ウルリカの弓の腕前を見ることになった。
ついでに俺の弓についても色々教えてもらえるそうなのでありがたい。
既にライナからも沢山教えてもらってはいるから基礎知識は既に十分にあると思うんだけどな。セカンドオピニオンってわけじゃないが、別の人から教わるのも刺激になるかもしれん。それにウルリカはまたライナとは別のスキルを持ってるようだし、それを見てみるのも悪くない。
他人のスキルをまじまじと見れる機会なんてソロだと無いからなぁ。しかも弓なんてほぼ知らんし。せっかくだし見せてもらうことにしよう。
「いやー、合同任務ありがとねっ、モングレルさん」
「構わねえよ。遠距離役がいるとこっちとしては楽だしな。ま、ちょくちょく弓の練習しつつ任務もこなしていこうか」
「はーい。じゃ、行こっかー」
俺は今日、ウルリカと一緒にバロアの森の北部にやって来ている。
近頃はイビルフライの出没報告もあってギルドマンの入りも悪い。それを狙ったわけではないんだろうが、森北部からの魔物の影が濃くなっているそうなのだ。
なので今回は自由狩猟が許可されている魔物を適当に間引く討伐任務を受けることにした。本来であれば弓使いってのは小物系を対象に討伐するもんなんだが……。
「私は大物でも狙える弓使いだからねー。ボアでもディアでも、とにかく色々狙っていこうよ。前衛はモングレルさんに任せるからさっ」
「おー。盾役は任せてくれ。俺が居る限りウルリカの方には一匹も寄越さねえからな」
「あはは、頼りになるぅー」
ウルリカは弓使いスキルの強撃系を持っている。強撃系があればバロアの森にいる魔物の大半は一発で仕留められるだろう。そういうものだ。
ライナとの狩猟では鳥獣をメインに狩ったが、ウルリカと一緒の時は大物を狙うことにしよう。
「ね、ね。ライナと一緒の時は一緒の天幕で寝たんでしょ?」
「まぁな。あいつマントで寝ようとしたんだぜ。寒いだろーこの時期でも」
「あはは。でもそんなもんじゃない? いざという時サッと起き上がれるしさー……モングレルさん、今日もそのテントってやつ持ってきたり?」
「まあな。ライナの時と同じ奴を持ってきたよ。快適だぞー、俺と一緒の野営は」
「へぇー……ちょっと楽しみだなー」
ウルリカはシルバー2。ここまで高ランクになるとライナのように過保護にされることもない。
俺と一緒に討伐に行くという話があってもスムーズにいったようだ。
まぁこいつ見た目はともかく男だしな。アルテミスだって箱入り娘みたいな扱いをしないのは当然ではあるが。
「こっちの足跡は古いねー。もっと奥のほうが良さそうかなー」
「ウルリカも足跡とかわかるのか。すげぇな」
「そりゃわかるよー、慣れだけど。土を見ればモングレルさんでもわかりやすいんじゃない?」
いや土見たって俺ほとんどわかんねえよ。
霜の降りた土を踏んだ痕跡ならわかるけど、この時期の足跡なんてさっぱりだわ。
チャージディアの糞の古さもわからんしな。
「あとはそうだなー、葉っぱの形とか見ると良いかも。不自然に折れたり割れてる葉っぱとか、そういうのもヒントになるね」
「ほうほう」
しばらくウルリカの後ろを歩き、斥候的な技能の指導を受ける。
……動きはしっかり狩人してるのに、こいつは任務の時でもスカート履いてるのな。まぁこの世界の連中はファッションを優先する意識が高めだから浮いてるってほどではないけども。
「な、なに? どうしたの、モングレルさん……」
「ああ、考え事してたわ」
男のケツ見ながらぼーっと考え事をしてたとは口が裂けても言えない。
「……ほら、早くこっち行こーよ。そろそろ水場だしさ。その辺りを拠点にして動こう」
「よし、ベース設営か。さっさと終わらせて狩りにいくぜ」
「弓の練習もねー?」
「はい」
「あははは」
拠点に定めた場所は川沿いの砂地だ。
砂浜のような細かな砂のある川辺で、丸っこい石もそこらにゴロゴロと転がっている。
酷く増水すればここも危ないのかもしれないが、今の時期なら問題はないだろう。何より、砂地にマントを敷くだけで寝心地は素晴らしいものになってくれる。低反発マット……とまではいかないが、なんとなーく全身にフィットする寝心地になってくれるのだ。そこに焚き火が近くに灯っていれば、粗末な宿のベッドよりも何倍も寝心地が良い。
「おっ、出たー。ライナが話してたよー。その煙突」
「良いだろ? 野営の時はいつもこれ組んでるんだ」
「あはは、外で煙突なんておかしー」
「悪いもんじゃないぞ? 煙くならないし、火の粉も飛んでこないしな。まぁ設営も撤収も面倒くさいけど」
石を組んでかまどを作り、鉄板を乗せ、そこにある円形の穴に煙突を差し込む。これだけでOKだ。まぁ細かい部分を土とか泥で塞ぐ必要はあるんだが、荷物の嵩と引き換えにってとこだしな。難しいとこだ。
煙突の上部についているリングに紐を結び、地面に打ち付けて倒れないようにすれば完成だ。
あとは簡易テントをざっと設営して、罠張って、魔物除けの香を焚いて終わり。
ね? 簡単でしょう?
「わー……随分と大荷物を持ってきてたんだねぇ……モングレルさん……」
「衣食住の食住に集中してるからな。快適な野営じゃないと我慢できねえんだ」
「……モングレルさんって結構潔癖なとこあるよねー?」
「まー、それは否めないな。綺麗好きと言って欲しいところだけどよ」
「あはは、ごめんなさーい」
多分俺はこの世界で一番の綺麗好きだ。
それを共感してもらおうとは思っていないが、こういう場所では好きにさせて欲しいというのが本音だ。
「私も綺麗好きだから嬉しいよー。たまに合同で他のパーティーと組むと不潔な人らも多いからさー……」
「ああ、それはキツいな」
「その点モングレルさんは全然臭くないよね」
「まぁ世界一の綺麗好きだからよ俺は。そうでなくとも、衛生感の合わない奴と一緒に寝泊まりするのは厳しいからな……俺もきったねえ奴とは無理だわ」
「アルテミス向きだね」
「おいおい勧誘するには早いぞ」
「えー、そうー?」
ウルリカが立ち上がり、矢筒から矢を一本取り出した。
「それじゃ、話してばかりもなんだしさ。そろそろ行きましょっか」
「だな。ウルリカの華麗な弓さばきを見させてもらうとしようかね」
「えー……まーいいけどねっ。ライナほど正確には撃てないけど、シルバーランクの弓を見せてあげる。ついてきて?」
俺も自前の弓剣を背中に預け、揺れる淡紅色のショートポニーを追いかけた。
「ここまで深部だとさすがにいるねぇー」
「クレイジーボアだな」
しばらく黙々と歩いていると、湿っぽい泥が広がる森の中に一匹の魔物を発見できた。
中型のクレイジーボアだ。泥に身体を擦りつけている。泥浴びというのかなんなのか知らんが、リラックスしている時の仕草なのは間違いないだろう。
ただ問題は、あの泥まみれになった姿だとちょっと頑丈になるんだよな。
重いし解体作業で服は汚れるし、正直あまり手出ししたくない状態だ。
「絶好の距離だ。狙うよ」
「おいおい、あの泥の鎧は結構厄介じゃないのか?」
「平気平気。私にはこういう時のためのスキルがあるからさ」
ウルリカは小声でそう囁くと、矢を弓に番えた。
よく見るとライナの扱っていた物よりも随分と大きな弓。こうして比較するとウルリカの体格はやっぱり男なんだなと思う。
「“
ウルリカの青い目に桃色の淡い光が灯り、スキルが発動する。
「このスキルを使った状態で生き物を見た時、相手の弱点がわかるようになるの。条件が色々絞れるから便利なんだよねー。足を止めたいとか、とにかく息の根を止めたいとか……最初に手に入れたスキルがこれで本当に良かったよ」
さすがに話しすぎたか、クレイジーボアがこちらの気配に気付いた。
興奮した鼻息を噴き出し、沼田場を何度か前足でひっかくと、すぐさまこちらへ突進を始める。
このままだと危ないな。バスタードソードを構えておこう。まぁ、その必要はないかもしれんけど。
「……このスキルを先に習得してたら、弓の扱いが下手っぴになってたかもね。――“
ウルリカが矢を放ち、風が吹き抜けた。
矢を放ったとは思えないような硬質な弦の音。そして周囲の風を巻き込むような、明らかに速度のおかしい矢の疾走。
スキルによる遠距離攻撃だ。
「ブモッ……」
それはスピードの乗ったクレイジーボアの左肩を穿ち、あろうことか勢いづいた獣の身体をも後方へとふっ飛ばしてしまった。
薪割りのような音と共に奇妙な回転をしながら吹き飛んだクレイジーボアは、そのまま沼地を転がった。しばらく身を捩るように暴れていたが、立ち上がる気配はない。これでも生きている辺り相変わらず生命力の強い魔物だが、逆に言えば身を捩るくらいしかできない程のダメージを負っているということだ。
放っておいても立ち上がることはないし、数分もせずに死に至るだろう。
「ね? 適当に当ててもなんとかなっちゃうの。これに慣れたら駄目だよねぇ」
「……いや。つっえーな、弓の強撃系スキル。クレイジーボアの突進を跳ね返すとかマジでやべえな」
「えへへ、でしょでしょ? まぁ威力高いのはいいけど、矢の方が駄目になっちゃうんだけどね。ちょっともったいないんだー、これ」
「でもこれライナのスキルみたいに照準を調整したりはできないんだろ? 当てたのはあくまで自分の実力だってんなら、俺からしてみれば相当凄いけどな」
「……んー、そう? そう思っちゃう?」
「思っちゃうけど」
「へへ、まだまだですねぇーモングレルさん」
「そらまだまだよ。初心者だもの」
俺も魔力を限界まで込めればウルリカみたいな攻撃……いや絶対できないな。やめた方がいい。
一度似たような事して弦で指先怪我したからな……。
「じゃ、解体したら更に獲物を探してみよっか。今度はモングレルさんの指導もやってくからねー」
「おう……いや、一撃で仕留められる気がしねえよ俺」
「あはは、慣れだよ慣れ。相手の弱点は教えてあげるから、そこ狙ってやってみよー。運が良ければ仕留められるよ!」
「マジかぁー?」
「いけるってー、ひとまずやってみよう!」
それから俺はウルリカ指導の下、弓で挑むべきではない相手に矢を放つという、そこそこ珍しい経験をさせてもらえたのだった。
まぁ、俺が仕留められた獲物は一匹もいねえけど。全部最終的にはウルリカが仕留めきったけど。
当作品の評価者数が2100人を越えました。
また、連載開始から早くも二ヶ月になるようです。
皆様の応援や感想に励まされています。ありがとうございます。
これからもバッソマンをよろしくお願い致します。
( *-∀-)且