ハルペリアの結婚式は、前世の日本ほど長々と前準備をしない。
いや、それはちょっと正確じゃないか。することもある。けどそれはデカい家同士の式に限ったもので、俺たちのようなギルドマンにはあまり関係がない。
基本的に遠方から親類を呼ぶ都合上、準備というよりも日程の調整に時間を取られる感じだ。しかしギルドマンは実家と疎遠になっている奴も多いし、現に俺やライナもそんなタイプなので遠くから人を呼び寄せるなんてことはない。そりゃまあ、爆速で日程も決まるわけである。レゴールにいる人らを呼べば良いだけなんだからな。
そもそも今回はギルドで行う簡易版の式。あまり他所から人を呼べないタイプの会場になる。仮にライナが実家の家族を呼んだとして、凄まじい針の筵になっていたことだろう。実家の連中が何か言ったらガチで死人が出てもおかしくないと思う。正直、俺としてはライナが家族を呼ぶつもりがなくてホッとしている。
しかし俺は、顔が広い。特にレゴールでは知り合いが多い。友達も多い。そうなると結構、言われるのさ。“俺も式に顔出したかったな”って。それがちょっとだけ申し訳なくもある。
けど勘弁してほしい。デカい式を挙げる経済的余裕はないのだ。俺が工面すればいけるけど、そうしたらそうしたで“こいついくらなんでも羽振が良すぎないか……?”ってなっちまうんだよ。俺もちょっと迷ったけどやっぱ無理だった。ギルドで挙げるしかない。
幸い、ライナの人間関係のほとんどはギルド絡みなので助かった。せっかくの結婚式、嫁さんに窮屈な思いだけはさせられないからな……。
でもそれはそれとして、俺個人の友人関係はしっかり保守点検する必要があるわけよ。
「モングレルが結婚か……なんとめでたいことだ。俺でも酒が飲みたくなってしまうぞ」
木こりのヴィルヘルム。
「改まって皆を呼び、何を話すかと思えば……なんという吉報でしょうか。おお、あの荒みきっていた根無草の少年が、妻を持てるほど立派になって……!」
失礼のグレゴリウス。
「おめでとう、少年。そうか、モングレルが結婚か……時が流れるのは早いものだね……ウフフ」
農家のカテレイネ。
レゴールに逗留している旧知の三人をランチに誘って、結婚報告をしたのである。
この三人もまだしばらくレゴールから離れることがないようなので、良い機会だった。
俺としてはこの世界で最も旧いと言っても良い友人だからな……。こいつらにははっきりと婚約を伝えておきたかった。
「おめでとうモングレル。あのライナって子とはほとんど話しちゃいないが、悪い子ではないんだろう。大事にしてやれよ」
「もちろんさ。ちゃんと稼いで食わせていくよ。俺は鳥肉と魚介類を食わせてもらうことになるかもしれないが」
「何故モングレル殿の方が食べさせてもらうのでしょう」
「釣りや狩猟が上手な子だそうだよ、グレゴリウス。私の故郷にいて欲しいタイプだね。フフフ」
「持ち家できたばっかだからまだ引っ越しは考えてねえよ……けどまあ、とんでもない事故が起きてこの街に居られなくなるようなことがあったら頼るかもな」
冗談混じりに言う俺だが、内心では最悪を考えたらそれもありかなとも思っている。
バレちゃいけない秘密がバレたりしたら、その時は逃げ込む先の候補としてピックアップできそうだ。
レゴール伯爵は善良な領主だが、今後変わった時にどうなるかまではわからない。万が一最悪なお貴族様が後を継いだ場合、伯爵領を離れることは十分選択肢に入る。悲しいことだが、貴族制は普通にそういうことが起こりえるんでね……。常に名君が居続けてくれるわけではないのだ。
「そうだ、グレゴリウスよ。お前も神職を齧ってるんだろう。モングレルもギルドで式を挙げるそうだが、お前も式を手伝ってやったらどうだ」
「心情としてはやぶさかではないのですが、私が業務を奪う形になるのでおそらくギルドと提携してる神職の方は憤慨されますよ」
「それは駄目だろ……気持ちだけもらっておくよ」
この集まりも皆から気持ちだけもらっておくつもりで開催してるとこはある。
デカい式ができなくて悪いね。
「翌日は酒場を借りて街の知り合いを呼んで飲み会するからさ。そん時に来てくれよな」
「貸切か! すごいな。俺はそんなのやったことないぞ」
「少年の街の知り合いとなると、大勢来そうだね? フフフ……まともな服は故郷にしかないけど、どうしようかな」
「かしこまったパーティーじゃないし、適当でいいさ。まぁ服が欲しけりゃこの時期は市場に行けばいくらでもあるから、探してみると良いんじゃないか。連合国の商会との交易が増えてから色々増えてるみたいだぞ。ヴィルヘルムのサイズを探すのは少し大変かもだけどな」
「ふん、手直しするのには慣れたからな。子供向けの古着があれば十分さ」
ヴィルヘルムの身体は小人症らしい小柄さだからな。それでいて大人っぽいデザインを探すのはなかなか難しい。
しかしこの世界では吊るしの服を買うことと同じくらいオーダーして体に合わせて調整することも一般的なので、そう法外に高くなることはないはずだ。ヴィルヘルムは人嫌いなところがあるから自分でやり方覚えちまったけどね。
「ではその際に私が祝福の言葉を述べましょう! 実は婚合神由来の由緒正しい作法があるのです。ハルペリアにおいてはほとんど行われていないものではありますが……」
「普通の月神様ので頼むわ」
「なにゆえ!?」
「人が大勢来るんだから普通のが良いだろ……俺もライナも宗旨にこだわりはないけどな。だからこそ徹底的に周りに合わせていきたいんだよ。奇抜な神様の力を借りたら悪目立ちしちまうだろ」
「ぐぬぬ……」
「ウフフ……諦めなよ、グレゴリウス。少年は元々こうじゃないか。目立たず、騒がず……最初に会った頃から変わっていない。長く生きている私たちは、彼の生き方を尊重してあげるべきじゃないかな?」
「一個上で長く生きてるとか言うなよ……この歳になってまで……」
まあ、グレゴリウスも良かれと思って言っているのはわかるけどな。
けれどやっぱり目立ちたくはないから、今回は遠慮させてもらうぜ。
「そうそう、まだ先の話になるんだけどな、新居の一階で何か店やろうと思ってんだよ」
「へえ、少年が店を……良いね。向いていると思うよ」
「何の店だ?」
「そこらへんはまだ細かくは決めてないんだけどな。多分カウンター席とかあるやつだよ。それ以外は未定だぜ」
俺がそう言うと、ヴィルヘルムは呆れたような顔になった。他の二人はポーカーフェイスだが、それでも同じような感情が顔の裏からにじみ出ているのがなんとなくわかる。
「……普通は最初にある程度、どのような店にするかは決まっているものなのでは?」
「なんかゆったりとお茶とか飲む店にする予定だから、開店したら来てくれよ」
「まず何の店にするか決めてから話してくれ、モングレル。……どんな店でも一度くらいは顔を出すけどな」
「お店で何かを売るなら、ついでに私の所の野菜を売ってみるのはどうかな? フフ……安くしておくけど?」
「いやそんな野菜の直売所みたいな感じにするのはさすがにちょっと雰囲気がな……」
「雰囲気を出すのであれば! 調度品には歴史ある物が必要かと……! 神々の祭器はどれも洗練されたフォルムを持っています。店内を彩るのにこれ以上のものはないでしょう!」
「安くてコンパクトならまあ一個くらいはいいけどな……」
「……飲食店なら甘いものでも出してくれ」
「ああ、それは俺も考えてるぜ。ケンさんのところのお菓子でも仕入れようかなって思ってるんだ」
「あの店か、それはいい!」
「ウフフ……何の店になるのかはわかっていないのに、どんな店になるのかは見えてきたね。少年の作る店だ。きっと、賑やかで楽しい店になるだろうね」
賑やかで楽しい店か……。
……悪くはないな。
「悪くはないけど、あんまり賑やかすぎてうるせえのは嫌だなぁ……俺の店はカウンターでグラスを拭くのが似合うような落ち着いた雰囲気であってほしいからよ……」
「雰囲気より先に何の店かを決めておくべきだろうよ……」
まあ店はね……おいおい決めていくさ。まあなんとかなるだろ……。
夢だけが際限なく広がっていくぜ……。
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