バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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装備は見た目も大事

 

 小粒とはいえ、たくさんの魔物を相手に戦っていれば装備を消耗する。

 パイクホッパーの突進を受け続ければ鉄製の盾だって歪んでくるし、剣だって突きをミスって抉るような真似をすれば折れたり曲がったりもする。

 誰だって愛用の装備を簡単に失いたくはない。板金、研ぎ、色々な技術者を頼って修復を試みはするが、中には買い替えないことにはどうしようもない装備品だって出てくる。そうなればもう買い替えする他にやりようはない。

 それまで愛用していた武器に泣く泣く別れを告げ……それはそれとして、装備を新調するという楽しい買い物が始まるのだ。

 

 

 

「珍装備……大発見!」

「またっスかモングレル先輩」

「この前も似たようなの聞いたよー」

 

 俺はライナやウルリカと共に再び市場を訪れていた。

 お互い別々の場所で任務をこなしているが、一日が終われば酒場やギルドで顔を合わせることも多い。

 ライナとは前々からだったが、そうなると自然と一緒のテーブルで話したりする程度には、ウルリカとの付き合いも深まっていた。

 こうして休みの日に一緒に市場行こうぜって話にもなるのである。

 

「働いて浮いた金も出てきたからな。今日は何かしら買って、飢えきった物欲を満たそうと思う」

「モングレル先輩いつも物欲あるじゃないスか。……まぁ私も、そろそろ今使ってるグローブの指先が擦れてきたんで、予備のグローブとか欲しいスけど」

「私も……ちょっと、裏地があまり擦れない胸当てが欲しいかなーなんて、あはは」

 

 何より、ここ最近は連合国から流れてくる装備品が増えている。それに対抗するように国内の質の良い装備まで揃い始め、街に急に武器屋が何件も出来たかのような盛り上がりを見せていた。

 良い装備は他の誰かに買われる前に、目ぼしいものがあれば手元にキープしておきたいところだ。

 ちなみに地元の装備屋では手に入らないデザインはおしゃれ扱いされるし、女性ギルドマンはこういうのを見て回るのが好きである。前世でいうファッション的なものなのかもしれない。

 

 三人で市場を見て回ると、街の人だけでなくギルドマンらしき屈強な連中の姿もちらほら見える。

 盾のベルトだけを売ってる店や鎧の下に着込むインナーなんかも人気のようで、店によっては人だかりができていた。

 

「先輩先輩、モングレル先輩」

「ん?」

「また他のギルドマンと喧嘩したって本当スか」

「あ、それ私も聞いたー。ベイスンのパーティーと喧嘩して勝ったんだって? “若木の杖”の子が話しててびっくりしたよー」

 

 おお、噂にはなってるか。

 アルテミスも“若木の杖”と交流するようになったのは嬉しいね。

 

「なんだ、俺の武勇伝が広まってんのか」

「モングレル先輩も何発も殴られたって聞いたっス」

「チッ、そういうのも聞かれてるのか。三人相手に無傷で勝ったくらい話を盛ってくれねえかな」

「無傷で三人に勝てるわけないっスよ」

 

 ちなみに俺自身も喧嘩のことについては触れ回っている。

 それとなーく殴られて痛かったとか、そういう感じにな。さすがに三人相手に無傷勝利なんて噂が間違ってでも流れたら後々が怖いし。

 それはそれとして、虫よけに俺自身の強さは匂わせてはおきたいんだがな。塩梅が難しい。

 

「あ、見て見てライナ! あのグローブ結構良いんじゃない?」

「え、え、どれスか。見えないっス」

「これだよー。ほら、細身で見栄えも悪くないよ。指も動かしやすそうだし、補強もしっかりしてる」

 

 二人は弓系の装備品を熱心に見て回っている。

 弦を引くのに指先が結構消耗するらしく、意外なほど装備としての寿命は短いのだとか。

 それはそれとして装備品の見た目にはこだわりたいのか、実用性も重視しつつ見た目にもこだわっている。

 

 俺も男だし実用性は大事だと思うが、ギルドマンとしては見た目の良さについてはかなり理解がある方だと思う。

 性能が良くても見た目が悪い武器なんて装備したくはないからな。

 特にヘルム系。頭の守りは大事だがシルエットがダサい奴はなんか嫌だ。昔やってた色々なゲームもだいたい頭装備の表示を消すタイプだったしな……そこらへんの嗜好が転生して他人事じゃなくなっても続くあたり、筋金入りだとは思っているが。

 

「ほら、見てもらおうよ」

「えー、いやー……」

「ねえねえモングレルさん、ライナのこれどう? 可愛いよねっ!」

「お? おー、良いんじゃないか」

 

 ライナは両手に新しいグローブと、腰に小さなポケットがたくさんついた革のベルトをつけていた。

 動きやすそうなショートパンツに袖なしのシャツ。冬場は装備もモコモコしていたライナも、春になってからは体型がわかりやすい格好になった。そしてほっそりとした体にぴったりと纏った革装備。スマートでなかなか有りだと思う。まぁ、後衛だからこそ許される軽装だよな。

 

「……腰細いなぁライナ。もっと飯食ったほうが良いぞ」

「いやほらー……モングレル先輩そう言うタイプなんスもん……」

「……なんかごめんねライナ……」

 

 この流れはよくわからないけど、俺が悪いのはなんとなくわかったぜ……。

 でも何が悪いのかわかってないのに謝ると地雷を踏みかねないから俺は何も言わないでおくぜ……!

 

「ちなみにモングレル先輩、ウルリカ先輩の装備はどうスか」

「えー私はいいよー」

「ウルリカ先輩も同じ感じのこと言われて欲しいっス」

「ライナちょっと陰湿だよぉ」

 

 俺を使ったイジメの方法が確立されてる感じかい? これ。

 

「ウルリカのは胸当てか」

 

 腰を絞った女物のレンジャー服。柔らかな革を使った、多分お高いやつだろう。下はスカートに野外用のブーツ。

 服の上から表面の滑らかなハードレザーの胸当てが装着されている。よく見るとハードレザーは表面だけで、そのすぐ下には金属が入っているようだ。見た目だけわざわざ革にしてるんだな。

 

「……弓使いってだいたい皆そういうの装備してるよな」

「あーうん、弦が当たると痛いっていうのもあるんだけどねー。慣れてくれば滅多に引っ掛けることなんてないんだけど、それでも当てちゃうことはあるからさぁ。そういう時に表面がツルツルした胸当てを付けてれば、弦も傷めにくいし勢いも弱まりにくいから、一応ね。つけてるんだ」

「へー」

「もちろん防具としての意味合いもあるスけどね」

 

 でかいおっぱいに当たると痛そうだなとは思ってたがそういうことだったのか。

 ライナとウルリカは心配する必要ないだろとか思ってたけど、さすがの俺にも見えてる特大地雷はわかるから口には出さないぜ……。

 

「この胸当ては今までのより少し膨らんでるけど、その分……擦れないし。肌の当たりが優しくて良いかなー……と」

「良いんじゃないか? こういうものって着け心地が大事だもんな」

「そうそう。硬い装備だと結構外れが多いからねー」

 

 二人はもう自分の買うものを買って、ほくほく顔だ。

 新しい装備を揃えるとそうなるよな。気持ちはすげーよくわかる。

 

「モングレル先輩は今日なんか変な装備買わないんスか」

「変な装備っていう言い方はよくないぞ」

「あはは。向こうで色々売ってるね、見てみようよ」

 

 俺は格好いい装備を探しに来たんだ。変な装備に興味は無い。

 

「いらっしゃい、珍しいもの色々置いてるよー」

 

 ……しかしこうして並んでいるのを見てると、あまり尖ったものは少ないな。

 売り物だから当然ではあるんだが……おや?

 

「これは……鎖鎌か?」

「おっ! お客さんなかなかお目が高いねえ。そいつはまぁそのあれだ、試験的に売ってみないかと言われた新しい武器でな」

「知ってるぜ、左手にこっちの鎌を持って、右手でこっちの分銅を振り回すんだろ?」

「詳しいね! ……これ有名なのかい?」

「いやどうだろうな、俺もそこまでは」

「なんでモングレル先輩そういうの知ってるんスか……」

 

 俺の目の前にあるこの……鎌の柄に鎖がついて、その先に鉄製の錘がついた変わった武器。

 これは前世でも存在した武器だ。しかも発祥の地は日本。時代劇なんかでたまに忍者が使ってたやつである。

 

「モングレル先輩好きそうっスね」

「えーこれ買うの? 買っちゃうの?」

 

 しかし……俺のセンサーにはピクリとも来ないんだな、これが。

 

「やれやれ……俺から言わせてもらうとこの鎖鎌は駄目だね。まるでなっちゃいない」

「なっ……お客さん、しかしこれは……いや聞いた話だけどなかなか……」

「大体はわかってるぜ? この武器は鎌じゃなくて、こっちの錘を振り回して武器にするんだろ?」

「……ほう。やるねぇお客さん。しかし、この錘による攻撃はなかなかの威力だそうだよ。それでも駄目だというのかい?」

「それだ。錘を振り回す……それが駄目なんだよ」

 

 確かに錘は強い。鈍器を長いリーチでぶん回して叩きつける。弱いはずもない。

 だがな……。

 

「なんで鎌の方を振り回しちゃいけねえんだよ……!」

「……まぁそれは多分、あれですよ。そう都合よく鎌の刃先が向かないのと、自分も危ないからっていう……」

「鎖の付いた鎌のくせにこっちの方は“鎖で絡め取った相手をザックリ”とかいう地味な使い方だぜぇ? 最悪だよ最悪! モングレルポイント最低だよその使い方は!」

「なんスかそれ」

「俺も実用性も大事なのはわかるけどねぇー……装備品ならこう、もっと戦闘面でのビジュアルにもこだわって欲しいとこなんすよねー……」

「……お客さん、冷やかしはほどほどに頼むよ」

「あ、ごめん」

 

 俺の前世、日本発祥の武器であっても贔屓はしない。ダサいものはダサいのだ!

 

「……なんか意外だなー。モングレルさんってこういうゴテゴテしたやつなら何でも良いと思ってたよー」

「ほんとっスね。てっきり“言い値で買う”とか叫び出すもんかと思ってたっス」

「あのなぁ……俺はしっかり装備の良し悪しを見て決めてるんだ。ただ複雑に盛り付けたような武器が好きとか、んな安易な考えは一切ないぞ?」

「っスっス」

 

 ライナお前適当な返事する時毎回そんな風に言うよな? 俺の気のせいじゃないよな?

 

「えー……じゃあモングレルさん、あれはどう?」

「あれって?」

「ほらあれー。あの壁に立て掛けられてるやつ。騎士団でも採用されてる奴じゃなかったっけ? 鎌のついたハルバード」

 

 ウルリカが指さした先には、斧、槍、そして鎌が長柄の先で一体となった美しい武器が光り輝いていた。

 

 あれは……間違いない……。

 ハルペリアの馬上騎士が採用しているという幻のハルバード、グレートハルペだ!

 

「そ……それを売ってくれッ! 言い値で買うッ!」

「やっぱりゴテゴテしたのが好きなんじゃないスか!」

「うわぁ……値段すごいよこれぇー……?」

 

 その日、俺の武器コレクションがまたひとつ増え、再びの金欠生活が始まったのだった。

 

 


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