バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ギルドマンの結婚式

 

 突然だが、今日は結婚式である。

 もちろん俺とライナの結婚式だ。これが物語だったらエンディングになってもおかしくないイベントだろう。

 そういう意味では人生の墓場とやらに入る日という表現も間違ってはいないが、当事者本人からしてみればまさに今日から新たな人生が始まるのだから、墓場のことなんて考えていられないというのが本心だ。

 

 ライナは十九歳になった。俺は三十二歳である。年の差は一回り以上ある年の差婚だ。あまり考える意味はないが、俺の前世を含めればもう何回りかするほどの年齢差があると言えよう。この年齢差に“うげっ”となる人もひょっとすると前世の社会では多いかもしれないが、幸いこのハルペリアにおいてはそこまでのことではない。若いカミさんゲットできてよかったねくらいのものだ。ありがたいことである。

 まあね。年長者の俺としては、この大人の余裕でね。今日の一大イベントも、年若いライナを引っ張っていってやろうと思うわけですよ。

 それがデキる男ってわけ。

 

 

 

「ラララ、ライナ、別に緊張しなくても大丈夫だからな……」

「……いやまぁさっきまで緊張してたんスけど、モングレル先輩の慌てっぷり見てたら逆に落ち着いてきたっス」

 

 式場はギルドの酒場だ。

 俺とライナはギルドの個室で、あってもなくても変わらないような小さなパーテーションを隔てるまでもなく、普通に顔を合わせて話していた。

 お互いに新郎新婦の貸出用衣装に身を包み、準備は万全である。あとはライナの緊張をほぐせば完璧だな……!

 

「いやモングレル先輩なんでそんなガチガチになってるんスか……別に人前で話すのも平気っスよね? 大勢の前で普段通りに演奏できてたのに……」

「……ふぅー……ライナにはわかっちまうか……俺がちょっぴりアガってるってことが……」

「小刻みに震えてるから見れば一発なんスけど……」

 

 ライナは顔に被ったヴェールを少しだけ手で除けて、寂しそうな表情を俺に見せた。

 

「……やっぱり結婚するの嫌だ……とかじゃ、ないっスよね……?」

「まさか、ふざけんな。そんなわけがないだろ」

「きゃっ」

 

 その言葉にはさすがに震えも止まった。思わずガッと肩を掴んでしまったほどだ。

 いやごめん、驚かせたのは謝る。

 

「じゃ、じゃあなんでそんなに緊張してるんスか? ギルドなんてモングレル先輩の知り合いしかいないのに」

「……だってほら……」

「なにがだってなんスか」

「……俺、結婚式とかするの初めてだしさぁ……そりゃ、するだろ。緊張……」

 

 俺が恥ずかしがりながらそう言うと、ライナは暫しぽかんとした顔を見せ……すぐに堪えきれなくなったように笑い出した。

 

「ぷっ……あははっ! わ、私だって結婚するの初めてっスよ!」

「いやっ、そりゃそうだけど……! 」

 

 俺はなんというか、昔からなんだが……同棲まではしても、結婚までにはいかないタイプの男だった。

 相手の人生を背負うことへの責任感とか、それに対して自分の自由な趣味を求める気持ちとか……そういうバランスがどうしても結婚の方に傾かない男だったのだ。

 仕事も長続きせずコロコロ変えるし、一人旅は好きだし、バイク……は別に良いだろって思うけども。今世じゃ誰かと一緒になるなんて思ってなかったのに、そんな俺が、まさか結婚だなんてよ……。

 

「ほら、モングレル先輩。手を繋いでてあげるんで、一緒に行きましょ」

「……ああ。行こうか」

 

 今はこうして、一緒に人生の片棒を担いでくれる相手がいる。

 貸出用の花嫁衣装は、前世の感覚を持っている俺からするとちょっと安っぽくはあるのだが。

 顔を覆うベールの向こう側にあるライナの表情は、そんなこと気にならないほど魅力的な笑顔なのだった。

 

「先輩手汗すごいっス」

「すまんなライナ……」

「先輩も、緊張することあるんスね……ふふふ」

「あのなぁ」

 

 なんてことを話しながら部屋を出ると、ギルド内が歓声に沸いた。

 

「おめでとう、モングレル! ライナ! お幸せに!」

「ライナちゃん可愛いよ!」

「結婚おめでとう!」

「おいおいモングレル、いつになく格好つけやがってこの野郎! おめでとう!」

「ヒドロア様の祝福を!」

「ライナさん結婚おめでとうございます! 綺麗です!」

「おめでとー!」

 

 酒場に増設された椅子は全てが埋まり、ほとんどのギルドマンが立っている。

 ギルドで行われる結婚式は俺も何度か見たことあるが、ここまで大勢のギルドマンが立ち会う式は初めてだ。

 テーブルの上には大皿の料理がいくつも並び、普段より多めに配置された蝋燭が部屋全体を明るく照らしている。

 ギルドマンたちはジョッキやグラスを片手に俺たちの新たな門出を祝ってくれている。

 ……緊張が一瞬で吹っ飛んでしまった。これはむしろ、涙腺の方にくるやつだった。いや俺は絶対に泣かねえけど。

 

 ここにいる皆の名前を羅列していったら、いくら時間があっても足りない。皆がいる。皆が俺らを祝福してくれている。

 緊張とは別の形で頭がいっぱいになりそうだ。

 

「ほら、ライナ。一緒に行くんだろ。主役の俺達は前に出ようぜ」

「あっ……は、はいっ」

 

 むしろ今度はライナの方が一瞬呆然としていたようだ。早速お互いを支え合うお似合いの二人みたいになっちまったぜ。

 

「おう、みんなありがとう!」

「……っス! あざーっス!」

 

 カウンターの前に立つと、再び拍手と歓声が激しくなる。いやーこんな真正面からみんなに祝われる日が来るとは思わなかったな……。

 ライブで演奏した後とも違う、なんていうか……本当に自分という人間に向けられた祝福っていうやつが、沁みるね……。

 

 酒場の後ろの方では雇われの吟遊詩人三人組が伝統的な結婚用の曲を激しめにアレンジした曲を掻き鳴らし、今回の式を担当する神官らしき人はそれを眺めてちょっと複雑そうな顔で微笑んでいる。

 多分、本来ならもっと厳粛にやらなきゃいけない曲なんだろう。ギルドで聞くのとよそのちゃんとした場所の式で聞くのとだとこの曲だいぶ雰囲気違うもんな。

 

「月の信徒モングレル。そして月の信徒ライナ。二人は今宵、ヒドロアの帷の下で真なる絆を結び、共に新たな生を歩んでいく。二人はこれより長きに亘って共に信じ、共に支え、共に歩んでゆくこととなるだろう。また、この場に集った敬虔なる信徒らは、その生き証人となるだろう。……ゴホン。えー、それでは信徒モングレル、信徒ライナ。こちらの祭壇に入り、誓いと口づけを」

 

 神官さんによる長々とした、それでも最大限簡略化されているであろう言葉が終わると、次はいよいよ俺達の仕事である。

 月神信仰において、誓いの言葉は薄いヴェールで作られた幕の中で行われる。

 ヒドロアの神秘を模した布の中で発する言葉は神に聞き届けられ、絆が結ばれる……とか、そんな感じだったはずだ。

 

「……さあ、ライナ」

「は、はい」

 

 俺はライナの手を握り、仮設の祭壇の中へと入ってゆく。

 四本のポールに天蓋とヴェールを付けただけの、非常に簡易的なものだ。それでもきめ細かなシースルーのレースで作られたヴェールはよく出来たもので、内部に入ると不思議と本当に神秘に包まれたような気分になる。

 紺色に塗られた天蓋には綺羅びやかな金飾りの星が煌めき、俺とライナはその下で向き合った。

 

「いけーっ!」

「言葉間違えるなよ!」

「ライナぁあああうわぁあああん」

「泣き過ぎよっ……」

「男見せろぉおおお」

 

 ……ギルドマンのやつら全員うるせえな! 一応厳粛な式なんだぞ!

 まったく、いやこういう空気になるのはわかってはいたけどな……!

 

「じゃ、俺からな」

 

 ライナは顔に被った薄いヴェールの奥で頷いた。

 

「私はライナを妻に迎え、月が砕け散るその時まで、彼女を愛することを誓います」

「……!」

「“うんうん”って頷くんじゃなくてだな」

「あっ! ……わ、私は……モングレルを夫に迎え、月が砕け散るその時まで、彼を愛することを……誓います!」

「お、言ったな?」

「い、言ったっスけど!」

 

 そういうことなら、とライナのヴェールに手を伸ばし、その顔を顕にした。

 お月様が砕けるまで俺が愛し抜くことになった女の真っ赤な顔が、そこにあった。

 

 あんまり。

 ……故郷を出てからは、何かを背負うことのなかった人生だったが。

 そうか。これからは、デカいのを背負うことになるんだな。

 

「……ライナ。俺はお前を……健やかなときも、病めるときも、ずっとお前を愛して、敬って、慰めて、助けるからな」

「せんぱい……んッ」

 

 そのまま強く彼女を引き寄せて、口付けた。

 周囲の歓声と拍手がヴェール越しに痛いほど響く中で、俺は脱力して崩れ落ちそうなライナの身体を抱き支えながら、長いキスを続けたのであった。

 

 

 

 ……というのが、式の堅苦しい部分の全てである。

 十分砕けているスタイルだとは思うが、ここからがギルドで行われる式の本領である。

 

「俺はなぁ! モングレルがレゴールに来てからずっとこいつを見てきたからな! ついにライナちゃんと結婚することになってなんか、もう……感無量ってやつだよ……!」

 

 既に酒が入って顔を真っ赤にしたバルガーが、主役の立つべき壇上で熱く語っている。

 ……ここからは結婚した俺とライナに関係する友人たちによる、フリースタイルの祝辞コーナーだ。

 言いたいやつが上がっていって、ひとりひとりコメントしておめでとうを叫ぶのである。受け取る側としては聞き取りやすくて助かるけど、中には純粋すぎて小っ恥ずかしいのもあって、なんだ、むず痒い!

 

「ライナ、本当に良かったね……! いっぱいいっぱい頑張って、弓の練習して、料理も……あと、えっと……うう、とにかく嬉しいよー……ほんとにおめでとう、二人ともっ!」

 

 ウルリカは泣いてるしボキャ貧だけど気持ちは伝わった。

 

「意中の人と結ばれるのは幸せなことよ。……二人とも、お互いを大事に生きていきなさいね」

 

 シーナは穏やかな笑みに僅かに涙を浮かべていた。

 

「くれぐれもライナを守れよ、モングレル」

 

 ナスターシャの一言は、会場をちょっぴり静かにさせた。圧力が強すぎる。もっと明るいコメントくれ。

 

「おめでとう、ライナ。モングレルさん。二人とも仲はもうわかってるけど、これからも仲良くね」

 

 レオの真っ当な祝いの言葉が身に沁みるぜ……。

 

「お、おめでとうございます……! ライナさん、モングレルさん……う、ううっ……!」

 

 ゴリリアーナさんありがとう……俺らもゴリリアーナさんがトゥルーフォームからもっとパンプアップできることを祈ってるぜ……。

 

「子供の名前とか決まってる?」

「決まってねえよ。はい、退場退場」

「あらら」

 

 サリーは観衆の涙と一緒にテーブル席に引っ込んでいった。

 

「モングレル! ライナ! 結婚おめでとうございます! 二人ともお互いを支え合って、幸せになるんですよ!」

 

 モモ……お前は本当に立派に成長したよ……。

 

「モングレルさん、おめでとうございます。ライナさんもおめでとうございます。お二人で素敵な家庭を築いてくださいね。ライナさん、モングレルさんの財布はしっかり握ってないと駄目ですよ。彼無駄遣いしそうですから」

「おい」

「うっス!」

 

 アレックスは余計なことを言ってくれた。

 

「いやぁほんとめでてェよな~! みんな、もういっちょ乾杯だ~ッ!」

「うおー! 酒多めの式で嬉しいぞー!」

「ライナちゃんの希望で樽多めなんだろ? ありがとおおお! 祝福あれッ!」

 

 チャックは祝辞と言うより場の温め直しであった。でもありがたいぜ……乾杯!

 

「――結婚するんだな、二人とも……」

 

 ディックバルトはうむうむと頷いている。……ごめんだけどディックバルト、お前が存在感を示すだけで俺ら新郎新婦がちょっと気まずい想像されそうだから早めにそっから掃けてくれ!

 

「結婚は墓場だぞモングレル……ククク……」

 

 ミルコはなんか頬に平手打ちの跡が残っていた。

 おめえは家庭で何してんだよ……コメントも最悪だからサリーの更に向こう側まで掃けてくれ。

 

「ライナぢゃんがわいいいいいうぉああああああ素敵だよぉおおおおおお」

「えへへ……」

 

 アレクトラは涙と鼻水と泥酔によって色々とグチャグチャになっていた。

 ブーケトスの文化があるならライナから手渡しで渡してやってほしい女である。

 

「いや、俺はこういう場所で話すのは得意じゃ……わかったよ。言えば良いんだろ。……モングレル、ライナ、二人ともおめでとう。まあ……おめでとう。それだけだよ。それしか言いようがないだろ、終わりだよ終わり」

 

 誰かから背中を押されて壇上に上がった眼帯姿のロレンツォは、終始気恥ずかしそうにして短いコメントを残すに終わった。シャイな奴である。

 

「ライナちゃんおめでとう! モングレルさんも! 二人とも素敵よ!」

 

 着飾ったダフネの姿はギルド内の多くの男たちの目を惹いていたが、今の彼女のタイプはもうちょっとガタイが良くてワイルドな男であることを誰も知らない……。

 

「では、私からも……ライナさん、モングレルさん、結婚おめでとうございます。これからお二人の生き方が変わっていくこともあるかもしれません。けれどどのような生き方を選んだとしても、私たちはお二人の幸せを願っていますからね。どこにいても、いつまでも、お二人に幸がありますように」

 

 珍しいことにミレーヌさんからも温かな言葉をいただいてしまった。

 ……ありがとうミレーヌさん。

 

「おう、じゃあ俺も一言いいだろ? なっ!」

「え、ええ……はい」

 

 げ、ブレーク爺さんじゃん……。いや、げっていうのは失礼か……。

 爺さんは結婚するきっかけをくれた人だしな。……けど未だにこういう場に出てこられると、緊張感が拭えねえ……!

 酒場の皆も若干ピリッとしてるのが伝わるぜ……。

 

「おうモングレル、ライナ」

 

 ブレーク爺さんは俺達の名前を呼んだところで言葉を止め、口をモゴモゴさせた。

 

 何事だ? と思ったが、すぐにいつものニヤリとした不吉な笑みを浮かべた。

 

「……若いうちに楽しむのも悪かねえけどな。おめえら、ちゃんと長生きしろよ。楽しいからな! ガハハハ!」

 

 さんざん溜めておいてなんだそりゃって言葉を残し、爺さんは上機嫌にジョッキを掲げていた。

 酒場の連中の殆どは“あんたはそろそろ長生きやめてもいいよ”って思っているだろうが、賢明なので口には出さなかった。

 

 ……けどまあ、いい言葉だよ。長生きな。俺もそれが一番だとは思うわ。

 

「ああ、夫婦揃って長生きするさ。ありがとな、爺さん!」

「あざーっス!」

「がっはっはっは! タダ酒が一番うめえ!」

 

 品のない笑い声と、騒々しい音楽と、隣の席で楽しそうに微笑む俺の若奥様。

 ギルドマンの結婚式は終始賑やかに続いてゆくのであった。

 




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