りにきてやがんぞ!」

 

 ごめん、俺さっきまで飲んできたせいかな。ちょっと今の俺のコンディションだとこの複雑なゲーム性についていけないかもしれん。

 でも紐みたいな下着はちょっと気になるかもしれない。聞くだけ聞きたいわ。聞くだけな……。

 

「――淫靡な果実亭の遅番を知っているとはな……――バウルよ、よくぞここまで練り上げた――」

「へ、へへへ……ディックバルトさんも認めるこの知識……どうだウルリカちゃんよぉ……これが男の世界ってやつだぜ……! 店のことが気になるならよ、俺が一緒に行ってやってもいいんだぜぇ……!」

「こいつ……それが目的かっ!」

「なんと賢く卑劣な……」

「あいつたまに連れション誘ってたもんな……」

「そろそろこいつ“アルテミス”に消されるんじゃないのか」

 

 よくわからないがバウルは色々なものを犠牲にしつつも優位に立っているらしい。

 対してウルリカはというと……いつも通りの表情に見える。

 

「――さあ、次はウルリカよ……お前の手番だ」

「キヒヒ……なあ、聞かせてくれよぉ……ウルリカちゃんのいやらしい話をよぉ……!」

「えー……うーん、それじゃあ……」

 

 そう言って少し悩んだ後、ウルリカは自分のスカートの裾をちょっとだけ持ち上げ……見えるか見えないかのギリギリのところで、止めた。

 

「……今日の下着、ちょっと際どめの白なんだー」

「――勝者、ウルリカァアアアアッ!!」

「え、なんかそれズル、ぐわぁああああああああああ!?」

「バウルが吹っ飛んだぞー!?」

「まさか、衝撃の事象化とは……! 今の一撃、“本物”だぜ……!」

「白……際どめって、ど、どういう……ええ……」

「バウル……無茶しやがって……」

「でもこの判定なんかディックバルトさんの趣味がだいぶ入ってるように思うんだが……」

「お前、ディックバルトさんに疑義を呈するのか?」

「す、すまない……違うんだ……!」

 

 まさかのウルリカ勝利である。下着の宣言だけで勝つなんて随分とまぁお手軽すぎねえかって思うけど、それも人によるんだろうな……。

 仮にバウルが自分の下着を詳しく説明したところでギルドの連中から袋叩きに遭って終わるだろう。残酷なバトルだぜ……。

 

「わーいお酒もらっちゃったー」

「……う、ウルリカ。あんまり……飲み過ぎは駄目だからね。あまり強くないんだからさ……」

「もう、わかってるってばー」

 

 どうやらあの景品のウイスキーは今年の腕相撲でディックバルトがもぎ取ってきたものらしい。そいつをバトルを通してみんなに融通してるわけだな。まあ……気前は良いよな、気前は……。

 ……瓶を見るに、まだもう少し酒が残っている。俺もいくならそろそろだな……。

 

「じゃあライナ……ちょっくら稼いでくるわ」

「っス! パンツ見せればいけるっスよ!」

「いや多分俺じゃ無理だから」

「そうスかね……?」

 

 ……審判がディックバルトだから正直わかんねえけど!

 けど無理ってことにしといた方が俺の精神衛生上は良いからパンツ関係はやめておくぜ……!

 

「よぉモングレル……会いたかったぜェ……!」

 

 俺が席を立つと、示し合わせたようにチャックも靴を脱いでテーブルに上った。行儀が悪い男だ。

 

「御託は良い……さっさと闘ろう」

「ケッ……もはや俺なんか眼中にねェってのかよ! そうはいかね~ぜェ! 今日の俺は一味ちげぇんだッ!」

「いや、俺が先攻を貰う!」

「なんだとぉ!? 駄目、先俺っ!」

「いや駄目だから俺だから先攻! 先言ったの俺だし! はい俺ー!」

「うわ~! やめろよ~! モングレルが先攻じゃぜってぇ強いじゃんかよ~!?」

「子供スか」

 

 強引に先手をもぎ取ってやった、いくぜ!

 

「実は“男でも母乳は出る”!」

「ええええッ!? 嘘だぁあ~!?」

「――勝者、モングレルゥウウウッ!」

「ぐわぁああああああああッ!?」

「うわーっ! チャックが二階に吹っ飛んでいったー!?」

「チャックー! いやそれより母乳ってマジかよぉー! ありえないだろ!?」

「――ない? ――いや、ある」

「ディックバルトさんはどうして断言できるんだ……!?」

「恐ろしい……!」

「――修練を積み、その果てに男であっても――たとえ、それが満足いく量でなくとも――……母乳は、出るのだ――」

「ふ、ふーん……そうなんだー……出るんだー……」

 

 あ、ガセネタじゃなかったんだ……いや別にディックバルトを使ってファクトチェックしたわけじゃないけどさ。手っ取り早く勝負を終わらせようとしただけだったんだが……。

 結果として俺の力が強すぎてチャックを先攻ワンキルする形となってしまったか……過ぎた力ってのは虚しいもんだぜ。チャックの言う通り、俺は先攻を選ぶべきではなかったのかもしれないな……。

 

「チャックの代わりにはい、量はとりあえずダブルで」

「よっしゃ」

 

 というわけで賞品のウイスキーを貰って元いたテーブルに凱旋してきた。

 

「ほらよライナ、俺はもう結構飲んでるからやるよこれ」

「わぁい! あざーっス!」

「……ライナか。こいつ本当に酒強いよな。モングレルよりも強いだろ」

「いや俺なんか足元にも及ばないくらい強いぞライナは。最後まで付き合ったらこっちが潰されちまうよ」

 

 ウイスキーを楽しむように少しずつ飲むライナの表情は、子どものようにあどけない。しかし実際は酒豪ってんだからわからんもんだよな。

 一体この小さい身体でどうやってアルコールを解毒してるんだろうか。ひょっとするとライナの内臓の半分近くは肝臓でできているのかもしれない。

 

「……うーん、せっかくのお祭りっスから……はい、モングレル先輩にも!」

「お、なんだよ。俺にも分けてくれんのかよ。いいのか?」

「っス。記念の日っスからね! 一緒に飲まないと!」

「……ま、そうだな」

 

 記念の日。精霊祭でもあるが、そうだな。確かに今日は記念すべき日だもんな。

 お言葉に甘えて、ライナと同じ酒を味わうとしよう。

 

 





【挿絵表示】

マスクザJ様によるコミカライズ第2巻が発売されました。
発売日は4月25日、ウルリカとライナの表紙が目印です。
(Amazon*・∀・)
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