ハルペリアで店を開くのは結構簡単だ。何も難しいことはない。商業ギルドにちょっと届け出るだけで、あまり利権に絡まない分野でなければ(重要)特に資格を取る必要すらなく開業できてしまう。
俺は内心ドキドキで商業ギルドの窓口を訪れたのだが、俺がやろうとしている飲食店なんかはありがちだからか、“あーはいはい飲食ね、どうぞどうぞ”くらいのノリで許可が降りてしまった。
「え、こんな簡単に開業できちゃうんすか?」
「飯屋なんてそんなもんでしょ。けど、続けていくのはそんな簡単じゃないよ。当たり前だけど、不味かったり高かったりしたら客は離れていくからね。あなたのとこは長く続けばいいね」
「はは……頑張ります」
「私も頑張るっス」
レゴール市内に住居を持っている人間であれば、特にしがらみなくできてしまうらしい。逆に言えば、そのくらいの軽いノリでやってる雑な飲食店が多いということで……まあ、まあまあまあ、うん。衛生について考えると逆に精神衛生上よくねえからな。あんまり深く考えるのは無しにしようか。
ただ、火の取り扱いだけは結構注意された。火事になったら大事なので、それはまあ当然だな。俺の住居兼店舗についてちょっと地図で調べられたのも、火事になった場合危険なエリアが存在するからだろう。
バロアの樹木から取り出した木材は火がつきにくいが、一度燃えだしたら火力がデカい。火災は木造建築の多いレゴールでは神経質になるポイントだ。
「最近はあれだ、揚げ物ってあるでしょ。衣をつけて脂で揚げる料理。あれから出火する火災が多くてね、飲食でもそこだけは気を張ってるわけよ」
「あー……揚げ物ですか……」
というか神経質になってるのは俺のせいだった。揚げ物ブームが結構少なくない被害を出していたらしい。
「火ぃかけっぱなしの油が発火して、そのままボッて感じでね。しかもあれ水かけても駄目でさ、対処が難しいんだよ。蓋とかしなきゃいかんらしい。火災を起こしたら最低でもとんでもない罰金があるし、近隣にまで被害が及んだら重罪だ。揚げ物だけは本当に気をつけてくださいよ」
「……重々気を付けます」
「うっス……」
正直たまには揚げ物をやろうと思っていた俺達二人は、そこだけはかなり深く肝に銘じたのであった。
……まあでも、気を付けてやればいいってことだぜ。火の扱いには十分に注意して……いざとなったらもう、身体強化全開で対処すりゃどうにかなるだろ!
「で、これが店の名前なんスね」
「おう。まあ結局店自体が不定期だし、内容も飯だったりお茶だったり酒だったり色々だからな……けど取り扱うメインのものはだいたいバロアの森からとってきたやつになるだろうから、な」
「……“バロアの番犬亭”スか。前から思ってたっスけど、先輩って犬好きっスよねー」
「犬か猫かっつったら犬派だからな……なかなか良いだろこの看板。犬のレリーフも俺が彫ったんだぞ」
「え、それは本当にすごいっスね。モングレル先輩絵心もあるんスね!」
「前まで泊まってた“スコルの宿”の看板の犬のデザインをパクったんだぜ」
「パクりじゃないスか! まずいっスよ!」
「いやいや、女将さんも良いって言ってくれたから……」
看板は太く読みやすい書体で彫った店の名前と、犬が骨付き肉を咥えているレリーフが刻まれている。デザインは既にあるやつをパクらせていただいたぜ!
いやけどしょうがねえだろ。色々頑張ったけど犬とか動物描くの難しかったんだよ……。
「まあでもな、この看板もまるっきりパクリってわけじゃねえんだ。こいつにはケンさんの初期店舗にはなかったアイデアが色々詰まってるんだぜ」
「なんスかなんスか」
看板を玄関上に打ち込んだ釘に引っ掛けて、固定する。ひとまずこれで良し。
「まず、文字はデカく読みやすくだ。小さい文字だと遠くから読んでもらえないからな。可読性の高い文字でしっかりと主張する!」
「まあそうスね。大事スね」
「で、文字が読めるやつばっかってわけでもねえから、デカい絵でどんな店かをわかるようにする! 犬が肉食ってる! 超わかりやすい! これならどんなお客さまでも大歓迎ってなもんだぜ!」
「どっちかと言うとペットのごはんのお店……」
「うちは斜に構えた客はお断りだぜ!」
「それ歓迎してるのかなぁ……」
他にもその日のメニューを書いたお品書きA字型立て看板とか、スタッキングしやすくサイズを統一した食器とか、色々なところに考えられるだけの工夫を凝らしてある。
あとはこの店を開店……する前に、試運転してからだ。
さすがにぶっつけ本番で開店はしねえよ。その前に知り合いとかを限定して店に呼んで、実際に動いてみて……っていうのが大事だからな。
「冬の間はレゴールのギルドマンは狩りもできなくなるし、暇になるからな。この期間に集中して店を出すようにすれば、その間も上手く稼いでいける。……はずだ」
「良いっスね。まあ冬の間も探せば任務もあるんスけど、安定してるわけでもないんで……こういう稼ぎ方は良いと思うっス!」
ギルドマンは冬の間はずっと暇なので、酒場でダラダラしているか、各々ちょっとした手作業や軽めの力仕事などで稼いでいる。中には田舎に帰っているやつなんかもいる。
ここで自分の持ち家で商売できるのであれば、なかなか悪くないってもんだ。どうせ冬は暇だしね。その間調理で燃料を贅沢に使って暖かくしながら過ごせるのだ。客足さえ適度にきてくれるのであれば、良い稼ぎになってくれるはず。
まあ、ギルドマンと二足のわらじだ。狩りの美味い時は森で討伐に出るし、そうでない時は開店して飯屋をやるって感じ。
「それじゃあ早速明日からの試運転……頑張っていこうぜ、ライナ」
「うっス!」
「ラッシャイラッシャイ!」
「開店は明日だっての」
そんなわけで翌日の昼。
“バロアの番犬”は親しい相手やお隣さんらを招いてのプレオープンを開始した。
入口には“本日プレオープンにつき招待客のみ”というようなことを書いている。
元々席数もそんなにないのだが、俺とライナの二人で店を回す以上、最初から上限いっぱいの客には対応できないからな。食事をメインにしすぎてもしんどそうだし、色々な部分を抑えめにやっている。
「来たよーライナ! モングレルさん! わー、意外なほどちゃんとお店だ! ってうわっ、変な武器いっぱい!」
「お邪魔します。……へえ、ここがモングレルさんのお店かぁ。すごいな、お店なんて……あ、ほんとだ。なんか変なの飾ってある……」
「ウルリカ先輩、レオ先輩、おっスおっス!」
「ラッシャイラッシャイ!」
記念すべき最初の客はウルリカとレオのお二人さんだ。
最近は段々と寒さも強まってきたからか、装いも暖かそうなものに変わっている。
「ようこそいらっしゃい、“バロアの番犬”へ……」
「モングレルさんグラス拭いてるけど、僕たちが始めのお客だよね?」
「あのグラス使ってないやつだし、お客用じゃないグラスなんスよね」
「なにしてんのそれは……」
なにって……カウンターでグラスを磨いてるだけのマスターだが?
マジなことを言うと、色々シミュレートしてみた結果忙しくなったら呑気にグラス磨いてなんていられねえから今しかタイミングがなかったんだ……。
「まあまあ、好きな席に座ってくれ。カウンターでもテーブルでもいいぜ。俺的にはカウンターの方が雰囲気あっておすすめだけどな」
「じゃあこっちにしよっか!」
「うん、二人だしね。……ええと、メニューはその看板のやつかな?」
「おうさ。プレオープンとはいえ、しっかり金は取らせてもらうぜ」
「試食してみたっスけど、全部ちゃんと美味しいっスよ」
メニューはあまり凝らない、シンプルなものにしてみた。
ドリンクとしては各種ハーブティー、代用コーヒー、水。
フードメニューは自家製ボアベーコンのサンド、自家製ディアジャーキー、サラダ、ピクルス、きまぐれスープといったところ。ベーコン単体とかパン単体とかもある。
ベーコン美味いぜベーコン。脂とスパイスたっぷりで一番のおすすめだ。自分用に少量作るのはめんどくせぇけど、こういう店をやってれば大量生産できるから結構アリだ。
他にもメニューは色々あるが、まあベーコンとスープで十分だろう。
「えーどうしよどうしよ、ベーコンサンド? ってやつとー、スープにしよっかな! 飲み物はハーブティーで!」
「僕も同じやつ……に、サラダとピクルスも欲しいかな」
「うぃーっス。オーダー入りぁあーっス」
「へいよろこんでー」
「……ライナたちそういう感じのノリでやってくの?」
「いやまだ試行錯誤中なんだ……多分変える……」
やっぱりもうちょっと雰囲気ある言い方に統一しておくぜ……。
さて、スープにかけっぱなしにしている火を湯沸かしとベーコン調理用に変える。
ハーブティーは別に何の変哲もないハーブティーだ。個人的に美味いと思ったやつをコトコト。んで提供するだけ。ライナさん頼んます。
「ハーブティー二人前っス!」
「どうもー、可愛い店員さんありがとう!」
「えへへ……」
「ライナはこういう店で働いた経験あったりするのかな?」
「ないっス。あ! けど先輩の屋台で似たことはしてたっスよ!」
うちの唯一の従業員が客とおしゃべりに興じている間にこっちは調理だ。
ベーコンを切り出してフライパンに乗せ、断面をジュウジュウと焼く。
脂いっぱいだからそのまま油垂らさずに炒めていけるのが楽でいい。
んで、いい具合に焼けたらスライスした固めの平パンの間にズドン。申し訳程度の葉物と一緒に挟んで、完成だ。
スープはお玉でチャッと。楽~。
……まあこいつらの仕込みは普通に面倒だったけどな!
はいライナさん、一番さんに持ってって~。
「うぃーっス。えっと、ベーコンサンドとスープっス。こっちはサラダとピクルスっス」
「わーいい匂い! 美味しそー……あ、手に垂れてきちゃった……やだぁベトベト……」
「うん、美味しい……良いねこれ。いつも分厚いパンを食べてたけど、薄いパンに挟むのも良いね……」
食べ盛りの男二人にはベーコンがクリティカルヒットしたようで、なかなか好評だ。良いだろベーコン。シンプルに美味いよな。
「スープも良いねー……モングレルさんほんと料理上手だよね! お店やってくれて良かったー」
「前からずっと、お店やってくれないかなって言ってたもんね。けどこの味なら、うん……本当に流行りそうな気がするよ」
「えへへ……」
何故か我がことのように照れているライナであった。俺に照れさせろよ。
「しかしなぁ……やっぱり下準備は大変だぜ、こういうのは。店ってなると、一度にまとめて作る量が全部大鍋だしよ」
「まとめてやらずに、注文ごとにその場で作ればー?」
「いやそれは忙しすぎて嫌じゃん。そういう料理もあるけどさ」
「あはは、モングレルさんはできるだけ手を抜きたいわけだ」
「そういうこと。最大限楽しながら飯屋をやりたいわけです」
「えー、なんか適当! もっと色々作ってよー」
それはまあ気分次第ってことでね……。
日によって“今日はこれしか作らねえ!”とかそういうことをやると思うから、そん時はよろしく頼むよ。
「ベーコン! ベーコン!」
「トゥーちゃんはあんまし体に悪そうなのだめっス」
「ガンバリマス!」
「頑張ってもだめっス!」
「ケェエエエエッ!」
「客私たちだけなのに賑やかだねー」
「うるせえって言うんだよあれは」
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