バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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清算と聖餐

 

 バロアの森の奥地にて、一匹の酷くやせ細ったゴブリンが焚き火跡の前に座り込んでいた。

 浅黒い肌色は所々が破けており、頭などは白骨が露出している部分すらある。本来であれば死んでいなければおかしい損傷である。

 それでもゴブリンはまるで生きているかのように時折顎を開いたり、閉じたりをしている。その目が白く濁っているのにも関わらずだ。

 

 そのゴブリンは既に死んでいた。

 死んだ上で、アンデッドとして操られている存在であった。

 

 意志なきゴブリンを操っているのは、彼が右手に握り締めている折れ曲がった長剣。そこに宿るグリムリーパーである。

 人呼んで、剣霊ワットタイラー。“日陰者”が現れるまでの間この森を騒がせていたユニークモンスターである。

 

 かつてこの剣の持ち主であった者の執念が剣に宿り、好奇心で拾い上げたゴブリンを取り殺して肉体の主導権を簒奪した。生きたゴブリンを即座に呪殺するほどの力を持っているのは非常に珍しいケースではあるが、そもそもグリムリーパーは強大な魔物である。あり得ないことではない。

 剣に用いられた鋼が魔力と親和性の高い魔合金であったことも、グリムリーパーの力を増した要因の一つであろうか。

 

「……グ……ギ……」

 

 グリムリーパーはここ数日、古い焚き火跡の側に座ったまま動かずにいた。

 活動をやめたわけではない。その証拠に、彼の周囲には何種類かの魔物の惨殺死体が転がっている。意味もなく彼に手を出した魔物らの末路であった。

 一定以上の距離に近づけば機敏に動き、手にした長剣で斬り伏せる。その動きと太刀筋は、バロアの森の魔物であっても見切れないほど。グリムリーパーは自我を失っても尚、その穢れた霊魂の奥底にまで染み付いた技を錆びつかせてはいなかった。あるいは、技は剣にまで宿っていたのか。

 

 グリムリーパーはこの世に存在する生きとし生ける者を妬み、憎んでいる。それと同時に、己の怨念の奥底で微かに眠る人間だった頃の何かを探ろうともしていた。

 それは残された理性か、単なる残滓か。少なくともグリムリーパー自身はそれに酷く執着し、ここにじっと座り込んでいる。

 

 森の中の焚き火。そこに、己の何かがあったはずなのだと。

 白く濁って腐った目は、焚き火の向こう側に何も映していなかった。

 そこに何かがいるはずなのだが。

 折れて歪んだ長剣を、嘆き悲しむ己の霊魂を慰め得る、何かが。

 

「ふーーーむ、これは……そうか。その剣は……」

 

 グリムリーパーは、すぐ近くで人の声と気配が現れたことに気が付いた。

 驚きはない。アンデッドに感情はない。グリムリーパーは至って冷静に、それに顔を向ける。

 

「ボルツマン。贄が一つ我が剣に宿ったかと思えば、やはり君だったのか」

 

 それは、黄金の重鎧に全身を包んだ怪人であった。

 刺々しいトサカを持つサンセットコケッコを模したフルフェイスヘルムに、後ろに背負った巨大な太陽型の円盾。

 木漏れ日をギラギラと反射するその異様は、諜報特殊部隊の長とは思えないほどに自己主張が激しく、派手であった。

 

 彼は後光のサルバドール。

 “日陰者”を率いてバロアの森にやってきた、スピキュール教区の聖堂騎士である。

 

「ギ……」

 

 明らかに常軌を逸した風貌の相手であっても、アンデッドたるグリムリーパーには感慨にならない。ただ、近くに生者が現れた。認識はそれだけであり、そこに人間だった頃の記憶は影響を及ぼさない。

 それが生前の上司であることなど、グリムリーパーは気付けない。

 ただただ、生者への殺意だけが微かな自我を覆い隠してゆく。

 

「グリムリーパーか。ふーーーむ……ある意味で君らしい死後だと、慰めの言葉をかけてやりたいところだが……」

 

 グリムリーパーが姿勢を低くして襲い。折れ曲がった長剣をコンパクトに振りかぶり、鎌のように膝裏を狙っている。鎧で覆うことのできない脆弱な関節部。そこを狙った一振り。瞬きするほどの時間で、正確にそこを斬りつけた。

 

「持ち主がゴブリンとは、さすがに不憫でならないよ」

 

 が、刃は止められた。

 黄金のグリーブの踵から伸びるナイフのような蹴爪が、斬撃を完全に受け止めていたのである。

 軽く脚を浮かせただけで弱点への襲撃をいなしたサルバドールの姿は、その鳥面もあって獰猛なニワトリのようであった。

 

「同僚の誼だ。君は私が、友として葬ってあげよう」

 

 サルバドールが背にする太陽を模した大盾がカラカラと回る。

 円盾から放射状に伸びる柄の一本を掴んで引き抜くと、それは靭やかに撓みながら長く広い刀身を顕にした。

 

 太陽の熱波を象ったような巨大な波刃剣(フランベルジュ)の一本が刀身に通った魔力によって硬さを取り戻し、鋭く鳴る。

 対面するグリムリーパーは腐った牙を露出させながら獰猛に、しかし冷静に一度距離を置くように飛び退いて、両手で剣を握り直して構えた。

 

「“死掠閃(ソウルリーパー)”」

「……ッ!?」

 

 鳥面のヘルムが赤い眼光を発し、剣が唸る。

 重鎧を着込んでいるとは思えないほどに疾い一閃。だが、グリムリーパーは反応できた。剣と剣が打ち合わさり、大きな火花が辺りに散る。

 ……だけではなかった。

 

「ガ……ッ!」

「剣に宿ったアンデッドにとって、このスキルは天敵なのだろうね」

 

 グリムリーパーは全身を襲う強烈なダメージに呻いた。痛みではない。だが、確かに己の存在を脅かすダメージが今の一合には込められていたのだ。

 

 “死掠閃(ソウルリーパー)”。掠め斬る鎌や曲剣などで発現しやすい攻撃スキルである。

 その効果は斬りつけた対象の魔力を掠め斬り、一部を己のものとするという非常に独特なものだ。広大な戦場においては、大鎌を持った死神がこのスキルによって延々と雑兵を斬り伏せ続けることで恐れられている。

 サングレールに身を置く騎士にとっては常識であり、警戒すべきものなのだが……剣技は遺っていても、もはやグリムリーパーにそういった常識を参照する力は無かったのだろう。

 サルバドールは、無性にそれが哀しかった。

 

「おやすみ、ボルツマン」

「ギ……」

 

 一瞬のうちにゴブリンの身体を三度、そして折れ曲がった剣を二度切り裂いて、サルバドールはフランベルジュを納刀した。

 アンデッド化した剣はその力を失い、ゴブリンの死体はそのまま崩れて地に転がる。

 ボルツマンの残滓であったそれは今はなく、ただの魔物の死体と、鉄くずへと成り下がったのだった。

 

「……我々は英雄など、目指すべきではなかったのだろうかね」

 

 背中の盾をカラカラと回しながら、サルバドールが嘆く。

 そうしている間にもまた、背負った剣に一つの贄の魂が宿った。

 “光輝粛清(トショカール)”を掛けた短剣の持ち主が、怨敵を前に命を落としたのだろう。

 それはまたひとつ、下準備が前に進んだことを示していた。

 

 順調である。概ね、計画通りではある。

 しかし、サルバドールは解せなかった。

 

「ふーーーむ……何故だ……どうしてここにきて、盾の回りに偏りが生じるのか……?」

「……見つけたぞ」

「ふむ?」

 

 森の奥から、一人の男が現れた。

 癖のある黒髪に、彫りの深い顔立ち。レゴールのギルドマンの一人である剣士、“報復の棘”のロレンツォであった。

 彼の表情はいつにない深刻さと、そして怒りに染まっていた。

 

「“後光のサルバドール”……まさか臆病者の貴様が、わざわざ自分から現れてくれるとはな……!」

「……ふーーーむ……“磔刑のロレンツォ”。まだどこかで逃げ隠れているとは思っていたが……そうか……ならばこの偏りは君のものだったのか?」

 

 背中の剣を掴み、回転する盾が静止する。再びフランベルジュが抜き放たれ、その刀身を外気に晒す。

 

 ロレンツォの前に掲げられた刀身は、白い光で輝いていた。

 

「まあ……今更どうでも良いのだがね。やることは同じだ」

 





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