「ついにこの問題に取り組む日が来てしまったか……」
最近、俺の周りで様々な問題が片付きつつある。かなり前向きな変化ばかりだ。
おかげで、俺自身も自分の人生についてもっと……こう、ポジティブに考えながら歩いていっても良いんじゃないかと、そう考えるようになったのだ。
別にこんなことは他人に言うようなもんじゃないから、俺の中だけにある話ではあるんだけどな。
そんなこの頃だからこそ、今まで放置してきた問題が目についてしまう。
いや、もはや放置してはおけない課題だ。なかったことにすべきではない障壁として、俺の人生に立ちふさがっている。
……前向きに生きて、歩いていこう。
だからこそ俺は、この壁を壊し、崩さなければならないんだ。
「というわけで、ライナ。俺の宿の部屋の片付けを手伝ってくれ……」
「……今まで見たことがないくらい嫌そうな顔してるっスね……」
「とりあえず“手伝う”って宣言してくれよ……」
「なんで先に言質取ろうとするんスか!?」
「ライナはこっちの台車持ってくれな」
「いやまぁ別に全然手伝うんスけどね」
「ありがてぇ……」
最大の課題。それは、俺の仮住まいとしている宿の荷作りである。
何年もこのレゴールで過ごして、その大半の時間を俺はスコルの宿で過ごしてきた。
そして今やこの部屋には、俺が今まで買い溜めてきた、そりゃもう一言で言い表すことの出来ない色々な物でごった返している。それを俺達の新居に移さなければならないのだ。
ダンボールの存在しないこの世界、荷作りに使えるのは木箱くらいだ。それを台車に乗せて、えっちらおっちら運ばなくてはならない。運ぶだけなら俺のパワーがあれば充分なのだが、物をまとめるのはパワーだけではどうにもならない。そこで、ライナの力が必要になるのだった。
既に新居の方はあらかた掃除を終えている。一階部分は改装工事があるのでまだ少し時間がかかるが、二階部分にはある程度手を入れられるようになっている。今回は木箱をひとまず二階の居住部分に運び込んでおこうってわけである。
「まさかモングレルさんが結婚するだなんてねぇ……そんな気なんて全然なかったのに本当にびっくりだわ。それにレゴールに新居だなんて」
「いやぁ俺もびっくりですよ。今までスコルの宿のお世話になってきましたけど、まさか巣立ちの時が来るとは……。新居は仕事の縁で貰ったものなんで、大事に使わせてもらうつもりです。うちの嫁さんと一緒にね」
「そうそれ! 若くて可愛い子じゃないの! ライナちゃんって言ったかしら。モングレルさんあんた、随分いい子騙してきたわね!」
「いやいや騙すなんて……まぁ悲しい思いはさせないつもりですよ」
「上手に騙してほしいっス」
そんな作業をしていると、当然のごとく女将さんのお喋りに巻き込まれてしまう。
まぁ今までクソお世話になったからな……こういう時くらい、作業しながらでもちゃんと話しておくさ。
「モングレルさんがいなくなると、なんだか一部屋増えた気分になるわ」
「近頃は客入りも多いから空き室になったりはしない感じですかね?」
「ええ、それはもう。最近はずっと満室続きよ。だから心配しないで、ライナちゃんと新しい生活を始めなさいね。たまに必要な力仕事があっても……ほら、最近はボブさんが手伝ってくれるから」
「あー、ボブがいれば安心だな」
ボブはちょっと前からこのスコルの宿で暮らしている、連合国出身の若い男である。
レゴールでは建設会社に勤めているらしく、日に焼けた筋肉質な肉体に桃色の短髪がトレードマークの爽やかな若者だ。
「オー、モングレルサン! ボクも引っ越し手伝いますヨ!」
「サンキューボブ……すげぇ助かるわ」
「あざーっス」
ボブが人好きする笑顔を浮かべて、力こぶを見せつけてきた。
仕事のない時は宿屋の雑用を積極的に手伝ってくれる気の良いあんちゃんである。
「宿やマリーサンのことは心配しないで、ボクに任せてくだサイ!」
「も、もうやだボブさんったら……」
「ああ……ボブが一緒なら宿屋も安泰だぜ」
ニカッと笑うボブに肩を寄せられて、マリーさんもまんざらでもない様子だ。
子供のウィンとタックも懐いているし、彼のような好青年なら安心してスコルの宿を任せられるぜ……。
さて、話してばかりで部屋の片付けを疎かにしちゃいけない。手を動かそう。
俺の部屋も、近頃は不用品をちょくちょく売りに出したりしているので多少……ほんの僅かにではあるが物が減ってはいるんだ。熊胆とか薬として結構高く売れたしな。そういう色々な形で残しておいたへそくりのおかげで、工事関係の資金も捻出できている。
あとは売り物にするわけにはいかない、お金に代えられない思い出の品を新居に移すだけだ。
「モングレル先輩……このヘンテコ装備全部持っていくんスか?」
「ヘンテコじゃないぞライナ! 俺の大事なコレクションだ! ゆくゆくは一階の壁に掛けて展示して、お客さんを楽しませるんだ……!」
「一階をお店にする計画、本気なんスねぇ……まぁモングレル先輩がやりたいなら、私も駄目とは言わないしお手伝いもするんスけど……お店にする上で邪魔になったら、その時は考えたほうが良いと思うっス」
「忌憚のない意見をありがとうライナ。まぁまぁ、最初のうちは夢見ていこうぜ」
俺の装備品コレクションや工作道具、そして野営用品やら調理道具やら、様々な物を箱に詰めていく。ちなみにケイオス卿関連の道具は全てあらかじめ木箱に収納してあるので、ライナにバレる心配はない。新居の方でもひっそりと活動は続けていくつもりだ。
「花瓶とかも持っていくんスよね?」
「当然だ。割れないように軽く毛皮……いや、服で巻いて……箱に入れよう。こっちは割れ物用だな」
「こっちは本っスね……変な文字でなんも読めないっス」
「黒靄市場で買ったやつだな。それも持っていくぜ」
俺が日本語で書いた覚書メモだ。そういうものも当然持っていく。
普通の人間が見ても何を書いてあるかなんてわかったもんじゃないだろうが、サリーとかに見せたらワンチャン解読される危険があるから一応は秘密である。
「あとは……モングレル先輩のベッドだぁ」
そんな感じで作業をしていると、ライナが俺のベッドに飛び込んだ。
「むふ……」
「人の寝床で休憩かい」
「モングレル先輩の匂いがする……」
俺の枕に顔を埋めながら、ちらりとこちらを眺めてくる。
そういうことされると俺もちょっと衝動的に休憩したくなるからやめてくれ。
「男の匂いってそんないいもんかねぇ……?」
「モングレル先輩は清潔だし、嫌な匂いはしないっス」
なるほど、まあそうか。この国の一般的な人々からすれば俺も潔癖な方だからな。そう考えれば断然フローラルな人種か……。
「ほら、シーツで簀巻きにされたくなかったら作業再開だ。下に台車あるんだから、放置はできねえよ」
「……はぁい」
そういうわけで、荷作りと引っ越し作業は日々少しずつ進められているのであった。
トラックもない世界なのだから、荷物が多いとなかなか一日で終わるものではない。こればかりは徐々にやっていく他ないだろう。
暗くなった後は、ギルドに顔を出して任務の確認と顔見せだ。
未だに俺の新居やライナとの結婚について話を振ってくる奴が多いので、そういう奴と会話をする。
同じギルドマン同士、やっかみや嫉妬などは受けたくない。独り歩きする話題に任せると人々の感情がどう動くかわからないので、なるべくギルドでも存在感を示しながら、連中のご機嫌伺いをしているつもりだ。
とはいえさすがにギルドマンも気心知れた相手が多いので、俺が心配しているほどのものはない。みんな概ね、俺に対して好意的な反応を示してくれている。ありがたいことだ。
「お? レオじゃないか、なんか久しぶりだな」
酒場で晩飯ついでに酒を飲んでいると、入口からふらりとレオがやってきた。
確かレオはウルリカと一緒にバロアの森で狩りをしていたはずだ。随分と粘ったんだな。
「ああ……モングレルさん。そうだね、なんか久しぶりな感じだね……」
「なんか随分やつれているっていうか、疲れた顔してんな……討伐はどうだったんだよ?」
レオは俺の隣に座ると、エールを注文した。あまり見ないほどぐったりしてる様子だ。
「うん、討伐……頑張ったよ。思いの外獰猛な魔物がいたから……長期戦でね……全身が悲鳴を上げてるよ……」
「そりゃまたご苦労なことで……けどその分、肉も手に入ったんだろ?」
「まぁ、そうだね……けど現地でキャンプを作って、ほとんど消費しちゃったから持ち帰りの分は少ないんだ。……向こうに現れた肉食獣が獰猛で、僕はその相手をするので精一杯だったよ……ウルリカは色々と新しいことに興味津々で、そのやり方を試すのに夢中になって……ははは、はぁ……」
なんかレオがエールを呷る様が板についてきたな……。
美青年から、ちょっと大人になったような……。
「そうか……レオもバロアの森に慣れてきただろうけど、前にもスタンピードがあったからな。生態系に動きがあると強い魔物が変な所に現れることもある。気をつけるんだぞ」
「うん、ありがとうモングレルさん……恐ろしい魔物は身近な場所にもいたりするもんね……心しておくよ……」
バロアの森か……。
秋も始まったし、そろそろ俺も討伐で稼ぐとするかねえ。
2026/6/26に漫画版「バスタード・ソードマン」4巻が発売されます。
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