バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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フクシュウノトキ

 

 朝の寝覚めは二日酔いで最悪だった。

 寝る前に枕元で齧った毒消し用のダンパスは成分薄めの株だったのか、アルコールを十分に解毒してくれなかったらしい。運が悪い。

 

 ……しかし昨日は飲んだな。色々なことがあったり逆に片がついたりしたせいか、痛飲してしまった。二十歳なりたての大学生みたいな飲み方をしたな……まあ、祭りってのもあるし、精神的にも羽目を外したかったから良いんだけどさ。ライナの勢いに釣られちまったよ。

 医療に限界のあるこの世界でやるにはリスキーなことをした。次からは気をつけよう……。

 

「後悔するのはいつだって二日酔いの時だけなんだけどな……」

 

 水をがぶ飲みして、身体を拭って、着替えてシャキッとする。

 痛む頭を抱えてベッドで二度寝しても良かったが、祭りの後だ。

 ギルドで何か変わった仕事があるかもしれん。気だるさを押して、出かけることにしよう。

 

「うおっ、とと」

 

 宿を出てすぐのところで、やせ細った黒猫に出くわした。

 黒猫は宿の前にぶちまけられていた吐瀉物の何かを食っていたらしい。猫は現れた俺に対して恨むような声を上げた後、機敏な動きで俺の前を横切り、走り去っていった。

 

「……良かった、俺の吐いたやつじゃなかった」

 

 昨日の最後の方の記憶はあやふやだった。だからこの宿屋の前のゲロはひょっとして俺のじゃないかと思ったが、中身はどうも違うようだった。俺のゲロじゃなくて良かったぜ。

 

「やれやれ、清々しい朝とは程遠いねぇ」

 

 祭りの後のちょっと静かな通りを、俺は足元に気をつけながら歩いていった。

 

 

 

 ギルドに辿り着くと、酒場は普段より控えめな人入りだった。

 昨晩は俺と同じように飲みすぎた奴も多いのだろう。祭りの翌日だ。まあ、普通はそうなのかもしれない。翌日いきなり仕事モードに入る俺の方がギリ少数派なのだろう。もちろん、それでも人が皆無ってことはないのだが。

 

「モングレルさん、おはようございます。……頭痛そうにしてますね」

「ようアレックス。やっぱわかる?」

「顔しかめてますからね、そりゃわかりますよ。昨日はまたチャックさんを負かして、景品を手に入れたようで」

「縦方向に飛んでったよあいつは。まだまだ飛距離は伸びるかもな……将来が楽しみな奴だよ、本当に」

「どういう期待の掛け方です……?」

 

 “収穫の剣”がごっそり欠けているのに対し、“大地の盾”はそこそこの人数が揃っているようだった。

 真面目なこいつらは祭りの翌日にこそ仕事があるとわかっているのだろう。お硬いねえとは思うが、そういうタイプがギルドに居てくれるのを頼もしくも感じる。

 

「今朝聞いた話ですけど、昨日の祭りでギルドマンが何人か捕まったらしいですよ。騒ぎすぎて喧嘩になったとか……」

「おいおい、はしゃぎすぎだろ。知り合いとかいないだろうな」

「去年の秋頃来たばかりの新入りと……あとブレークさんがちょっとしたトラブルで捕まったようで」

「またブレーク爺さんか……」

「ほんと、またかって感じですね……些細なことだそうなので、罰金払ってすぐ出てくるとは思いますが」

 

 粗暴なギルドマンに酒とくれば、まあこういうこともある。

 酒の勢いで喧嘩して衛兵のご厄介ってやつだ。あんまり派手にやりすぎると重めの刑罰をくらうこともあるが、祭りの喧嘩となるとトラブルの数も数だからか、若干罰則が緩めである。一日か数日牢屋にぶち込まれる程度だ。

 その中でもブレーク爺さんは常連というか……まあ、祭りになったら暴れる人だから何も珍しくないというか……相変わらずのトラブルメイカーである。

 さすが素行不良だけでブロンズ内を行ったり来たりできる爺さんだ。切実に、これからもなるべく関わりたくないもんだぜ……。

 

「あら、モングレル」

「お、シーナだ。“アルテミス”も仕事開始かい」

 

 アレックスと話していると、二階からシーナが降りてきた。

 が、シーナの表情は珍しいことにどうも浮かない様子だ。

 

「どうした?」

「ライナを探しているの。どこに行ったか知らない?」

「ライナ? いや、俺も今ギルドに来たばっかりだからなぁ……」

 

 そこまで言ったところで、ギルドの入口が開かれた。

 

「……おや。おやおや、おや……これはこれは……ほほう……」

 

 現れたのは、目立つ風貌の男だった。

 何よりも特徴的なのは、ペストマスクを思わせる鳥のような大きなマスク。

 全身を包む黒いローブに、長いブーツと長手袋。その上を多種多様な装飾品で飾っている。

 大荷物を背負い、片手には聖書のような分厚い書物。

 明らかに只者ではない。

 

「ここならばもしやと思い足を運んでみれば……これも神々のお導きでしょうか。まさか、早々に貴方と出会えるとは……ねえ? モングレル殿」

「! お前……」

 

 忘れるはずもない。

 この特徴的すぎる風貌。ねっとりとへばり付くような湿っぽい声。

 俺は、この男を知っている。

 

「誰だ……?」

「全身真っ黒だなぁ」

「モングレルの知り合い……?」

 

 ギルドのざわめきを意に介さず、男は悠々と歩き、こちらへ近づいてくる。

 

「おや、私のことをお忘れですか? ハハハ……だとしたら悲しいですね。もう何年も前のこととはいえ、私が忘れたことなど一日たりともなかったというのに……」

 

 男がペストマスクに手をかけ、ゆっくりと取り外す。

 

「……この顔を見れば、思い出せますでしょう?」

「ああ……」

 

 波打つ銀髪に、病的なまでに真っ白な肌。鮮血のような赤い瞳に、それを縁取る青黒い隈。そして、弧を描く口の中に覗く獣のように鋭い八重歯。

 年月を経てより紳士然としているが、その特徴的な風貌は忘れようったって忘れられるわけがなかった。

 

「誰?」

「銀髪……サングレール人かよ」

「でもなんか、雰囲気が……」

 

 どうして。なんでここに。

 痛む頭のせいで、湧き上がる疑問を消化できない。

 

「……ああ……忘れたことなんてねえよ。随分と久しぶりじゃねえか……」

「おや。おやおや……ははっ! まだその剣を使っているのですか。クククッ……相変わらず、随分と物持ちが良い人だ……」

「うるせぇな……」

「うるさいとは随分な挨拶ですねぇ……礼儀作法は相変わらずと見える」

「言ってやがれ……グレゴリウス」

 

 俺が呟いた名前に、シーナは鋭い目付きのまま首を傾げた。

 

「グレゴリウス……?」

「ああ、こいつは……俺の古い知り合いというか、昔の旅仲間というか……」

「おお……これはこれは、なんと美しい女性でしょうか。初めまして、私の名はグレゴリウス、神学者です。どうぞお見知り置きを……」

 

 マスクを胸に抱いて恭しく礼を取るグレゴリウスは、ちょっと人に誤解されそうなタイプの胡散臭い笑みを浮かべていた。

 

「うぃーっス! あ、モングレル先輩! おっスおっス!」

「お、ライナじゃん。おはようさん」

「ああ、ライナは資料室の方にいたのね……あまり大声出さないで頂戴。お酒の飲みすぎでまだ頭が痛むのよ……」

「おっ、大丈夫スか大丈夫スか」

「おやっ? これはこれは、昨日の少女ではないですか」

「あ。昨日道に迷ってた人じゃないスか」

 

 なになに、どうしたライナ、グレゴリウスと知り合いなのか?

 つーかシーナは二日酔いなのかよ、珍しいな。ウケる。

 

 

 

「昨晩はどうも助かりました。この街に来て、寝泊まりはしばらく神殿でする予定だったのですが、道に迷ってしまいまして。こちらのライナ殿に教えていただかなければ、そのまま反対方向を探す羽目になっていたところです」

 

 酒場の隅のテーブルで、グレゴリウスは向き合うライナに深々と頭を下げた。

 白っぽく不健康そうな顔は再び鳥のマスクで覆われている。

 

「いやぁ、私も昨日はぶつかっちゃったんで……お安い御用っスよ」

 

 どうやら昨晩、帰り道を歩いているライナはグレゴリウスにぶつかったらしい。

 その際に色々話したそうで、グレゴリウスが目的の場所と反対方向に向かっていることに気づいたのだそうだ。相変わらずそそっかしい男だ。もう四十近くになるだろうに落ち着きがないというか……とりあえず動くタイプなのは変わってないらしい。

 

「モングレルさんの古い友人ですか? サングレール人の?」

「いや、こいつのこれは」

「ハハハ、私の風貌は生まれつきですよ。なかなか信じてもらえませんが、白い肌と髪は神の悪戯によるものなのです。まあ、おかげで両親は不貞だのなんだのと言い争って不仲になり、私も苦労することは多いですがね。モングレル殿は昔から、その辺りをあまり気にしない方だったので助かりました」

「……生まれつき、か。大変なのね」

「ええ、特に陽射しに弱いというのが厄介でしてね。こうして全身を覆い尽くし、マスクを被っていなければすぐに肌が痛むのです」

「うわぁ、大変っスねぇ……」

 

 グレゴリウスは、俺がかつてハルペリア各地を彷徨っていた時にひょんなことから旅に同行することになった男である。

 当時から神学や漂着者の研究に没頭する変わり者で、フィールドワークとパトロン探しのためにほとんど強引に俺にくっついて来た奴である。

 ダークエルフっぽい農家のカテレイネ、ドワーフっぽい木こりのヴィルヘルム、そして吸血鬼僧侶っぽい学者のグレゴリウス。

 見た目だけなら強そうなお荷物パーティーを率いていたよくわからん時代だった。見た目だけは皆強そうなくせに戦えるのが俺だけだったのでマジで大変な旅だったな……。

 

「肌がヒリヒリするのは事実だろうが、お前のその大げさなマスクは趣味だろ……」

「えっ、そうなんスか」

「ククク……良いことを聞いてくれましたライナ殿。そう、これは魔大陸からやってきた魔族の方々が生命維持のために装着しているマスクと同等のものでして……くちばしには各種香草が保管できるようになっておりまして……」

「あ、ライナあんまりこいつに話を振るなよ。自分の分野のことになると延々と話を続ける奴だからな」

「マジっスか……ああ、そういえば昨日本を拾ったときも長話が挟まった気がするっス……」

「まあこれだけは聞いて下さい。このマスクの利便性は呼吸の浄化の他にも色々あるのです。例えば魔大陸からやってきた人々の特徴としまして……」

 

 もういいよ……俺もうその話昔にも何度か聞いたよ……。

 頼むから同じ話を何度も披露するのはやめてくれないか、グレゴリウス……。

 

 




ヒュン(*・∀・*三*・∀・*)ヒュン


【挿絵表示】

マスクザJ様によるコミカライズ第2巻が発売されました。
発売日は4月25日、ウルリカとライナの表紙が目印です。
(Amazon*・∀・)
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