バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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魔法の適性

 

 日に日に気温が上がり、昼間は動くと汗をかくようになる。夏の到来を予感させる気候になってきた。

 

 冬は着込めばいいし、いざとなれば暖房もある。だが夏の暑さを防ぐにはエアコンくらいしか方法はない。それが現代の感覚だ。

 この世界でもそれは当てはまるだろうが、幸い俺の暮らすレゴールでは大した暑さにはならない。熱中症になるのは熱い窯を相手にする仕事くらいのものだろう。

 まぁ、それでも涼を取る方法は少ないからキツいっちゃキツいんだが。風呂も入れねぇしな。

 

 そろそろアルテミスの風呂に入る権利を行使する日も近いかもしれないのだが……うーん、もったいなくて使いたくないぜ。

 わかっていたことではあるんだが、暑い季節に一回だけ入って満足とはいかないべ?

 “今日入らないとマジで発狂する”ってコンディションの時に入りたいもんだが……うーむ……それに準ずる日が多すぎてな……。

 

 

 

「クランハウスに風呂か、実に良いね。ナスターシャが生み出した物の中で最も有益かもしれない」

「そう言われるのは複雑だが……まぁいい。サリーが装置を買うのであれば喜んで売ってやる。アルテミスよりもそちらの若木の方が上手く使えるだろう。昔のよしみだ、安くしておいてやる」

「それは助かるよ。僕らも越したばかりで色々と入り用でね。王都で引き払い作業をしている副団長が戻って来れば少しは余裕もできるのだけど」

「風呂場は時間が掛かるぞ。着工は早い方がいい」

「だよね」

 

 ギルドを訪れると、“アルテミス”の魔法使いナスターシャと“若木の杖”の団長サリーが仲良く会話していた。いや、商談と呼ぶべきか。

それよりも内容がちょっと気になるな。

 

「二人とも楽しそうじゃねえか。風呂の話か? 俺も混ぜてよ」

「……モングレルか。別に楽しい話というわけではないが」

「やあモングレル。実は今、ナスターシャが開発したという湯沸かし器を買い取ろうという話をしていてね」

「買い取り……アルテミスのクランハウスから取り外すのか? いや無理だろ」

「もちろん取り外しはしない。図面は私が持っているから、その通りに作らせて売るだけだ」

 

 ああ良かった。夏前にアルテミスから風呂が消えたらどうしようかと。

 

「レゴールの共同浴場、何年も見ないうちに随分と汚くなったね。あれでは蒸し風呂の方がずっとマシだよ」

「ああ……共同浴場に行く人も増えただろうからな。泥みたいな湯になってるだろ。身体を洗った気がしねーんだよな」

「そこで僕はナスターシャからクランハウスの風呂の話を聞いてね。拠点を整えるついでにせっかくだし環境を整備しようと思ったのさ」

 

 となると、サリーは本格的に“若木の杖”の拠点をここレゴールに決めたというわけか。

 仕事仲間が増えるよ。やったね!

 

「いいなー風呂……なぁ二人とも。お前たちの風呂に入る権利を一回何百ジェリーかで売るつもりはないか? 良い商売になるぞ?」

「シーナに聞け。と言いたいが、断る。我々のクランハウスにはなるべく部外者に入ってほしくないのでな。何より汚いやつに来られたくない」

「僕のところもパーティーの構成上貴重品が多いからねぇ。あまり他人には入ってきて欲しくないかな。あと、清潔さを求めて風呂場を構えるわけだからね。汚されたくないというのは僕もナスターシャに同意だよ」

 

 ぐぬぬ……プチ銭湯を運営してくれたっていいだろうが……。

 

「そんなに入りたければ私たちのパーティーのどちらかに所属すれば良いだろうに。モングレルよ、お前はこの前ソロで魔物に挑んで怪我をしたと聞いたぞ」

「モングレルが? へえ、僕が見ない間に衰えたのかな」

「ばーかかすり傷だよ。俺はソロでやっていく。……それより二人とも、やけに親しそうじゃないか。知り合いだったのか?」

 

 俺が訊ねると、ナスターシャとサリーは顔を見合わせた。別に口裏合わせて秘密にしようって雰囲気ではなさそうだ。

 

「……同じ魔法学園に通っていたが、私はその頃学徒の一人だった。サリーは先輩というべきか」

「僕は子育てがあったから現場仕事はせず、研究塔で働いていた時期だったかな。ナスターシャは僕の務めていた研究塔で教えられていた優秀な魔法使いの一人でね。それだけならば接点も無かったのだが」

「私もサリーも、同じ導師から嫌われていた仲間でな。よく似たような雑用を回され、一緒になることが多かったのだ」

「へー、昔からの知り合いだったのかよ」

 

 ていうか導師から嫌われてたって……何してたんだ二人とも。

 あれか、セクハラを許さなかったからか? まぁそれがこの世界ではありがちではあるが。二人とも性格はともかく綺麗どころではあるからな。

 

「まぁ、かといって当時はそこまで話す程の仲でもなかったのだがね。僕とナスターシャがギルドに所属して、そこで再会してからかな。話すようになったのは」

「……昔の話をされるのは苦手だな。話を変えよう」

「すげえ正直な話題転換だな。いや別に良いけどよ。わざわざ聞かれたくないことは聞かねえよ。……すんませーん、エール3つー」

 

 割高ではあるが人数分のエールを注文した。どうせもうこの様子だと任務に行くってわけでもないんだろう。せっかくだし俺と話そうや。

 

「おや、僕を口説こうというのかな、モングレル」

「炭酸抜きエールを飲む女を口説く趣味はねえ」

「酷いな」

「ふむ、ここの酒は不味いのだが」

「ナスターシャ、舌が肥えてるのはわかったからそれを聞こえる声で言うのはやめておけ。まぁ口に合わなかったら残せばいいさ。どうせ俺が飲むからな」

 

 炭酸抜いたエールを飲むかは微妙なところだが……。

 

「それより、魔法に詳しい二人に聞きたかったんだよこれ。ほら」

「……懐かしいな。魔法の入門書じゃないか」

「ふむ。モングレル、それを誰に贈るんだい?」

「ちげーよ。俺が読んでるんだよ俺が。ちょっとでいいから魔法を使ってみたくてな」

「ああ……そういえばうちのミセリナが言ってたっけ。本気だったんだ、魔法を勉強しているというのは」

 

 テーブルに届いたエールをひとまずガブッと飲み、人心地つく。こんくらいの時期になると常温の水分でも悪くないな。冷たく感じる。

 

「一応これ読むだけは読んだんだよ。けどなー、いまいちこの著者の言ってる意味が理解できないっつーかなー」

「……ナスターシャ、僕は率直な意見を言いたいのだが」

「構わないのではないか。我々の意見が求められているのであれば」

「おいおい、前フリがなんか怖いんだけど」

 

 俺は体験したこと無いけど“素人質問で恐縮ですが”くらいの不穏さを感じる。

 

「そもそも魔法の基礎教育とは、平民が経験的に身につけるような一般常識が身につくよりも早く頭に叩き込むべきものだ。この世界における偏見、あるいは常識が育まれるよりも先に身に着ける技術と言える。稀に、在野に生きる者の中にそういった“世界の感じ方”をする者もいるし、そういった才能が世間に眠っていることはあるが……モングレルの場合はちょっと厳しいかもしれないね」

「……偏見、常識。ねぇー」

 

 そういうワードを言われると思わずベロを出したくなるぜ。

 心当たりが多すぎる。……けどそう言われちゃそもそも俺が転生した時点で詰んでるんだが?

 

「そうだな。サリーの言う通り、モングレルに今更魔法使いとしての適性が芽生えてくるとは思えん。中途半端にこの世を解釈し理解したつもりでいる者ほど向いていないのがこの技術だ」

「くっそー……俺はこの世界の誰よりもこの世界をよく理解してるんだがなー」

「そういう姿勢を言っているのだ」

「いやぁ良かった。地植えだとこういった人間に育つわけだね。モモにちゃんと教育を施した甲斐があるというものだよ」

 

 ひでえ言い草しやがって。

 おいサリー、エールをジャカジャカシェイクすんな。せめてマドラーか何かでステアするだけにしろ。悪目立ちするんだその動きは。

 

「まあ、色々言ったが。適性が芽生えないと言っても万に一つもというほどではない。中には奇跡的に、成人後に適性を獲得する者もいないではない。……三十以後で目醒める者はさすがにあまり聞かないが……」

「気休めみてぇなフォローだなぁ」

「神話にもそういった人物はいるね。ナスターシャらの所属するパーティー名のモデルにもなった“アルテミス”だって、元は弓術使いだったが二十歳頃から突然魔法を獲得したからね。まあ、神話の世界の人物にはそういった逸話が多すぎるが」

「神話を使って俺を励ますなよ……」

 

 アルテミス。前世では同じ名前の女神がいた。しかしこの世界におけるアルテミスは神話とは結構違う。

 しかし多分、偶然ではない。同じ神話にアポロだのなんだの、聞いたことのある名前が結構あるからな。

 

 ……元々エルフだのゴブリンだの、どこかで聞いたことのある存在が跋扈する世界だ。こうした引用じみた世界の作りについては、あまり考えないようにしている。

 少なくとも前世の神話の神様が実在しこの世界にいる、とかそういうことは考えていない。仮に居たとしても、そいつはおそらく俺の知るものとは異なる神だ。

 

「ふ。そもそも、魔法よりも先に弓の練習をすべきなのではないか。ライナとウルリカから教わっているのだろう? そちらのほうがまだ可能性はあると、私は思うがね」

「へえ、モングレルが弓……それも僕には想像できないな。石でも投げてそうなイメージが強いから」

「なあナスターシャ、サリーって学園にいた頃からこんな性格だったのか?」

「ああ。おおよそ変わってはいない。導師から嫌われていたのも似たような理由だ。私は慣れているがね」

「ひでー奴だぜ」

「本人の前で言うことではないなぁ」

 

 全くやれやれな連中だ。

 

 ……しかし俺には魔法の適性は絶望的ってことか。

 今後一生、俺が魔法を操ってファンタジックな戦い方をすることはないのだろう……そうか……。

 

 ……じゃあもう魔法の練習しててもしょうがねえってことだな!

 じゃあしょうがねえよな! ゴールドクラスの魔法使いが言うんだもんな!

 よし、もうやめっか!

 


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