バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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美女と魔獣

 

 俺の探索行はそこそこ心配されていたようで、陣地にいた知り合いたちはそれなりに心配してくれた。

 それなりである。ライナほどめちゃくちゃ心配してくれたわけではなかった。まあ、人間関係そんなもんである。そこそこ仲が良い程度の相手でも“おー、生きてたんだ”くらいの温度感がギルドマンなのだ。あったけぇなぁ……。

 

「俺が作業小屋でサンライズキマイラの咆哮を聞いた時も、どうせ生きて帰ってくるんだろうなとは思ってたぞ、モングレル」

「随分なご挨拶じゃねえかよ、ロレンツォ。俺はお前が途中でくたばったんじゃねえかと思ってたぜ」

「ハッ。……まあ、あながち間違ってもない。昨日までは高熱だったからな。実際に死にかけてはいたんだ。急いで戻ってきて良かった。薬がなければ本当に死んでただろうな」

 

 救護所ではなんだかんだどっちかが死んでそうな別れ方をしたロレンツォの姿もあった。

 俺と別れた後は作業小屋まで急ぎ、そこで休息を取った後、偶然居合わせた捜索ギルドマン達の手を借りながら戻ってきたようだ。

 

「……それで? それまでの話は既にロレンツォから聞いているが……モングレルはその後、どうしたのかね」

 

 この場には他にジェルトナ副長やラムレイギルド長に、数人の兵士の姿もあった。

 俺が後光のサルバドールを追跡していたという話は既にロレンツォから聞き取りできているので、当然その後の話を知ってそうな俺から聴取しておきたいのだろう。俺としても今回の事件を終息させるため、あることないこと言っておきたくもある。ありがたい場だ。

 

「サルバドールって奴を追跡したのが遅れたからな……正直、不意打ちとか寝首を掻いたりだとかはできなかったよ。何時間も森の中を彷徨って、半分以上道に迷ってた感じだ。足跡とかも全然わかんねぇのな。俺斥候とか向いてねえや」

「何年ギルドマンとしてこの森でやってきているんだ君は……まあいい、それで?」

「それからサンライズキマイラの怒ったような……唸り声っつーか咆哮を聞いたわけだ。そこでやっと森の奥地の方角がわかってな」

 

 だいたい嘘っぱちだが、ほぼ道に迷ってたのは本当である。

 

「サンライズキマイラが吠えると魔物がビビッてスタンピードが起こる……ってのは知ってた。だから一瞬だけ焦りもしたんだけどな、冷静に考えるとそう危険でもないだろうと思ったんだ」

「というと?」

「いや、既にバロアの結構な奥地まで来てたからさ。だったらサンライズキマイラが近くにいてもおかしくはないし、だとすると俺とサンライズキマイラの間にいる魔物もほとんどいねーだろって思ったんだよ。咆哮にビビる魔物の数自体がいなけりゃ、森の外ほどスタンピードに怯えることもないかと思ってさ。念の為に木にだけ登っておいて様子見して、それからサンライズキマイラが吠えてきた方角を目指して歩いてみたわけさ」

「……凄まじい度胸だな。しかし冷静な判断だ」

「そこで……辺り一面黒焦げになった広場に出てさ。端っこの方で見つけたのがこれよ」

 

 ここでようやく俺は懐からサルバドールの金面の破片を取り出した。

 ロレンツォが思わずといった様子で身を乗り出し、痛みに呻いている。お前は落ち着けよ。

 兵士やギルド長たちは、破片を囲んで各々言い合っている。

 

「これは後光のサルバドールの……?」

緋金(ひがね)だ。サングレールの上等な装備品で間違いなさそうだ」

「これだけで断定できるのか?」

「押収した全ての短剣から魔力の著しい減衰は確認できている。それと合わせて考えれば持ち主は死んだと判断しても良さそうだが」

「ふむ……モングレル。それにロレンツォ、これはサルバドールのもので間違いないか?」

「全体的にめちゃくちゃになってたけど、近くに色々転がってたし本人のものじゃねえのかなぁ」

「いや、間違いない。この金面……サンセットコケッコをあしらった意匠は、サルバドールの兜だ。俺にはわかる」

 

 俺はあえてちょっとだけ濁したが、ロレンツォが断言した。

 昔は付き合いもあったのだろうし、そもそも森で奴と戦ったのだから記憶違いということもない。

 ここに来るまでに捨てようかどうしようか迷った破片だったが、持って来といてよかったわ。いい感じの言い訳を考えついた俺にナイスと言っておきたいね。

 

「……となると、後光のサルバドールは死亡で確定か」

「今はスタンピードで森の中も荒れているが……逆にそれが残存する“日陰者”に対する圧力にもなってくれる。……ラムレイ殿、ジェルトナ殿、これは……」

「うむ。スタンピードの影響が落ち着き次第、今回の件は終息宣言を出せるだろう」

 

 偉い人たちは早急な事態の沈静化というか、沈静化したという事実を欲しがっているようであった。

 もちろん副長のジェルトナさんなんかは捜索中のギルドマンたちに対して心配もしているのだろうが、どうもそれ以上に優先しなければならないものがある様子。

 多分俺としては巻き込まれたくないタイプのやつだな。

 

「……じゃあ、俺はもういいかな? まだ顔見せしてない連中もいるから、とりあえず安心させてやりたいんだけど」

「ああ、そうか。わかった、良いぞモングレル。今回の拾得物はリスキーだったが、こちらとしてはかなり助かった。ありがとう」

 

 俺のやったことと言えばサルバドールの遺品をくすねて持ち帰ってきただけであるが、首謀者が死んだ証を持ち帰ってきたのは相当なファインプレーだったのだろう。

 ジェルトナさんだけでなく、ラムレイさんからも手厚くお褒めの言葉をいただいたのが印象的だった。

 俺としては名誉よりも金の方が欲しいんだが……あ、そうだ。金といえば。

 

「ロレンツォ、ポーション代は頼むぜ」

「わかってる。払うっての……金はそれなりにあるからな。……これからギルドマンを続けられるかは、怪しいけどよ」

「頑張れよ。両足が無事ならなんとかなるさ」

「フッ。なんとかするか……」

 

 緊急時とはいえ、俺は忘れてないからな。頼むぜロレンツォ。

 

 

 

「北北東からゴブリンの群れ! 右の三体をやるわ!」

「左やるっス!」

 

 砦の高い場所では、シーナたち“アルテミス”を中心に弓スキルで大暴れしていた。

 未だスタンピードの余韻が残るこの森で、散発的な魔物の襲撃が続いているようだ。

 スキルの付与された矢は異様なほど正確に遠方の魔物へ到達し、その機動力や命を奪ってゆく。

 近接役が出るまでもない、近付かれる前に安全に始末できればそれが最高だ。砦に招集された遠距離スキル持ちのギルドマンは、絶え間ない狩りで一番の存在感を放っていた。

 

「おかえりー!」

「おー」

 

 高い場所で忙しそうにしていたからわざわざ声をかけるつもりはなかったが、こちらに気付いたウルリカは手を振ってくれた。

 ……まあ、もうしばらくここで魔物狩りに勤しんでくれるとありがたい。今回はそこまで長引かないとは思うんだよな。多分、もうひと踏ん張りだ。

 

「……ここで俺だけ帰るってのもあれだし、少しだけ力仕事してから帰るとすっか」

 

 疲れはあったが、最前線で働くギルドマンたちを見てたら帰るのがちょっとだけ後ろめたくなってしまった。

 前世の、定時で上がる後ろめたさをちょっとだけ思い出したが、そういう思い出はずっと眠ったままにしておきたかったな……。

 

 

 

 しかし同じようなことを考える奴は結構いたようで、陣地の中でも裏方として働くギルドマンは多かった。

 陣地構築のために伐採した木を運ぶ仕事はいくらでもあったので、辞め時もなかったのかもしれない。アイアンからシルバーまで、様々なギルドマンが一緒になってヘトヘトになりながらも木を運んでいる。

 

「頑張れーもう一本いくぞー!」

「弓使いを危険に晒すなよ! 過剰なくらい逆茂木作って支援してやれ!」

「“アルテミス”の可愛い子たちにいいとこ見せろー!」

 

 ……なるほど。まぁ、砦の高いところからなら俺らも見れるもんな。頑張って働いているところを見られると思えば、若い男連中はガッツが湧いてくるのかもしれない。

 

「ああ、モングレルさん帰ってきたのか!」

「ダフネは……!?」

 

 そして、木材運びの中には“ローリエの冠”のロディとローサーもいた。

 二人は“アルテミス”から良く見られたいというよりは、ここで働きながらダフネの帰りを待ちわびている様子だ。

 ……出発前は二人に任せろと言った手前、ちょっと申し訳なさがある。

 

「俺も今日帰ってきたばかりだけどな……悪いな、まだダフネは見つかってない」

「そんな……」

「……正直に言って、モングレルさん。ダフネはどうだと思う?」

「厳しいかもな」

 

 俺はロディに言われるまま、正直に答えた。

 

「道具の備えは日頃からしっかりしてるし、緊急時の木登りなんかも教えちゃいるが……森で行方不明になってからの日数が長過ぎる。水も食料も厳しい中で、戦闘スキルの無いダフネが自給自足していくのは……俺からすると難しいように思える」

「……やっぱりそうか」

「なんとかなんないのかよぉ……」

「ならないだろ。情けない声出すなよローサー」

「でもさぁ」

 

 もうじきスタンピードも収まる。そうなれば、ギルド側も厳戒態勢を解くだろう。ギルドマンの捜索も早めに打ち切られるかもしれない。

 ……厳しいが、これも現実だ。

 どれだけ仲の良い、親しい相手だとしても……死ぬ時にまともな姿でないことはあるし、死体が見つからないことだってある。それがこの世界だ。

 

「よし、こっちの木も運んで……」

「いや待て、向こうから人が来るぞ」

「魔物か!? ゴブリンか!?」

「いや違う、あれは人……女の子だ!」

「うわーっ!? ダフネだぁあああ!」

 

 一瞬騒然として、皆が注目する方向に顔を向けてみれば……森の端の方から、ダフネがひょっこりと姿を見せていた。

 噂をすればなんとやらというが、マジか。おいおいどうすんだよ。俺“残念だが……”みたいなこと言った直後だぜ。やめてくれよ。

 

 ……遠目に見て、ダフネは全身ボロボロというかだいぶ薄汚れている様子だったのだが、それでも問題なく歩いているように見える。歩き方も不自然ではない。アンデッドではなさそうだ。

 

「おーい! ダフネー!」

「よかったよぉおおおダフネえええええ!」

 

 木を放り出して駆けていく二人を今だけは責められまい。すみませんみんな、睨まないでやってください。あの二人のパーティーなんです。俺がこれ三人分支えますんでね……。

 

 そうしてしばらく向こうで、ダフネに抱きつこうとしたローサーが蹴られて転んだり、ロディが少なくなったダフネの荷物を持ってやったりなど賑やかそうにした後、三人が陣地へとやってきた。

 生存が絶望視されていたダフネの帰還に、ギルドマンたちもみんな驚いている。砦からはライナたちが声を張り上げているのも聞こえてきた。

 ダフネは出張受付のミレーヌさんのところで話をした後、机越しにミレーヌさんに抱きしめられていた。ダフネは汚れた身体で遠慮しているようだったが、やがて観念したようである。

 ……良かったな、本当に。無事で帰ってこれて。

 

「よう、ダフネ。随分と大変だったみたいだな」

「ああ、モングレルさん……ええ、本当にそうよ。何度も何度も死ぬかと思ったわ……」

 

 しばらくパーティーや他の連中との再会の喜びを分かち合っていたので遠慮していたが、落ち着いた頃に俺も顔を出した。

 ロディとローサーは薬や道具類を取りに走っているようだ。ダフネは振る舞われたハチミツ入りの温かいお茶を手に、椅子に座ってぼんやりと休んでいるところであった。

 ダフネの表情は見たこともないほど疲れ切っていたが、陣地に戻ってこれた嬉しさが何よりもあるのだろう。うんざりとしながらも、喜びに満ちている様子だった。

 

「ギルドマンに扮した変な奴らに追われて、どうにか撒いたけど森で迷って、魔物をやり過ごして、また変な犯罪者が現れて……どんどん森の奥へ追いやられていったわ。……装備をいくつも捨てることになったし、心細かったし……すっごく怖かった」

「……大変だったな。よく生きてたよ」

「ええ、本当に。森の知らない場所での野営がこんな恐ろしいなんて、私思わなかった……全然眠れないんだもの」

 

 ダフネは疲れたように笑い、お茶を啜った。

 

「……けどね。けど……モングレルさんは信じられないかもしれないけど……私、森の奥で命の恩人に出会えたの。そのおかげで私、今も生きてるんだ」

「恩人?」

「ええ……ちょっとお爺さんで、天然なところもあるけど……逞しくて、優しい人」

「お爺さんで……? 逞しくて優しい……?」

「そう。青い腰巻きを身に着けた、剣を持ったオーガのおじさま……それがね、本当に私を助けてくれたのよ。幻覚とかじゃないからね?」

 

 んんんん~? 流れだいぶ変わってきたな?

 

「……オーガが恐ろしい魔物だってことくらい知ってるわ。けどそのおじさまは悪意なんてこれっぽっちもなくて……目と目があった時にお互いはっきりとわかったの。私達は大丈夫なんだって。それで、私はそのおじさまと一緒に行動して……水場も見つけてもらったり、獲物を捕まえたりして、どうにか生き延びてこれたの」

「えーっと、ダフネ。そのおじさまってのはオーガのことでいいんだよな?」

「そうよ。子供っぽいところもあるけど、素敵なおじさまだったの。……信じなくてもいいわ」

「いやまぁ信じはするけど……」

 

 なんかダフネがそのグ……オーガについて話してる姿がこう、恋する乙女チックというか……。

 いやそれよりお前、青い腰布を巻いた剣持ちの老オーガて……俺の知る限りそんな個性的すぎる魔物、一体しかいないんですが……。

 

「おじさまはすっごい賢くてね。最初は乱暴で雑なところもあったけど、私が“これは駄目よ!”って厳しく言ったらちゃんと言う事聞いてくれるようになったし、一緒に御飯を作って、分けっこだってできたの」

 

 随分と聞き分けが良さそうだな……俺の知ってるオーガとは別の個体かもしれん……。

 

「それに、私が身体の汚れが気になった時はね、すごいのよ。辺りの枝を集めてテントみたいなのを作って、川の近くでサウナを作ってみせたんだから! 私から火をねだってね。あの時は本当にびっくりしたけど、身体を綺麗にできて嬉しかったな……」

 

 サウナに執着するオーガはもう奴しかいねぇわ……。もう完全にそいつグナクじゃん……。

 ていうか自分でサウナ作ろうとしたのかよあいつ……すごいというかもう普通に怖いわ……。

 

「……でもこれ、ギルドに伝えたらきっと討伐されちゃうのよね」

「えーああまあ……今は多分そいつ手配書にも書かれてはないけど、オーガだからなぁ……」

「安全なのよ? 悪いことしようとしない、良いオーガなの。本当に……」

「それでも多分、人のいる世界には持ってこれないんだろうな。オーガってのはそれだけの魔物だよ。……けど、ダフネがそいつに助けられたってのは本当なんだろ?」

「本当よ。すっごく助けられた。……そっか。そうよね、魔物……それも、オーガだものね。優しくても、一緒にはいられないのよね……」

 

 どこか遠くを見るような目をして、ダフネは憂鬱そうな息を吐いた。

 

「……いつかまた、会えたらいいな」

「……そっかぁ」

「……モングレルさん、本当に信じてる?」

「いやまぁ信じてはいるぜ……うん……」

「私は正気よ?」

「それも信じてる。いや本当に……」

 

 やがて、遠くから医薬品や水桶を抱えたロディとローサーの二人がやってきた。

 若い男二人を侍らせるバリバリ美女リーダーがここに復活したわけであるが……。

 

 ダフネの心は何故か、森の奥の変なオーガに奪われたままなのであった……。

 いや、うーんけど……さすがに相手は選んだほうが良いんじゃねえかなぁ……?

 




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