バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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氷室作りのお手伝い

 

 雪が溶ける前に、ある程度積もったものを集める習慣がレゴールにはある。

 氷室というやつだ。

 

 万年雪が残っているような地方ならともかく、レゴールはそうではない。なので冬場に積もった雪はさっさと集め、地下にある空間に詰め込めるだけ詰め込んでおくのだ。

 

 こうしておくことで暑い季節でも貯蔵したものが溶けず、雪や氷による冷蔵保存が可能となり、さまざまな活用がなされるわけ。

 氷は雪を突き固めたり水を掛けながら固めたりって感じだな。デカい湖でもあれば氷も簡単に採れたんだろうが、少々手間がかかる。

 

 問題は、この氷室に使う雪の収集作業だ。

 雪を集めるといっても、レゴールに積もる雪なんて大したもんじゃない。人通りがあればどうにか道ができて、あとは自然と消える程度のものだ。

 街中の雪は小汚いので、集めるなら休耕中の田畑だとか、放牧地になる。その上澄みを掬って地道に集めるわけだが……当然寒い中でやるので、とんでもなくキツい作業である。重機もないしな。

 

 しかし深く悩む必要はない。そんな時に格安で動員される都合のいい奴らがレゴールにはいる。大抵の厄介な問題は、そいつらが解決してくれるのだ。

 

 それこそが犯罪奴隷。ようは服役中の犯罪者達である。

 

 

 

「今年は良い道具を貸し出されているからなー、その分仕事も楽なはずだー頑張れよー」

 

 休耕地に並ぶ犯罪奴隷達が、せっせと新雪を拾い集めている。掬って集めて、集めたら下がって一箇所に溜めて。新雪を踏まないよう端から慎重に、少しずつ。なんとも大変な重労働だ。気の遣いようは雪かきよりはるかに大きいだろう。

 

「動いとけー、サボると逆に冷えるからなー」

 

 雪集めの現場監督をこなしているのはレゴールの衛兵さんだ。

 やる事は結構退屈なものだが、犯罪奴隷が関わると下手に民間に関わらせるわけにはいかないので仕方ない。

 それでも、人手は常に不足している。

 この作業は犯罪奴隷に限らず、ギルドマンでも請け負うことができるのだ。

 

「ああ、お前はギルドの……おお……それ一気に持っていくのか」

「なーに軽い軽い」

 

 俺は今、犯罪奴隷達からは少し離れた場所で雪の運び出し作業を行なっている。

 雪を遠くから集めるのは言うは易しというやつで、馬車を何往復もさせる超重労働だ。主に馬車に積み込んだり積み下ろしたりするのが特にとんでもなく大変なのだという。

 まぁ俺の場合は馬鹿力があるから、この程度楽勝なんだけどな。

 

「いやー、しかしこの突き固める作業ってのは大変だなぁ。まさか氷にするのがここまで大変だったとは」

「まあ、だからこそ犯罪奴隷達に回される仕事なんだがなぁ。お前さんは自分から依頼を受けてきたんだろう。変わってるね」

「去年もやったんだけどな。まぁ珍しい経験もできるし、一日だけならってとこだ」

 

 氷室を作る仕事っていうのはやろうと思ってもなかなかできないしな。新鮮なうちはまだ楽しいもんだ。

 

「ふーん……なぁ、これってギルドで受けると儲かるのか? そうじゃないんだろう?」

「あー儲からないよ。そもそも冬場に食い扶持に困ったアイアンクラスが受けるような仕事だからさ」

「やっぱそうなのかぁ。あんたは何故?」

「さっきも言っただろ? 珍しい仕事だからやってみたかっただけだよ」

「変わり者だねぇ。けど仕事が進むのは正直助かるよ。俺らも寒い中じっとしてるのはしんどいからな」

 

 突き固めた雪は少々白く濁ってはいるものの、運びやすくなってくれる。

 それを馬車の荷台に待機してる衛兵さんにパスしたり、大きい塊なんかは製材所でも使ったログピックに似た道具を使って持ち上げる。

 俺の力をもってすれば集められる雪山よりも早いペースでの積み込みが可能だ。途中で休耕地で雪集めに加勢できる程度には余裕があるぜ。

 

「……あんた、ギルドマンなんだってな」

「ああ、そうだが?」

 

 雪に土が混じらないよう慎重に掬い上げていると、隣にいた犯罪奴隷の男が声をかけてきた。

 首には犯罪奴隷を示す頑丈そうなレザーの帯が巻かれている。

 

「誰かの脱走でも手助けしにきたのか? そのためにこんな場所に潜ってるんだろう? ブロンズ3のやる仕事じゃない」

 

 そしてなんか俺に妙な設定を付け加えようとしてきやがった。

 確かに割に合うかで言えば全く合わないけど、別に裏とかはないんで……。

 

「俺はただ氷室作りを体験したくてこの仕事をやってるだけだぞ」

「……なるほど、あんたからはそう言うしかないってことか」

 

 いやいや設定勝手に盛らんでくれ。

 

「勘違いだって。俺去年もやってたしな。馬車にいる衛兵さんは去年の俺のことも知ってたから聞いてみな」

「……本気で仕事を受けているだけ?」

「そうだよ」

「……何故?」

「だから氷室作りやってみたいから」

「……」

 

 嘘だろこいつはクレイジーな野郎だぜ、みたいな顔をして犯罪奴隷の男は仕事に戻ってしまった。

 

 俺の心は深く傷ついたのだった。

 

 

 

「そんなことがあったんだよバルガー」

「そりゃ誰がどう見ても変人の所業だろ」

 

 ギルドの酒場で氷室作りの話をすると、バルガーは何の容赦もなく言い捨てやがった。

 

「確かに冬場は仕事も減りますが、かといって犯罪奴隷と同じ仕事をするのはキツいですね……」

「なんだよアレックス、お前は軍にいたならああいう氷室作りに携わったことはあるんじゃないか」

「まぁそれはありましたけど……それも衛兵と同じで監督役としてですよ。実際に働くのは寒いし大変なのでちょっと気は進まないです」

 

 まぁ監督役は見てるだけではあったな……実作業だけ犯罪奴隷たちにやらせて、そいつらを取りまとめるだけ。確かに全然違うわ。

 

「ちょっと前に外壁際まではぐれ魔物がやってきたことあったよな。あの時どうしてたんだよモングレル」

「あー、ギルドから慌ただしく出ていったやつもいたけどな。結局ギルドマンが駆けつける前に衛兵が仕留めたってさ。俺はそれを見越してギルドから出なかった!」

「何もしなかったことを随分偉そうに語りますね……」

「つっても俺は飛び道具持ってないしなぁ。外壁の上から石でも投げるか?」

 

 わざわざ外壁の向こうの魔物を片付けるために門を開けるほどここの衛兵も暇じゃ無いし、平和ボケしてないしな。

 

「そういやモングレルよ、お前あれじゃなかったか? 弓の練習してなかったか?」

「そうなんですか? 初耳ですけど」

「いや、弓は全然だよ俺。持ってはいるけど当たる気がしねえ」

「それでも持ってるくらいですから多少は扱えるんでしょう? 意外ですね……飛び道具のイメージは無かったので驚きました」

「いや、5m先の木にも当たらんぞ」

「想像以上に素人だった……!」

 

 素人上等。俺の場合は矢をそのままダーツみたいに投げた方が強いよ多分。

 

「一時期練習してたのに勿体無いなぁ。弓が扱えるだけで狩れる獲物が倍にはなるってのに……お前最近アルテミスの子達とよく話してるんだから、教わればいいじゃないか」

「そうですよ。近頃はライナさんだけでなくウルリカさんでしたっけ。彼女とも仲良くされてますよね。せっかくだから習いましょうよ」

「……」

「ものすごい嫌そうな顔をしてらっしゃる……」

「そんなに弓が嫌いかモングレル」

 

 正直、だるいです。撃つたびにちまちまと矢の回収をするのが特に……。

 投石じゃダメか? 

 

「春になったらまた忙しくなるんですから、練習するなら暇な今時がちょうど良いと思いますけどねえ……」

「うーん、そう言われると確かにな……酒場でダラダラするのも飽きたし……最近は結構ディックバルトが居ることも多くて雰囲気が妙な感じだし……」

「ああ……うちの団長な……まぁ、良い人だから勘違いはしないでくれよ……」

「そりゃわかってるさ」

「わかってはいますがなんかこう……妙な雰囲気になるのが……」

 

 バルガーはのんびりやるグループに属するので、団長のディックバルトとはあまり組まないらしい。

 同じパーティーにいても慣れない相手がいるというのは、なかなか変わってるなと思う。バルガーも尊敬はしてるんだろうけどな。

 

 ……ディックバルトのいるセクハラ空間と化した酒場にいるよりは、修練場で俺に弓を教えてた方がライナたちにしてみたら楽かもしれない。

 弓の練習、面倒ではあるが少し考えてみるか。暇だし。

 

 


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