バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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後光

 

「“残照(ストロボス)”」

 

 剣と盾を構えたサルバドールが真っ先に発動したのは、移動系スキルだった。

 全身に仄かな光を帯び、速度を上昇させるスキル。その際に生まれる明滅が相手の目を騙すこともあるが、そっちの効果は薄い。単純に加速技として見るべきだろう。

 実際俺の読み通り、サルバドールは光の尾を引きながら懐まで飛び込んできた。

 

「“死掠閃(ソウルリーパー)”」

 

 そこから振るわれるフランベルジュには、魔力を切り裂く力が付与されている。

 さっきもやってみせたが、俺が放ったような簡単な遠距離攻撃であれば掻き消してしまえるほどの力がある。それを盾で受けるとどうなるか。

 

「……硬い。いや、通ってはいる」

 

 俺のランタンシールドに纏った黒い炎が切り裂かれ、見るからに“減った”。

 反面、削られた魔力がサルバドールのもとに還元されてゆく。

 

 これが“死掠閃(ソウルリーパー)”の恐ろしいところだ。

 攻撃にMPドレインが乗っている技だ。“月下の死神”達が鎌を主兵装にする理由の八割はこのスキルにあると言ってもいい。何故ならば。

 

「魔力を削れるならば、短期決着とはならないようだ……! “死掠閃(ソウルリーパー)”!」

 

 相手から奪った魔力で、再びスキルを発動できるからだ。

 基本的に燃費の悪いものが多いスキルにおいてこれはかなりの強みであり、特に戦場のような敵の多い場所にあっては無類の強さを発揮する。

 騎馬に乗りながら大鎌を振るい、常にスキルと魔法を乱発し続ける“月下の死神”が恐れられるのも当然と言えよう。

 

『勝手に人の魔力を奪ってんじゃねえよ、気持ち悪ぃな』

「ぐッ!?」

 

 だが、俺の魔力量は常人のそれではない。具体的に数値化されたことはないのではっきりとはわからないが、それでもかなり多いことだけはわかっている。

 その魔力量に任せ、剣を大きく振って、相手をぶん殴る。

 ただそれだけで、サルバドールは投げ捨てられたゴミのように地面を転がった。

 

 ……盾で受けたか。転んでも一瞬で体勢を立て直している。

 技量の高い相手は面倒くせえな。マジで。

 

『俺は我流の素人だ。剣術勝負で勝てる気はしない。だから悪いけどよ、邪道でいかせてもらうぜ』

「フッ、構わんよ」

『じゃあ遠慮なく。“混合沌(コンフュージョン)”、バスタードソードブレイカー』

「ッ!?」

 

 スキル“混合沌(コンフュージョン)”。

 俺の持つ装備を最適な状態に整えるスキルだ。手に持った装備品をいち早く取り込みたい時に使うことの多いスキルだが、変形能力も備わっている。

 たとえば、そう。俺の手にしているバスタードソードに、ソードブレイカーの櫛状のギザギザを反映させたりとかな。

 

『その剣、強そうだから先にぶっ壊すわ』

 

 “混合沌(コンフュージョン)”で作ったこの極大ソードブレイカーなら、サルバドール。多少はお前の剣を受け止めやすくもあるだろう。

 そうなりゃあとはいつも通りだ。俺と力比べしてみるか?

 

「“残照(ストロボス)”! “円瞰(サークルアイ)”ッ! 」

 

 踏み込んで、振り下ろし。……が、盛大に外れた。また加速して避けやがった。

 しかも視界拡張スキルまで使いやがって。反応良くなるから嫌なんだよなそれ。

 

「“死掠閃(ソウルリーパー)”!」

『小賢しいな』

 

 サルバドールは俺の周囲を縦横無尽に跳ね回りながら、すれ違いざまに斬撃を繰り出している。しかもご丁寧に剣を避けるようにしてだ。スキルによる無茶な加速を、視界拡張スキルで補助しながら的確に“死掠閃(ソウルリーパー)”をねじ込んできやがる。

 わかってはいたが戦うのが上手い。

 

 つうかこうして俺が防御する度に魔力削られて相手のリソースが戻るの面倒くせえな。

 

「この輝ける剣は私の唯一の勝ち筋と言って良いだろう。大切に使わせてもらうよ」

『打ち合いじゃ焦れったいな』

 

 そのままでも負ける気はしなかったが、相手の思うように運んでいるのが気に食わなかった。

 だから俺はそのまま大きく跳躍し、離れた大木の幹にグリーブの拍車を突き刺して、その場に張り付いた。まるで木を背にして浮いているように見えなくもないだろう。

 まあ、そんな姿でサルバドールの意表を突こうと思っているわけじゃないが。

 

『“混合沌(コンフュージョン)”、チャクラムシューター』

「何を……いや、これは!」

 

 眼下のサルバドールに左手を差し向け、手甲の上に黒く燃える円輪を発現させる。

 手で投げたんじゃイマイチ思うように飛んでくれないこの武器だが、スキルで撃ち出すとなれば話は別だ。

 

『“金屎吐(コンフリクト)”』

「“()、ッ!」

 

 黒炎と共に射出されたチャクラムが現代火器のような速度で着弾し、火花を上げる。

 サルバドールは寸前で防御を迷ったようだが、ギリギリで回避に切り替えたらしい。勘の良いやつだ。

 

「“葉斬撥(フライングスラッシュ)”」

『お、レアスキルだ』

 

 土煙の中から飛ぶ斬撃がやってきて、俺の足元を斬りつける。

 残念外れ……と思ったが、幹に突き刺した俺の拍車を外すことが目的だったらしい。部分的に切り刻まれた木は体重を支えきれず、俺はそのまま落下した。

 けどまさか俺がこの程度の自由落下で死ぬなんて思ってないだろ?

 

「“死掠閃(ソウルリーパー)”」

『ま、そう来るわな』

 

 鎧の肩の装飾が一部拉げたサルバドールだったが、臆せず突っ込んでくる。

 正しい判断だ。さっきみたいな遠距離攻撃を延々とやられるのは本意じゃないだろうしな。“死掠閃(ソウルリーパー)”で俺の魔力をガンガン削って隙を見てトドメを刺す。それがこいつの目的だろう。

 ランタンシールドで斬撃を受けつつ応戦するが、相変わらず俺の斬撃はあまり受けようとしてくれない。受けたとしてもソードブレイカーの櫛部分を器用に避けてくる。ムカつく奴だ。

 

『諦めるなら楽に死なせてやるぞ』

「ハハッ……! それは、あらゆる意味でお断りだな! これぞ最期の闘いに相応しい! そして私の死に様は楽であるべきでもないッ!」

『……そうかよ。“混合沌(コンフュージョン)”、チャクラムチェーン』

「!?」

 

 俺が森に持ち込んできた十枚近くのチャクラムを黒い炎で包み、俺の右足首に融合させる。

 円型の刃であるチャクラム一枚一枚が繋げられ、一本の鋭い鎖と化したのだ。

 あとはこいつで、蹴るだけでいい。

 

「ぐうッ……!」

『こんな戦いに価値なんてねえよ』

「鎖……! 鋭い鎖、か……!」

 

 適当に蹴っ飛ばす動きとともに暴れまわるチャクラムの鎖が、サルバドールの鎧を深く傷つけてゆく。

 どうにか盾で守りもするが、俺の剣と盾に足の鎖が加わっては防御も完璧にはこなせない。サルバドールの黄金の装備には、瞬く間に煤けた汚れと傷が増えていった。

 

『シュトルーベは無意味に滅んだ。お前も無意味に死ね』

「ハァ、ハァ……“灼光(グローリー)”」

『目潰しかよ』

 

 俺の猛攻をギリギリで防ぎつつ、サルバドールは剣を持つ手から煌々とした光を放った。

 光魔法だ。魔法を使えてもおかしくはないから警戒もしていたが、眩しいもんは眩しい。だが、致命的に眩しい訳ではない。俺のギフトの視界はそうなるようにできている。

 だからサルバドールが直後に何をやってきても怖くはなかったが……やつが取った行動は奇妙なものだった。

 しゃがむような低い姿勢に、左手に持った円盾の側面を地面に当てて……。

 

「回れジオセント、陽は何度でも昇ることをここに示せ! “死掠閃(ソウルリーパー)”!」

『え、マジかよ』

 

 盾が地面を転がりながら回転し、その盾に、盾に納められた“刺々しい装飾の施されたフランベルジュの柄頭”にスキルが乗る。

 切り裂くことに特化したスキルによって勢いづいた盾の回転は、まるで輝く丸鋸のような姿となって俺の盾に衝突した。

 

「おおおおッ!」

 

 回転し続ける盾と、硬い金属を切削するような甲高い轟音。

 白と黒の火花が激しく辺りに弾けて跳ねながら、俺の魔力がゴリゴリと削られてゆく。

 “死掠閃(ソウルリーパー)”をそんな使い方する奴初めて見たぜ俺。

 

「ありがとう、ジオセント」

 

 やがて盾が回転に耐えきれず、派手に砕け散った。

 残るはフランベルジュを手にしたサルバドールのみ。

 

『魔力盗みすぎだろ』

「ぐはッ」

 

 盾で魔力を削ってからの、高火力の剣で一撃。サルバドールがそれをやろうとする前に、俺の剣が先にサルバドールの鎧をぶっ叩いていた。

 ……鎧ごと切り裂いたつもりだったが、魔力が削られてたせいで出力落ちたか。

 だがそれでも鎧に深い割れが刻まれた。鎧はどうにか形を保っていても、中身までそうとは限らない。サルバドールは着実にダメージを負っているだろう。

 

「はあ、はあ……君の魔力を大きく奪い、私の魔力も取り戻した。……肉体は非常に厳しいところだが、まだまだ続けられそうだ」

『そうか。“坩納堝(コンセントレイト)”』

 

 スキルが発動し、全身の黒い炎が震え、白骨が輝きを増す。

 俺から発せられた光は周囲に漂う大自然の魔力を侵蝕し、それを俺のものへと変換し、吸収した。

 

「……今、何をした?」

『お前に奪い取られた魔力が全快したんだよ。さあ、お望み通り続けるか』

 

 僅かに呆然としていたサルバドールを無視して、俺はすぐ近くに落ちていた古いサングレール軍のモーニングスターを踏みしめた。

 

『“混合沌(コンフュージョン)”、モーニングスターシールド』

 

 俺の魔力はモーニングスターを取り込んだ。黄金色の鉄球は黒い炎に飲み込まれ、形を変えて最適化される。

 ランタンシールドのサイズが無骨に膨れ上がり、前面にトゲが生えた。これでフランベルジュで掠め斬るのも多少は難しくなっただろう。

 

「……ふーーーむ、なるほど。亡霊と語り継がれるだけのことはある。さすがだ、モングレル」

 

 サルバドールは達観したように笑った。

 戦闘態勢を解き、輝くフランベルジュを地面に突き立てている。

 

「我が愛盾、ジオセントは砕け散った。スキルも魔法も出し尽くした。身体はもはや……言うことをきかない。ゴホッ……完敗だ。……君は私からの言葉などいらないであろうが、実に見事だった。……ゴホッ。これは私のわがままだが、最期にそれだけは伝えさせて欲しい」

 

 激しい戦いによって、ニワトリを模した金兜の右瞼の割れが広がっている。それが崩れ、今は青い瞳が見えていた。

 

「失礼」

 

 もはや兜は不要となったのか、ニワトリのヘルムを脱ぎ去ると……そこには年老いた、端正な顔立ちの男の顔があった。

 サングレール人らしい白い短髪。しかし……サルバドールの前髪だけは、ハルペリア人のように黒く染まっていた。

 驚きだ。まさか、サルバドールがハーフだったとは。

 

「私の死と共に、スピキュール教区は完全にその力を失うだろう。タカ派は滅亡だ。私は結局……英雄にはなれなかったわけだ」

『英雄ね』

「モングレル、君は英雄になりたくはないのかね」

『あんたはなりたかったのか』

「愛する故国に認められるためならば、当然」

 

 俺は完全装備のまま、サルバドールに歩み寄る。

 サルバドールは剣を地面に突き立てたまま、無防備に動くことはなかった。

 

「ゴホッ、ゴホッ……モングレル、君はこの世界に認められていないと感じたことはあるかね。自分というものが、異物だと。周囲とは違う、はぐれ者であると。そんな疎外感を覚えたことは?」

『……あるさ。何をするにでも、しょっちゅうだよ』

「そうか。……見た所、そしておそらくだが、君は……きっと、世間に溶け込もうと頑張っているのだろうね。でなければ、シュトルーベの亡霊などという存在が、亡霊のままであるわけがない。君は今まで、相当に努力して己の異物感を消してきたはずだね」

『知った風な口をきかれるのはしんどいぜ』

「まあ聞いてくれ、モングレル。……君のその力は、大いに広めるべきだ。逃げ隠れせず、もっと大きく羽ばたくべきだ。君の力は英雄に値する。私は英雄にはなれなかったが……君の力ならば、きっと難しくはないはずだ。ゴホッ……」

 

 何いってんだこいつ、と思ったが……サルバドールの顔色は悪い。口元からは血が流れている。

 口の中で何かを噛んでしまったのか、血を吐き捨てている。

 

「ゴホッ、ゴホゴホッ……! だから、モングレルよ……世界に己を示してみなさい。君の圧倒的な力で、それが正しいのだと……ゴホッ……! きっと君にとっては、それこそがッ……!」

『おいおい、大丈夫かよ』

 

 地面に突き立てた剣を支えに咳き込むサルバドールに、俺は近づいた。

 

「“足刀(フットソード)”」

 

 その瞬間、剣から乗り出すようにしてサルバドールの後ろ回し蹴りが放たれた。

 踵に備え付けられた蹴爪のような刃物は、俺のこめかみを正確に狙っていた。

 

「……やはり、駄目だったか」

『バレバレだったぜ』

 

 そして、俺は一連のそれを読んでいた。

 蹴られる前にサルバドールの脚を剣で切断し、返す刀で今度は全力の斬撃で袈裟斬りにした。

 鎧下十センチ以上は斬り込んだ一撃が、サルバドールの心臓があるべき場所をなぞって肩を抜けている。

 

「まあ、私も苦しいとは思っていた……残念だ……」

 

 黄金の鎧の隙間からどす黒い血が溢れ落ち、サルバドールはそこに膝をついた。今度は演技でもなんでもない、本物の脱力だろう。

 

『鎧を外す時に、どっかから小瓶を口に入れたな。そいつを砕いてポーションを飲んだんだろう。似たようなことをするやつは昔いたよ』

「ははは……そうかね……少々、古典的な手だったかな……」

 

 もはやサルバドールはこちらに顔を向ける力もなく、うなだれるように喋っている。

 

「モングレル……先程、私が言ったことはまるきり嘘というわけではないよ……」

『俺のことはいいだろ。お前の遺言を残せ』

「私にはなにもないさ……君には、未来がある……」

『未来、ねぇ……』

 

 俺はギフトを解いて、人間の姿に戻った。同時に無茶な融合をしていた装備品が辺りに散らばり落ち、全能感が消え失せ、身体に重さが戻ってくる。

 もはやこの姿であっても、サルバドールは脅威とならないだろう。戦いは終わったのだ。

 

「君は、その比類なき力を振るい、英雄を……王を目指すんだ。それがいい……そうすれば、この大陸の覇者となれる……大陸に平和が訪れるんだ」

「……」

「私にはできなかった……けど、君ならできる……君ならば……」

 

 サルバドールはそのまま、力なく土の上に倒れ込んだ。

 血液が広がり、彼の命が急速に失われてゆく。

 

「全てを支配する、英雄に……」

 

 その言葉を最期に、サルバドールは永遠に黙りこんだ。

 




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