この世界でも神様ってのは信仰されている。
されてはいるのだが、ここハルペリア王国ではここ数百年ほどで宗教が廃れ気味になっているらしい。
農耕国家であるハルペリアでは昔から太陽神が信仰されていたのだが、お隣のサングレール聖王国が侵略を続けるうちに向こうさんの主祭神である太陽神が恨まれていったわけだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎くなるだろうし、極まれば仏様が憎くなる気持ちもわからなくはない。
で、それまでの太陽神信仰を捨てたハルペリア王国は、宗教国家サングレールと決別する意味も込めて月神を主祭神とした。
いや農耕国家が逆張りして月の神様信仰してどうすんだよって感じだが、まぁ多分よっぽどサングレールと相容れなかったのだろう。
実際宗旨替えした当初は国民も色々と混乱したり、不安に苛まれていたらしい。特に農家は太陽神の天罰なんかを恐れ、一部では暴動もあったそうな。
しかし国民の不安とは真逆に農作物は例年通り豊作続き。不安視されていた旱魃も冷害も特になく、なんだったら折良くお隣のサングレールが飢饉に見舞われたせいもあり、人々の信仰への不安は早々に払拭されたそうだ。
サングレールと決別し宗教勢力が大幅に減ったこと、お隣さんの影響で宗教信仰に冷ややかな国民が増えたこと。
そんないろいろな理由があって、今日では「まぁ伝統だし行事はやるよ」程度の宗教観で安定しているのがこの国だ。宗教にわりと適当な元日本人としてはなかなか親近感の湧く国家で助かる。それでも日本人よりは流石に迷信深いとこあるけどな。
で、今このハルペリア王国で信仰されている月神。
これは狩猟や魔法を司る神様らしく、杖や弓などがよくシンボルとして図案化されている。
弓を扱うにあたっては、なかなか縁起のいい神様だってことなわけだ。
つまり、弓を撃つときは月神様にお祈りするっきゃないわけよ。
「我が国の月神ヒドロアよ。願わくば、あの藁山の真ん中を射させたまえ。これを射損じるものならば、弓を壁掛けに戻しふて寝し、バスタードソード使いに戻らん。弓使い人口を一人増やさんとおぼしめさば、この矢外させ給うな……」
「モングレル先輩て形から入るタイプっスよね」
「
俺がよっぴいてひょうど放った矢は、20メートル先の的よりも10メートル手前の土に深々と突き刺さった。
「まぁこんなとこだな」
「何がっスか?」
「モングレルさん前より下手になってない……?」
「冬だから手がかじかんでるのかもしれんな……」
「さっきホットミルクで手を温めてたっスよね」
今、俺はギルドの修練場でライナとウルリカから弓の指導を受けている。
思い切って「ちょっと弓の練習してみたいんだけど教えて」と言ってみたら思いの外乗り気でオーケーをくれたのだが、なんらかのアドバイスをもらうよりも先に俺のモチベーションの方が先に死ぬ可能性がちょっと出てきた。
弓むっず。
「構えがっスね、フラフラしてるんスよね。弓を支える左手が動いてるのが一番致命的だと思うっス」
「ていうか、つがえ方が逆だよモングレルさん。外側になってたよさっきのー。内側にしないと」
「引く力もキープする力もあるんスけど、なーんか姿勢が浮ついてる感じするんスよ」
「おお……今日は二人ともグイグイくるな……」
「忌憚のない意見ってやつっス」
「弓に関しては私もライナもずっと先輩なんだからねー。教えて欲しいって言ってきた以上、使い物になるようにビシビシ指導してくよー」
それから何度か先生方の指導により矢を何発か撃っていくうちに、どうにか矢が狙っている方向に……なんとなく飛ぶようにはなった。
矢の先端に鏃じゃなくてレーザーポイントつけてくれないかな……いや、あってもまだ真っ直ぐ狙ったとこに飛んでくれる気がしねえ。
「この距離初心者向けじゃないんじゃないか?」
「これでも随分短い方スよ。外が寒くなかったら森の近くでやりたいくらいっス」
「まあ森の中で狩りをするならこのくらいが丁度良くはあるんだけどねー。それでもギリギリなとこだよ?」
まぁ20m先にクレイジーボアやチャージディアがいたら一発撃てるかどうかだしな。普通に敵に気付かれててもおかしくない。
そう考えると本来はもっと遠くから当てられるようにならなきゃいけないわけか。
「二人はどのくらいの距離の的に当てられるんだ?」
「私は無風ならとりあえず60mってとこスね。飛ばすだけなら全然もっといけるんスけど」
「すげーな」
「スキル込みっスから」
ライナのスキルは
手ブレを完全に抑制し、狙った構えができるというものだ。ただこの名前のわりに自動追尾してくれる類のものではなく、上手く相手に当たる調整そのものは自分でやらなくちゃいけない。
それって強いのか? って俺は素人ながらに思うんだが、手ブレがない状態で長く構えられるのがとても便利なんだとか。魔力消費も少なめらしい。
「私もライナと同じくらいかなー。照準系のスキル無いから大変で……」
「ウルリカもライナと同じくらいか……アルテミスは天才が多いな」
「私は生き物の弱いとこを暴くスキルとか、弓の威力を上げるスキルがあるからそっち担当だねー」
「ウルリカ先輩はすごいっスよ。突進してきた獣相手でも撃って弾き返すくらいのパワーがあるんス」
「ふふーん……ライナはかわいいなぁーもぉー」
「ちょ、撫でるのやめてもらっていいスか。子供じゃないんスよ」
男と女による百合のような何かを見てほっこりしつつ、矢の回収に勤しむ。
的に刺さってない分手前で大半が集まり終えてしまうのがなんか悲しいぜ。
「なぁ、試しに二人とも撃ってくれないか? この弓で」
「使ったことない弓なんで二発撃っていいなら良いスけど」
「あ、私もやるー。しょうがないかー、出来の悪いモングレルさんにお手本を見せてあげるかー」
「不甲斐ない弟子ですまねぇな」
「……ふふ、この時ばかりは私の方がモングレル先輩よりも先輩スからね。撃つところよく見てて欲しいっス」
その後、スキルを使わずにライナが二発。ウルリカが二発撃ってみせた。
一発目は的から離れた場所に落ちたが(それでも俺よりずっと的に近い)、二発目は綺麗に藁山に突き刺さっていた。
一発目が観測射撃みたいなもので、二発目で修正して撃っているんだろう。今の俺からしてみたら異次元の技術だわ。
「春になると獣も増えてくるっスから、それまでに形だけでもモノにできたら良いスね」
「んー、どうだろうねー……真面目にやっていれば間に合うかもしれないけど……モングレルさんはどうせあまり練習しないんでしょ?」
「するぞ? たまには」
「遊び半分は良くないっスよぉ」
とは言っても俺自身そこまで弓に必要性は感じてないからな。
あくまで趣味の一環なんだよな。使えたら便利なのは間違いないんだが。
「……ま、別に今回のこともお金とかは取らないからさ。今後も暇な時とかは私とかライナから気軽に教わってよ。あ、でも終わった後にエールの一杯くらいは奢ってほしいなー?」
「あ、それ良いっスね」
「プロの二人に教わってそれならお安い御用だわ」
「やったータダ酒だー」
「……逆に私たちが剣術を習うとかって、できるんスかね」
「ライナが? まぁ最低限の護身術は身につけてても損はないだろうが、俺は完全に我流だしな。教わるならアレックスが一番だぞ」
「あ、じゃあいいっス」
「……アレックス嫌いなのか?」
「そんなことないスけど」
俺の場合は強化のゴリ押しばっかだから、下手に真似されると危険だ。
習うなら体系化されてる軍の技術を身につけた連中のが良い。
「春かぁ……春になったら忙しくなるねぇー」
「っスねぇ……」
「人も金も魔物も動く、ギルドマンの稼ぎ時だからな。こんな季節も嫌いじゃあないが、そろそろ退屈でしょうがないぜ」
おっ、ようやく藁山に当たった。
「先輩ナイッスー」
「おめでとー、モングレルさん」
「月神様は俺のことを見放してなかったみたいだな」
「慈悲深い神様で良かったっス」
「俺の粘り勝ちってことかい?」
「あははは」
そろそろ雪解けの季節がくる。
ぐしゃぐしゃの雪が水溜りになれば、今年もまた忙しくなるぞ。