バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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見知らぬ白石使い

 

 ボードゲームカフェ、みたいなものができ始めた。

 去年辺りから続々と登場したボードゲームの流行は凄まじいもので、それまではムーンボードやらリバーシくらいしかなかった単調な盤上競技界に鮮烈な風を巻き起こした。冬の巣ごもりシーズンにぴったりのブームだったのである。

 このビッグウェーブに乗るしかねえと判断した鼻のきく連中たちは、どうやらポコポコと生まれ続けるボードゲームを楽しめる店を作れば儲かるんじゃないかと一計を案じたらしい。それが、ボードゲームカフェである。店の人間はどうやら、テーブルゲームハウスと名乗っているようだ。

 昔からある伝統的なムーンボード、ちゃんと色のくっきりとした白黒の石を使って作られたリバーシ、そして冬にヒットしたバロアソンヌをはじめ、それをパク……インスパイアしたさまざまなすごろく系ゲームなどなど。各種ゲームを取り揃え、ついでに飲み物や軽食も提供する店……それがテーブルゲームハウスなのである。

 

 俺は純粋にそんな店が出来たのかと感心したし、こりゃ流行るとも思っていたのだが……しかしどうやら、そうでもないようで。

 新装開店したテーブルゲームハウスの経営は、既に暗礁に乗り上げているようであった。

 

「いや、参ったよ。これならいけると思って意気込んで始めた店なんだが、思った以上に儲からない」

 

 店内の一角、誰も座っていないテーブルのひとつに、俺と店主さんが向き合っていた。

 新しい店ということで、新作の“ジャッジ”を売り込むついでに見物に来たのだが……驚くべきことに、店内には俺以外の客は誰もいなかったのである。

 呆気にとられた俺を店主のおじさんが呼び止め、せっかくだからお茶でも飲んでいきなよと誘ってきて、今こうして愚痴を聞いているわけだ。

 

「いやー……でも別に料金とかは、そこまで高くないよなぁ……えー、そんなに儲からないんすか、この店」

「そりゃ、凝った飯や飲み物は出してないけどな。とは言っても、値段も普通だろう?」

「普通ですねえ、このお茶も普通に美味いよ」

「ありがとう。それでも、ゲームをやるのにちょっとした席料を取られるのが客には抵抗があるみたいでね」

「あー……」

 

 この店はあくまでボドゲで遊ぶことをメインとしているので、そのための席料やゲームの貸出料を取るようにしている。だが客からすると、この料金の支払いを高く感じているらしいのだった。

 

「客からしてみれば、この店じゃなくても誰かの家なり、他のおおらかな店なりでやっちまえば良いってことなのさ。そうすりゃ席料なんてものはいらないからな。わざわざうちで金を払ってまでってことなんだろう」

「……なるほどなぁ。他の店でも別にやる分には困らないってわけか」

「そうなると、飯や酒も弱い俺の店は流行りようがねえってこと。……それに気付いたのは数日前だ。失敗したね」

 

 店主さんは冗談めかす風に苦笑いしているが、経営的には結構な痛手だろうな……。

 

「確かに、昼間から客が入ってないのは……厳しそうっすね」

「まったくだ。まあ、俺もゲームは好きで集めているから、仲間内が集まる場所として使ってはいるが……できればもっと他の客に来てもらいたいってのが本音だな」

「ゲーム色々あるもんなぁー……」

「ああ、コレクションしてるんだ。駒もダイスも特注のやつを色々とね。……見るかい?」

「いいんですか、是非見させてくださいよ」

 

 まあ、もともと自分の趣味の延長として開いた店だから、開業にあたって必要な資金はもちろんあっただろうが、そのためにボドゲを買い揃えたってわけではないようだ。このまま店は路線変更してしまえば稼げる程度に軌道修正できるのではないだろうか。

 ……お、リバーシの石これすっげえ良いの使ってるじゃん。ムーンボードもちゃんと組み木しっかりしてるやつだ。この人相当前からこういうゲーム類好きだったんだろうな……。

 駒もすげー、良い素材使ってるじゃん。目の部分に石とか嵌め込んでるし、一個でも買ったら高いんだろうな……。

 俺も色々と自作してるけど、俺には無理な加工精度だ。

 

「モングレルさんだっけ? ギルドの新しいゲームねぇ。やってみないことにはわからないけど、面白そうならもちろん買ってみるよ。こういうのは最初の物ってやつに価値があるんだ」

「コレクターだねぇ……いや、“ジャッジ”は本当におすすめですよ。絶対に定番になると思います」

「はっはっは、楽しみにしておこう。まぁしかし、今のところ店主ってよりはただのコレクター止まりだな……このままだと、冬になるまでは客入りも悪そうだ。それまでは椅子を増やして、メニューも充実させて……そうだな、軽食屋として凌いでいくとするよ」

 

 店主さんは客のために用意している茶をピッチャーからジョッキに注ぎ入れ、ごくごくと飲み始めた。

 ここのハーブティーは大量に煮出して作っているのだろう。ミント感の強いチャイって言ったらいいのだろうか、そういうスパイシーな味わいで結構美味い。美味いが、客はいない……寂しいね。

 

「店をやってくってのも大変なんすねぇ。俺もいつかちょっとしたお茶を出す店なんか構えてみたりしたいなんて思ってるんですけどね」

「そうかい? だったらやってみなよ。俺は何度か店を始めたり閉めたりしてるが、そのたびに良い経験ができたと思ってるからね。勝手がわかってくると、一度目より二度目の方が、二度目より三度目の方がいい店にできているもんだ。……まあ四度目のここはちょっと雲行きが怪しいんだが」

「ははは。……んじゃあ、その試行錯誤のおかげでこのメニューにもおすすめとかあるんですかね?」

「もちろんあるとも!」

「じゃあそれひとつ。ちょうど朝の仕事終わったばかりで腹が減ってて」

「おうおう、愚痴にも付き合ってくれるし良いお客さんだ。待ってな、今用意してやるから」

 

 新しい店に新しいメニュー。毎回冒険ではあるが、知らない店に入ってみるのはいつも面白いもんだ。別に話をして人脈を広げたいとかそういう意図はないが、少し喋って顔を覚えてもらうくらいはしておくと得だ。こういう世界で“得体のしれない奴”扱いされなくなるのは、それだけで価値のあることだ。

 

「ボードゲームハウス、ほうほう! こりゃあ随分と面白そうな店じゃあないか! おーい失礼っ、席は空いてるかねっ!?」

 

 と、まったりと茶をしばきながら席で待っていると、入口からお客さんが入ってきた。

 随分と軽妙な動きと声をした、やたらテンションの高い老人であった。

 

「これは……そもそも準備中かね!?」

「いやいや、そんなことないぜ爺さん。一応ちゃんとやってる店だよ。店主さんは今飯作ってるんだ」

「おっ!? そうかそうか、そりゃあ良かった!」

「なんだ、お客さんかい? いらっしゃい! ああ、そんでこれがおすすめね。是非味わっておくれ!」

 

 戻ってきた店主さんが持ってきた料理は、一口サイズの硬いタコスのようなものと、それにディップするためであろうドロドロした赤いソースであった。

 なんとなくナチョスを思わせる軽食だ。実際、穀物の粉で作ったチップスなのだろう。なるほど、これならテーブルゲームをしながらでも手軽に食えそうだ。

 ……うむ、ソースもまぁまぁ悪くない。ナンプラー感の強いソースだけど、ピリ辛で旨味があって良い。栄養素的にはどうかしらんけど、俺はもっさりした硬いパンよりはこっちのが好きだな。

 

「やあそこの君。席、一緒に構わんかね? これだけ広いテーブルを別々に座るというのも寂しいだろう? ん?」

「ああ、俺は構わないよ。どうぞどうぞ」

 

 新しく入ってきた爺さんは俺の向かい側の席に座った。

 爺さんの顔は気難しそうな皺が刻まれているが、青い目だけは若々しく、どこか爛々と輝いている。

 

「お茶は……うーむ。なあ君、それ美味しい?」

「なかなか美味しいすよ」

「じゃあ私もそれいただいちゃおうかなッ! 君、彼と同じのひとつ頼むよ!」

「はいよー」

「それと、こっちに置いてあるゲーム見させてもらって良いかねッ!?」

「どうぞどうぞ、見るだけならタダだよ!」

「うむ、ありがとう!」

 

 なんつーか、元気な爺さんだ。背筋もビッてしてるし、溌剌としているし。

 人間ってやっぱ足腰がちゃんとしてりゃいつまでも元気だよな……。

 

「ほー……ほーほー、なるほどぉ……なんだ、随分とスクロール系のゲームが増えたな……」

「革を広げてやるゲームは、本当に最近流行ったからなあ。昔の人からすると、そこにあるやつは知らないゲームも多いでしょ。スクロールを広げるゲームはほぼみんな新作じゃねえかなぁ」

「うーむ、確かに……いやッ、流行っているという話は聞いていたのだがね! どんなものがというと私のいたところではなかなか見れないもんだから、どんなものか気になっていたのだよ! ……はあはあ、なるほど。すごろくか。ほおー」

 

 爺さんは好奇心旺盛に色々なゲームを広げたり眺めたりして楽しんでいる。

 彼くらいの歳になると、新しいものを受け入れられずに頑なに昔のゲームばかりやることが多いのだが……この人の場合はそうではないらしい。

 やっぱりゲームが面白ければ老若男女に広まるもんなのだろうか。そうだったら俺としては嬉しいのだが。

 

「うむうむ……しかし私からすると、ここにあるリバーシなんかも十分に新しいゲームなんだがね! うーむ……時代の流れを感じるなァ……さすがに……」

「マジすか? そのゲームもだいぶ古いんじゃ? 俺の友達なんて生まれたときからやってたって話聞いてるよ」

 

 なんたって俺が十歳くらいの頃に発明したゲームだもんよ。軽く二十年近く前のもんだ。

 もっとも、発明者は現エルミート男爵ということになっているが……。

 

「はっはっは! 私からすると、そのくらいの昔も最近なのだよッ! どれ、そこの君! 一回私とリバーシでもやらないかね? 私はついさっきレゴールに来たばかりでね……この街のゲームの腕ってものを、試してみたいのだが!」

「おいおい爺さん……この俺にそんな勝負挑んじゃう? 俺はこのレゴールで五百番目にリバーシの強い男だぜ?」

「おおお……!? こちらを萎縮させたいのか油断を誘いたいのかどっちだ!? なるほど、面白い若者と出会えたもんだねぇ……!」

「俺を若者なんて言う奴に久々に会えて嬉しいぜ……! この軽食一緒に食べます?」

「あ、いただいちゃおうかな。悪いねッ」

 

 テーブルに爺さんのお茶が置かれた。

 成り行きを見守る店主さんは、ニヤニヤと楽しそうに笑っている。

 

「そんじゃ店主さん、せっかくだしこのリバーシのセット使わせてくれよ。金は払うぜ」

「はいよ! いやー、お茶も軽食も頼んで席料払ってゲームもやる。あんた本当に良いお客さんだよ」

「席料とかあるのかッ!? さすがにちょっと悪いよ、私にも払わせてくれ!」

「あ、まじすか? ありがと爺さん」

「なに、支払いも勝負もフェアが一番だからねッ! 不公平は良くないよッ!」

 

 テーブルの中央にリバーシのセットが置かれる。

 久々ってわけでもないが、見ず知らずの相手とやるってのはかなり久しぶりかもしれないな。

 

「うーむ、それじゃあ私の石は白色にさせてもらおうかね!」

「お、良いのかい? だったら俺は黒色だ。知ってるか爺さん、このゲームは先攻有利なんだぞ」

「はっはっは! 当然知ってるさ! まあ後手でも先手でもだ!」

 

 中央に四枚の駒が置かれ、勝負の準備が整う。

 

「最終的に、自分色に染めた方が勝つことに変わりはないじゃないか」

「そりゃそうだ」

「さあ、ゲームを始めよう!」

 




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