バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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出会いと別れの春

 

 待ちに待った春がやってきた。

 多くの人にとって活動再開の季節でもあり、また新生活の季節でもある。

 

 まず雪が溶けて街道の往来が活発化すると、馬車の行き来によって交易が再開され始める。

 新商品発祥の地であるレゴールにとってはまさに待ちに待った春だろう。冬の間ちまちま作り続けていた商品がガンガン荷積みされ、王都やさまざまな街へとドナドナされてゆく。

 

 あとは人の動きだな。就職やらギルドマンの拠点変更やらは今がハイシーズンだ。これから続々とよそからのギルドマン達がレゴールを訪れるだろうし、レゴールからも多くのパーティーが遠征に向かうことだろう。

 冬はレゴールの馴染みと語らって親交を深める機会も多かったが、これからは活動の季節だ。新たな出会いも増えるだろうし、別れもあるだろう。

 

 その別れの一つが今、レゴール西門でも行われようとしていた。

 

 

 

「……まさか、ブリジットが。いえ、ブリジット様が男爵家に連なる方だったとは。知らずの事とはいえ、これまでの非礼の数々、お許しください」

「気にしないでくれ、シーナ。それにナスターシャ。身分を偽ったのも任務をこなせなかったのも全て私の不徳。……平民の職務を経験できたことは、私の糧になったのだと思う。感謝しているぞ」

 

 一際華美な装飾が施された馬車が三台、西門近くの馬車駅に停まっている。

 貴族用の馬車だ。そこには当然貴族がいる。それこそが、冬のバロアの森で苦行をした新米女剣士、ブリジットだ。

 しかし彼女は今、騎士装束ではなく何かこう儀礼用の服を身に纏っていた。そうなると完全に良いところのお嬢様にしか見えないな。まぁ以前もお嬢様オーラは全く隠せていなかったが。

 

 向き合っているのはシーナとナスターシャの二人。

 どうやら二人はブリジットの見送りに来たようだ。

 

 春に女性騎士として王都に向かうブリジット。その正体を堂々と知らされたわけだな。……まぁみんな最初からわかってはいたんだけども。

 

「しばらく王都で暮らし、礼を伝える機会も限られると思ったのだ。だからこうして、二人に正体を明かした。これも私のわがままに過ぎん。……出立前に会えて良かった」

「ブリジット様……」

「様など良い。私は貴方がたの前では、ブリジット・ラ・サムセリアである前に、単なる一人のブリジットで居たいのだ。……いずれ、貴方がたと共にまた、任務に望みたいな」

「……ふふ、そうね。その時は行軍にも慣れていてもらえると助かるわ」

「これは……手厳しい」

 

 苦笑するブリジットはお付きの人の手を取らずひらりと馬車に乗り込んだ。

 

「さらばである。またいずれ、どこかでお会いしよう」

「ええ、いつかきっと。ブリジット」

 

 そうしてブリジットを乗せた馬車たちは、王都方面へ向かって出発した。

 感動のお別れ……っちゃそうなのかな。俺からすると顔を見られた事のあるお貴族様がレゴールから居なくなって安心材料が一つ増えてやったぜってところなんだが。

 

「……モングレル。声くらいかければよかったじゃない」

「嫌だよ。俺は仕事中なんでな」

「本当に貴族が苦手なのね」

「良い貴族は好きだよ。ただ、良い貴族は下々を変に振り回したりはしない」

 

 俺は今、馬車駅で交易品の積み込みや積み下ろし作業に従事している。

 ブロンズランクの力仕事だ。これが結構良い金になるんだよな。

 

 さっきまでのブリジットのお別れシーンも積荷に隠れてこっそり見ていた。

 アニメだったら背景のモブとして映ってるかもしれないな。

 

「そんなことよりアルテミスの団長さんよ」

「何?」

「前に仕入れた新型の鏃、返品したそうじゃないか。一体どうしたっていうんだよ」

「耳ざといのね。……付け根部分に弱い箇所が多くてね。鏃単体が脆いだけならまだしも、柄も一緒に駄目にしてしまいそうだから止む無く返品するしかなかったのよ。うちでは採用できないわ」

「ああ、そういうことか。弓は専門じゃないが、プロがそう言うならそうなんだろうなぁ」

 

 弓の練習は何度もしたが、道具の良し悪しなんかはまださっぱりだ。

 鏃なんかも新型なんてあるのかよって驚いたが、やはり新しいものには悪いレビューもついてまわるらしい。けどこうして実地で使ってもらえるからこそ製造にフィードバックができるわけだしな。作る側の独りよがりであっちゃいけないもんだ。

 

「春は小粒の獲物が多いから、耐久力のある道具が使いやすいの。性能が高くてもすぐに壊れるようではね」

「わかる。武器の信頼性ってのは大事だよな」

「……貴方の武器、言うほど造りの良い物ではないんでしょう」

「俺のバスタードソードに何か文句でもあるのかよ」

「無いわよ、別に」

 

 シンプルな機構ほど壊れにくい。そういう意味では変な装飾のない実用性重視の俺のバスタードソードは優秀な相棒だ。

 まぁ壊れないのは俺が強化でガチガチに固めてるからってのもあるけど。

 

「……モングレル。今年中にライナはシルバーに上がるわ」

「お、ようやくか。早いな」

 

 今のライナはブロンズ3。昇級速度はアルテミスの中にいるってこともあるんだろうが、それでもかなり早い方だろう。

 だが札色が変わる昇級……つまり昇格には、なかなか厳格な審査を通らなければならない。ライナほど真面目にやるギルドマンでも、シルバーに上がるのはまだもうちょいかかる。

 

 しかし言ってみれば、ギルドマンになってから二年ちょっとでシルバーに上がれるって話でもあるんだけども。

 

「後輩に追い抜かされるのよ。悔しくないの?」

「若者の成長を喜ぶのが年寄りの役目さ」

「30歳でしょう、貴方」

「まだ29歳ですぅー」

「同じよ」

 

 同じじゃねーよ29と30は。エベレストとマリアナ海溝くらい差があるわ。

 お前次から俺が年齢尋ねる時結構上め狙って聞いてやるから覚悟しろよ。

 

「ライナも……最近ではウルリカもだけど、貴方のランクがブロンズ止まりなことを気にしてるわ。あの子たちの頼れる先輩で居たいのなら、いい加減そろそろ覚悟を決めたらどうなの」

「こればっかりは譲れんね」

「徴兵が嫌なの?」

 

 やっぱそういうところは鋭いな。

 まぁ、俺にとっては徴兵だけが理由ってわけでもないんだが。

 

「ハーフは最前線で使い潰されるからな」

「……指揮官によるわよ。今どき、サングレール人のハーフも珍しくはないわ。貴方は貴族を恐れすぎている」

「恐れすぎるに越したことはないだろ。誰だって命は一つ。魂だって大体のやつが一つ限りだ。死んでからじゃ遅いんだよ」

 

 まぁ最前線にぶち込まれても死ぬ気はしないけどな。

 けどそこでサングレール軍相手に無双ゲーして何になるよ。

 

 戦場の英雄として祭り上げられて百人隊長にでも昇進するか? そっから軍団長にでも成れるかもな。平民の身には余りまくる出世コースだ。

 そして俺はそんな出世を1ミリも望んでいない。

 国に縛られるなんてゴメンだね。

 

「シーナ、お前もパーティーの団長を名乗るんだったら後輩を死なせないように立ち回れよ。これからの季節、アルテミスの威光なんざ少しも知らない移籍組が増えてくるんだからな。女だけのパーティーなんて騒動の的みたいなもんだろ」

「貴方に言われなくても解ってるわよ。しばらくは集団での行動を徹底させてる」

 

 移籍組。好景気に沸くレゴールをホームにするよその街のギルドマンパーティーのことを、俺達はそう呼んでいる。

 大抵はその街の仕事のパイなんてものは上限一杯の分けられ方をするもんだから、他所からの移籍なんてのは上手くいかない。だが仕事の多い春から夏にかけては入り込む余地はいくらでもある。その間に既存のパーティーを追い落とせれば……っていうのが、まぁよくあるパターンの諍いだな。

 

「ふむ。しかしモングレルよ。お前こそソロでハーフと、他所のギルドマンから付け込まれる格好の的だ。我々アルテミスの心配をするより先に、自身の心配をするべきだろうな」

「それはまあ、正論ってやつだな」

 

 ちなみにナスターシャはさっきのブリジットとのお別れシーンで小さく手を振る程度しかしていなかった。無愛想なやつである。

 

「けど俺に関しては心配はいらねぇ。外で絡んでくる奴は、穏当にボコボコにしてやるだけだからな」

「なによその奇妙な表現は」

 

 要するにステゴロってことよ。

 この世界におけるステゴロ暴力は不思議なくらい罪が軽いのだ。

 なんでだろね。普通に怪我するのに。

 

「おーい力持ちの兄ちゃん! そろそろこっち戻ってくれぇ! 重いやつばっか溜まっちまった!」

「あいよー! さて、仕事に戻るか。じゃあまたな」

「ええ、邪魔して悪いわね」

 

 何はともあれ、今は積荷作業だ。

 作業しつつ、目ぼしい宛先にケイオス卿のお手紙を混ぜ混ぜしましょうね~。

 


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