猥談を聞いて触発されたのか、一部の男たちが戦にでも赴くような意気込みで色街へ向かっていった。
おかげで熱狂的な騒がしさに包まれていたギルドが常識的な範囲の騒がしさに落ち着いてくれた。そうそう、こんくらいで良いんだよ。祭りとはいえ人が吹っ飛んだりテーブルごと薙ぎ倒されたりなんてのはさすがにやりすぎなんだ。
「アモクさん。アモクさんもセレナイトの討伐はやりましたよね!?」
「だっ、だから……魔法使いがセレナイトを討伐したところで何になるのかっていう話をしてるんですよ……そうやってアモクさんに泣きつくの、ビタリ君の悪い癖だと思いますけど……」
「はあ? 僕がいつ泣きついたんです? というか、魔法使いであってもスキルが重要なのは、月下の死神や他の高位魔法使いたちを見ていればわかることですよねえ?」
アモクさんのテーブルにはいつの間にか“若木の杖”のミセリナと新入りのビタリ君が押しかけ、魔法使い談義に華を咲かせている。……いや、アモクさんは相変わらずグラスを手にしたまま静かにしているな。
今日だけ見た感じだと無口で愛想もない人って印象だが、同じパーティーの若い連中からは慕われているらしい。
「で、そのジェリースライムの飾りを引っこ抜いて回ってた馬鹿を捕まえてみれば……お尋ね者だったと。間抜けだな……」
「飾りをまとめてどっかに売りつけようとしていたんでしょうね。そんなもの、大して儲けにならないでしょうに……今まで捕まっていなかったのは運が良かっただけでしょうね」
「しかし窓から引きずり込んでってのは、この時期特有の手口だな……」
酒場の隅っこでは“報復の棘”のロレンツォとローザたちが固まり、治安について話している。連中はいつも犯罪者の話ばかりだ。こういう時くらい祭りらしく明るい話で盛り上がってもいいのにな。
まあ、ああして真面目に治安維持に気を割いてくれる人のお陰でこの街も居心地が良くなっているから、無粋って一言で済ませるのは良くないんだが。
……で、俺はというと。
人が減って席替えして、結局いつものメンバーのいる席に落ち着きましたとさ。
「いやぁ……今日の俺は本当に色々歩いてな……着替えたり歩いたり飲んだり歌ったり……忙しい一日だったわけよ……」
「お疲れさまー……って言ってあげたいけどさー。モングレルさんのそれ、遊び疲れってやつじゃない?」
「あはは。精霊祭を楽しんだんだね、モングレルさんは」
「……概要だけ話すと確かにそうなっちまうな……いや、これで結構俺もな、スケジュールが立て込んでたんだよマジで」
「朝から演奏してたり忙しかったっスもんね」
ライナと一緒にウルリカとレオと同席しながら酒を飲んでいる。
いや、俺に関してはもう酒は限界なので水を飲んでいる。別に相対的に歳くってるから酒に弱いとかじゃなくて、普通に俺の身体そのものがそこまで酒に強くない。こういう時本当に不便だわ俺の身体。祭りの時くらいって思うんだけどな……今に始まったことじゃないか。
「モングレルさんの演奏私も見とけば良かったなー。劇場行った時はもう人がいっぱいで座れないほど混んでたんだよねー。ねえねえ、ライナは見てどうだった?」
「……すごい良かったっス。聞いたことない曲だけど、なんかいい曲だったっス」
「だろ? わかるかライナ、いい曲だよな」
「そこで演奏の自慢をしないところが変わってるよね、モングレルさんは」
「来年も演奏会あったらレオ、お前もあの楽器使って演奏しろよ」
「ええ、無理だよ無理。大勢の前でできるようなやつじゃないから!」
まあホールでカリンバっていうのはさすがに無謀か……音も絵面も地味過ぎる。
「観光客も多くてさー、何回も道聞かれて大変だったよもー」
「だね。お菓子屋の場所を尋ねる人も多かったなぁ。一緒に行ってくれないかとか」
「レオのはナンパだったね!」
「ウルリカだってそうだったでしょ……」
「私そういうの全然無いんスけど……」
「いるんだよな、やたらと道を訊かれる人ってのは。顔に出るのかねぇ」
「モングレル先輩はどうなんスか?」
「あー、俺はそこそこくらいじゃねえかなぁ。都市清掃してる時はちょくちょく程度か……そう考えると気持ち少なめかね」
俺達はすっかりのんびりダラダラと飲み食いモードに入っているが、ギルド内は慌ただしい。
最近見習いで入ったばかりのレニアはひっきりなしにエールを運んでいるし、普段は裏で任務の調整をやっているラーハルトさんも今は配膳作業を手伝っているくらいだ。厨房はもっと激しい戦場になっていることだろう。見たいような、見たくないような。
「ジェルトナさん……アーケルシアから届いた荷物、これ船守のエイハブからの祝いの品でしたよ……ケイオス卿宛で、レゴール全体へのお礼だとか」
「……“船の発明品の礼として、レゴール支部にこれを贈る。ケイオス卿に届ければそれで良いし、届かなければそれでも良い”、か。大雑把だねぇ……なるほど、海の男らしい。よし、ミレーヌ。せっかくだからメニューに追加を。彼の言う通り、皆に振る舞ってやろう」
「はい、ではそのように」
パンパンとミレーヌさんが手を叩いた。
自然と、ギルド内の目がそちらに向く。なんだいなんだい。
「皆さん。アーケルシア支部のゴールド3ギルドマン、船守のエイハブ様よりお祝いの品が届きました。貝ひもの干物だそうで……こちら数に限りがありますのでご自由にとはいきませんが、皆様に一品ずつお配りしますね」
「おおーっ!」
「干物か! これはいい! 好きなんだよなぁ」
「すっげぇ、その壺いっぱいに入ってるのか? ミレーヌさん、俺にもくれ!」
「皆さん、並んでください! 全員分お渡しできますので!」
「エイハブ様からのお便りは、掲示板に張り出しておきます。興味のある方はご覧くださいねー」
おお……マジか、貝ひもくれるのか。しかもアーケルシアからだって?
ありがてぇ……旨味があって良いんだよな、貝ひも。買うとそこそこの値段するから滅多に手は出ないんだが、とにかく食べごたえがあって酒が進む。今日齧るには最高のおつまみだろう。
「わぁい貝ひもっス!」
「まーたライナが元気になっちゃった」
「……俺も、貝ひもと酒いっちゃうか!」
「モングレルさん、顔赤いよ? 無理してない?」
「貝ひもはな……多少無理はしなきゃいけねえんだ」
「どういうこと? っていうかもうだいぶ酔ってるよねモングレルさん」
「よぉーしライナ、一緒に並んで貝ひも齧るぞ」
「うっス! ……でもマジでモングレル先輩、無理は禁物っスよ?」
「あのなぁライナ……今日くらい無理してお前に格好つけなくてどうすんだって話だよ」
「……むふ。そっスか」
なんて言ってはみたものの。
俺はそれから貝ひもを貰って一杯分だけ飲んだ記憶はあるものの、それ以降の記憶は全く残らなかったのであった。
格好つけたところで、実際に格好良く飲めるかどうかはまた別問題なのである。
夜になってライナをクランハウスまで送ることもできず、逆に心配されて宿まで送られる始末だ。
人生二周目かつ年上の男の姿か……? これが……?
うえっぷ……。胃の中で貝ひもが酒を吸って膨張してやがるぜ……。
「……はー、やれやれ。モングレル先輩、いつになくはっちゃけて飲んでたっスね……」
モングレルを宿まで送った帰り道。
泥酔状態の男の介助を済ませたライナは、人通りの減った道を小走りに歩いていた。
「格好つけかぁ……ふふ、そういうので格好つけなくたって、別に良いのに」
今日は身体も心も軽やかだった。
酒場で飲んだ酒やごちそうのせいもあるだろうが、一番はモングレルと交わした約束の影響が大きいだろう。
今はまだ難しいが、ゆくゆくは……。
「ふんふんふーん、僕は馬車ー……あれ、こんな歌だったっスかね……? うわっ」
「お、っと」
「きゃ」
そうして歌いながら浮かれて歩いていたせいだろう。分かれ道に差し掛かったところで、暗い人影と衝突してしまった。
二人とも転ぶことはなかったが、暗い影は荷物を取り零し、小柄なライナは酒のせいもあってか少し大げさによろけてしまう。
「いたた……す、すんません。ぶつかっちゃって……」
「いえいえ、構いませんよ。お気をつけください」
「さーせん……あっ、そのこれ、なんか落ちてるっスよ。この……本? みたいなものが」
ライナは暗闇の中に落ちた一冊の本を拾い上げ、服の裾で丁寧に砂埃を拭った。
文字の読み書きは“アルテミス”で教わっている。だから、表紙に書かれた文字を読むことも難しくはない。
「……えっと、これ……“神々の”……“祭壇”?」
「おや……これはこれは、困りましたね。大切な本に汚れがついてしまった――」
「ぁ……」
ライナは拾い上げた本の向こう側にいる男の姿を改めて見て、その異様さに思わず硬直した。
全身黒ずくめの、聖職者を思わせるローブ。そして頭部を覆う、鳥を思わせる大きな黒いマスク。
人気のない路地で出会うには、その姿はあまりにも異質であり。
「あの、ごめんなさ……」
「怖がる必要などありません。謝る必要もありません。些細な汚れなど……軽く拭えば、綺麗に消し去ってしまえるのですからね」
その夜、一人の少女が安らかな眠りについた。