変貌したゴリリアーナさん……今やゴが取れてリリアーナさんって感じになってしまった彼女は、最初こそギルドマンの連中からはただの新人かと思われていた。
“アルテミス”もレオが入って以来新規加入がなかったし、そろそろ新たなメンバーを加えてもおかしくはないタイミングではある。勘違いするものが出たのも納得だろう。そもそも変わり過ぎてて全然わからんし。
だが、ゴリリアーナさんが貴族街で見せた活躍は、いかに彼女が奥ゆかしい人だろうとも勝手に広まってゆくほどのものである。ギルドマンではあまり聞かないほどの英雄譚だ。
それと同時に、ギルドに現れた色黒美人さんがゴリリアーナさんであることも話題となるのであった。
「なんか……最近ゴリリアーナさんの雰囲気変わったよな……」
「だよな……いやなんかっていうかほぼ全部なんだけど……」
「良いよな……」
まるでクラスの女子が夏休み明けにイメチェンした姿が注目を浴びているかのようである。
それまでは誰かが“アルテミス”のメンバーに手を出した時に動き出して殲滅してくるタイプの防衛機構くらいに思われていたゴリリアーナさんが、今では男たちの興味の対象だ。見た目が変わっただけで単純な奴ら……と普通だったら言ってやりたいところなのだが、見た目が変わるにしてもさすがに限度はあるよな……。そこまで変わったら俺だって気になりもするわ。
しかもゴリリアーナさんが護衛任務で見せた活躍は、ギルドマンとしては文句なしの英雄的な働き。命がけで悪漢たちから貴族を守るという、誰もが憧れるシチュエーションに近い。
意識するなと言う方が無理な話である。
「あーあー。ゴリリアーナさん、毒のせいで体調悪くなっちゃったっていうのに。ギルドの男たちったら、可愛くなったねとか今晩どうとか……ほんと、気遣いできないよねー」
「う、うん……けど、悪く思われてるわけではないから、良いんじゃない?」
ウルリカとレオはテーブルの上で薬草の分類と下処理をしているところであった。不要な根や葉を鋏で切ったり、株を丁寧に選り分けたり。売らずに自分たちで使う薬として採取してきたものらしい。
「ゴリリアーナ先輩は身体が弱っててショック受けてるのに、無神経っスよ!」
「強さを大事にしてる人だもんなぁ……なんというか、最近はちゃんと目から感情を読み取れるようになったせいもあって、俺でも悲しみが伝わってくるわ」
「モングレル先輩、前からゴリリアーナ先輩は表情豊かっスよ」
「……そうかい? そうだったか……?」
俺とライナも同じテーブルで薬草の選り分けを手伝っている。
籠一杯分あるわりに作業は丁寧にやらなきゃいけないので、まだまだ終わる気はしない。だが手伝えば便利に使える塗り薬を分けてくれるとのことだ。こんな世界じゃ常備薬はいくらあっても困らない。手が薬草臭くなるが、頑張ってやり切ろう。
「……はあ……力が欲しい……」
近頃、ゴリリアーナさんは修練場でのトレーニング後にこうして黄昏れることが多かった。
グレートシミター大の木剣を使って限界まで打ち込み稽古した後、牛乳を飲みながらの一言である。健康的な人だ。
物憂げに黄昏れる様はどこか神秘的な魅力を感じさせるゴリリアーナさんであるが、いかんせんセリフの内容が相変わらずバトル漫画のそれである。
そんな彼女の傍に、ふらりと近づいていくギルドマンの男が一人。
「な、なあゴリリアーナさんよ……今度俺と付き合ってくれねえか……激しい夜で悲しいことなんて忘れさせてやるぜ? へへ……」
「……つまり、当てアリの稽古ですか? はい、私でよければ……全力でお受けします」
「い、いや稽古ではないんだが……」
「ごめんなさい。今私は……少しでも早く、強さを取り戻さなければならないので……」
「……そっかぁ。じゃあまた今度……機会があれば……へ、へへ……」
男が言い寄ってきても、ゴリリアーナさんの会話デッキは基本的に半分くらいが戦闘用カードで構成されている。鉄壁だ。ナンパを仕掛けた男はなんとなく生きる世界の違いを感じ取ったのか、そそくさと撤退した。……そんな光景も、今日すでに何度も繰り返されたものである。
まぁそれはそれで無敵ではあるのだが、さすがにあのままでいるのはちょっと可哀想だな。こっちのテーブルに呼んでやろうぜ。
「ゴリリアーナ先輩、こっち座らないスか。一人じゃ寂しいっスよ」
「は、はい」
と思ったらライナが率先して呼んであげた。
「一緒にウルリカ先輩の薬草の仕分けやってほしいっス」
「えへへ、おねがいゴリリアーナさん!」
「数が沢山あって大変だもんね。みんなでやって早く終わらせよう」
「……そういうことでしたら、私も。あまり器用ではないので、お力になれるといいのですが……」
「大丈夫大丈夫。俺らは木の板の上で適当にザクザクやってくだけだからな」
ゴリリアーナさんは包丁などと比べると大ぶりのナイフを手に持って、薬草の処理に参加した。何度か獲物の処理にも使った場面を見たことのあるやつだ。当時は普通になんてことのないナイフだと思っていたが、こうしてゴリリアーナさんがサイズダウンしていると、背負っているグレートシミターもナイフもやけに大きく見えてしまう。
「ゴリリアーナさん、一応もう傷の具合はもう良いんだよねー……?」
「はい、傷は塞いでいただいたので……毒と解毒薬の副作用で弱った身体を戻すばかりです」
「この薬で良くなれたら良かったんスけどねぇ」
「ありがとうございます。……けど、これもパーティーの大事な備えなんですよね」
「うんうん。誰かが大怪我した時のために、作り置きしておきたいなーって。ゴリリアーナさんが怪我した時にみんなで相談してねっ」
この薬はヒールやポーションと少し異なり、傷口の悪化などを抑えることを主目的としているようだ。とりあえず応急処置として塗っておくためのものとして見ればかなり上等だろう。
ただ長期間日持ちするタイプの薬ではないそうなので、製造日をメモしておき、古くなりかけたら他所に譲るなどして処理する必要はあるそうだ。怪我が頻発する職場は多いからな。少し古くても薬が足りなくなることはない。
「そうですね……大きな怪我は、任務にはつきものですから……ギルドマンでは珍しくもないことだと、私も覚悟はしていたんですが……」
ゴリリアーナさんの彫りの深い顔が悲しそうに歪み、影が落ちた。
「きっと……マンドリーナ姉さまはずっと、こんな気持ちを抱えていたんでしょうね……」
「確かゴリリアーナ先輩の、一番上のお姉さんスよね」
「はい……私たち三姉妹の中で最も身体が弱く生まれたのですが……それにめげず、毎日毎日休むことなく修練を積み、姉妹の中で最も速く美しい技を手に入れた……素晴らしい姉さまです。今の私の膂力は、マンドリーナ姉さまと同じくらいにまで落ち込んでいるかもしれません」
ゴリリアーナさんの姉妹のキャラスペックにだけ詳しくなっちまうなぁ……。
ていうか現時点でも別にゴリリアーナさんそこまでひ弱ってわけでもないと思うが……。ひ弱って言葉に姉妹間でしか通じない意味が含まれてるんじゃねえかなぁ……。
「まあ、骨格さえ無事なら筋肉は戻していけるさ。肉食って運動してりゃ嫌でも付いてくるだろう。それまでは地道にやっていくしかないと思うぜ」
「モングレルさん……はい、そうですね。焦りすぎても、良くないですよね……」
「お肉って大事なんスか」
「筋肉を作るには、まあ肉だな。それと運動後に甘いものを食べるのも良いらしいぜ。筋肉の疲れを回復させるための栄養補給ってことみたいだ。逆に、根を詰めすぎて筋肉を疲弊させても、逆に痩せちまうって話だよ」
「甘い物……つまりお菓子ってこと? なんかそれいいねー! いっぱい運動すると甘い物食べたくなるし……ね!」
「う、うん確かに……けど頻繁に食べるとお金がなくなっちゃうから、高いお菓子屋さんの物なんかは難しそうだよね」
まあさすがにケンさんの店のお菓子なんかだと高すぎるからな……。
リーズナブルな甘味を選ぶ必要はあるだろう。炭水化物でも良いと思うけどな。
「甘い物ですか……身体を戻すためになるなら、試してみます」
「うんうん、気分転換にもなるし良いんじゃないかなー?」
「モングレル先輩、またあの蜂蜜の飴食べたいっス」
「ハニータフィーのことか? 冬のもんだから、もうちょいしたらだな」
それからゴリリアーナさんは、トレーニングの合間に甘いものを食べることを習慣にしたらしい。
元々物欲もさほどなく、お金には困っていなかったそうなので、傍から見ると他人から羨ましがられるようなペースで甘味を楽しんでいるようである。
しかし甘味に傾倒する姿がまた女の子らしいものであったためか、ゴリリアーナさんが可憐であるというイメージがちょい増しされ、再びモテたりしたそうである。
相変わらずナンパされてもラブコメらしい話にはならないようだが……ゴリリアーナさんはもうちょっとこう、逆にそういうナンパしてくるような男相手に恋愛経験を増やしても良いと思うんだよな……。
ほら……ディックバルトのこと気になってるのは知ってるけどさ……あれじゃん……選択肢は広い方が良いからな……。いや、余計なお世話かなこれは……。
書籍版バスタード・ソードマンの8巻が2026年8月28日に発売となります。
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