夏が来た。
街を歩く人々は本格的に薄着になり、恥ずかしげもなく街を歩いている。
ファンタジー世界の人間がやけに露出度が高いのは理に適っていた……? まぁただのそういう文化ってだけなんだろうけども。
男ならまだしも、女まで特に羞恥心もなくそんな調子だ。生足ヘソ出し肩出しを平気でやりおる。眼福といえば眼福だ。
しかしムダ毛が見えてると有り難みが薄いな。ちゃんと処理してほしいもんだぜ。俺は生まれる世界を間違えたのかもしれんな……。
俺もこの季節ばかりは装備を変えて、薄手の服を着るようにしている。
通気性の良いレザーとかいうミラクルな素材もあるんだが、普通に布の服一枚だ。パッと見た感じ半袖のシャツ。ゴワゴワな材質も相まってアロハシャツっぽいかもな。
そんな地味な男が安売り品のバスタードソードを一本持って任務に臨むわけだ。初期アバ冒険者の爆誕である。剣が無かったらマジでただの一般人にしか見えないだろう。
しかし、ここまでやっても背嚢を背負った時とかはどうしようもなく蒸れる。蒸れ防止にメッシュ状の背中パッドでも作ろうかと思ったが、毎回そこまでいかずに断念している。俺一人にできる工作なんてたかが知れてるからな……。
「大麦の収穫手伝い、今年は随分とまた多いなぁ」
「はい。ビールやウイスキーの増産により作付けも増えましたからね。年々少しずつ増えていましたが、来年はさらに忙しくなると思いますよ」
「小麦収穫の時みたいに、ギルドマンを護衛にかりだしたりとかするのかね? ミレーヌさんは何か聞いてる?」
「うーん、我々の方でも先々のことはまだ……それでもさすがに護衛依頼の数が多くなってきたので、来年以降はあり得る話かもしれませんね」
「そっかぁー」
大麦の収穫も今がシーズンだ。収穫の手伝いやその護衛の依頼も結構多い。ブロンズにとっては稼ぎ時かもしれんが、タラタラした遠征がめんどい俺としてはちょっと微妙なところだな。
他の依頼も特に目ぼしいものはない。今の季節はクレイジーボアも不味いし……となると、しばらくギルドマンをお休みってことにしても良さそうだな。
「よし決めた。ミレーヌさん、俺何日か野営に出るから。自由討伐はまぁ、気が向いたらやる感じで」
「野営ですか。目安はどれほどでしょう?」
「七日ほど見てくれ」
「随分と長いですね? ああ、そういえばモングレルさんはこの時期はいつもそうでしたっけ」
「夏は夜営しても凍え死ぬことはないからな。のんびり外で過ごすには丁度いい季節なんだよ。外で燻製を作るのも良いもんだよ、ミレーヌさん」
「ふふふ、そうですか」
そんな男のロマンにはあまり興味が無いのか、ミレーヌさんは適当な愛想笑いで流した。悲しいぜ。
しかし問題なく自由討伐の許可は出た。この期間中は街の外にいても不審者扱いはされないし、そう思われないだけの信用も俺にはある。
七日間の野営。まぁそういうのも悪くはない。俺の好みだ。
けど今回俺がやるのはそういう遊びではなく……ちょっとした里帰りだった。
東門から出てシャルル街道を通り、バロアの森に入っていく。世間的にはここで一週間過ごす事になっているが、俺はそれを無視してさらに東へと進んでゆく。
身体強化を込めた走り全振りの体勢で、木々の合間を縫うように走る。
今日は背中に色々と荷物を背負っているので重かったが、それでも俺の体力を圧迫するほどではない。誰も見ていないのをいいことに、悪路をガンガン突き進む。寄り道したとしても、道中で月見草をいくつかプチプチと採取するくらいだな。
やがてエルミート男爵領の端っこに入る。ここらへんになるともう俺はお客様というか誰だこいつって扱いになり得るので、なるべく見つからないように森深いルートを通る。
こんな森だが迷うことはない。お手製の方位磁石を持ってきてるからな。ただこいつ、この世界の磁力の特性なのかなんなのか、北を示す訳ではないので少し厄介なんだよな。多分だけど魔大陸側を示している。原理は謎だ。
そのせいでちょっと見辛いんだが、東を示した時の針の形さえ覚えておけばあまり問題はない。
「あ、こんちはー」
「グゲッ」
登山中はすれ違うゴブリンにちゃんと挨拶がわりのバスタードソードを叩き込んでおくことも忘れてはいけない。
エルミート男爵は別に好きじゃないが……まぁギルドマンの嗜みってことで。この駆除はサービスだぜ。
ここまでガンガン走っても目的地には着かない。
暗い中を走っても危ないし怖いだけなので、その日はさっさとテントを設営して眠った。魔物除けのお香を焚きつつ虫除けの煙も出してたのだが、この季節は虫が多くて大変だ。寝苦しいわ鬱陶しいわ……。
さらに夜中、一度ゴブリンが鳴子に引っかかってうるせぇ声を上げて俺を叩き起こしてきやがったので、静かにさせてやった。鼻は削がない。汚いので。
結局寝心地はあまりよくなかった。秋とか冬の方が野営はやりやすいな……個人的に……。
早朝、うっすらと明るくなってからすぐに出発。川で水筒を補充して、再び森をズンズン突き進む。
そうして進んでいくと道なき道は更に険しくなり、高低差の激しい地形になってきた。ここまでくるとラトレイユ連峰の端っこに入った所だろう。
山登りしながら走るのは流石にしんどいので、街道に出ないよう注意しつつ林などで身を隠しながら東へ。
その日も適当な水辺の近くで野営だ。
飯は持ってこなかったので、設営中に襲いかかってきたハルパーフェレットを三匹ほど叩き殺し、焼いて食うことにした。
しかしこのハルパーフェレット、肉食の魔物なせいかクソ不味い。
ハルパーフェレットはイタチに似た魔物で、尻尾が太く長く、尻尾側面に鱗のようなギザギザした硬い角質を持ち、それを振り回したり叩きつけたりして獲物を斬りつけるという独特な攻撃手段を持つ。
体は猫サイズだが大きな人間や魔物相手にも怯むことがなく、果敢に襲い掛かる凶暴な連中だ。
毛皮はそこそこ高く売れるんだが……肉が壊滅的に不味すぎる。他の獲物を探して狩っておくべきだったかもしれん。
結局この日は腹八分目すら届かない程度の食事で済ませ、さっさと就寝した。肉はほぼ食い切れず、大分残してしまった。許せイタチ……。
「腹減ったなぁ」
翌日は再びトレイルランニングだ。
とはいえここまで東進すると辺境も辺境、サングレール聖王国との国境に近くなるので、主要な集落は減って軍事拠点が多くなってくる。
その軍事拠点も街道の見張りをやってる小さな砦くらいなもので、森を通れば大した問題にはならない。
そして俺の目的地が近くなると、そんな砦さえも少なくなってくる。
「あー、やっと着いた……はぁ、はぁ……疲れた……」
俺はシュトルーベ開拓村に到着した。
いや、今はもう村じゃないか。ここはシュトルーベ開拓村があった場所。その廃墟に過ぎない。
ここが俺の生まれた土地。国に見捨てられ、敵に滅ぼされた故郷だ。
「年々自然に飲まれていくなぁ……あと二、三年もせずに森に飲まれるんじゃねーの、これ」
廃村というとカラッカラに乾いた荒野に煉瓦が散らばっている風景を想像する人が多いかもしれないが、ここシュトルーベは自然を切り拓いて作った場所なので、荒野みたいにカラカラになることはない。
踏み固められた土の道も、砂利道も、全て雑草に覆われるだけだ。これを更に放置するとやがて小さな木も生えてくるんだろうが、それにはまだもうちょっとかかるだろうな。
今はまだ草ぼーぼーの空き地ってところである。
「えーと、見張り台はあれで……風車君mk.2が向こうで……俺んちはあそこか。……うわ、魔物の寝床にでもされたかな。去年より酷えや」
廃村の資材は、大体が攻め滅ぼされた時に奪われている。
家を作る板材や柱、金物、そういったものは大体根こそぎだな。残っているのは建物の基礎部分と、略奪するのが面倒で手をつけられることのなかった部分くらいだ。
その中でも俺の暮らしていた家は基礎をしっかり作っていたので、まだ村全体を見ても形を残している方だろう。……石造りの基礎に倒壊した屋根だけの構造物ではあるが。
まぁ、小さな獣や魔物は住み着く余地はあるが、野盗が拠点とするにはちとワイルド過ぎる状態。ある意味こうして人が来ない環境の方が、俺にとってはありがたい。
こうして毎年、気兼ねなく両親の墓参りに来れるわけだしな。
「おーい、来てやったぞ。父さん、母さん」
家の裏側に置かれた大きな墓石。
ただの高い石を二つ並べただけのそれが、俺の両親の墓標だ。
この下に二人が眠っている。仲良くかどうかはわからん。ラブラブな時も多かったが、結構喧嘩もしてた二人だからな。俺がいないと仲が拗れる事が多かったから、今はどうしているんだか。子はカスガイって言うが、前世補正がなかったら普通にギスギスしてた家庭になってたと思う。良くも悪くも若いカップルだったんだ。
「花を持ってきてやったぞ。月見草を枯らさなかったんだ、感謝してくれよな」
俺は父さんの墓標に月見草を、母さんの墓標にそこらへんで摘んだタンポポの花を供えてやった。
線香の文化はない世界だが、なんとなく魔物除けのお香を焚いてそれっぽくしてみた。雰囲気出るやん……ちょっともったいないけど。
「二人の年齢を越して、もう俺が歳上だからな。変な感じだよなぁ、俺まだ30だぜ? ……っつっても30なんだよな……やべぇよな。こんなクッソ暇な世界なのに年月が流れるの早すぎだよ」
前世では、ほぼまったく霊とかそういうのは信じてなかった。
今でも俺は科学の方を信用してる。……が、何より俺自身が転生するとかいうミラクルを起こしちまったからなぁ。
アンデッドもいる世界だ。正直こうして墓の前で話す時も、なんとなーく墓石の裏側に二人が居そうな気がしてならない。そう思いたいだけなのかもしれないが。
「本当は墓石にウイスキーでもぶっかけて二人に自慢してやろうと思ったんだがな。売ってねえんだよどこにも。また貴族に奪われてるのかね。ムカつくよなぁ本当に。まぁ、だからそれは来年の楽しみにとっておいて貰えるか? 来年になれば多分一本くらいは手に入ると思うからな」
バスタードソードを抜き放ち、墓石周りの草を刈る。夏だからボーボーだわ。昔は草刈りもやり甲斐のある仕事だったんだが、もうこの草を小さな手作りコンポスト君にぶち込むことはない。そこらに放置だ。
「去年話した後輩と釣りに行ったよ。魚があまりいないからエビとかカニだけどさ。やっぱり水辺は良いよな。ここの貯水池も……今は土砂で埋まってるんだったか。まあ、あれだ。こっちは近くに大きな川もあるし、多分やってれば何か釣れると思う。それが今のところ、俺の楽しみにしてることかな」
一通り草刈りしたら、廃墟と化したマイホームに絡まるツタを引き剥がす作業だ。
「知り合いも後輩も増えたよ。レゴール伯爵領は良い所だぜ。人がどんどん増える割に治安が良いからな。貴族は全員死ねって前言ったけどあれは本格的に取り消さなきゃいけないかもしれん。中にはまぁ、そこそこ良い奴もいる。当たり前なんだけどな。一例を実感するってのはでけーよ、やっぱ」
ふう、野良仕事終わり。
「後は何か話すことあったっけ……」
会話のキャッチボール無しだと、結構きついな。
葬儀場の棺で眠る前世の親父を思い出すな。あの時もどう声を掛ければ良いのか迷ったもんだ。こっちが勝手に喋ってればいいだけなのにな。
「……まぁなんだ。孫の顔は見せてやれるかアレだが、長生きはするぜ、俺はよ」
大荷物から装備品を取り出し、身体に身に付けてゆく。
ああ、夏だとあっちぃなこれ……直射日光に当ててないのに……。
「だから心配せずに死んでてくれ。別世界に転生するのもいいぞ、この世界でゴーストとして彷徨われると俺が間違ってぶっ殺しちまうかもしれないからな。できれば他所に行っててくれ。ああ、神様からもらうチートスキルは鑑定かアイテムボックスがおすすめだぜ。どっちかがあれば生きていけるからな。選ぶ機会があれば覚えといてくれ」
ぐるぐる巻きにした布を剥がし、兜を露わにする。それも装着。うーん、こっちはひんやり気味。野外で活動していたらどうせ蒸し暑くなるんだろうけど、今は天国だ。
「……じゃ、村の周りを少し掃除したら帰るから。またな」
完全装備を身に纏い、俺は村の中央へと歩を進めた。
ここシュトルーベは既にサングレール領。だが、連中は占領し終えた後もこの村まで居を構えることはない。
何故か。
俺が毎年、この村や、村の周りにいるサングレールの軍事施設を襲っているからだ。
ハルペリアは知る由もないことだが、サングレールの奴らはもう二十年近くずっと恐れ続けている。
この地に現れる、人か魔物かもわからない、“シュトルーベの亡霊”を。
「“
俺はギフトを発動し、毎年恒例の哨戒活動を始めた。
結果から言えば、今年は作りかけの無人の砦を一つぶっ壊すだけで終わった。
平和で大変よろしい。来年は建築もやめてくれると助かるね。