バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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野鳥狩りの拠点

 

 以前ライナと約束した鳥狩りにやってきた。

 場所はバロアの森の北寄り。東からガーッと道沿いに行くよりもまぁまぁ人の少ない、穴場みたいなものかな。

 

 どうやってライナがあのアルテミスの保護者達を説得してきたのかは謎だが、一日夜営しての本格的な狩りを行う予定だ。俺は予定なんてあって無いようなもんだから平気だけど、ライナは問題無いのだろうか。

 

「むしろアルテミスに入る前のが夜営したり危ないこと散々やってたっスから。今更っスよ」

「まぁ確かにな」

 

 金のないギルドマンは宿に泊まるのも一苦労だ。

 隙間風の吹く安宿の相部屋と夜営のどちらが良いかと聞かれたら、即答できない奴も多いだろう。不衛生な宿で寝るくらいなら俺は絶対に夜営の方が良い。

 チクチクするシーツ、小さな生き物が這い回っている天井、他人のいびき……無理無理、耐えられん。

 

「今日は森で一泊して、まぁ明日適当に帰る感じになるか」

「帰るまでにたくさん獲りたいっスね」

「だな」

 

 春は非常に多くの種類の魔物や動物に対して狩猟許可が降りる。

 獲ったら獲っただけ金になるのだから、森も賑わうというものだ。外気温も上がって無理なく夜営できるしな。

 

「……モングレル先輩は随分大荷物っスね」

「そうか? 俺は夜営する時は大体このセットを持ち歩いてるぞ」

「マジっスか。そういえばモングレル先輩と一緒に夜営したことはなかったっスね?」

「あー確かに。言われてみれば初めてか。じゃあ今日は俺が美味い飯作ってやるから、期待しとけよ」

「やったぁ」

 

 一晩森に寝泊まりするので、俺は普段は持ち出さない大きめの背嚢を持ってきている。お泊まりセット一式だ。それに加えて少し大きめの鍋もあるから余計に嵩張っていた。

 逆にライナの方は普段の装備とあまり変わらない。荷物がやや大きくなって、マントを上から羽織っているくらいだろう。

 長いマントは夜間に土の上で寝そべったり座ったりする時に便利なんだよな。俺はあまり使わないけど。

 

「ひとまず森を歩いてベース決めたいっスね。ほどほどに川が近い方が楽っスよ」

「おう。それまでに獲物見つけたら撃ち落として良いんだな?」

 

 俺は弓剣の弦をみょんみょん鳴らした。楽しい。

 

「そっスねぇ。良い獲物が見つかると良いんスけど」

「この時期は何がいるんだろうな。普段鳥狙わないから全然詳しくないんだよな。マルッコ鳩とかか?」

「あーこの時期はまだマルッコ鳩が肥えてないんで微妙なんスよね。それよりも求愛の綿毛が大きくなってるパフ鳥が狙い目っス」

「へー」

 

 パフ鳥といえば、求愛の時期になると全身の綿毛をこんもりと隆起させ、毛玉のような見た目になる鳥だ。結構目立つ見た目してるから見たことはある。

 死体で落ちてる奴も見たことあるけど、タンポポの綿毛をぎっしり詰めたような丸い玉のような胸毛が特徴的だった。あの綿毛、火口にしたけど結構火の着きがよかったな……。

 

「あ、噂をすれば……あそこにいるっス」

「お!」

 

 ライナに指差す方を見上げてみると、そこには分かりやすーい鳥がいた。

 薄茶色の羽根をこんもりさせた、マリモのような蜂の巣のような見た目の不細工な鳥だ。

 

「モングレル先輩、狙ってみないスか」

「えー俺はまだいいよ。ライナ狙ってくれ」

「何事も練習スよ?」

「……獲物が逃げたらごめんな」

「大丈夫っス。動く獲物を狙う訓練は大事っスよ」

 

 ライナに諭され、恐々と弓を構える。木は12mほど先にあり、決して遠くはない。随分近いくらいだ。

 

「先に謝っとくわ。外した」

「外すつもりで撃ってたら当たる矢も当たらないスよ。冬の練習思い出して……そう、目の位置で……」

 

 木の枝の上。樹上を狙うのが初めてなので少し戸惑ったが、ライナのアドバイスを聞きながら構えを修正しつつ、狙いを定める。

 

 ……よし、いける。

 その綺麗な羽根を吹っ飛ばしてやるぜ! 

 

「ポポポッ」

「あー外れた」

 

 俺が放った矢は普通に外れた。掠りもせず1m近く外の枝葉を貫いていったようだ。

 パフ鳥は間抜けそうな面のわりに流石に野生としては危機感は持っていたのか、すぐさま飛び去ってゆく。……モコモコした身体のわりに、飛び立つのは結構素早いな。

 

「良いじゃないスか。狙った場所の近くに矢が飛んでくなら上手くなった方スよ」

「当てたかったぜー畜生」

「練習あるのみっスね」

 

 そして外した時は明後日の方に行った矢を回収するという面倒な作業も待っている。俺はどちらかといえばこの作業が面倒で嫌なタチだ。

 ライナが羽根に目立つ色をつけておけといった理由が少しわかる。森の中だと本当に探すのめんどくせーなこれ。

 

 

 

「ここが水場も近くていいかもしれないっスね」

「焚き火の跡もあるしな。きょうはここを拠点にして動くとするか」

 

 しばらく歩き通し、昼頃。俺たちは古い石造りのかまど跡が残る場所を拠点と定めた。ベースキャンプってやつだ。

 重い荷物をこの場に残し、罠や魔物避けを張っておけばだいたいの場合は問題ない。

 

 同じギルドマンに拠点を荒らされるリスクはあるが、そこは祈るしかないな。俺たちのいる場所ならそうそう人も来ないだろうが……。

 

「明るいうちにもっと鳥を仕留めたいとこっスねぇ」

「……まさか通り道だけで3羽も仕留めるとはな。さすがアルテミスの若き精鋭だ」

「春はパフ鳥多いっスから」

 

 ベースキャンプを作る前なのに、ライナは既に3羽も獲っている。

 撃って一発で当たるのもそうだが、獲物を見つける嗅覚みたいなのも凄まじい。しっかりと辺りに気を配ってるっていうかな……俺はなんかその辺りダメだ。木の上よりも春の野草の方が気になってくる。

 

「……あれ、モングレル先輩なんスか、その筒……鎧……?」

「ん? ああこれ? これは煙突だよ」

「煙突!?」

 

 なるほど、確かにこの筒状の金属を見たら板金鎧の一部だと勘違いしてもおかしくはない。

 けどこれは俺が大枚を叩いて作らせた良い感じのキャンプ道具なのだ。

 

「この筒の中にそれよりも小さな筒が収まっててな」

「おー……」

「これを、まぁ上下逆にしながら決まった方向に組んでいくと……一本の長い筒になる。まぁ長いって言っても2mくらいしかないんだが」

「ほんとだ、繋がってる。へー……でも煙突って家にあるやつっスよね。どうするんスかこれ」

 

 キャンプなどでは薪ストーブなんかを使う人がいる。

 俺の持ってるこの長い筒に、箱型の燃焼室をくっつけたような奴だな。その箱の中に薪を入れて燃やすと、煙が煙突を通って上に逃げていく。煙が上に逃げるから煙くないし、煙突効果で効率よく薪が燃えてあったけえってわけよ。

 

 ただ、俺が持ってきたのはただの煙突だけ。肝心の薪を燃やす箱部分がない。

 何故持ってこなかったのか。答えは簡単。箱の持ち運びにくさが洒落にならないからだ。筒だけならマトリョーシカ風に纏められるから我慢できるが、ストーブ本体を持ち運ぼうとするとさすがに重いし嵩張り過ぎる。少なくともデカい鍋と一緒に持ち運べるものではない。

 

「ストーブ部分はこれを使う」

「……あ、石の焚き火跡から」

「そう。この石組みを工夫して、長方形にしてから……煙突を立てて固定する。で、かまどの上に蓋をするようにしてこの鉄板だけ乗せてやれば、まぁ大体完成だな」

「おー」

 

 俺が持ってきたのは煙突とストーブの天板のみ。後は石とか土で毎回なんとかしている。どうせ何日も粘って寝泊まりするわけでもないからな。持ち込む道具も適当に絞ってるわけだ。

 

「今日はライナが獲ってくれたパフ鳥で美味いスープを作るからな。俺も弓の練習はするが、メインは任せたぜ」

「! もちろんっス! 私が獲る役やるんで、モングレル先輩は捌く役っスからね! ちょっとこの近くで狩ってくるっス!」

「おうおう、任せろよ。あ、厄介そうな魔物出たらすぐに呼べよな。弓使い単独は危ないから」

「はーい!」

 

 わかってるのかわかってないのか、ライナは楽しそうに駆け出していった。

 ……まぁこの辺りは鳥ばかりだし、いたとしてもゴブリンかそこらだろう。遠くにいかなければそこまで危険はないか。少しくらいは分担作業するのも悪くはない。

 

「しっかし本当にふわふわした鳥だな……毟ったそばからふわふわと……へっくし!」

 

 パフ鳥の羽毛は綿のように軽くて柔らかい。毟ると埃が立つようにブワッと舞ってくしゃみが出る。

 しかしこのフワフワしたものを大量に集め、薄手の革に突っ込んでやると最高級のクッションになるのだとか。ダウンとか羽毛布団とかと同じだな。ライナが言うには、相当な量を集めればなかなか良い値段で売れるらしい。だから捨てられない。本当は焼いて消し炭にしてやった方が楽そうなんだけどねこの羽根……。

 

「あー血が酷い。あーグロいグロい」

 

 解体作業は川だ。

 首を落とし、腹を裂き、内臓を取り出して選り分け、重石で沈めて冷やしてやる。

 特に面倒なのは羽根だな。こいつを徹底的に毟る作業がまぁしんどい。

 ライナが言うには生きてる時にやった方がいいとの事だが、俺には無理だよ。絵面的にもメンタル的にも厳しいっす。

 

「あ、クレータートード」

「ゲコ」

 

 血を綺麗にしていたら、小川の向こう側から小柄なクレータートードがこちらにやってきた。

 人間を恐れることなく真っ直ぐパフ鳥を狙っている。こいつめーそれは俺とライナのパフ鳥だぞー。いい度胸してんじゃねぇかよーぁあー? 

 

「汚れたついでになんならてめぇも一緒に解体してやるぜ……鳥よりもカエルの方が罪悪感は無いからな」

「ゲコッ」

 

 バスタードソードを構えた俺から殺気を感じ取ったか、クレータートードがジリッと姿勢を変える。

 カエルが跳躍する時の前動作だ。

 

 クレータートードの得意技はその重量による踏みつけとキック。俺からすると全く敵ではない。逃げない分むしろ楽なくらいだ。

 さあこい。さっさと来い。お前も一緒にスープの出汁にしてやるよ。

 

「お、来た……て、うわ」

 

 クレータートードが飛んだ。それはわかった。

 しかし予想外なのは、奴の着地地点が俺と言うよりその少し手前で。

 

「ぶわっ!?」

 

 踏みつけには当たらなかったが、川に腹這いダイブを決めた衝撃で水が弾ける。大きな水柱に飛沫。予想外の嫌がらせ攻撃だ。ムカつくことにそれは効いたぞ。

 

「服これしか持ってきてないんだが!?」

「グゲッ」

 

 サクッと間抜けなクレータートードの首を跳ね飛ばしてやったはいいが、ずぶ濡れだ。畜生やってくれたわこいつ。

 俺が一番嫌がる攻撃を的確にやってきやがった。

 

「くっそー……レゴールの美味しいご飯のくせによくもやりやがってぇー……」

「先輩先輩、モングレル先輩ー、早速もう1羽仕留めて……うわっ、なんでそんな濡れてんスか!」

「聞いてくれよライナぁ、こいつがさぁ」

「……あはははっ!」

「笑うな馬鹿! 鳥よこせ! 解体するから!」

「はぁい! また近くにいた奴仕留めてくるっス!」

 

 ライナは俺に4羽目のパフ鳥を預けると、足早に去っていった。

 ……うーん、まだ鳥が生暖かい。本当にいい腕してるなあいつ。

 

「あー解体終わんねぇー。これライナのペースに負けたりしないよな……?」

 

 別にライナと何かを競っていたわけではなかったが、獲物を仕留めるペースより料理のペースが負けるのはなんか悔しい気がしたので、俺は大人気なく解体を急ぎ始めた。

 

 うーん、クレータートードを仕留めたのは気が早かったかもしれない。

 

 




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皆様の応援、ありがとうございます。

( *・∀・)且

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