家の工事は順調である。
地下と風呂場以外は簡単なリフォーム程度なので、比較的すぐに終わってくれた。
中でもお気に入りなのは、特に一階のリビングだった場所に新たに作られたバーカウンター。製材所のトーマスさんがバロア材の豪華な一枚板をプレゼントしてくれたおかげで、カウンターだけは完璧なバーが出来上がっている。飴色の光沢を放つ、分厚くてどっしりとした質感のカウンター……最高だぜ。問題は椅子が全くないということだ。バーの意味とは……? まあまあ、ここらへんは追々用意していくんでね……今はただ立ち食いができるだけの完全に無駄なスペースだが、我慢してくれ……。
お祝いの品として、鍛冶屋のジョスランさんからは鋏をいただいた。どう見ても普段ジョスランさんが作ってる鋏より質の良いやつである。失礼ながら“これいつもジョスランさんが作ってるやつより品質良くない?”と聞いてみたら、これが俺の本気だぜとドヤ顔された。普段の仕事はだいぶセーブしてるんだなぁと思ってしまったが、良いものを貰える分にはありがたいので、大事にしていくよと良くお礼を言っておいた。錆びないように、大事に長く使っていきたいものだ。
風呂や地下の工事もどんどん進んでいて、完成は間近といったところ。
時折工期を短縮するために俺も手伝いに入ったりして、自分の家の工事ながら日雇いの小銭を貰ったりしている。
持ち前のパワーを発揮して現場のあんちゃんたちを驚かせていたら、延々と土を運び上げる作業を任されるようになってしまった。“アルテミス”でもやったなこれ……。
近々ここに越してきますよっていうご近所さんへの挨拶も、ライナを連れてちょくちょく行っている。
俺一人だけだと誰だこのハーフとなるが、ライナが一緒で夫婦となるとなんとなく“真っ当っぽさ”を感じられるのか、嫌な顔をされることも少ない。むしろブレーク爺さんの家じゃなくなったと聞いてものすごい安堵してくれる人が多かった。相変わらず嫌われすぎな爺さんである。
前世ではこういう時の挨拶と一緒に引っ越し蕎麦的な土産物を持っていく習慣があったが、ここハルペリアではそういう習慣はない。悩みはしたのだが、無理して土産物を持っていくことはやめておくことにした。本当に悩んだけどね……初っ端から奇異の目で見られるよりは、リスクを取らず普通にいこうとしたわけである。
ただ、隣近所にだけはバロアの森産のお土産の品を持ち込んだ。工事の音で迷惑かもしれないんでね、そこはね……。それと一緒に、店をやるかもしれないんでその時はお願いします。しばらく工事が続くと思いますけどご容赦ください、みたいな。
ご近所さんの反応としては、ご丁寧にどうもって感じである。お互い距離を測りかねている段階だ。まあ、これからゆっくり仲良くなるなり、距離を置くなりしていけばいいだろう。
さて、引っ越しといえば問題がもうひとつ残っている。
それが、ライナの飼っている鳥。今現在“アルテミス”のクランハウスで暮らしているトゥートゥーカンのトゥーちゃんであった。
「ライナのペットだし、こいつも引っ越しになるのかなぁ」
「ラッシャイ! ラッシャイ!」
「もちろんトゥーちゃんも引っ越しさせたいっスけど……狭いのは良くないんスかねぇ」
「ヒッコセ! ヒッコセ!」
「本人はこう言ってるが……」
「トゥーちゃんいつも適当なことばっかり喋ってるから話半分がいいスよ」
「ッス! ッス!」
「発音の再現度は高いんだけどなぁ……」
今、俺はクランハウスの庭先にいる。トゥーちゃんは最初の方こそ籠で飼育されていたが、定期的にちゃんと餌やりされるとクランハウスの敷地内をしっかりと自分の領域だと認識したのか、逃げ出すこともなく生活できているらしい。
驚くべきことに、糞をする場所もちゃんと守っているとか。……やっぱりこいつかなり賢い鳥なんじゃねえのかなぁ……。
「トゥーちゃんもクランハウスに慣れてきたんで、環境を移すのは負担になるかもしれないんスよね。だからトゥーちゃんの引っ越しは慎重に決めないといけないっス。……私が買ったペットだし、面倒は見てあげなきゃって思うけど……シーナ先輩とかも、駄目そうだったらクランハウスで面倒見るって言ってくれて」
「タスケテ……タスケテ……」
「懐が深いなぁ。まあでもライナの言う通り、飼い始めた人には責任ってもんがあるからな。自分で育ててみる最大限の努力はすべきだと思うぞ。俺もトゥーちゃんが暮らしやすいように場所工夫してみるから、まあ、一緒に頑張ろうぜ」
「あざーっス!」
「アザーッス!」
トゥーちゃん本人の声マネとしてはさっきからずっと前向きなんだけど、本当に君はクランハウスに慣れているのかい……?
まあ鳥に聞いてもしょうがねえか。
「餌は結構なんでも食べるんスよね。虫とかちっちゃな動物とかもいけるっぽいっス。“アルテミス”の敷地の草むらでよくちっちゃい昆虫とか捕まえて食べてるっスよ。たまに黒猫に追いかけられてるけど、器用に逃げてるっス」
「アサゴハン! アサゴハン! オフロデキタ!」
「雑食なんだな。肉も食えるなら俺らとしてはありがてえや。生き餌じゃなきゃ駄目とかだったらまた大変そうではあるが……」
「あ、生き餌じゃなくても食べてくれるっスよ。外で訓練してる時に食べられるようになったんで」
「ハイ、ガンバリマス……」
「無理してないといいけどなぁトゥーちゃん」
「トゥーちゃんは賢いから大丈夫っスよ! ね、トゥーちゃん!」
「ハイ、ガンバリマス……」
……よし、じゃあ大丈夫か!
「トゥーちゃんもライナちゃんと一緒に引っ越しかぁ、寂しくなるわねぇ」
そんな事を話していると、“アルテミス”のOG的ポジションにいる女性、ジョナさんがお茶を持ってきてくれた。
いやあどうもすんません、ここのお茶美味しいっすよね。いただきます。
「トゥーちゃんのトイレの土、花壇に混ぜ込んでおくと植物がぐんぐん成長するからすっごく助かってるのよねぇ。あの土が使えなくなるのがちょっと残念だわぁ」
「クソッス!」
「あー鳥の糞の肥料か……鶏糞とかは良い肥料になるからな……トゥーちゃんの糞も良いのか」
鶏糞は高級な肥料としても活用されていた。前世では長年渡り鳥の糞が蓄積することによって出来た島があって、その糞の塊を資源として売り出して財を築いた国家なんてのも有名な話である。一匹程度の鳥じゃ糞の量もたかが知れてはいるだろうが……家庭菜園の規模であれば、それでも十分ではあるのかもしれない。
「もしトゥーちゃんの引っ越しが上手くいかなかったら、“アルテミス”で飼うから心配しないでね!」
「もー、ジョナさんはうんちが目当てっスよね!」
「あっはっは! まあ、だからトゥーちゃんの引っ越しが上手くいかなくても気にしすぎないでいいってこと! モングレルさん、その時はライナちゃんともども頼むわよ?」
「ええ、任せてください。まだトゥーちゃんの引っ越しまでは時間かかりそうですけどね」
「ウルリカ! ウルリカ! レオ! レオ!」
「トゥーちゃん、みんなと別れるのは寂しいかもしれないスけど……向こうでもお世話してあげるから大丈夫っスよ」
「■■■■ーッ!」
「あ、ゴリリアーナさんの声真似だ」
「ふふっ、ホント上手ねぇトゥーちゃん」
それでまあ、ライナと結婚するって話になってからは“アルテミス”との距離感も今まで以上に近づいて、こうしてクランハウスを訪れる機会も増えた。トゥーちゃんだけでなく、ライナの私物を運び込んだりなんかもするんでね。
俺も氷室の工事手伝いなんかでドロドロに汚れたりするもんだから、余ってる風呂チケットをちょくちょく使いに来たりもしてるわけさ。
シーナなんかは“もう別にチケットを気にしすぎなくてもいいんだけどね”とは言ってくれているのだが、まあそれはそれだ。
チケットを持っている以上はチケットを使って有意義に風呂を使っている気分にさせてもらいたいのである。
「あー良い湯加減だ……この快適さが自宅で楽しめれば最高だろうな……」
チケットの残りはあとわずか。工事が完了するまでに使い切るのは楽勝だろう。
汗のかきにくい季節にはなったが、入れるもんなら毎日でも入りたいくらいだしな。
だが家が完成すれば、このクランハウスを訪れる機会も格段に減るのだろう。
別に俺の所属してるパーティーでもなんでもないが、それはそれで何故か不思議と寂しい気持ちになるのであった。
「モングレルさーん、一緒に入って良いー?」
「狭いから駄目」
「ちぇー」
「ちょっとウルリカ、駄目だって……!」
まあでも風呂は賑やかなのよりは、一人でゆったりがベストではあるな。
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