道中は盗賊もゴブリンも湧かず、雨も降らないので終始穏やかなものだ。
カスパルさんの体調も日に日に改善し、警備目的の村に到着する頃にはすっかり元気になっていた。
しかしカスパルさん、薄めたポリッジを震える手でちびちび啜りながら時々無言でアルカイックスマイルを浮かべるという、なんかもう終末医療受けてるお爺さんみたいな飯の食い方をするもんだから、見ている側としては結構気が気でない。まぁ実際は元気なんだろうけどさ。なんか怖いのよ。
「収穫期は賑やかで良いですねえ……」
俺たちの派遣先であるトルマン村は、どこの都市からも離れたところにある田舎の村だ。
俺が拠点にしている都市、レゴールから近いというわけでもないんだが、他にトルマン村から近い街もなく、まあ不便な土地なんだ。
こういう収穫期の街道警備や村の警備には大抵、近隣の街にいる村出身の奴らが里帰りも兼ねて行くことが多いんだが、トルマン村は田舎過ぎてそんな出稼ぎギルドマンもいない。
だから今回やってきた縁の無い俺たちは完全なお客さまみたいなもので、普通なら警戒される対象だ。田舎はよそ者に厳しいからな。
しかしトルマン村はその辺り大らかな気風らしく、俺自身もサングレールのなんちゃらなんて言われることもなく良くしてもらえている。
今こうして農作業を眺めながらカスパルさんと穏やかに白湯を啜っていられるのも、結構ありがたいことだった。
例年だと風当たりが強かったりするんだが。
「カスパルさんはここでもヒーラーとしてなんかやるんですか?」
「ええ、午後の休憩時間に広場で、軽く治療を……収穫は怪我する人も多いですからねえ」
「手とか切ったりしますもんねぇ。俺も村じゃよく血ぃ流してました」
「傷に土や泥が入ると良くないですからねぇ。モングレルさんも気を付けてくださいよ……」
トラブルとしては草や刃物で手を切ることがほとんどだが、麦畑の中に潜んでいる野生生物が襲いかかってくることもあるのだからこの世界はなかなか気を抜けない。
好戦的なニシキヘビみたいな奴が畑から現れるなんてこともしょっちゅうだ。だからこそ不意の遭遇を防げる、柄の長い大鎌が好まれているのかもしれないな。
俺のいた村ではカランビット的な……猫の爪をデカくしたようなナイフを使ったちまちました収穫方法がメインだったな。
あのナイフ、見た目からして暗殺者しか使わなそうなビジュアルのくせになかなか便利なんだ。Amazonの段ボールとか滅茶苦茶開けやすそう。まぁ、今は愛用のナイフを持ってるからいらないんだが。
「おーい、そこの若いギルドマンさんよーう」
「モングレルさんですね。あちらの方がお呼びみたいですが」
「なんですかね。はーい、なんすかー」
「畑にゴブリン居やがってよー、畑の外で殺しといてくれねえかー」
おっと、仕事の時間か。
三班の爺さん達は警備で村を回ってるし、体力的にも俺が一番だ。
もう少しサボっていたかったが仕方ない。働こう。
「私もあとで広場に行かなければ。モングレルさん、お気をつけて……」
「うぃーっす。カスパルさんも無理しないでくださいよ」
ゴブリンはどこにでもいる。
多産だし、妊娠期間も短いし、猪とヤっても孕ませるし、悪食だし、何より小柄だ。
思いもよらない狭い穴の中に隠れ家を持っていることは多いし、大胆にもこんな村のど真ん中、麦畑の只中で暮らしていることもあるほどだ。
背の高く育った麦畑はそれだけで森をも上回るほどの遮蔽になる。
正条植えをしてれば多少は視界も通るのだろうが、この世界の畑のほとんどは適当なバラマキに近い。麦畑の奥は人の手の届かない場所となっている。
余程なことが無い限りは収穫までは手入れもされず、麦畑のど真ん中に人が来るとすれば田舎の若い男と女がコソコソ忍び込んで野外でチョメチョメするくらいのもんだろうか。
だからこそ小柄なゴブリンにとっては、麦畑はなかなか優れた隠れ家になってしまうのである。
「ほらあそこよ。やろう、うちの麦を踏みつけやがって」
「あーいるなぁ。畑に血を撒くわけにゃいかないか」
「んだ。あっちの方で仕留めてもらえりゃ一番だ」
「はいよ。じゃあさっさとやっちゃうから、念のため別の作業やってて」
「んだな」
案内された収穫中の麦畑の奥には、確かにゴブリンたちらしき影が見える。
近くから悪臭が漂っているので間違いない。数は2匹ほどか。
地元の農家連中でも殺せる相手だが、せっかく俺らがいるんだしな。
本職の鮮やかな仕事を見せてやろう。
「さて、まずはこれかな」
ゴブリンは好戦的だが、まるきり馬鹿ではない。相手が強いと思ったら普通に逃げ出すくらいのことはする。
しかし、ムカつく奴がいたら怒りに任せて釣られる程度には馬鹿だ。
「ほぉーらゴブリン君、わかるかなぁこの美味しそうな干し肉。んー、実に美味い」
取り出したのは干し肉だ。
作るのに少し失敗して、変な香りが強く残った微妙なやつ。
しかし臭いがある方がこういう場面ではなかなか使えるもので。
「グガ」
「ギャッギャッ!」
ゴブリン達は“それは俺たちのだぞ!”と抗議でもするかのような鳴き声で俺を威嚇し始めた。まだ麦の中から現れない。けどもう少しだ。
「ん〜そんなに欲しいかぁ〜? じゃー皆さんにもひとくちだけ〜……」
「ギャッ! グキャッギャッ!」
「やっぱやーめたぁああああ! うんめぇええええ!」
「グギャァアアアッ!」
はい釣れたぁ! うっは超怒ってる!
さて次は畑の外まで引っ張るか。
「ほら見てくださいこのジューシーなお肉……まるでA5ランクステーキのような上品な……!」
「グゲッ!」
「ギャァギャァ!」
「今ならこちらのお肉を視聴者プレゼントぉ〜……しませぇええん! おいしぃいい!」
身体能力でも人間の方が遥かに優れている。
畑の土の柔らかさに足を取られないように気を付ければ、ゴブリンたちに追いつかれることもなく悠々と道の方にまで吊り出すことができた。
ゴブリンは殺意満点だ。俺が一体何をしたっていうんだ? このまま一匹仕留めても戦意が衰えなさそうでありがたいけどさ。
武器は2匹とも棍棒のみ。そのリーチもショートソード以下だ。
「さて、それじゃあ三秒クッキングを始めるか」
「グギャ……!」
バスタードソードを革鞘から引き抜き、猛る一匹の頭頂部へと振り下ろす。
刃は頬まで食い込んで、速やかに絶命した。
「まずはゴブリンの叩き」
「ギッ……!?」
「お前は開きだな!」
驚きに身を固めた残る一匹も、胴体を深く袈裟斬りにして終了。
まぁゴブリン相手なんてそんなもんである。
「おーい、ゴブリン終わったよー」
「ありがとなー」
その後収穫作業は再開され、俺はゴブリンの死体の後片付けというあまりやりたくない作業を任されたのだった。
こんなことなら血塗れにせず殴り殺した方が良かったかもしれん。