バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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収穫時期の街道警備

 

 ハルペリア王国の国土は広い。そして、そのほとんどが農業や酪農に秀でた平地だ。多少ある起伏もほとんどは緩やかな丘陵で、山地は所々にある程度。

 そのくせ国の真ん中あたりには大きめの河も流れているという神立地だ。

 

 弱点らしい弱点は鉱物資源が少々寂しいのと、石材が少ないくらいだろうか。だがそれも安定供給され続ける小麦の山を思えば些細な問題だ。

 

 ハルペリアはその名前と国旗に入っている図案が示すように、大鎌。いわゆる農夫が使うサイズの力を中心として発展した国だ。

 国民の多くは何らかの形で農業に関わっているし、その農業人口の多さから何も農民を蔑んだりすることはない。

 色々と国から手厚い補助を受けられるし、上手いことやってる農園なんかには意外と金持ちも多いのだ。

 

 が、国土が広いっていうのはそれだけで維持管理が大変である。

 

 収穫前の忙しないシーズンになるとどうしても、その浮かれた空気や羽振りの良さそうな荷馬車を狙ってか、小狡いことを考える輩が街道沿いに増えてくるわけでして。

 

「ミレーヌさん。この街道警備、俺一人じゃダメなのかい?」

「ダメです。……前の年も言いましたよねこれ」

「マジかー、8人以上で組むのかー。人多いと落ち着かないんだよなぁ」

「この時期の街道警備はならず者達への示威も兼ねてますから、数が揃ってないと意味が薄れるんですよ。単純に危ないですしね。諦めて受注してください。面倒でしたらモングレルさんはこちらで適当に割り振りますから」

 

 俺はソロ専だ。

 が、しかし完全になんでもかんでもソロで好き勝手できるわけではない。

 なぜならギルドは偉いから。偉い組織の決定には残念ながら従う他にないんだこれが。

 

 しかし収穫シーズンに入ると毎年こんな感じだ。

 軍属の連中もギルドマン達も、街道や人の少ない農村なんかに駆り出され、警備や手伝いにあたる。

 収穫は大人から子供までみんな総出でやるものとはよく言うが、このハルペリア王国では国民全員が働き手になるわけ。

 

 いや、まあ良いんだけどな。街道警備も農村付近の見回りも大してキツい仕事ではないから。

 ただこれなー、村の好意という名の強制で収穫祭に参加させられるのがわりとだるいんだよな。

 よくわからんヘンテコな踊りを踊らされるし。

 酒飲むとほぼ間違いなく力自慢バトルが始まるし。

 大して好みの味付けでもないご馳走を腹一杯食わされるし。

 なんで田舎の爺さん婆さんは異世界でもあんなに飯食わせようとするんだろうな……俺はそろそろ胃袋がつらい年だよ……。

 

「そういえば、アルテミスがあと2人分空いてますけど。モングレルさんの知り合いもいますしそっちに入れときましょうか?」

「やだよ、あそこ女しかいないもん。女だらけの集団に男少数とか罰ゲームみたいなもんだよミレーヌさん」

「酷い言い草ですねぇ……あ、じゃあこっちのレゴール警備部隊の方々のはどうでしょう。三班のカスパルさんとお知り合いでしたよね?」

「おお、カスパルさんのパーティーに空きがあるのか。ちょうど良いや、じゃあそこにお願いできるかな」

「派遣先はレゴールから結構ありますけど?」

「どうせやらなきゃいけない仕事だしなぁ。せっかくだから遠出して、見慣れない景色でも楽しんでくるよ。ミレーヌさんお土産何が良いとかあるかい?」

「ギルドマンの無事の帰還こそ、私たちにとって最良のお土産ですよ」

 

 おそらく今までに何度も男どもに言ってきたであろう“お前の土産はいらね”の上品な言い換えに、俺はちょっとだけ傷ついたのだった。

 

 

 

「やぁモングレルさん。久しぶりだねえ……元気そうで何よりだよ……」

「おおカスパルさん、お久しぶりです……けどまたなんかやつれてませんか。大丈夫なんですかそれ」

 

 早朝。ギルドの資料室前のベンチにひっそりと固まっている爺さん達の中に、カスパルさんはいた。

 彼はこの街レゴールの警備部隊に所属する腕の立つヒーラーである。

 

 が、カスパルさんの身体は小刻みにプルプル震え、何故か既に眠そうな半目の下にははっきりとしたクマが出ている。

 正直何徹したらこんなビジュアルになるのかは俺にはわからない。もしも俺がヒーラーだったらこの場でベンチに寝かせて休ませてやるところなんだが、残念なことにカスパルさん自身がヒーラーだ。

 医者の不養生とはまさにこのことだろう。

 

「いやぁ、昨晩貴族街から急患が来てねぇ……本当は私も明日に備えて休みたかったんだが、顔馴染みだし、私の腕を見込んでわざわざ来たんだと言われたら断れなくてねぇ……」

「……お疲れ様です。てか無理はしないでくださいよほんと。今日大丈夫なんですか、その調子で」

「ああ、私らは馬車に乗ることになってるからね……そこで休ませて貰うつもりだよ。平気平気……」

 

 どう見てもカスパルさんが一番急患っぽいオーラ出してるんだけどな……。

 

「やぁどうも、モングレル君だったかな? 話はカスパルさんから聞いとるよ。私は三班班長のトマソンだ。歳食った男ばかりのパーティーになるが、まぁよろしく頼むよ」

「どもども、トマソンさん。モングレルです。カスパルさんにはいつもお世話になってます。今回はよろしくです」

 

 俺の暮らす街レゴールの警備隊はなんというか、雰囲気的には町内会のおっさんの集まりみたいなんだよな。

 気心知れた男達が集まって見回りしてるというか。

 

 もちろん彼らは歴とした警備隊のメンバーなので、実力は確かだ。……少なくとも若い頃は。

 だから腕前に関しては、新米ギルドマンを寄せ集めたパーティーという名の烏合の衆よりも遥かに信頼できるだろう。

 

 出発前から既に死にかけてるカスパルさんも、かつては王都の教会に勤めていたエリートなヒーラーだ。

 お偉いさんの不正や横領について問いただしたら色々あってレゴールに左遷されたという経歴を持つ、温厚そうな顔に似合わずなかなかロックな爺さんである。当の本人にその時のことを聞いてみても穏やかに微笑むだけなので、多分ガチのやつだ。

 俺はそんな彼らの腕前を全面的に信頼している。

 

 

 

 馬車は遠い農村に送り届ける必需品と死にかけのカスパルさんを詰め込み、予定通りに出発した。

 

 荷馬車の早さは人の歩く速度とあまり変わらない。警備部隊の爺さん達を含めた俺たちは馬車の前後に分かれ、囲むような陣形で歩いている。

 

 まあ、歩く早さって言っても装備を着込んだ爺さんたちの歩きだからな。普通よりものんびりしたスピードだ。

 歩いている間にも何度も使い古したであろう内輪ネタでガハハと陽気に笑い合っている。こういう空気の中には無理に入ろうとせず、遠巻きに楽しそうにしているのが一番だと俺は知っている。

 

「良い陽気だ。雨じゃなくて助かった」

「ほんとほんと。今年も豊作だわ」

 

 道すがら、遠くの農地で麦を刈り取る農夫の姿が見える。

 麦わら帽子を被った屈強な男が、槍のように長い柄の大鎌を振るい、立ち並ぶ麦の壁を少しずつ切り崩しているらしい。

 

 石突を腰に当て、身体ごとぐいっとスイングして鎌を薙ぐ独特の動き。ああいうのを見ると、非効率だなぁとは思いつつも、こういう景色もまたひとつの文化でもあるんだなって気分にもさせられる。

 

 柄の中ほどにハンドルを取り付けた大鎌、グレートハルペ。

 嘘か真か、王都の馬上騎士の装備の一つにあの大鎌を採用することもあるのだそうだ。ほんとかよって感じだが、この世界ならあり得ないでもないのが怖いところ。ま、ロマン武器なんだろうな。悪くないとは思う。鎌かっこいいし。俺の趣味ではないけども。

 

「やー腰が痛い。すまんね、俺もちょっと荷台で休ませてくれ」

「ガハハ、歳だねぇ」

 

 道中、何度か爺さんたちが荷物になったりで遅れは出たが、どうにか薄暗くなる前に最初の中継地点には到着できたのだった。

 これをあと二日か三日は続けるわけよ。

 異世界の移動は大変だ。まぁ、色々見てて楽しくはあるんだけどな。

 

 


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