「おっ、モングレルも来たぞー」
「なんだぁあいつ! 女の子連れて……ああ、ライナか!」
「ライナちゃん可愛いわね! 似合ってるわよ!」
「う、うっス」
ギルドに入ると、既に酒場は多くの人でごった返していた。
他所を拠点にしているギルドマンも入れはするのだろうが、地元民の勢いに呑まれるのを嫌ったのだろう。今日は見慣れない顔は少なかった。
それにしても、いつも以上に空気が違う。
普段は鎧を着込んでいるような男連中はラフな装いでいるし、女は女で祭だからかめいっぱいおしゃれしている。
そんな非日常感に包まれているせいか、今日ばかりは多くの奴らがパーティーの垣根を越えてテーブルにつき、酒を酌み交わしていた。
「あれっ!? ライナにモングレルさん、今日は二人で見て回ってたんじゃないの?」
「あ、ウルリカ先輩。いやその、途中までは回ってたんスけどね、ギルドでお酒飲めるって聞いたんで、一緒に行こうってなったんスよ」
「えぇー……せっかくだし遅くまで二人でいればよかったのにー……まぁいいや、二人ともこっち座りなよっ。空いてるからさぁ」
一角にはウルリカの姿もある。今日はこいつも着飾っているのか、肩が出ている。肩幅とかが一応男に見えなくもない……? いやわからん。この世界は女でもゴツい奴多いからなぁ。
「おう、悪いなウルリカ。お前も今日はめかし込んでるのか。服似合ってるじゃん」
「いや、いやいやいや、私はいいんだってばぁ」
席に着くと、いつもと違う給仕の子からビールとクラゲ料理のセットが運ばれてきた。
注文しなくても今日は無料だからということらしい。ありがてえ。
「いい? ライナ。今日はとことん飲んで、飲ませるんだよ」
「えー、いやー、けどこういうのはその、自分のペースで飲んだほうが良いと思うっス」
「んもぉー……良い子だなぁーこいつぅー」
「ちょ、ちょっと撫でるのやめてもらっていっスか」
よく見たらギルドの中にもふわふわとジェリースライムが浮いているのが見える。
黄色に染色された色付きクラゲだ。高い天井のところを所在なさげにふわふわと漂っている。その辺りに虫でもいるのかもしれない。
「なあ、ウルリカは舞とか見たのか?」
「ううん、見てない。ちょっと外を見て回って、それくらいかなぁ。その後はシーナ団長たちと一緒にずっとここにいたよ。ほらあれ」
ウルリカが指差す先にはシーナとナスターシャ、そして「若木の杖」団長のサリーに「収穫の剣」副団長のアレクトラまでいる。
ゴールドクラスの連中が酒場の隅に集まって何をしているのかと思えば、テーブルを囲んでひたすらボソボソと詩を詠い合っているようだ。一人が詠うたびにテーブルの上に並べた銅貨を与えたり取ったりしている。
……あれは多分この世界におけるなんかこう、品位の高いゲームなんだろう。つまらなそうだからやりたくないし興味も出てこないが。
「私とモングレル先輩は舞いをちょっと見てきたっス。色付きのジェリースライムが放たれるとこ、すごい良かったっスよ」
「へーいいなぁ。でもあそこ混んでたでしょー?」
「ヤバかったっス。モングレル先輩がグイグイ押し退けてなかったら通れなかったっス」
「わぁー力あるなぁ」
そういう時フィジカルお化けだと助かるよな。日本人は列の割り込みじゃなければ連続チョップでどこまでも突き進んでいけるんだぜ。
「おっ、やっぱクラゲうめーな」
「あ、でしょでしょー。まだまだたくさんあるらしいから好きなだけ食べなよ。ビールもねっ」
「祭最高だわ」
このクラゲの酢の物みたいなつまみはなかなか良い。
前世でもクラゲは良いおつまみだったが、この世界だとさらに美味い気がする。
ビールは……まぁ普通。正直ぬるいビールってこう……ちょっと悲しくなるよね。
けど体温より低い液体だしまぁある意味冷たいと言えるだろ……そう自分を誤魔化しながら飲む感じだ。慣れればこれも美味いけどね。
「モングレル先輩、さっき買ったお菓子も食べないスか」
「良いねぇ。あ、スパイス持ってきたからちょっとかけてみるか」
「すいませーん、ビールみっつー」
ギルドの酒場の壁際には普段はあまりいない吟遊詩人が演奏を披露しており、近くにいる「レゴール警備部隊」の人達が和やかに聞いている。
普段ギルドであまり見かけない彼らがいるのも、この祭の日ならではだよな。
いつもは装備品や荷物のおかげで席数のわりに手狭に感じる場所だが、今日はそういうものがないせいか広く感じる。その分人が押しかけて騒がしいんだが、賑やかな分には決して悪いものではない。
「失礼する」
居心地の良い空気に浸りながら宙に浮かぶ黄色クラゲを眺めていたら、入口から鎧姿の男が入ってきた。
衛兵より数段上の騎士。その従士にあたる男だろう。
いるだけで雰囲気が引き締まるタイプの人種だ。自然と酒場の空気は張り詰めた。
「私はレゴール伯爵よりこのギルドへ遣わされた伝令である。その場にいる者達に向けたメッセージを伝えるので、静かに聞くように」
吟遊詩人の演奏が止まり、従士の男が軽く咳払いする。
彼は大きな質の良い羊皮紙を広げ、胸を反らせた。
「レゴールの市民よ、このよき日を共に祝えることを私は嬉しく思う。今年も月神への祈りは届き、実りの豊かさを約束してくださった。今日は共に酒を酌み交わし、美食に舌鼓を打とうではないか。ビールといくつかの食事は私からの贈り物である。存分に楽しんでもらいたい」
誰かが拍手した。出来上がってる連中だな。
「また、ここからの伝令はレゴールのいずこかに居るであろう、発明家たるケイオス卿に向けた感謝状である。所在がわからぬため各場所で同時に読み上げるものであるため、ご容赦いただきたい」
……えっ。
いやまあいつもこんな伝令見てなかったからなんだとは思ってたけど、そうか。ケイオス卿宛のメッセージだったのか。
「ケイオス卿殿。あなたより齎された叡智により、前年の収穫はより素晴らしい結果として実ったことをご報告させていただきたい。まずはあなたの“塩水選”と“種子消毒”に対し、多大な感謝を」
ああ……ダメ元で伝えておいたが、実施したんだな。
そうか、レゴール伯爵はやってくれたか。スゲーな。とくに種子消毒なんて大々的にやるのは簡単ではなかったろうに。
……まあ、褒められて悪い気はしない。
「……伯爵様から褒められるなんて、やっぱすごいっスね」
「ねー……本当にレゴールにいるのかなぁ」
いやー、もしかしたら意外と近くにいるかもしれないぞ?
「そしてケイオス卿殿にもうひとつ」
なんだまだあるのか。
「以前より開発を進めてきた“蒸留酒”の完成をお伝えさせていただきたい」
「ゲホッ、ゴホゴホッ」
「だ、大丈夫スかモングレル先輩!」
ま、マジかよ! できたのか、蒸留酒!
「ケイオス卿より齎された知識によって作られたこの新たな酒、ウイスキーを今日この日、レゴールの民に振る舞おうと思う。未だ量産の難しいものではあるので今回の量はわずかばかりであるが、段階的に生産量を増やす予定であることをお伝えさせていただきたい」
そう言って男は、ガラス製の大瓶を荷物から取り出してみせた。
その琥珀色の液体は……まさに、俺が前世でよく味わっていたウイスキーそのものであるように見える。
新しい酒という言葉に、酒場のギルドマン達が感嘆の声を上げる。誰もが興味深そうに瓶を見ているが……それは俺のだ……全部俺に飲ませてくれないか……? ダメか……。
「……以上。酒の配分はこのギルドの自由とするが、レゴール伯爵は全ての者に均等に与える形を望んでいる。くれぐれも伯爵を失望させることのないように。また、強い酒であるため飲酒量には気をつけること、飲んだ後には水分を補給すること。そう伝えられてもいる。良いな?」
「は、はいっ!」
最後に大きな酒瓶を預けると、従士は羊皮紙を掲示板に鋲で貼り付けて去っていった。
しばらくの沈黙の後、吟遊詩人が明るい曲を再開させ、活気が戻る。
ある者は感謝状の前にきてそれを読み、それ以外の者は大体が新たな酒に興味津々だった。
「私たちも飲んでみないっスか」
「うん! 楽しそう! 強いお酒かぁー……モングレルさんも飲むよねっ?」
「当然だ! 俺は強い酒が大好きだからな!」
「わぁすごい勢い」
受付に殺到する飲兵衛達に混じり、俺たち三人も並ぶ。
列の前の方から落胆の声が聞こえるからなにかと思ったが、どうやらコップに入れられた酒の量に不満があるらしい。
俺の番が来て注がれてみれば、しかし指2本分はある。ストレートでこの量なら充分すぎると思うけどな。
……ああ、この鼻を突く匂い。樽はなんだろな。わからんけどこれは間違いなくウイスキーだ。
「少ないっスね……」
「ねー……樽で持ってきてくれればよかったのに」
「まぁまぁ、二人ともひとまず飲んでみようぜ。最初だしちびっと、舐める程度にな」
「まぁはい、飲むっスけど……」
一口サイズの酒に落胆する二人をよそに、ウイスキーに口をつける。
唇に染みるような酒精。どこかチョコにも似た木の香り。
喉の粘膜に悪そうな熱い感覚……ああ、懐かしいな。まさにこれはウイスキーだ。
「うめえ……」
「からぁ!? すっごい辛いっス!?」
「うえぇーなにこれつっよい! 薬みたいじゃん!」
「あ、でもなんかこれ……美味いっスね……!」
「わかるかライナ……いいよなこれ……」
「えーそうー……? 二人ともお酒強すぎないー……?」
「ウルリカ先輩……いらないなら私達が飲むっスよ……!」
「ちょ、目が据わってるよライナ! 怖いってば!」
呆れるウルリカをよそに、俺とライナはクラゲをつまみながらウイスキーをちびちびと飲んだ。
これは良い。ありがとうレゴール伯爵。ありがとうケイオス卿。いやケイオス卿は俺か。
「ケイオス卿にーッ!」
「乾杯!」
「これはいいものだー!」
「ウイスキー最高!」
人によっては飲めたものじゃない酒だが、飲める人にとっては非常に魅力的な酒だ。
早速この強い酒にハマった連中は、小さなコップを掲げて発明家を讃えている。
量が量だから潰れるまでは酔えないだろうが、楽しむ分には充分だろう。
「……乾杯」
俺はケイオス卿を讃えるテーブルに向かって小さく杯を掲げ、彼らの感謝に応えるのだった。