バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ヤツデコンブを最も肉っぽくする方法

 

 ヤツデという植物の葉は、文字通り八手、八本の指が伸びた手のような形をしている。

 あれだ。鼻高天狗とかそういうのが持ってる葉っぱの団扇。まんまアレだな。天狗の羽団扇なんて別名もある。

 

 俺が前に買った昆布っぽい海藻は、そのヤツデにそっくりだった。

 ヤツデの葉っぱなんて食えるようなもんじゃないから食品とイメージが結びつかないのだが、色合いや固さは昆布そっくりだ。

 

「……んー……まぁ旨味もあるよな、これ」

 

 昆布に含まれる旨味成分……グルタミン酸だっけな。塩吹いてる表面を舐めてみるとわずかにそんな感じの旨味を感じる。

 旨味は日本食の基本だ。もしかするとこれでレパートリーを開拓できるかもしれない。

 しかし不安要素もある。

 

「水に戻してから焼くと肉の味がするってなんだよ……売り込み文句が逆に怖いわ」

 

 昆布が肉ってのが本当にわからんな。大豆で作るステーキ的なやつ?

 いやいやどんな成分してたら肉みたいな味がするんだよ。そう考えると煮出しても思っていたような出汁が出ないんじゃないかと不安になってくる。

 

 だがせっかく買ったんだ。とにかくまずは味見して見る他あるまい。

 

「水で戻すのも多少加熱して出汁を取るのも変わらんだろ。出汁取りと昆布ステーキ、両方やってみるか」

 

 小鍋に水を張り、ヤツデコンブ(仮)を投入。

 そのまま水から加熱を始めてゆく。

 

 ここは以前かにこ汁を作った屋外炊事場。今日は俺一人だが、まぁのびのびと創作料理を試させてもらうとしよう。

 故郷の味の再現は一人で静かに豊かにやっていたいからな。

 

「……沸騰前に取り除く、と。まぁ柔らかくはなってるが……肉ではないな」

 

 前世の昆布の出汁取りと同様に、沸騰前に取り出してみる。

 ヤツデコンブは柔らかくなったが、肉ではない。ただ、どこか懐かしい匂いはする。海藻特有の磯っぽさと、旨味がありそうな匂いだ。

 

 昆布ステーキはまぁ個人的にはどうでもいい。大事なのはこの汁の方だ。

 というわけでさっそく一口味見をば。

 

「んー、まぁ昆布……だよな? ちょっと違うか……? 風味は違うがまぁ旨味はある気がする……」

 

 一口飲んでみると、昆布とは少し違っていたが旨味は出ているように思う。

 だが断じて肉ではない気がする。これを煮詰めてもステーキ味になるとは思えんね。

 

「……出汁を煮詰めて、塩を足してみてってとこだな……」

 

 大体のイメージは掴めた。昆布出汁とそっくりなものが作れる……そう考えて間違いはないだろう。良いものを手に入れたぜ。

 あとはまぁ、おまけとして昆布ステーキも試してみるか。

 

 お湯から引き上げたヤツデコンブを油を引いたフライパンに投入し、焼いてみる。

 小盾から作ったフライパンだから底が丸いけど、まぁまぁ使えれば良し。

 

 油が汁気の多い昆布の下でパチパチと音を立てる。

 じわじわと昆布が動き、縮んでいるような反り返っているような。

 肉と比べると薄いので、早めにひっくり返す。案の定片面は既にいい感じに焼けていた。……いや本当に肉の味になんのこれ? 市場のおっさん適当な情報掴まされてない?

 

 半信半疑になりながら調理を進めていく。

 油を足しつつ、こまめにひっくり返しつつ……。

 

 もっと加熱すれば肉の匂いが出てくるんじゃないかという淡い希望を懐いていたが、これ以上はさすがに焦げそうだってところで火から救出した。

 出来上がったのは焼け目がついたヤツデコンブ。調理そのものは間違っていないはずなのにどうにも前提から失敗している感が否めない。

 

「まぁとりあえず……食ってはみるけど……」

 

 自分で料理しておきながらなんだけど気が進まねー……。

 でも食べちゃう。もぐもぐ。

 

 ……んー……?

 

「肉……かなぁ……? いや海藻だけど……?」

 

 食べてみた感じ、確かに昆布とは違うけども……けども……。

 でもやっぱ断じて肉ではねーよという……想像通りの味がした。期待してなかった通りの味だ。

 

「いやまてよ、出汁取っちゃったのがマズかったのかもしれん。水に戻すだけで調理してみよう」

 

 俺は出汁を取るために加熱したが、それが旨味を逃がす原因だとすればこの結果も仕方ないのではないか。

 そう仮定して、新たなヤツデコンブを水に戻していく。今度は加熱せず、ふやかすだけに留めておく。

 

 水が浸透して柔らかくなったら再び油で炒めてみる。

 ジュウジュウパチパチ。……今度はさっきよりも、いい感じの匂いがしているような、してないような……。

 

「おーモングレル、なんだそれは、料理やってるのか」

「ん? ああバルガーか。前に市場で見つけた謎の食材をちょっとな。そっちは燻製か」

「ああ。今日はのんびりな」

 

 油炒めをやってると、通りがかったバルガーが声をかけてきた。

 どうやらこいつは向こうの竈門で燻製を作っていたらしい。パーティー用なのか自分用なのか。結構纏まった量を作っているようだ。

 良いよな燻製。俺もこの世界の燻製チーズは大好物だ。

 

「……え、なんだそれ。葉っぱ?」

「海藻だよ。名前はしらんけど」

「名前も知らない食材を調理してんのかお前」

「聞くの忘れちまってなー。今度連合出身の奴に聞いてみようと思ってはいるんだが」

 

 ここでひっくり返す!

 ……うーん、煮出してないからさっきのヤツデコンブより色が濃い目で火加減が良いのか自信ねえな……。

 

「海藻ってのはそんな調理をするもんなのか?」

「俺も初めてなんだよな。売ってたおっさんが言う話じゃ肉みたいな味がするらしいぞ」

「ほー、面白そうだな。燻製少しやるから一口わけてくれよ」

「逆に燻製もらっちゃっていいのかよ。美味いかどうかわからんぞこれ」

「ギルドマンは冒険心が大事だからな!」

「俺は慎重な心を大事にしたいが……そろそろ良いかな。バルガー、この鉄板に乗った状態のままでこいつ切り分けてもらえるか」

「あいよ。……ってなんだこれ、バックラーじゃねえかよ」

「取っ手付けただけの調理器具だよ。良いだろ」

「なんだかなぁ……同じ小盾使いとして複雑なんだが……」

 

 盾の窪地の上で、バルガーがヤツデコンブを切り分けていく。

 ナイフでちゃちゃっとなぞるようにヤツデの指を解体していくと、どことなくベーコンっぽい形のものが八枚生まれた。

 まぁベーコンではないんだが。

 

「じゃあ一枚もらうぜ」

「おう。俺も一口……」

 

 いざ実食。むしゃぁ……。

 

 ……お?

 

「肉……ではないけど……」

「肉……っぽい感じはある……かもしれない……?」

 

 食べて見ると、油で炒めたせいなのか、焦げ目があるせいなのか。そこに旨味が加わったおかげなのか。

 ベーコンっぽい見た目に近い、肉的な食べごたえを感じた。

 

 ただ肉ではない。代用肉というか……肉モドキというか……それに近いものって感じだ。食感なんかは特に全然違うしな。

 でも意外なほど、肉っぽさは感じる。不思議な味だ。

 

 まぁ不思議ではあるんだけども。

 

「んー、これ食うなら肉食ったほうが良くないか?」

「バルガーもそう思うよな。俺もそう思う」

 

 ただ普段から肉を食える立場からすると、わざわざこれ食う必要ある? って感じなのは間違いない。

 あくまで面白食材というか、肉食できないタイプの人向けというか……。

 

「何が足りねえんだろうな。あ、モングレル。これ炒める時に獣脂使ってみたら良いんじゃねえか?」

「それ使ったらもう肉になるっていうか、ちょっとずるくない?」

「ちょっと試してみようぜ。獣脂持ってきてるからよ」

「まぁやってみるか。食感は変わらなそうだけどなぁー」

 

 フライパンに獣脂をぺいっと投入して、残ったヤツデを再加熱。

 うん、こうしてジュウジュウ炒めてると匂いは完全に肉だ。獣脂使ってるから当たり前ではある。

 

 そうして出来上がったものを食べてみると……なるほど、確かにこれはベーコンのようだ!

 

「いやこれやっぱずるいってバルガー。獣脂使ったらそりゃ肉っぽくなるって」

「ハハハ、完全にクレイジーボアの味がする。でもこっちのが良いだろ?」

「まぁ良いけど。……あ、こいつと一緒に買ってきたスパイスも入れてみっか。もっと肉っぽくなるかも」

「おー! なんだよモングレル、そんなもんまで買って金大丈夫なのかよ」

「いや最近結構やばかった」

「本当に買い物になると馬鹿だなお前ー」

「ちゃんと賢い買い物してますぅー」

 

 その後、肉用のスパイスをいくつかパラつかせてヤツデコンブステーキの完成度をより高めてみたり、色々と悪ふざけじみた調理法をテストしたりなどで楽しんだ。

 創作料理はこういうところが楽しいんだよな。

 このヤツデコンブを美味しく調理するノウハウに関しては連合国を越えてるかもしれん。

 

 結局俺達の出した結論としては、バルガーの持ってきた燻製肉にスパイスかけて食うのが一番美味いということになった。

 

 アホかよ。

 


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