バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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病さえなければ

 

 全てが順調に進んでいる。

 今世でここまで順調なのはさすがに初めてのことだろう。まあ俺が自ら抑え込んでいたものがほとんどだったわけだが、気がかりだった外的要因を消したのは、他ならぬ俺の長年の努力……と言ってもいいのかもしれない。いやどうかな。それはさすがに言い過ぎかもな。俺一人が生きてる世界ってわけでもないしな……。

 

 これからはもう上がり続けていくだけ……という時に限って、悪いニュースや不幸というものは飛び込んでくるもので。

 それが俺自身に降り掛かってくるものならば文字通りの力技で跳ね除けてやるのに、その貧乏神は俺ではなく別の人を狙ったのである。

 

 ライナというわけではない。

 だがそう遠くもない。不幸に見舞われたのは、ゴリリアーナさんであった。

 

 

 

「ゴリリアーナさんが護衛任務中に大怪我って……マジかよ。大丈夫なのか?」

「そ、それが……大丈夫じゃないらしいんスよ……」

 

 ゴリリアーナさんが過去一レベルのシャレにならない怪我をしたという情報は、ライナから朝一で伝えられた。

 ライナはクランハウスや俺の新居を行ったり来たりと慌ただしい生活をしている最中、貴族街で護衛任務にあたっていたゴリリアーナさんの負傷を聞かされたらしい。“アルテミス”のクランハウスは蜂の巣を突いたような騒ぎになったのだそうだ。

 

「伯爵家の……なんかのお屋敷の通用門を警備してる時に、三人くらいの暗殺者に襲われたみたいなんスよ……ギルドマンが警備してる場所だから突破しやすいって思われたらしくて……」

「うわあ、マジかよ……しかも伯爵家……」

「何人もの男の人に襲われて、けどゴリリアーナ先輩、勇敢に立ち向かって……けど毒のナイフで刺されたりして、苦しんで……そのまま倒れちゃったんス……」

「……用意周到だな。そりゃゴリリアーナさんでも無理だ。三人に勝てるわけねえよ」

「いや倒れる前に三人の暗殺者を返り討ちにはしたらしいスけど……」

「したんだ……やべえ……つええ……」

 

 仲の良いパーティーメンバーが任務で大怪我をした。ギルドマンとしてはかなりヤバめの重い災難である。普通だったら治療費やら何やらで再起が難しいか、普通に死ぬ。

 しかしゴリリアーナさんは今回は九死に一生を得たらしい。

 

「伯爵家の人たちが色々と高い薬とか使って、頑張ってゴリリアーナ先輩の治療にあたってるみたいっス。……って、今朝“アルテミス”まで伯爵家の人が来てお話してくれたんスよ」

「お貴族様が治療してくれるってのはありがてえ。良かったなゴリリアーナさん……」

「ほんとっス。ゴリリアーナ先輩が必死に守ったからこそっスよね」

 

 幸い、ゴリリアーナさんが勤めていたのはレゴール伯爵家であった。正確に言えば、レゴール伯爵夫人……クリストル家から嫁いできたステイシーさんに気に入られ、試用期間みたいな扱いで警備の一部を担っていたようである。普通にすごい。近頃あまり姿を見なかったのは、そういう事情もあったのだという。

 その夫人に気に入られていることもあり、また今回立派に屋敷を守り抜いたということで、ゴリリアーナさんにはかなり熱い視線が注がれているようだ。命がけで雇用主を守り、半死半生になりながら敵を全滅させた。それだけでもう警備としては百点満点だろう。結果を出してくれるアホみたいに強い忠臣とか最強すぎるもんな。雇った相手だから助けるってだけではないのだろう。

 

「普通の人だったら何回も死んでるような毒を受けたらしいんスけど、ゴリリアーナ先輩は丈夫っスから、無事ではないけどどうにか峠は越えられたみたいっス」

「ゴリリアーナさんすげぇ……本当の英雄みてえだ……」

「調子良くなってギルドに戻ってきたらモングレル先輩の口から言ってあげた方が良いっスよ。多分喜んでくれると思うっス」

 

 普通に本心から出る言葉だしいくらでも言ってはやるが……乙女としてそういう言葉で喜ぶのってどうなのかな……いや、まあ本人が喜んでくれるのならいいか……。

 

 ちなみにこれは後から聞いたのだが、屋敷に押し入ろうとした下手人たちは伯爵家の外縁の手の奴らじゃないかとの話だ。現当主ウィレム伯爵の兄嫁とか、そっち方面の連中が放った刺客だそうである。詳しい話を聞いたわけじゃないからよくわからんけども。

 

 

 

 さて、そんな大事件があったゴリリアーナさんであるが、俺が話を聞いてから十日後くらいにはもう歩けるようになったらしい。すごい。

 “アルテミス”の仲間とも話したいとのことで、彼女は自分の足でギルドにまでやってきたのである、が……。

 

 ゴリリアーナさんの風貌は、大病を経て思いっきり変貌していた。

 

「おかえりゴリリアーナ。またギルドに来てくれて嬉しいわ。……すっかりやせ細っちゃって。大変だったわね」

 

 珍しく涙ぐんだシーナが、ゴリリアーナさんの手を取って労るように擦っている。

 狂戦士じみた分厚くゴツい手……ではない。ちょっと日に焼けて色黒な、スポーティーにシュッとした、筋肉質な女性の手である。

 

「は、はい……ご心配をおかけしました。……私も、あの……またここに顔を出せて、嬉しいです……!」

 

 ちょっとハスキーだけど女性だとわかる声。

 癖が強めの、しかしそれでいて長く立派な黒髪。

 

「ゴリリアーナ先輩、戻ってきてくれて嬉しいっス! 夜寝る前はずっとお祈りしながら待ってたんスよ!」

「ライナさん……! お、お祈りのおかげで、きっと良くなりました……!」

 

 背丈は相変わらずスーパーモデルのように高いが、体格は総体積を半分以上削ったのではないかと思われるほど減量されており、傍目には良く鍛えられたアスリートの女性であるかのよう。

 そして何より、顔。なんか作画が違っている。世紀末じゃない。英霊でもない。拳も極めてそうじゃない。彫りが深くてちょっと濃いめの顔立ちではあるものの、若い女性だとわかる顔をしていたのである。

 総じて、野性味のある長身アスリート美女であった。

 

 一言言わせてもらいたい。

 ……どなたですか?

 

 休養明けのゴリリアーナさんは、マジでそのくらいの変貌を遂げていたのである。

 

「お、おお……ゴリリアーナさん、久しぶり……なんかこう、見違えたな……線というか、画風というか……」

「モングレルさんも、お久しぶりです……少々、この情けない姿で出歩くのは気恥ずかしいんですが……勇気を出して、来てみました」

「いや別に恥ずかしがることは全く無いと思うけどな……ほら、護衛も完璧にこなしたんだろ。誇っていいと思うぜ……?」

「……ありがとうございます」

 

 気恥ずかしそうに微笑む雰囲気は、確かにゴリリアーナさんだ。

 見た目と声と画風とオーラが違うだけで、間違いなくゴリリアーナさんである。……いやこれゴリリアーナさんかな……どうなんだろ……でも“アルテミス”のみんなが嬉しそうにしてるから間違いはないのか……。

 

「ほんっとうにお疲れ様だよー、ゴリリアーナさん! お屋敷を守った話、こっちの方にまで伝わるくらいすごくて……ほんっとうに心配したんだよ!」

「うん、三人を相手に大立ち回りして、毒のナイフを全身に受けながら全員を仕留めたって……ギルドじゃ語り草になってるよ。僕はここのところ毎日話を聞いてるかも」

「最高の武功を挙げたな、ゴリリアーナ。同じパーティーの仲間として、誇りに思うよ」

「みんな……ありがとうございます……!」

 

 けど“アルテミス”の皆の反応を見るに、なんかこう……普通に戻ってきたことを歓迎してるだけというか……。

 見違えるほどめっちゃ痩せてはいるけど、それ以上のことはないみたいな態度なんだよな……。

 俺か……? 俺がおかしいのか……?

 いやでもいつまでも見た目にだけ拘るのもよくねえよな……。

 

「話は使者の方から聞いているから、しばらくはクランハウスでゆっくりしなさい。任務はしばらく大丈夫だそうよ。また今度、次はより良い条件で雇いたいとの話だったから、その時に話し合う機会を設けてもらえたら、とも話してたわね」

「上手くいけば、正式に伯爵家の従士か……いや、今回のゴリリアーナの活躍であれば、そのまま内部の深い場所を任されることもあり得るだろう。……復帰後が楽しみだな」

「はい……! 皆さん、とてもよくしてくださって……私もお姉様たちのように仕えることが夢だったので……! もしそうだったら、すごく嬉しいです……!」

 

 普段は重く低い声で喋る重量級パワータイプなゴリリアーナさんが、今は少し気弱属性のある女戦士みたいな雰囲気になっている。

 喋っている内容はきっと以前と変わっていないのに、こうまで変わるのか……。

 けど声帯まで変化するかい……?

 

「私の身体から筋肉が消えて、昔のような……私がまだ華奢だった頃のような軟弱な身体になってしまいましたが……またお役に立てるよう、鍛え直していきます……!」

「……今のゴリリアーナも、その、綺麗だと思うわよ?」

「……ふふ。ありがとうございます……やっぱりシーナさんは、お優しいですね……」

「いえ、結構本当に……まあでも、貴女が望むならそれが一番だわ。うん」

 

 あ、けどなんとなく今のゴリリアーナさんの肉体のが丁度いいとは思ってるんだな、シーナも……。

 

 




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