“バロアの番犬亭”のプレオープンは、他にご近所さんを招いたりもした。
ご近所付き合いってのもあるし、せっかくなんでお昼にちょっとどうっすか、みたいな。まあ引っ越し蕎麦の代わりのようなものだ。
「あらまあ、綺麗ね。って、開店したばかりだから当然よね、ウフフ。まさかこの通りに新しいお店ができるだなんて」
「いらっしゃい、フリンダさん。まあギルドマンの傍らやってくお店なんで、いつも開いてるってわけじゃないですけどね。冬の間はそこそこやってくつもりですよ」
「お水どぞっス。今日のメニューはこっちに書かれてるやつっスよ」
「あらどうもご丁寧に。最初の一杯はタダなのね」
ハルペリアは水が貴重な国というわけではないが、水をタダで出す店は少ない。蛇口を捻れば無限に出てくるほど楽でもないのだろう。一応、うちもそれに倣って二杯目からは有料としている。水だけ飲む客に居着かれても困るしな。
「へえー、クレイジーボアって結構美味しいのね。豚よりもしっかりしてるけど、なんていうのかしらね。野性的って感じがするわ。何年も前に自分で買って調理した時はもっと大したことのない味かと思ったんだけど……」
「うちは下味つけてじっくり調理してますんでね……自分で言うのもなんですけど、結構イケる味してると思いますよ。まあ、肉をバラしたのはほとんどライナなんですけど」
「えへへ」
クレイジーボアの肉を使ったメニューはなかなか人気である。
同じレゴールで暮らしている人々でも、ギルドマンとの関わりが少ないとあまり手が伸びない食材らしい。そういう意味ではこの住宅地に構える店としては、結構レアな食材を提供できているのではないだろうか。
ちなみに肉の解体はほとんどがライナの手によるものである。俺よりずっと解体が早くてうめえのよ……俺も遅くはないはずなんだけどなぁ。
「お茶もすっきりしてて良いわね。……けど、全体的に値段はちょっと高いんじゃない?」
「や、やっぱりそう思いますか……」
「美味しいけどねぇ、普段から使うにはちょっとっていう感じかしらねぇ……」
お隣の若奥様のフリンダさんは刺繍デザインをやっている職人さんである。
夫は馬車駅で働いているらしく、日中は子守がてら一人で作業しているらしい。今日は息抜きにこうしてお昼を食べに来てくれたが、毎日通えるほどではないようだ。まぁそりゃそうだけども。俺も値段設定は若干強気にしてるからな……。
「けどまた今度来させてもらうわね。友達も連れてこようかしら」
「どうぞどうぞ、是非とも!」
「あざーっス」
とまあ、そうやって細々とご近所さんだったり、知り合いを招きながら店の運転方法を考えていったのである。
やってみるとなかなか考えさせられることばかりで、当初思っていたことと全然別の方法を取ることも珍しくない。
自営業ってのはなかなか上手くいかないもんだな……。
「あんなに高い乾燥キノコのスープなんて採算取れるわけないっスよ! 私の計算でも駄目なんスから一目瞭然じゃないスか!」
「いやぁでも良い出汁出るから……」
「ほんと正式な開店の前で助かったっス! あのままだとお店が潰れるとこだったっス!」
“店長、このままじゃお店潰れちゃいますよ~”がまさかプレオープン時点で聞けるとは思わなかったぜ……。
まあライナの言う通りだ……俺はちょっと素材とか食材にこだわりすぎて採算を度外視してしまうところがあるからな……。
これからもちょくちょくライナから忌憚のない意見を貰えると助かるぜ。
「しかし……まぁ食材の安定供給をしなきゃいけないってのもあるが……それ以上の問題があるな……」
「……っスね」
改善すべきところは改善していく。それでも、小手先だけではどうにもならない改善点が浮かび上がっていた。
「……このままだと複数の客が来たら、絶対に忙しすぎる……!」
「いやーキツいっス!」
そう……飲食業に慣れていないにしても、ちょっとどころではなく忙しすぎるのだ!
前世では夫婦二人でやってるような個人店は珍しくなかったが、ここは異世界。キッチンは超絶不便だし、洗い物だって蛇口から水や湯が出るような便利なシンクじゃない。そのくせメニューの数だけは一丁前……どこのどいつだ、メニュー表が寂しいからって色々取り揃えた馬鹿はよ……俺か……?
「オーダー取ってメニュー聞いて配膳して、隙を見て食器を洗うので精一杯っス……っていうか、多分この一階のテーブルと椅子いっぱいにお客さんがいたら無理っス……」
「俺はまぁどうにか料理自体を簡素化すれば対応できなくもないが……確かにライナの負担が結構デカいよなぁ」
もちろん俺達がまだまだ不慣れってのもあるが、さすがにこの慌ただしさは俺達の求めている副業の慌ただしさではない。こんなんじゃ俺、カウンターでグラス拭けねえよ……。
「もう一人くらい居たほうが良いと思うっスよ。お祭りで出してた屋台でもお手伝いがいたんスから、お店を構えるならなおさらじゃないスか。私はそう言いたいスけどね」
「やっぱ必要かー……まず客がコンスタントに来るかどうかもわかってない段階で人を雇うってのもどうかと思ったんだけどなぁ……」
「別に人が来なければすぐに雇うのやめたらいいんじゃないスか?」
「……まぁ、そんなもんか……」
ちゃんとした仕事ならともかく、ちょっとした配膳の仕事くらいだと雇い止めも気軽にできてしまうらしい。なかなか世知辛い社会だが、言われてみればその通りである。
「……冬の間だけ誰か雇ってみるか。でも見ず知らずの奴と一緒にってのも気疲れするしなぁ……知ってる顔で手伝ってくれそうなのがいりゃ良いんだが」
「お金に困ってそうで、同じギルドマン繋がりで都合つく人いると良いんスけどねぇ……うーん」
バイト候補を見つける。それがひとまずの課題であろう。
ま、信用できる相手ってのはそう簡単に見つかるものでもない。まずは十日くらいかけて、身近なところから声を掛けてみるか。
翌日、ギルドに顔を出した俺は依頼の一覧をざっと見て美味そうなものがないことを悟ると、そのまま資料室に顔を出した。
最近はこの資料室も結構頻繁に新しい本を置いてくれるので助かっている。以前、お偉いさんたちにおねだりしてみたのが功を奏したのだろうか。結構ダメ元で言ってみたんだけどな。言ってみるもんだぜ。
「アマルテア魔物図鑑おもしれー」
今読んでるのはアマルテア連合国に生息する魔物について図解した本である。
向こうのギルドマンに当たるワンダラーたち御用達の図鑑らしい。……いや、図鑑が冒頭でそう言ってるだけで、多分そういうわけじゃないんだろうな。これもまた向こうの図書館に一冊ある程度の、高価な本なんだろう。
いいよな、ちゃんとしたドラゴンが生息している国は……安全上は最悪だろうけど憧れるわ。ドラゴンのいる国。
実際向こうの国ではドラゴンが脅威となってはいるものの、ドラゴンそのものが格好良い存在であることは共通のようで、ドラゴンキラーに憧れるワンダラーは多いらしい。
ドラゴンの素材を使った装備も……実用上はあんまり性能高いわけでもないらしいのだが、求める者は後を絶たない。みんな欲しがるし値段も高騰している。俺も実物は見たことがない。貴族とかは持ってる人は持ってるらしいが……。
そういう事情もあってか、ドラゴンが生息しているだけで近隣の街は活発になるそうだ。ドラゴンの脅威だってもちろんあるにはあるが、“いやードラゴン強くてつれーわー”的な自虐風自慢に近いみたいなものだという。まあ、それも領主などに限った話で、被害に遭う下々にとってはシャレにならない被害に苦しんでいるのだろう……。
……一度くらいは旅行で行ってみたいよなぁ、連合国も。向こうは火山もあるし温泉も入ってみたいぜ。風呂作ったばかりでなんだけどさ。
「モングレルは読書が好きだな」
「お? なんだロレンツォ、お前も読書かい。ルーキーへの講習はどうした?」
「毎日先輩面できるほど俺に仕事が回ってくるわけでもねえよ。ああいうのは、俺のような引退組の食い扶持だ。独占してたら白い目で見られる」
「それもそうだ」
ロレンツォはバロアの森で左手の指のほとんどと片目を失い、前線からは引退した。
それからはギルドでルーキー相手に教官をやっているのだが、これがなかなか向いているそうで評判が良い。俺が教官やるとだいたい人種のアレで少し荒れ気味になるからちょっと羨ましい。
「まあ、しばらくゆっくりできるだけの金はあるから良いんだがな。……何年も腑抜けているわけにもいかん。新入りに威張り散らす他にも、自分の足で稼ごうと思ってな」
「……罠猟の本か? ロレンツォにしては珍しいもん読むんだな」
「対人ばかりだったから、真っ当な討伐には疎くてな。引退して今更になって勉強してるのさ」
「おいおい、本当に今更だな……どういう風の吹き回しよ。つかその指じゃ罠は扱えないぜ」
勉強熱心なのはいいが、魔物の討伐だって簡単なわけじゃない。対人とはまた違った慣れが要求されることばかりだ。そして罠は普通に難しい。指が十本あってもしっかりと仕掛けるのは難しいし、獲物を引っ掛けるのはもっと難しいし、罠をどこに仕掛けたか探すのはそれ以上に難しい。いや、これは俺だけかもしれないが。
「なに、別に俺だって一人でやるわけじゃない。今、新入りのパーティーに誘われていてな。対人戦の経験が足りないから、春から一緒にどうかって誘われているのさ」
「おー……ぼっちのロレンツォを誘ってくれるとは、なかなか優しい連中じゃねえの」
「誰がぼっちだよ。ぼっちはてめえだろ」
こいつも一匹狼を気取っていたが、今は随分と柔らかくなったもんだ。
……っていうとまた俺にも火の粉が来るから言わんでおくけど。俺はロレンツォと違ってパーティーすら入ってねえからな……。
「そもそも、モングレルも知ってるパーティーだろう」
「え? どこだよ」
「“ローリエの冠”さ。ほら、商売事やってるダフネって子がいるだろう。あの子が誘ってくれたんだよ」
えっ、マジで? “ローリエの冠”かよ。
「“日陰者”の件で、連中は対人経験が無いことを気にしているようだったからな……そこで冬の間は俺が指導に入り、春に用心棒をやろうってことになったのさ。これまでは“デッドスミス”という夫婦の二人組と臨時で組んでいたそうなんだが、そっちも妻のほうが妊娠したとかで身動きが取れないようでな。まあ、期間限定の雇われさ」
「マジか……まあ、ロレンツォってのは目の付け所はいいな……」
「フッ、そうだろ」
対人戦では強いからな、チョイスは良いと思う……思うが……。
……ローサーといい、ロディといい、ロレンツォといい……相変わらずダフネは訳ありのメンバーを拾ってくるよな……。
いや、別に良いんだけどさ。ロレンツォも悪い奴ではないからな……。
まあ、俺の店でホール仕事やるよりはずっと似合ってると思うぜ、ロレンツォ。
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(ヽ◇皿◇)悲しいなぁ…