バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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黒靄市場で小遣い稼ぎ

 

 金が無い。

 最近稼いだはずなのにどういうわけか俺の所持金がわりと人様にお見せできない額になっている。

 全くどんなマジックだ。ひょっとすると俺の住んでる部屋の壁にかけられたグレート・ハルペに関係があるのかもしれないが、さすがに考えすぎだろうな。よし、原因については考えないようにしよう。

 

 だが金が無いのは正直困った。

 これからレゴールには魔法商店が来るらしいし、そのための金も用立てなきゃならん。服の生地も買いたいし個人的な制作物の材料費だっている。

 一応、裏金みたいなものはそこそこあるがこれに手を付けるわけにはいかん。とっておきの金に手を付けたら人間おしまいだ。レッドラインの手前、安全圏に引いたセーフラインを意識して動かなきゃ人は簡単に破滅するからな……。

 

 だからまぁ、春だし良い感じの討伐依頼を受けようと思ったのだが。

 

「あー……クレータートードの討伐は既に全地区埋まってますねぇ」

「マジかよー。多少遠くてもいいから無いかな、ミレーヌさん」

「モングレルさんであればご紹介したかったのですが……張り出してから各パーティがこぞって受注したものですから、すぐに無くなってしまったんですよ」

 

 クレータートードは、春になると水辺近くに現れる蛙の魔物だ。“グレーター”ではなく“クレーター”トードである。

 人と同じくらいの体高があり、その巨体で突進や蹴り、踏みつけなどを仕掛けてくる。パワーはある魔物だが、パイクホッパーと同じで正面からの戦いを避ければ比較的楽に討伐できる相手だ。

 

 体表にはそれこそクレーターじみた岩のようにゴツゴツしたイボがあって硬そうだが、普通に剣も通るし柔らかい。

 脚肉があっさりした味でなかなか美味く、季節の食材として親しまれている。

 時々家畜が襲われて丸呑みにされたりもするそうだが、大抵は何か悪さをする前に人間に狩られるのでほとんど食材扱いだ。そのせいかギルドマンにも人気がある。

 

 ……うーむ。稼ぎになる魔物だし、クレータートードの分泌液は良質な油だから少し補充しておきたかったんだが……。出遅れた。ギルドマン増えすぎ。いや良いことだけどさ。

 

「しょうがねえ、手っ取り早く物売って稼ぐかー」

「良い任務が入ったらお伝えしますね」

「おーありがとうミレーヌさん、今日のメイクも綺麗だね」

「ふふふ、いつもと同じですよ」

 

 よし、退散しよう。

 

 

 

 金稼ぎといっても、それはギルドでの活動だけに限られない。

 数人でやる仕事をソロでできるとはいっても、元々ブロンズ以下の仕事そのものがしょっぱいものばっかだしな。

 遊ぶ金もほどほどに集めようとなるとなかなか厳しいものがある。そういう意味でもギルドマンはさっさとシルバーまで登っていった方がいいのだが、シルバーに上がりたくないワガママな俺みたいな奴は個別に金を稼ぐ方法を確立しなければならない。

 

 俺の場合、その手段のひとつが委託販売である。

 

「ようメルクリオ、商売は繁盛してるかー」

「……んお? おお。なんだい、モングレルの旦那じゃないか。商売はほどほどだよ。良くもなく、悪くもない」

 

 俺は黒靄市場に足を運び、とある露天商のもとを訪れた。

 レゴールでは珍しいくすんだ金髪に無精髭。俺より10歳ほど上の渋いおっさんだ。

 

 彼はメルクリオ。レゴールの黒靄市場で商売している、どこに出しても胡散臭い商人だ。

 

「ああだが、モングレルの旦那が預けてくれた道具はそこそこ良く売れたな」

「お、本当かい」

「発火器は全部売れたよ。元々の値が安かったってのもあるが、便利なのが広まったのだろうよ。似たような男が何日か続けて店まで来てね」

「マジか、そりゃ助かる。ちょうど金が必要だったからな」

「また無駄遣いしてるのかい、旦那」

「俺は無駄なことに金は使わないぞ。全て必要経費だ」

「そうかい」

 

 含み笑いを零しながら、メルクリオが懐から硬貨を取り出す。

 

「はいよ、1660ジェリーだ。次また発火器を売るならもっと値を吊り上げるべきだな」

「おう、ありがとう」

「気にしないでいいさ。手数料はもらってる」

 

 差し出されたのは俺が委託した販売の売上げだ。

 発火器。木材と角を削り出して作った原始的なファイアピストンだが、多少は人の興味を引いたらしい。

 棒と筒によって火種を燃やす、シンプルだけど不思議なアイテムだ。特に軍事転用できる類のものではないし発展する技術でもないから早々に形にして売ってしまったが、そうか。これでもまだ安いのか……作るのがちょっと面倒だし次は少しだけ値上げしとくかねえ。

 

「で? モングレルの旦那が来たってことは、金の受け取りだけじゃないんだろ。また何か変な物発明したんだろ? 見せてくれよ」

 

 どこか楽しそうな目でメルクリオが俺を見上げている。

 この男は金も好きだが、何より面白い商売そのものを楽しむためにここで露天商をやっているという変わったやつだ。

 誰も扱っていない商品だったり、価値のなさそうなものだったり、そういった商品を道行く客に売りつけるのが楽しくて仕方ないのだそうだ。つまり変人である。

 

 まぁこの変人のために今日は新商品を仕入れてきてやったわけなんだが。

 

「いいぜメルクリオ。今回ご紹介する商品はこちら……はいドン」

「……なんだい旦那、このギザギザした板は」

「俺が開発した洗濯板だ」

「洗濯板ねぇ……なるほど、この凹凸で衣類を洗えるってわけか」

 

 俺が差し出したのは八枚ほどの板だ。正直でかいし重いしかさばるので量産には向かなかった。

 洗濯板というのは文字通り洗濯するための板で、板の表面に山型の溝がいくつも並んでいる。

 タライに水を張り、その中で洗濯板を使ってゴシゴシ洗うという、まぁだいぶシンプルな道具である。だがシンプルなわりに発明されたのがだいたい1800年ほどだというのだから歴史ってのはわからんもんだよな。

 だがこの溝を彫るのが専用の鉋を用意しないとスムーズにはいかないので、発想としてあったとしてもなかなか一般庶民に流通できるほどのお値段にならなかったんじゃないかなーと思ってる。

 最初の一本の溝を適当にまっすぐ彫ってしまえば、後はそれをレールにして専用の鉋で一段ずつずらしながら削っていける。やり方さえわかってればまぁ簡単だ。この時代の適当な店でも簡単に模造品を作れてしまうだろう。

 

「俺に委託するってことは一度ちゃんと使ったんだろう、モングレルの旦那。実際の所、使い心地はどうだいこれは」

「あー悪くねえよ。手足や棒で踏んだりこねたりするよりは三倍は楽だな」

「三倍、良いね。ありえそうな数字だ」

「ちなみに洗う時はこうして、こう……揉むというかこすりつけるような感じで……」

「あーはいはい、なるほどねぇ。そうすんのねぇ」

 

 メルクリオにエア洗濯板で実演する。こういうやってるとこのポーズを知ってもらわないと売り込む時に困るからな。

 

「んー……宿屋とか、あとは鞣し屋なんかには売れるかもな」

「鞣し、あーなるほど……?」

「ただそこらの店にもこれと全く同じってことはないだろうが、似たような道具はあるはずだ。こいつが売れるかどうかはわからんぞ?」

「メルクリオならいくらで売る?」

 

 俺が訊ねてみると、メルクリオは無精髭を撫でた。

 

「さーてね……作るのは……やろうと思えばできそうだからな。この滑らかさを出すのが面倒ではありそうだが……数売れるもんでもないからなぁ。一枚500ジェリーでふっかけてみるかい」

「500かー……ちょっと高くないか? 所詮は板だぜ」

「じゃあ450でいってみるか。なぁに俺が上手いこと乗せてやれば良いだけさ。……軌道に乗ったら、更に客がくるかもしれん。その時は追加で売りたいんだが」

「その時は余裕があれば追加で持ってくるよ。ただ俺もギルドの仕事があるしなぁ。それに板の用意が難しいんだ」

「売れ行きが良ければ板くらいこっちで用立てるさ。……しかし、今回の発明品はモングレルの旦那にしては随分まともだったな。もっと最初の頃みたいな頭のおかしいやつを持ってきてほしいもんだ」

 

 頭のおかしいやつってのはあれかい?

 俺が大金をはたいて鍛冶屋と彫金屋に作ってもらった十徳ナイフのことかい?

 脳死で注文出したせいでマイナスドライバーとプラスドライバーと缶切りが完全にオーパーツになっちまったあのクソみたいな十徳ナイフのことを言ってるのか?

 

「いやー笑ったねあれは……八個もあったのに未だに一個しか売れてねえよ、どうすんだよ旦那」

「そりゃお前……あれだよ……生まれてくる時代が100年早かったんだよ。いつか人はあのナイフの素晴らしさに気づくはずなんだ……」

「モングレルの旦那、あのナイフ持ち歩いてるのかい」

「いや全然」

「時代は来そうにないねぇ」

 

 やっぱ無いか、メルクリオ。お前の目にもそう映るか。俺もそう思う。

 なんであの時の俺は何も考えず量産しちまったんだろうな……。

 

「ああそうだモングレルの旦那。貴族街で発明家のための品評会ってのが毎月開かれてるらしんだが、旦那は出ないのかい」

「貴族街だぁ? 俺は嫌だよそんなの。お貴族様の道楽か何かだろ」

「まぁ実際の所そうらしいんだがね。多分あれは例のケイオス卿をあぶり出そうってやつなんだろう。だがもしお貴族様の目にとまれば、お抱え発明家としてなり上がれるかもしれないぜ?」

 

 人気だなぁケイオス卿。貴族にモテすぎて困るわ。

 でもうちの事務所顔出しNGなんで悪いな……。

 

「金だけいっぱいもらえりゃ俺はそれでいいよ。貴族だのなんだのの付き合いは面倒くさそうでやってられないぜ」

「ははは、モングレルの旦那は参加する前からお引き立てさせる気でいるのかい」

「そりゃそうよ。品評会なんて俺が出場したら周りの人がみんなかわいそうになっちまう」

「確かにそうだ。くくく、発明王モングレルの旦那が出たら大変だ」

 

 貴族街も色々手を尽くしているが、大々的な身バレはちょっとな。

 レゴール伯爵そのものは多分……まぁそこそこ好感の持てるお人ではあるはずなんだが……。

 

「じゃ、また今度何か作ったら持ってきてくれよ、モングレルの旦那」

「ああ。そっちも商売頑張れよ。頼んだぜ、ナイフの販売もな」

「ははっ、無茶言わんでくれるかな」

 

 ちょっとした臨時収入と次の収入への布石は打っておいた。

 ……ファイアピストンと洗濯板か。まぁ作れば俺の金にはなるけど……こうして手にした金を眺めてると結構めんどくせーな。

 それより誰でもいいからさっさとパクって広めてほしいぜ、この程度のものは。

 意外とこういう商品ってブームとして広がらないもんなんだよなぁ……。

 

 


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