バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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スコルの常歩

 

 ロレンツォは瀕死に近い状態だった。

 左手の指はほとんどがふっ飛ばされているし、左目も抉られている。その他の傷も多く、満身創痍を人にするとこういう感じになるんだなっていうのが今のロレンツォであった。

 だが、本人曰く“助かった”とのことだ。

 俺からするとその傷だらけの状態がポーション一本でどうにかなるかだいぶ怪しいと思うんだが、ロレンツォは手慣れたもので、自身の傷を取捨選択しながら的確な応急処置を施している。俺が過剰に持ってきた医療物資が役立っていれば良いのだが。

 

「……よくそれだけの大荷物を持って、ここまで来れたもんだ。いや、俺はそれに大いに助けられているんだがな……薬草も包帯も、ここまで至れり尽くせりだとは。これでは死んで帰る方が不誠実というものだ」

「ポーションも高いんだ。是非とも生きて街に戻ってくれ。今回に限っては、ギルドからも補償金が出るだろ」

「わかってる、必ず払うさ。まぁ……その程度の金はある」

 

 今、俺達は魔物よけのお香を焚きながら休憩している。

 ロレンツォの治療と撤退準備のために俺が手を尽くしている形だ。

 

 ……もちろん、サルバドールに関しても考えている。

 内心すぐにでも後を追ってロレンツォの仇討ちをしてやりたいところなのだが、幸いロレンツォはまだ死んでいない。じゃあ生きてるやつ優先ってことで、ひとまずはロレンツォがどうにか歩いて帰れる程度になるまではこうして見てやろうと思っている。

 

「……モングレル。さっきの……サルバドールとの話は、聞いてたか」

「まぁ……少しだけな。気配を出さないようにするのにすげぇ気を使ったぜ」

「どこから見てた? いや、聞いてた? ……責めてるわけじゃない。聞かれても、今更だしな。もう隠すようなこともない」

「あー……ロレンツォがダウンして、あの金ピカの……サルバドールが得意気に話してるところだな。“日陰者”に戻ってこいだのなんだの……お前、サングレールに居たんだな」

「……そうだ。元々は……サルバドールの手駒の一つだった」

 

 腕に刻まれた深い裂傷に刻んだ薬草を塗り込み、その上からキツめに包帯を巻いている。自分の腕に当たり散らすような、乱暴な巻き方だった。

 

「才能ある黒髪や青髪の子供は、サルバドールに招かれて教育を受ける。幼少の頃から、刷り込みのような……洗脳を施されるんだ」

「その辺りは大体聞いてる。けど、今は違うんだろう?」

「もちろんだ。昔はそれこそ奴の意のままに操られていたが、途中で目が醒めるようなことがあってな。足抜けし、ハルペリアに落ち延びることができた。……心配するな。俺のことは一部の貴族も把握している。“報復の棘”に所属しているのも、街に潜んでいるかもしれない“日陰者”を探すためだしな……」

 

 良かった。だったら大丈夫だ。

 

「……まさか、ハルペリアへ直々にサルバドールが乗り込んでくるとは思っていなかったがね」

「豪胆だよな」

「愚かさ。サンライズキマイラの討伐など……前例がない偉業だ。連中、よほど後がないのだろうさ。ざまあみやがれ……」

 

 普段はどちらかといえば無口なロレンツォが、今日は饒舌だ。

 ひょっとすると普段皆に作っていた心の壁も、こんな背景があったからなのだろうか。

 

 ……しかし、サンライズキマイラの討伐か。

 

 常識的に考えれば、無謀だ。

 そもそも世の中の誰も正確にサンライズキマイラのスペックすら知らないのだ。ワンチャン勝てると思っているのも、相手の力が具体的に見えてないからこそ出せる放言だ。

 俺は逆にサルバドールの全力がどれほどのものかは知らないが、断言しても良い。サルバドールでは絶ッッッ対にサンライズキマイラには勝てない。つーかサンライズキマイラに勝てるならさっさとハルペリアの王都に攻め込んで全員ぶっ殺して勝利宣言できるレベルだ。けどサルバドールにそんな力はないだろ。だから無理だ。

 

 しかし、レゴールにブチギレサンライズキマイラをけしかける。……こっちは正直、わりとできなくもないと思う。というのも、サンライズキマイラの沸点とか地雷までは俺も詳しくないが……明確に歯向かってきた奴相手には、多分サンライズキマイラもしっかりとキレるだろうなとは思っている。

 最低でもイラッとしたサンライズキマイラが吠えて、軽めのスタンピードくらいなら起きるかもしれない。もうちょっとキレてたらそれこそ本当にレゴールの近くまで影響が及ぶ……なんてこともあり得なくはない。まあ、一度きりのチャレンジにはなるだろう。サルバドールはそのまま死ぬだろうからな。

 

 このまま放置すれば、サルバドールは勝手に激つよライオンの反動なし先制二回攻撃タイプ一致はかいこうせんに飲み込まれて死ぬだろう。それは全然構わない。楽だ。状況が許すならサルバドールが森の奥にいくためのガイドとして藪漕ぎくらいはしてやってもいいくらいである。保存食だって喜んで半分こしてやってもいい。

 しかし、今やられるのはちょっと困る。

 

「……このままサルバドールがサンライズキマイラの怒りを買えば、バロアの森にスタンピードが起きるだろうな。奴が吠えて、森の魔物が恐怖して、一斉に外側へと押し寄せてくる。そうなりゃ、未だ森にいる大勢のギルドマンに被害が及ぶぜ」

 

 理由は単純で、森にいるギルドマンたちにとって他人事ではないからだ。

 スタンピードくらいなら多分、全然起こり得る。そして軽めのスタンピードであっても、巻き込まれてはタダでは済まない。入口に構えた砦だったら耐えられるだろうが、捜索に出ている連中は……結構危ういところだろう。

 俺にはそういう具体的なビジョンが見えていたが、ロレンツォは懐疑的そうに眉根を寄せている。

 

「サンライズキマイラが怒って吠える、か……あり得ないことはないだろうが、考えすぎじゃないか?」

「……かもな。けどやっぱ、心配にもなるぜ。まだ森には見つかってない連中が大勢いるんだ。知ってるか? ブレーク爺さん右腕失くしちまったんだぜ」

「は? 嘘だろ……あの爺さん、そんな深手を負うんだな」

「あの人も人間だったってことだよ。それだけ、森に潜伏してる“日陰者”は多いってことだ。そいつらのせいでまだ街に戻れないギルドマンが大勢いる」

「……忌々しいことだ。サルバドールめ」

 

 ロレンツォは水を飲み、木を支えにのろのろと立ち上がった。

 

「恨めしいが……今の俺には、奴の後を追うこともままならない。森が危険になる可能性があるならば、ここで身体を休めているのもリスクだ。少々無理な行軍になるが、さっさと拠点まで撤退させてもらおう。助かったぞ、モングレル」

「ああ、ゆっくり休んで怪我を治してもらえよ。ロレンツォなら一人で帰れるだろ?」

 

 俺がそう言うと、ロレンツォは驚いたような顔をした。

 

「……モングレル、残るつもりか? まさか」

「いやいやいや。後をつけて、遠巻きに様子を見るだけさ。あの金ピカの装備、チラッと見えたけど極上品だろ。あいつがサンライズキマイラにやられた後で、そいつをかっぱらってくるのさ」

「そんなことに命を賭けるなよ……いや、お前。嘘だろうそれは。さすがのモングレルでもそこまでのことはしない」

 

 自分で言ってて苦しい嘘だとは思ってはいたが、逆に一瞬丸め込めそうになったのが驚きではあるぜ……。

 

「……ま、完全に嘘ってわけじゃねえよ。奴の遺留品を持ち帰れば、それだけでお偉いさんは安心できるだろうしな。それだけで高値がつくだろうよ。……あとは、まあ俺の好きでやるのさ。こう見えて俺は、ハルペリアで一番サングレールを憎んでるギルドマンなんでね」

「戦うつもりか……?」

「隙を見てやれそうならやる。悪くはないだろ。丁度、今の奴はロレンツォとの闘いで疲弊してるだろうしな。寝首をかくタイミングを窺うには最高だろ」

 

 俺にトラッキングの技術はないが、サルバドールの装備品の重量や目立つ金ピカの鎧。あれを追うのは比較的楽だ。今こうして見てみても、サルバドールの足跡はちょくちょく目についている。何より相手の目的地がはっきりしているのだ。何も難しいことはない。

 まあ、肝心の寝首をかくのは自信ないんだけどな。俺に隠密の技術はないから。

 

「……死ぬなよ、モングレル。レゴールに戻って、俺にポーション代を払わせてくれ」

「最高に元気づけられる言葉だ。お前こそ帰り道は気をつけろよ、ロレンツォ。どっちかといえばお前のほうが死にそうだ」

「……ふは、そうか。そうかもな。……また後で会おう」

「ああ、また後で」

 

 そう言って、俺達はその場で別れた。

 ロレンツォも少しずつ歩ける程度には回復したようだ。牛のように遅い歩みだが、奴もシルバー3の凄腕ギルドマンだ。どうにか自力で作業小屋まで到着して、そこで一休みできるだろう。しかも実際の能力は、多分もっと高いはず。だったら心配はいらない。

 

「……さて。後光のサルバドール、か……」

 

 荷物をまとめ、背負い、首を鳴らす。

 

「もうちょっとだけ、森の散歩を許してやるよ」

 

 追いかけっこのはじまりだ。

 すぐに終わらせるつもりはないから安心してくれ。

 最初のうちはゆっくり歩いてやる。

 他のギルドマンが立ち入らないくらいの奥地までは行かせてやるよ。

 

 そこから先は、お前の祈り次第だぜ。

 





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