「お、なんか面白いもん売ってるな」
ある日、市場を歩いていると珍しい素材を発見した。
この世界にもあって利用されているとは聞いていたんだが、この内地のレゴールでお目にかかれるとは思っていなかったからなぁ……喜びより先に驚きが来るわ。
「なあおじさん、そいつはクジラの髭かい?」
「ああ、よくわかるな? そうだよ。珍しいだろう」
今日は釣りに使う蜘蛛の糸を補充するためにやって来ただけだったが、魔物素材を売っている店の目立つ場所にそれはあった。
茶色というか飴色に艶のある素材で、木製のブーメランを中程で切ったような見た目をしている。サイズは1m近くあるんじゃないかな。この髭の持ち主がどれほどのサイズだったのか想像もつかない。
「ハルペリア最大の軍艦、大帆船スノウコーンによって仕留められた鯨さ。俺は詳しくないんでね、種類まではわからんが……このでっかい髭が口の中に入ってるってんだから不思議な生き物だよなぁ」
「大帆船で仕留めたのか。すげーな……キリタティス海にはこんな奴がいるんだなぁ」
海は見たことがある。ハルペリアを南下していくとそこに大港があり、そこでは連合国や……たまーに魔大陸と交易しているのだ。
何度か護衛任務で遠征に行ったことがある。食い物はともかく、治安が悪いからあまり楽しい街ではなかったが……。
「とんでもない大きさの魔物だが、一匹から採れる量はなんでも膨大なんだ。だからその髭ってやつも大して値の張るもんじゃない。近頃はレゴールにも流れてるんじゃないかね?」
「ほー。売れるかい?」
「いや、これが全くでね。頭骨や角なら見栄えも良いんだろうが、この髭ってやつじゃ魔物の剥製としても見応えがないらしい。嵩張るし重いしで、正直さっさと手放したかったんだ。買うなら安くしとくよ」
まぁ、確かに。知らないとぱっと見ただけじゃどんな素材なのかわからねえしな。ハンティングトロフィーとしてはいまいち人気が出ないのもわかる。
だが俺はこの素材の良い使い道を知ってるんだ。
「じゃあ、こいつを一枚買わせてもらおうかな。面白い話も聞けたしな。せっかくだ」
「……物好きだねえ。いやこちらとしては助かるんだが」
そういう流れで、俺は鯨の髭を手に入れたのだった。
「あ、そっちの牙も珍しいな。小物作るのに使えそうだからそれも幾つか買っていいかい?」
「毎度あり! だが兄ちゃん、こいつは結構硬いよ? そこらの職人じゃなかなか難しいって話だが……」
「大丈夫大丈夫、なんとかなるさ」
確かに普通の職人じゃ手の出ない素材かもしれないが、俺には馬鹿力があるからな。
よし、宿に戻って日曜大工といくかー。この世界に日曜日はないけども。
「さぁてぇ……今日はこの髭を使って優勝していくわぬぇ……」
ヌメッとした声で一人宣言し、俺は買い取った鯨の髭を宿の作業台に乗せた。
ただでさえごちゃごちゃしている俺の宿泊部屋だが、室内自体は複数人が泊まることを想定した大部屋なので結構広い。
そこは俺の装備コレクション置き場でもあるが、同じくらいの広さの作業部屋にもなっている。
一見するとわからないように分解して置いてあるが、組み立てればちょっとした万力なんかもあるような立派な作業台だ。
「……鯨の髭はプラスチックみたいだって聞いてたけど、想像してたよりそうでもないな。どっちかっていうと材質は牛の角とか鼈甲に近いか……?」
言うまでもなく、この世界にプラスチックはない。それらしいものと言えばイカの中に入ってる透明なあのびらびらした奴くらいだが、アレだって当然プラスチックなはずもない。似てるけど。
ともかく重要なのは、プラスチックに似た弾力性、しなりだ。
「お、切れる切れる。良いなこれ、素直な素材だ」
鯨の髭には木と同じで繊維方向があり、それに沿って刃物を突き立てれば割れるようだ。しかしノコギリを使えば割れずに滑らかに切断できるので、思っていたよりも自由度の高い加工ができそうである。
繊維に逆らわず切って、ひとまず板を作る。で、その板をさらに細く切り出して……鯨の髭の棒材が完成だ。あとはこれを円柱状に削って整えてやれば良い。
「……うん、このしなりだ。悪くねえな」
完成したのは釣り竿に使う先端部分。指でぐっと先端に負荷をかけてやると、バネのような抵抗を感じつつも90度ほど無理なく曲がってくれる。
大物を釣る際はよく撓る竿でなければ糸に負担がかかるので、こういった素材が重要になるのだ。前世でも竿の先端部だけ鯨の髭を使用したものがあったはずである。
そう。これは俺の釣り竿をよりレベルアップさせるために必要な素材だったのだ。
「これ竿以外にも色々使えそうだな……結構いい買い物だったかもしれん」
木はささくれ立つとそこから割れたりするが、鯨の髭はそこそこ融通がきく。削った場所を自由にできるというべきか、細工物に良さそうな材質だ。まさにプラスチックっぽい感じ。
加工はあっという間だった。まぁ元々そこまで難しい加工ではなかったしな。
あとはこれを、元々作ってあった木製竿のところに噛み合うようグッと潜影蛇手して完成だ。
「……ふむ」
完成したニュー釣り竿。
先端部分を鯨の髭で作った、この世界のマスト釣りアイテムだ。
「ちょっと試しに釣ってくるかぁ!」
新しい
「ちょっとモングレルさん! さっきからゴリゴリ音させてうるさいよぉ!」
「はーいごめんなさい! いってきまーす!」
呆れる門番から証書を受け取り、さっさと街の外に出る。
任務でもなんでもない、明らかに“釣りいってくるぜ”って格好だもんな。気持ちはわかる。
でも作ったからには試してみたいじゃないですか。
いつものシルサリス川へ行き、橋の近くで竿を構える。
今回は釣り針の先にそこらへんで取った川虫をつけた、餌釣りだ。ルアーはもうちょっと水深あるところでやらなきゃ駄目だな、うん。
「……うーん、しなりは……どうなんだろうな」
糸を垂らしていると、川の流れによって仕掛けが流され段々と下流側へと逸れていく。初心者だと何か掛かったと勘違いしてしまうかもしれない抵抗感だ。
「おー、まぁまぁ……」
試しにそのまま流されてみると、結構離れたところで竿先の鯨の髭にテンションが掛かるのがわかった。
グンとひっぱられるけど、竿を立てていれば先だけが柔軟に曲がってくれるというか……よしよし、良い感じ。これだよこれ。
「あとはリールがなぁ……もっとジャカジャカ巻けるやつだと良いんだが……」
スルスルと糸が出るリールなんて加工は俺には無理だ。ドラグも再現できる気がしない。いや、ドラグだけなら自転車のブレーキみたいなもんをリールにつければそれだけで再現はできるか……? 釣り竿のリールにブレーキってなんだって話だが。
「お、おお……? これは……」
竿を握ったまま暫し改良案で頭を悩ませていると、竿先がクンクンと撓った。
木製じゃ感じ辛かったかもしれない僅かなアタリだ。……焦らず、そのまま。辛抱していると……。
「いや来てるなこれ、来たわ、来たッ!」
ヒットだ! よしよし来た! 釣れた釣れた! 甲殻類じゃないやつ来たぞコレ!
「うおおお……っていうほど引きは強くないなー……」
最初こそ竿先の鋭敏さもあって錯覚したが、多分小物だな。
そのままリールをぐいぐい回し、ファイトと呼ぶにはこっちの一方的なゴリ押しで手繰り寄せていく。
するとやがて水面にバシャバシャと小さな飛沫が上がり、それは難なく地上へと揚げられた。
「おー……ラストフィッシュか……」
釣り上げられたのは15センチほどのラストフィッシュ。この国の川に広く分布する淡水魚だ。
浅黒い皮に赤錆色の鱗が特徴で、この姿が麦を冒す病気に似てることから結構不吉な奴扱いされているかわいそうな魚だ。
しかしそんな見栄えの悪さと反して、問題なく食用にできる魚らしい。ギルドの資料室にも書いてあったし間違いはないだろう。
「せっかくだし食うかな。そういや昼まだだったし」
ひとまずシメた後、ソードブレイカーの刃を折るべき部分でゴリゴリと鱗をこそぎ落としてから、腹を割いて内臓を取り出す。
川の水で腹の中を一通り洗ったら、まぁ……あとは適当にそこらに落ちてる小枝に刺して丸焼きで良いか。
「塩持ってきて良かったわ」
皮や割いた腹の中に塩をよくすり込み、ついでにヒレの部分にもちょっと過剰なくらい塩をつける。……で、あとは枝に刺したこいつを火でじっくり炙れば完成だ。
川沿いには真っ白になった流木が流れ落ちているので燃料には困らない。
小魚一本を焼くくらいなら何度か継ぎ足してやれば大丈夫だろう。
「……よし、あとはのんびり糸を垂らして待つだけだな」
石を組んで使った小さなかまどで燃える火と、一本だけの小魚の串焼き。
その横で俺は糸を垂らし、調理の間にさらにもう一匹が掛からないかを期待している。
なんとも暇で、無駄な時間だ。でも釣りはこういう時間こそが好きなんだ。何より既に一匹釣れているという心の余裕があるってのが良い。川に何かしらいるってわかってるのは大事なんだ。
「こねーなぁ」
まぁ、だからといって続けざまに釣れるとは限らないんですけどね!
「ほふほふ……おお、身がふっくらしてる。やっぱりうめぇな、新鮮な焼き魚」
結局この日はラストフィッシュを一匹だけ釣って終わりだった。
釣果としては渋すぎるが、竿の試運転で何かしら釣れたってだけでも上々だろう。次やる時はもっとしっかり魚のいる、ルアーも使えそうな水場でやりたいもんだね。
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