ギルド内は見知らぬ顔が増え、賑やかであると同時にちょっとピリピリするようにもなった。
仲間内のメンバーばかりだとどこか弛緩した空気になるが、何を考えているのかわからない相手がいるとなると無意識にでも警戒はするものだ。
それにギルドマンは舐められたらおしまいな部分もある。良い依頼を受けるためには名声が必要なことも多いのだ。誰それに喧嘩で負けたなんて噂が流れるだけでも商売に差し支えることさえあるのが普通だしな。
「レゴールの討伐任務は実入りが悪いな……」
「小物がたくさんって感じね。田舎みたい」
「一山当てるには向かんな。腕が鈍りそうだわい」
首からシルバーの認識票を引っ提げたよそ者パーティーが話し合っている。
内容は“レゴール周辺の魔物は雑魚ばっかで運動にもならねえなあ”って感じだろう。いや、本人たちにはそこまで悪意はないんだろうが、周囲で聞いているレゴールをホームにしたギルドマンにとってはどこか侮られたように聞こえたのだろう。
こういうヒリついた空気がたまんねえのよな今の時期は。
もういつ誰かが“じゃあそのレゴールのギルドマンとどっちが強いか試してみるか?”とか凄み始めてもおかしくはない。
一触即発よりやや手前くらいの殺伐とした牛丼屋めいた雰囲気……こんな空間でひっそりと飲むミルクは格別だぜ……。
「やあモングレル。まだ昼間なのに飲んでいるのかい」
西部劇さながらのギルドの雰囲気を味わっていると、珍しい相手に声をかけられた。
「おー、久しぶりだなサリー。三年ぶりくらいになるか。王都にホームを移したんじゃなかったのか? それとも護衛でレゴールに立ち寄ったのか?」
「本当に久しぶりだね。一応護衛しながら来たのは確かだけど、またホームをここに戻そうと思ってね。隣の席いいかな」
「おう。あ、ちなみにこれミルクだから」
「あ、本当だ」
黒いボブカットに無害そうな糸目。そしてレゴールのギルドではあまり見ない魔法使いのローブ。歳は俺と同じくらい。
彼女は数年前にレゴールを拠点に活動していた実力派パーティー「若木の杖」の団長、サリーだ。白い首元には3つの星が嵌め込まれた金の認識票が輝いている。
王都でも十分にやっていける力はあるパーティーだったが、今更レゴールに来てどうするんだろうな。
さっき依頼を選んでいた連中もぼやいていたが、討伐関連は本当に湿気てる街なんだが。
「王都もやりがいのある仕事は多かったんだけどね。活気づいているといえば最近はレゴールの方が上じゃないか。ほら、ケイオス卿ってここの人間なんだろう? そのおこぼれに与ろうと思ってね。一度こっちに戻ってきたんだ」
「はーなるほど。お前もケイオス卿のなんかで来たクチか」
新商品発祥の地レゴール。それに伴う仕事は多く、好景気はレゴールのさらなる発展をたやすく予測させてくれる。
貴族街ではバロアの森までの道路整備の話も持ち上がっているし、それにともなってギルドマンの仕事もまぁ増えなくはないだろうが……。
「王都から見るとやっぱりレゴールの勢いはよく見えるよ。人や物の流出もね。貴族の方々は嫉妬に狂ってて、それを眺めているのは面白くもあるんだけど……僕らは流れに乗り遅れまいと、ちょっとした博打に出ることにした。そんなに心配はしてないけど、駄目そうならまた王都に戻るだけだしね。けどレゴールはもっともっと伸びていくんじゃないかな」
「ほうほう、王都からはそう見えてるのか」
ハルペリア王国としては王都がなんでも最先端でいたいところだろうが、俺のせいで大分計算が狂っているらしいな。こういうその街の空気感は実際に行ってみないとわからないもんだから、人伝でも聞けるのはありがたい。
「ここだけの話、アマルテア連合国の交易団もレゴールに足を伸ばすそうだよ」
「マジ?」
「大マジさ。僕たちはその交易団の護衛でやってきた。大きな商会もいくつかレゴールに支店を構えるそうだよ」
「それは……これまで以上に景気が上向きそうだな」
そうか、連合国も動き出したか。
……友好国だしな。距離は離れているがありえない話でもないか。
それだけレゴールから生まれる新商品たちに利を見出したってことなんだろう。
ゴールドランクの「若木の杖」を護衛に雇うのだから本気と見て良いはずだ。
……やべーな、レゴールの外壁拡張工事が始まってもおかしくねーぞこれ。
バロアの森の開拓範囲拡大も急ピッチで進められるかもしれん。わりとマジでギルドマンの仕事も増えそうだ。
さてどうすっか。
この機に乗じて世の中に流すべき発明品について考える必要が出てきた。何を優先するべきか……悩むな。
「モングレルは未だにソロでやっているのかい? ……ああ、まだブロンズなんだ。逆に感心するな」
「気楽なギルドマンを極限まで追求するとこういう人間が生まれるんだぜ、サリー」
「なるほどね。それじゃあ僕らのパーティーにお誘いするわけにはいかないな」
「新入りを探してるのか?」
「一応ね。今のレゴールに詳しいギルドマンを何人かって考えてはいるけど。まあ、ゆっくり探すよ」
サリーとは三年前からずっとこんな調子だった。
話の波長はなんとなく合う相手だ。
しかしサリーは鋭い部分もあるのであまり懐を開きすぎないようにしている。妙なことから俺のケイオス卿としての側面がバレかねないからな。そういう意味では一番警戒している相手ではある。
「若いやつを取り入れるのもいいが、その前に昔馴染みの連中には顔出しておけよ。お前が戻ってきたって言ったらみんな驚くと思うぜ」
「おっとそうだね、忘れるところだったよ。モングレルは驚いてくれたかな」
「そこそこ」
「そこそこ、か」
サリーはそのまま手を振るでも別れの挨拶をするでもなく、席を立ってギルドを出ていった。
これがあいつの基本的なムーブである。話の入り方とか切り上げ方が独特すぎるんだよな。
「ああ、そうだモングレル。これは王都で聞いた話なんだけど」
と思ったらまた入り口からサリーが戻ってきた。
自由だなほんとお前な。
「近々このレゴールに王都から魔法用品店が支店を出してくるそうだよ」
「なんだって? それ本当かよ」
「直接聞いたし間違いないよ。弟子の一人が暖簾分けを許されたんだってさ。モングレルは魔法に興味があっただろう? 市場でなんか変な魔法の入門書を買ってたくらいだし」
「ああ例のクソみてえな本な。あれは騙されたわ」
数年前に黒靄市場で魔法の初級指南書を買って試してみたことがあったが、一週間無駄な瞑想をするだけに終わったからな。サリーから“それデタラメだよ”と指摘されてなかったらもう一週間は瞑想を続けていたかもしれない。
瞑想のお陰でちょっと集中力高まってきた(プラシーボ)気になったので完全に無駄ではなかったかもしれないが、騙されたと分かった後は本はバラバラにして革屋に売りつけてやった。懐かしい事件だ。
「初心者用の道具も売られると思うから、もしまだ興味があるなら行ってみると良いよ。値段はするけど品質は良い店だからおすすめだね」
「有益な情報だぜ、助かるわ。また水魔法に再チャレンジしてみるかー」
「魔法の習得、楽しみにしているよ。モングレル」
それを最後にサリーは再びギルドを出ていった。やはり挨拶とかはしない。おもしれー女。
「……連合国の交易に、魔法商店か。激動って感じだな」
ぬるいミルクを飲み干しながら、物思いに耽る。
レゴールを裏からどう伸ばしていくか。どう変わるように誘導していくか。
……街の規模や注目度がでかくなると、そう思い通りにコントロールできなくなりそうで怖いな。
これからはより慎重に進めていくべきなのかもしれん。やることはやっていくにしてもな。
ま、活気があるのは良いことだ。特に交易が活発になるのは良い。
連合国産のかっこいい武器とか流れてこねーかなぁ。