バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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暇な酒場のボーイズトーク

 

「これもう俺勝っただろミルコ」

「いや、まだ逆転の目は残されている。わからないか? モングレル……このか細くも煌めく希望への道筋が……」

「え? それマジで言ってる? ごめん俺このゲーム強くないからよくわからない」

「……なるほど、お前の目からも勝敗はまだわからないと。クククッ、油断したな。これで勝負は五分に戻ったぜ。さぁ、ここを打たれたら……どう出る!?」

「あー! そこかぁー……そこ……打たれると厳しいのかな……わからん……」

「クククッ……この手は俺ですら読めない一手……存分に悩むがいい……」

 

 ちょうど良い任務が無いので、今日の俺は昼からギルドの酒場でだらだらしている。

 緊急で楽でうめぇ仕事入らないかなーという後ろ向きな待ちを決めているギルドマンは常に一定数いるものだ。春は任務が多く忙しいとはいえ、休みがないとしんどいので怠惰と言ってはいけない。

 

 今は俺の他にも「大地の盾」や「収穫の剣」の男連中もいて、酒場は珍しく賑やかだった。

 おかげで俺のこのボードゲームも対戦相手に困っていない。

 

「モングレル……この戦況をどう思う? クククッ……」

「正直に言っていい? よくわかんない」

「奇遇だな、俺もだぜ……!」

 

 対戦相手は「大地の盾」の剣士、ミルコ。

 クールそうな顔立ちと思わせぶりな口調は女受けするが、若干頭の緩い男である。

 初心者の俺とルールの曖昧なボードゲームで熱戦を繰り広げているあたりお察しである。ちなみに俺はミルコ以外とは互角の勝負ができない。

 俺より弱い奴に会いにいきてぇなぁ。

 

「ったくよォ〜ベイスンの連中ももっと討伐してくれよなァ〜……なんだって俺たちがわざわざ向こう寄りの畑まで行って雑魚の討伐しなきゃいけねぇんだよ〜たるんでんじゃねぇのか〜?」

「仕方ありませんよチャックさん……最近は各地のギルド支部からレゴールに拠点を移すギルドマンも増えていて、人手不足なんですから……」

「配置換えするならバサッと決めちまえばいいのによォ〜! 金を出し渋って俺らに遠征させるんじゃねぇよなぁ〜! おかげでパーティー全体で開拓任務に参加できねぇんだよ〜!」

「……そちらの収穫の剣も大変そうですねえ」

「アレックスはどうなんだよ最近〜」

「いやぁこちらも見ての通りですよ。何かしら動きたくはあるんですが、小粒の討伐では旨味もないので……一度遠征組の帰りを待ってからにしようかと」

「お前達も暇か〜……暇だよな〜……」

 

 春は小物の季節だ。しかし小物は一発でデカく儲かる感じの仕事は少ない。小粒を数相手にする任務ばかりだ。

 働いても働いても儲からない。それにうんざりするギルドマンが出てくるのもまぁ、仕方ないことだろう。

 今は街の拡張工事も盛んで、そこで労働した方が儲かるくらいだ。そんな地元での仕事を横目に遠征して乏しい出稼ぎに出るのも、馬鹿らしくなる気持ちはわからんでもない。

 

 その点アルテミスと若木の杖は上手くやっている。だいたい常に全体で行動するから足並みが揃ってるし、無駄がない。

 ここにいる大地の盾や収穫の剣もフットワークは軽いんだが、美味い任務に対する嗅覚って意味では一歩も二歩も譲ってるイメージだ。

 

「……なぁ〜……若木の杖の子で誰が一番好み?」

「またそういう話ですかチャックさん……ディックバルトさんは居ませんよ?」

「別にあの人がいなくたってこういう話はしていいだろ〜!? 面白いんだから〜!」

 

 どうやら酒場に女ギルドマンが居ないのを良いことにボーイズトークを始めようという魂胆らしい。

 マジで頭の中身が男子中学生だなこいつ。

 

「この一手はどうだっ!」

「……おっふ」

 

 あ、やべぇ。負けそう。嘘だろ? ミルコには負けたくねぇよ俺。

 

「チャック! 俺もその話にいれて!」

「あっ! モングレルお前ずるいぞ!」

「いいぜ〜どんどん話そうぜ〜! ああ今朝ダリア婆さんからもらったピクルスがあるからよ〜それ食いながら話そうぜ〜!」

 

 えーマジかよーピクルスあるのー? 良いなーちょうだーい。

 この世界に来てから酢の物大好きになったんだよな俺。健康的だし美味いし、酒が進むし完璧な食い物だ。

 

「モングレルは若木の杖の団長と仲良いんだろ〜? サリーって人とよぉ〜」

「あー、サリーね。まぁレゴールが古巣だったし、昔から付き合いあったからな。仲良いかっていうとわからんけど」

「あの人も何考えてるかわかんねぇけどスタイルは悪くねぇよな〜不気味だけどよ〜」

「顔立ちは綺麗な人なんですけどね……注文したエールに手で蓋をしてジャカジャカ振って炭酸抜いてから飲み始めた時は我が目を疑いましたよ……」

「あれな〜怖いよな〜」

「サリーは変人だからな」

「モングレルさんに言われたらお終いですよね……」

「アレックス、なんだ? 俺にボードゲームで喧嘩売ってんのか?」

「逆にそっちで勝てそうだと思ってるんですか……?」

「おーい三人ともー……俺も仲間に入れてくれよー……」

 

 あ、ミルコも来た。男連中が四人揃っちまったな。寂しいテーブルだぜ。

 とはいえミルコは嫁さんいるからこいつだけ既に勝ち組なんだけど。

 

「ミルコはよ〜、ギルドの子で誰が気になってるんだよ〜」

「いやチャックさん……彼結婚してますけど……」

「クククッ……そうだな……まぁ俺はアルテミスのナスターシャさんが好みかな……あの胸がたまらんな……」

「あれっ!? 離婚してましたっけ!?」

「してないが?」

「ですよね!? ええ……普通に答えるんだ……ある意味そういう軽口も結婚しているからこその余裕なんでしょうか……」

「いいや? 嫁さんには内緒にしといてくれ」

「リスクを承知で本音をぶちまけてたんですか……」

「胸はでかい方がいいだろ」

「まぁ……わからないでもないですが……」

 

 この世界の……というかハルペリアの男の性的嗜好は、どちらかといえば下半身寄りだ。胸よりも尻の方がえっちとか思う奴が多い。

 あと普通に十代半ば過ぎくらいの、前世では少女と呼ばれるほどの子を相手にしても普通に好意を露わにするし、ナンパでもなんでもする。

 少女趣味とかいう趣向は歓迎こそされているわけじゃないが、ロリコンとかそういう白い目を向けられているわけでもない。

 

 男は皆、生涯に渡って女子高生を求めるもの……これは誰の言葉だったかな。ニーチェかな。忘れた。俺の言葉だったかもしれない。

 とにかく男は若い子が好きなことに対し、あまり厳しい目を向けられることがない。成人も早けりゃ結婚も早いしな。そういう意味じゃ前世の現代が持つ道徳観が不自然だったのかもしれん。

 

「俺はな〜……若木の杖のモモって子! あの眠そうな目の小さい子な! あの子はまだ小さいけど、将来美人になるぜぇ〜」

「あっ……」

「あれ? チャックお前知らなかったのか? モモはサリーの娘さんだぞ」

「……えっ? えっ!? サリーさん人妻かよぉ〜!?」

「子供作ってすぐに旦那さん死んじまったけどな。未亡人だよ」

 

 今サリーは31かな。俺より二つ上だ。娘のモモはサリーが16の頃に産まれたから……今15歳か。時間の流れは早いな……。

 

「え、えっ……サリーさんいくつ?」

「あの人見た目の割に結構年上でしたよね」

「クククッ……30くらいじゃなかったか?」

「31歳だぜ確か」

「え〜!? 見えね〜! 25くらいだと思ってた〜! っつーか子供いたのかぁ……!」

 

 あまり子供に構わないし愛着もあるのかわからない。

 数年前にレゴールで活動していた頃も、親子というよりは少しドライな関係だったというか……パーティーという集団で子育てをしている感じがあった気がする。最近見るようになったサリーとモモも、その関係性はあまり変わってないような気がする。

 でも同じ若木の杖の子から聞いた話では、魔法の勉強はサリーがよく指導してやっているらしい。

 

 正直他人の親子関係にはあまり踏み込みたくないから詳しくは知らん。

 子供が不幸せじゃなさそうなら良いんじゃないか。

 

「僕は特にギルドマンの人に対してそういう感情は抱かないですね……抱かないようにしているというか……」

「……ああ、前にあったもんな……伝説のパーティークラッシャー……」

「あ、ミルコさん、その話すると僕動悸が止まらなくなるのでちょっと……」

「ごめん、やめておこう」

 

 懐かしいな、サークルクラッシャーならぬパーティークラッシャー……さんざん「大地の盾」の男を食い散らかして弄んだ挙句、最終的に王都の裕福な商人の嫁として玉の輿して去っていった伝説の女が……。

 あのせいでしばらく「大地の盾」が女性不信みたいになってて可哀想だった。

 

「モングレルはアルテミスの子と仲良いよなぁ〜……ライナは別に良いけどよォ〜……ウルリカちゃんにまで手を出すとはなぁ〜」

「いやウルリカって……っつーかライナは別に良いってちょっとライナに対して酷くないか?」

「ライナはな〜……女って感じじゃないからなぁ〜」

「わかります。素直でかわいいですよね」

「クク……真面目な良い奴だよ。色気はないが……」

 

 ライナ……まぁ、起伏も乏しいし、ちみっこいしな……。

 でもウルリカはもっと違うだろ……男だし……。

 でも男って俺から言うのもひょっとするとダメかもしらんから言わんでおく。

 

「ウルリカちゃんもな〜胸は薄っぺらいけどよぉ〜……尻が良いよなぁ〜」

「クククッ……わかる……良い尻してる……」

「ミルコさん、嫁さんに殺されますよ! ……まぁ、アルテミスの隙の無い独身組の中では唯一気安く接してくれるので、わからないでもないですけど」

「なんでモングレルは仲良くなってんだよ〜え〜? ウルリカちゃんに紹介しろよ〜このチャック様をよ〜」

「いや向こうもチャックのことは知ってるだろ」

「え……俺のことなんか言ってたりした……?」

「なんも言ってねぇよ」

「あ〜! モテてぇ〜!」

「僕がいうのもなんですけど……そんな態度だからモテないんですよ……」

「というかチャックお前、受付嬢のエレナに気が有ったんだろ。エレナはどうしたんだよ」

「本命はエレナちゃんだぜ〜? でも副菜があっても良いだろぉ!?」

「クククッ……気持ちはわからんでもないがな……」

「ミルコさん結婚生活に不満があったりします……?」

「無いが?」

「ええ……」

「……いやチャックお前な。今エレナがいないからこういう話しても大丈夫だと思ってるのかもしれないけどな。ミレーヌさんには普通に俺たちの話聞こえてると思うぞ」

 

 ちらりと受付の方に視線を向けると、にこやかに微笑むミレーヌさんと目があった。

 軽く手を振ってみると微笑んだままガン無視された。

 

「……ミレーヌさんからエレナちゃんにこの話が伝わるかも知れねぇってわけか〜」

「結構なリスクですよそれ」

「……ってことはよ〜……俺がエレナちゃんに気があるってことを遠回しに伝えられるってことだよなぁ〜!? これが恋の駆け引きってやつかもなぁ〜!?」

 

 何故か自信満々にそう宣うチャックに対し、俺たち三人は黙って酒を飲んだ。

 

 モテる男に何故モテたのかという不思議はあるが、モテない男にはなんとなーく察せられる理由があるものだ……。

 チャックを見ていると、そんなことを考えてしまう。

 

 ミレーヌさんは誰も並んでいない受付で、微笑みを浮かべながら何らかのメモをとっていた……。

 

 


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