バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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後輩と半額の日

 

 

 俺には贔屓にしている酒場がある。

 

 ギルド内の酒場も顔馴染みが多いので利用することは多いのだが、いかんせん値が高くて品揃えが悪い。あそこはあくまで待ち合わせだとか、ギルドマン同士で交流するための場所だからな。値段設定も居着かれたら混雑して困るからってのもあるんだろう。

 

 だから俺が普段から利用するのは、別の店。ギルドにほど近く、宿も併設されてない料理一本でやってる店だ。

 その名も「森の恵み亭」。

 

 普段から安くて美味い人気店だが、今日この店は、いつも以上の賑わいを見せている。

 

 

 

「はいよボア串おまちどさん」

「ハムッ、ハフハフッ」

 

 10本一気にきた串焼き肉にすかさず食らいつく。

 塩味の効いた脂たっぷりのボア肉の串焼き。それが今日はいつもの半値で食べられるんだとよ。やべえだろこれ。

 まだ外もギリギリ暗くなる前だってのに、店の表に出てた看板見てすかさず滑り込んじまったわ。

 

 なんでも討伐に出てたギルドマンパーティーの連中が沢山のボアを仕留めてきたらしく、肉が大量にあるおかげで大盤振る舞いしてるんだと。

 店主がどんぶり勘定なものだから値段はそのままで串焼き肉が2本出てくる。だから実質半値なわけ。たまんねえぜ。ここに住んで良いか? 

 

「モングレル先輩じゃないスか。うわっ、めっちゃ食ってる」

「モガ?」

「いや口の中のもん飲み込んでからでいいスよ。相変わらず串焼き好きっスね」

「……ふぅ。ライナか、お疲れさん。見ろよこの串焼き、今日これ半額だぞ? 時代きたなこれ」

「いや知ってるスけど」

 

 俺の隣のカウンター席に座ってきたのは同じギルドマンの後輩女、弓使いのライナだ。

 弓と魔法使いで組んだパーティー「アルテミス」に所属している。遠距離攻撃の若き名手として、最近は名前も良く聞くようになった。

 ショートカットで起伏のない身体は色気も何もないが、こんな俺相手でも一応は先輩として立ててくれる。なかなか可愛い奴だ。

 

「そのボア、ウチらの“アルテミス”が卸したやつっスよ。麓でヤバいくらいのボアがいて、もう射抜くよりも解体のがしんどかったっス。身体ヘトヘトになったっス」

「え、この肉ライナ達が獲ってきたの?」

「そっス。ふふん、この店以外にも卸せるくらい大量っスよ。だから今日と明日は飲みっぱなしにするつもりで」

「ライナお前……なかなか腕上げたじゃねえか……俺は嬉しいぞ」

「……モングレル先輩、前にオーガを討伐した時よりベタ褒めでそれ全然嬉しくないんスけど」

「なんだよ心から誉めてんだよ。まんざらでもない顔しろ」

「無理っス。あ、すんませーん! エールひとっつくださーい!」

「ん。俺にもおかわりー!」

「はいよー」

 

 大量の塩串焼きにがっつきながら飲むうっすいエール。これが良いんだこれが。

 

「……そいや先輩、最近ギルドで喧嘩したんですってね」

「あ? あーそうだな、四人組の流れのチンピラでな。素人丸出しで襲いかかってきやがったから、俺の華麗な武術でヒラリヒラリと避けながら一方的にボコしてやったわ」

「聞いた話と滅茶苦茶違うんスけど。めっちゃ泥試合って聞いたスよ」

「なんだよ知ってんのか。ちぇ」

「でも四人相手に勝つってのは普通にすげースね」

「だろ? まぁけど向こうも半端者の集まりだったしな。相手が良かったよ」

 

 昨日のギルド外の乱闘騒ぎ。ああいうのはさほど珍しいことではない。

 軍役を経験した奴だとか他所の地方から流れてきた奴だとかは、新しい土地では自分の力を手っ取り早く誇示するために乱暴な真似をすることも多いんだ。

 連中も一人で粥啜ってる俺を見てカモになると思ってたんだろうが、アテが外れちまったな。悪いなこっちは転生チート冒険者なんだ。

 

 勝ち方は地味だったけど、それでいい。シルバー昇級を拒否してる腕の立つブロンズならあのくらいだろうからな。

 やろうと思えばもっと圧倒的な力でねじ伏せることもできたが、そんな力を公然と見せても良い事は少ない。

 

 ……いやほんとだよ。俺にはまだ見せてない力があるんだよ。マジだって。

 

「モングレル先輩もさっさとソロやめてパーティー組んだ方がいいスよ。バルガー先輩もよく誘ってるじゃないスか」

「いや俺はそういうの向いてないから……人のいびきとか歯軋りとか寝相とかダメなタイプだから」

「お貴族様じゃないんスから……」

 

 そうでなくてもいざという時に本気を出せないのは嫌だしな。

 万が一にも予期せぬ強敵が現れた時なんかは味方が足手纏いになりかねん。だから俺は今後もソロを辞めるつもりはない。

 

「ライナはどうなんだ。アルテミスでは上手くやってるか? いじめられたりとか」

「いやいや、みんな良い人っスよ。弓の詳しいこと色々教えてくれるし、お金もきっちり分けるし」

「お、そっか。良かったなぁ良いとこ見つかって」

「っス」

 

 ライナが村から出てきた時はまだ、同じ村の同世代の連中と一緒に組んでいた。

 しかしその仲良しパーティーも数ヶ月で雰囲気が悪くなり、解散。その後はライナも二つくらいのパーティーに入ったりしたものの、馴染めなかったり色々あったりで辞めている。

 

 今こうしてアルテミスで居場所を見つけられたのは、本当に良かったと思う。

 職場環境は人間関係が全てなとこあるからな……。

 

「はぁい、おまちどさん」

「わぁ、めっちゃ美味そっス!」

「ん? なんだそれ」

「知らないんスか先輩。ソテーに柑橘の皮のジェルを乗っけてる料理スよ。貴族街ではよく食べられてるみたいスよ。ウチのシーナさんも言ってたっス」

 

 あー、そういうね。なるほどそういうやつね。

 

「……なんスかその顔」

「わかってねぇなライナ。通は塩だぞ。素材本来の味を楽しめるんだ。最終的にたどり着くのは塩なんだぞライナ」

「私さっきモングレル先輩のことお貴族様とか言っちゃったスけど、やっぱ先輩貧乏舌っすよね」

「馬鹿やろおま、俺はハルペリアで最も繊細な味覚を持つ男だぜ?」

「っスっス」

 

 年々ちょっとずつ可愛げが無くなっていく後輩の成長を喜びつつ、今日は腹一杯に串焼きとエールを楽しんだのだった。

 

 

 


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