バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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ストロングなモングレル

 

「金がねぇなぁ」

 

 ギルドのテーブルに座る俺が、天井を仰ぎながらそう零す。

 別に珍しくもない、よくある光景だ。

 

「そりゃお前、そんなもん買ったら金も無くなるだろ」

 

 向かいの席に座るバルガーが呆れたようにそう返事をくれる。

 確かに正論かもしれない。机の上にデンと置かれたそれを見れば、金が掛かってそうだなってのはわかるしな。値段は誰にも伝えてないはずだが。

 

「そんなもんて……なぁバルガー……ギルドマンってのは、体が資本だろ。体がイカれちゃ稼げる仕事を受けることもできねえ。だから些細な事でも注意を払って、自分の身体を守っていかなきゃいけないわけだ。金は大事だが、そこに糸目は付けられねえよ」

「モングレル、今日そのビール何杯目だ?」

「4杯目」

「そんな顔してるなぁ」

「バルガー、お前も他人事じゃないんだぜ。ギルドマンは歳をとりゃ動きは悪くなるし勘も鈍る。それに、独り身なら余計に死にたがりにもなるってもんだ」

「今日のお前はうるせえなぁ。ビールの入荷なんて教えなけりゃよかったよ」

「ギルドマンが最前線で働ける年齢なんてお前だいたいわかってるだろ」

「……そりゃあな」

 

 バルガーは今日、怪我をした。大した怪我ではない。ちょっと小盾で受け流した攻撃が身体に掠って、少し血を流しただけ。

 だが相手はとんでもない化け物というわけではない。少なくとも五年前くらいのバルガーだったらそんな間抜けな怪我を負うことはなかっただろう。衰えた証拠だ。

 そう、衰えるんだよ。身体の衰えは頭がボケるよりもずっと早い。

 オリンピックで活躍する選手の年齢層を見ればわかるだろう。そういうことだ。ここにいる皆には誰にも伝わらないことだろうが。

 

「生涯現役ってのはかっこいいよな。でも、引退後の生活を少しでも考えておくべきだと、俺は思うぜ」

「ほんとジジ臭い上に説教臭い奴だなお前は。昔から変わらねえけど」

「バルガーなら街でもやってけるさ。後輩に指導して、ギルドの……こう、重役かなんかになってな……」

「はいはい。ほら、これ食えこれ。薬草のサラダだ」

「薬草だぁー?」

 

 どう見ても解毒草に似てる草だ。それを……茎を潰して……なんだっけな。この製法。薬効の抽出……ギルドの資料室で見たが……結局市販品の方が手間もなくて安いってなったやつ……。

 

「さっさと食えよ。食えなきゃ今度の試験でお前は強制的にシルバーに昇格することになってんだ」

「なんだとぉ馬鹿野郎お前俺は食うぞお前」

 

 昇格なんて冗談じゃねえ。こんなサラダ一口で全部平らげてやるわ。

 ほーれムシャシャシャシャ……ってクッソ苦ぇ……。

 

「……あー」

「目が醒めたか」

 

 噛み締めた苦い汁を一口飲んで、すぐに効果が現れた。

 毒消しに使われる薬草、ダンパス。それの茎を潰して葉と一緒に飲むと食中毒とかを和らげてくれるんだ。

 本当は生で使うと薬効が強すぎて胃が荒れるらしいんだが、今はこの生の強さが効いた。

 

 ……さっきまで頭に回っていたアルコールがすっかり消え去っている。

 

「……なあバルガー、このビール強くねえ……?」

「いやだから俺言ったじゃねえかよ。いつもより強いんだからガバガバ飲むなって……」

「はーなんでこんな……んー、匂い嗅いだらこれ、あれだな。蒸留酒が混ざってるのか……?」

「ウイスキーの製造で失敗したなんかを、ビールに少し混ぜて卸しているらしい。酒精は倍ほど違う上に悪酔いするって話だ。……っていう話もお前にしたよなぁ?」

「いやー、まさかこれほどとは……」

 

 普段出る酒は度数も低く飲みやすい。ビールであってもアルコールは低い、実に優しい酒だ。ほろよいレベルである。

 しかしこれは……ほろよいなんてレベルじゃない。まして倍どころじゃない。いわばストロングビールだ。

 ストロング……親しみ深い言葉だ。今生でそのレベルのアルコールを飲んだ記憶はほとんどなかったが、魂が覚えていたのだろう。そのせいで違和感なくグイグイいっちまったようだ……。

 

 いや酒は怖い。別にこの身体も特別酒に強いってわけでもないし、肝臓をやったら病院なんてものはないし……。

 気をつけよう。バルガーに説教しかけたけど人のこと言ってる場合じゃなかったわ……。

 

 

 

「あ、モングレル先輩……うわっ酒臭っ」

「おお、ライナ。それとウルリカも」

「こんばんはー……って臭いなぁ……どんだけ飲んだのー、モングレルさん……あ、バルガーさんもこんばんは」

「おう」

「この酒はちょっと浅い訳があってな。任務帰りか? お疲れさん」

 

 見たところギルドに戻ってきたのはライナとウルリカの二人だけ。アルテミスとしての活動というよりは、二人でペア組んでの軽い狩猟でもしてたってところか。

 二人はそのまま受付で手続きをしている。……うーん、弓。弓か。最近弓の練習してないな。いや、それより魔法の練習もやってない。そろそろやらなきゃ本がインテリアになりそうだ。

 

「それよりもモングレル、これだよこれ」

「これ? ああ……この装備?」

 

 バルガーが俺の新装備を遠慮なく指さしている。

 

「こいつを引き合いに出して俺に説教してただろ」

「あー……ごめん。いやちゃんと理由があってな。ほら、これ防具だろ? 良い防具揃えて安全にお仕事しましょうって話よ」

「そんなふっつーな話しようと思ってたのか……てかこれ防具なのか? 剥製とかじゃなく?」

「どっからどう見ても防具だろ、ほら」

 

 俺は机に置かれた装備を被ってみせた。

 ちょっと重いけどほら、頭装備だろ?

 

「モングレル先輩ー、一緒にそっちの席で飲んでいっスか……ってうわぁ! なんかいる!?」

「ぶっ……あははは! モングレルさんなにそれー!」

「って感じだぞお前」

「弓使いにはわからんのです」

「俺にも解らねえよ」

「槍使いにもわからんのです」

 

 今俺が装着してるヘルムは、つい最近市場で買った新装備。

 もちろんただのヘルムではない。頑強なプレートヘルムの頂点にトサカのように大きな斧をはやし、左右からはこう……見たことないけど多分ヤギとか羊が持ってる感じの大きな角を生やした、超攻撃型のヘルムなのだ。後ろの方はなんか毛皮みたいなのがついててふさふさしてる。暖かいし耐衝撃にも優れてるよな。多分。

 鼻から顎にかけて守ってくれるフェイスガードもしっかりついている。顔面への攻撃にも対応した頭の最強防具だ。

 攻撃力が上がるし攻撃された時に何割か反射する効果も持ってそうな気がする。

 普通の頑強なヘルムの三倍くらい重いのはまあ愛嬌だよな。

 

「またモングレル先輩無駄遣いしてるっス……」

「いや、俺も今まで普通のヘルムしか持ってなかったじゃん? 高かったけど本気装備として買おうと思ってな」

「普通のままでいいんだよお前」

「なんでそう変な所で思い切りが良いのー……?」

「この角かっこよくない?」

「角はかっこいい」

「だろぉ?」

「バルガー先輩、モングレル先輩に甘いっスよ!」

 

 このデザインが良くてなぁー……。

 斧を取っ払って角折ったら多分この兜ゴブリン特効付くよ。取らんけど。

 

「モングレルお前俺の心配するけどなー……お前の方こそ金は大丈夫なのかよ。今はそりゃお前もバリバリ稼いでるだろうが、金欠で動けなくなった時がやべえだろ」

「ねー……モングレルさんっていつもお金が無いーって喚いてる気がするよ。そのくせ色々買い物してるし……普段そんなに大きな任務受けてないのに、どうやって稼いでるのー?」

「私も知りたいっス。なんか悪いことやってたりしないスよね」

「しねーよ悪いことなんか」

 

 バレない範囲で非合法なことはちょっとやったりしてるかもしれんけども……。

 

「最近はあれだな。黒靄市場で俺のオリジナル発明品を露店に預けて売ってもらってるな」

「お前も懲りねえなぁ。ケイオス卿の後追いかい」

「いやいやこれが売れるんだよ。今発明ブームだろ? 何かネタがある時はサッと作って売りに出すんだよ。何年も売れ残ってるやつもあるけどな、意外と買うやつがいるから馬鹿にできたもんじゃねえんだ」

「はえー……そうなんスか」

「えーどんなの売ってるのー?」

 

 ファイアピストンは……言うのやめとこう。あれを例に出すとアイデアの源泉を聞かれた時にすげえ困る。

 そもそも前世でだってはっきりとはよくわかってない代物だ。人に説明しても怪しくないものといえば……。

 

「洗濯板だな。こんくらいの板にこう、直角くらいかな。ギザギザの溝があってな、そこに水で濡らした服をこう擦ると、よく汚れが取れるんだ。便利だぞ、まぁちょっと他人のを真似したところはあるんだが」

「えっ! それ多分うちらのクランハウスにあるやつっスよ! 誰が買ったのかは……忘れちゃったスけど」

「マジで? おいおいアルテミスさん……お買い上げありがとうございます」

「えっ? えー? あれっ……? あ、あーあったね、あれ便利だよねっ」

「ほー、やるじゃねえかモングレル」

 

 マジか、こんな身近な相手にも洗濯板が出回ってたか。

 まぁ実績のある生活用品だから流行るのも不思議ではないが……あまり有能な発明家と思われたくないなぁ。

 

「あとは……あれ。前にギルドでディックバルトが話してた尻に突っ込む道具」

「はへっ……?」

「ぶっ。……モングレル先輩、今私飲んでるんスけどっ」

「いや逆にこんなのシラフで話せねえよ。酒のんでなんぼの話だろ」

「アッハッハ! あーなんかあったな! 掲示板に描かれてたやつな! 覚えてるわ! そんなもんまで作ってたのかお前!」

「も、モングレルさん、そういう道具も売ってたの? 作ったの……?」

 

 顔の赤いウルリカが遠慮がちに聞いてくる。

 まぁ……現物がこの場にあるわけでもないし、酒の席だし良いか。

 

「汚い話だが、身体の中に突っ込む道具だろ? だから怪我したら悪いからよ、特別滑らかなホーンウルフの角を川でよーく削ってな……少しのバリも段差も出さずに仕上げないと怪我するだろうから相手を思いやって優しく念入りに、こう」

「作ったのか! 男のケツに突っ込む道具を! アッハッハ!」

「そ、そうなんだ……優しいね……」

 

 バルガーめっちゃ笑ってるわ。まぁ笑うよな。笑い話にでもしてくれなきゃこっちも虚しい話題だし助かるわ。

 

「どんな形なんだよオイ、何個作ったんだ?」

「形は……まぁもう売れたからいいけど、いや俺もどんな形にすりゃいいかわからないからさ、俺の股間のバスタードソードを参考に仕上げたんだ」

「えっ、あっ、そう、なの……?」

「お、お前のかよっ……ひー苦しい……え、いくつ? いくつ作ったんだ?」

「3つ。人に任せて売り出したけど、しっかり全部売れたぜ。高くしたのに驚きだわ」

「あっはっは! マジかー! 売れたのかモングレルのモングレルが!」

「そうだよモングレルのモングレルだよ。今もこの街のどこかで誰かが俺のモングレルを使ってるかもしれねえんだ。それ想像するとな、売れたけど正直後悔することも多いわ……」

「わ、笑い死にする……! やめてくれっ……!」

 

 やべえバルガー死ぬほど笑ってるわ。

 面白いか? 面白いよな。俺も第三者目線なら笑ってるもん。

 好きなだけ笑ってくれ……その方が毎夜感じる俺の虚しさも和らぐしな……。

 

「……モングレル先輩、汚い商売してたんスね」

「いや汚いって……汚いなうん。汚いわ」

 

 ライナのジト目は100%正しい。俺は薄汚え商人になっちまったよ。

 

「で、でも……あれだよね。そういうのでも相手の体のことを思いやって作るのって……すごく優しいよね、モングレルさん……」

 

 ウルリカ無理してコメントしてない? 無理にこういうきったねえ話題に入らなくて良いんだよ……?

 

「まぁそういうフォローは嬉しいな……元々、あの時の話題で危ない一人遊びをしないようにって作ったものだから。すぐに売り切れたのは予想外だったが」

「ホーンウルフの角なんてもったいないっスね……」

「それな」

「……そっか……じゃあ、モングレルさんが……モングレルさんのが……私を……」

「わ、笑いすぎて腹が……攣った……!」

「おーい大丈夫か引退間際のおっさん」

「て、てめぇモングレル……畜生そんな話題卑怯すぎる……ひぃー、ひぃー……!」

「なんで男の人ってこういう話題が好きなんスかねぇ……」

 

 その日、バルガーのたるみかけの腹筋はちょっとだけ鍛えられたのだった。

 俺のモングレルのおかげでバルガーの現役がまた一日伸びたわけだ……いやマジできったねえ話だなこれ……。

 


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